―野下町獅子舞の事例から―
小坂 ゆう香 1. はじめに
私が育った金沢には、「百万石祭り」という祭りがある。「百万石祭り」とは、江戸時 代に金沢を治めていた加賀藩の大名行列を再現したパレードである。パレードには、大 名行列の他に音楽パレードや獅子舞などが参加するのだが、私はこの獅子舞を見るのが 小さいころから大好きだった。普段あまり目にしないものなので、小さいころの私には 物珍しく思え、舞っている姿もとてもかっこよく見えた。そのため、城端の曳山祭に獅 子舞が参加していることを知ったとき、私は獅子舞をテーマに調査したいと思った。そ の後城端に調査の下見に行った際に、今回調査することになった野
の
下町
げ ま ち
の獅子舞を紹介 してもらった。調査地を決める前に、一度練習を見学させてもらったのだが、獅子舞の かっこよさもさることながら、練習の雰囲気がとても和気あいあいとしていることにと ても驚いた。伝統的な行事の練習なので、厳しく練習しているイメージだったが、子供 たちは練習前に仲良く遊んでいて、大人同士も年齢に関係なく冗談を言い合っている様 子がとても印象的だった。保育園の年長から60代くらいまでの大人が一緒に練習して いたのだが、大人たちはどの子にもわけへだてなく踊りを教え、子供たちの方も素直に 大人の指示を聞いていた。このような世代をこえた親密な関係や地域の大人が子どもた ちに獅子舞を伝えていく様子が自分の身近にはない光景だったので、とても興味を持っ た。そこで、獅子舞と地域住民の関係、特に地域住民のコミュニティに対して獅子舞と いう行事がどのような影響を与えているのか調査を行うことにした。
ここでは、住民の語りから、獅子舞の参加者、獅子舞を支える人々、獅子舞を見る人々 の3つの視点から獅子舞に対するとらえ方を比較し、獅子舞という行事が野下町の人間 関係や個人にどのような影響を与えているのか見ていきたい。
2. 野下町の概要
野下町は城端旧町の南西に位置する比較的広い町で、男性169人、女性165人、総 世帯数109の城端地区ではもっとも人口の多い町である。昔は町内のほとんどが畑で あったが、60年前から少しずつ人口が増え、現在では城端小学校や中学校、城南パー クなど大型施設が多く建つ町となっている。
42 3. 野下町の獅子舞
毎年、曳山祭と同時期に獅子舞が行われる。ここではまず、曳山祭の獅子舞を担う2 町のうちの1つであり、今回の調査地である野下町の獅子舞の歴史や概要について紹介 したい。
3-1. 獅子舞をはじめたきっかけ
野下町の獅子舞は今年で49年目にあたり、来年は50周年を迎える。野下町はかつ て、土地の大半は畑で、人口は少なかった。その後、徐々に人口が増加するにつれて、
町独自の行事を行いたいと考えた当時の町民が獅子舞を始めたのが、現在見られる獅子 舞行事のきっかけである。
3-2. 歴史
獅子舞が始まって最初の2年間は籠に張り紙をつけた作り物を 頭
かしら
にして、踊りも当 時参加者していた住民の出身地の獅子舞の知識を集めて行っていた。その後、住民たち がしっかりした頭を作りたいと思っていたと言うが、城端の東新田町から五箇山を結ぶ 下梨谷道の途中にあった若杉集落3の獅子舞行事で用いられていた頭が野下町に貸与さ れた(写真1)。そこで、しばらくは若杉の頭を使用していたが、他集落の頭を使うの は良くないという意見があり、2年で頭を若杉に返却している。その後、使われていた 頭は、林道加賀温泉に譲られたが、土砂災害に遭って失われてしまった。その後は、木 彫りの頭とヨタンと呼ばれる胴体部分を作り、踊りは若杉のものと、五箇山の梨谷から 来た人が教えたものとが混ざったものとなった。ただし、現在、本番の行事で使われて いる頭は購入したものである。
写真1. 若杉集落の獅子舞
(「城端町若杉集落を偲んで」より)
現在の野下町の獅子舞は曳山祭と同じ日程で行われるが、以前は曳山祭とはまったく
3 昭和30年代に廃村となった。「若杉神明社跡」の石碑が残っている。
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別の祭りで獅子舞は野下町の中を回るだけだった。しかし、 南 町
みなみちょう
だけで曳山祭の露
つゆ
祓い
は ら い
を行うのはたいへんだということで、5年ほど前から野下町の獅子舞も曳山祭の露 祓いに参加するようになった。曳山祭にあわせて獅子舞も5月15日に行われていたが、
曳山祭の日程変更にともない、5月5日の祝日に日取りが変更された。
3-3. 構成員
獅子舞の参加者は昔も今も、男性のみで構成されている。明和会
め い わ か い
と呼ばれる18歳か ら45歳で構成された20名ほどの青年団と、明和会を「卒業」した年配者で構成され る壮年会
そうねんかい
が主に中心となって獅子舞行事を運営している。基本的に、参加者は昔から野 下町に住む男性で構成されているが、転入してきた人や婚入してきた人も参加している。
子供は5,6歳の児童から中学3年生までが参加している。獅子舞が始まった最初の10 年くらいは、地域の人口が多かったために参加者を制限しなくてはならず、長男しか参 加できなかったり、小学校3年から6年までの間しか参加できなかったりしたと言うが、
現在は、逆に人手不足のために男の子なら誰でも参加できるようになっている。しかし、
それでも年々参加する子供の数が少なくなっているので、もともと野下町に住んでいて 他地域に移った人たちに参加を呼びかけたりしている。
3-4. 獅子舞の概要
野下町の獅子舞はオス獅子(南町はメス獅子)で、獅子の型は百足獅子といってヨタン が大きく、10人くらいで動かす。メス獅子の南町と比べ賑やかな雰囲気で、勇ましさ が特徴である。
野下町の獅子舞は、獅子の「頭」を振る者と胴体部分のヨタンを動かす者、獅子を退 治する「獅子とり」、そして地方
じ か た
と呼ばれる楽器を担当する者で分担が分かれる。昔は 大人が「獅子とり」と「頭」の両方を担当していたが、今は子供が「獅子とり」で大人 が「頭」とヨタン、楽器を担当するというように分かれている。楽器は太鼓、鐘、笛の 3種類で、1つの楽器を入れ替わりで演奏する。
曲は、初めは3曲のみだったが今は大きく分けて5曲ある。さらに5曲のうち2つ をたしたものや、短縮版なども含めると曲は全部で7つになる。およそ1曲30秒から 1分強かかる。各曲には番号がついており、指示は番号で伝えられる(表1)。
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表1 曲名と番号
番号 曲名 1 ヨッサキ 2 ゲンバヤシ 3 キョウブリ
4 七五三
11 露祓い(ヨッサキの短縮版) 12 露祓い(ゲンバヤシの短縮版)
天狗
天狗
「獅子とり」は子供がすると先に述べたが、唯一、表1の「天狗」の曲のときだけは 大人が「獅子とり」を担当する。この「天狗」とは、天狗のお面をかぶった大人の獅子 とりが行う曲のことで、出産や結婚などおめでたいことがあった家で催される。その際、
1軒につき10分以上獅子を回すこともある。天狗が新しく生まれた子供や、新しく嫁 いできた女性を獅子のところまで連れていき、子供を獅子と遊ばせたり、大人をヨタン のなかに入れたりする(写真2)。天狗が行われているときは、周りで見ている近所の人 たちが天狗に捕まることがある。近所の人はもちろん天狗を見に集まってきているのだ が、天狗を見に来ることによって、新しく地域に加わった家族を見に来る機会にもなっ ている。
写真2 天狗の様子
4. 曳山祭
ここまでに、野下町の獅子舞の概要を紹介してきたが、ここからは曳山祭当日に行わ れる野下町の獅子舞を具体的に見ていきたい。曳山祭では、獅子舞は露祓いを行うとい う重要な役目を担っている。曳山祭では、獅子舞を担当するのは南町と野下町のみのた
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め、祭り当日は午前中に分担した城端旧町の露祓いが行われ、午後は野下町内の獅子舞 巡行を行う。野下町内にも数軒露払いを行う家があるが、午後の巡行に合わせて行って いる。
祭当日に向けての準備段階から、祭前日、当日と、時間軸に分けて流れや概要を述べ たいと思う。
4-1. 露祓い
当日までの流れを説明する前に、曳山祭で獅子舞が行う「露祓い」について少し触れ ておきたい。曳山祭の概要で述べられているように、獅子舞は人間の生活をおびやかす 悪霊をしずめ、場を清めるために曳山が通る前に町を回る。他の町内において「露祓い」
の際に回る家々は、事前に神明宮にお供え物を献納した家で、玄関に神社から受け取っ た白い紙が貼ってある。南町と野下町以外の旧町の露祓いを2町が半分ずつ分担して、
玄関前で露祓いの舞を行う。各家が野下町獅子方若連中の獅子に献納する金額は、例え ば結婚したら3万円と酒2升いうように決まっていて、金額によって獅子舞の曲や曲数 は異なる。
4-2. 曳山祭における獅子舞の役割
まず、曳山祭の獅子舞と剱
けん
鉾
ぼこ
は、前日に神明宮から御旅所
お た び し ょ
(じょうはな座)へ神様を神 輿に乗せて運ぶ神輿
み こ し
渡御
と ぎ ょ
の行列を先導するという共通の役割を持っている。獅子舞は人 間の生活をおびやかす悪霊をしずめる威力あるものとする信仰と結びつき、神輿渡御の 露祓いの役目をする。曳山祭で、露祓いの獅子舞を担当している町は南町と野下町であ るが、最初は南町だけがこの先導を行っていた。その後、野下町が参加するようになっ たという説が有力だが、南町が先導する前に野下町が行っていたという説もある。今は 野下町と南町の2町が、1年交代で先導を行っている。祭り当日の午前に行われる他町 内への露祓いも、1年交代で担当する町を変えている。1年で担当を交代することによ り、長く同じ場所に住む住民でも、毎年交代交代で違う獅子舞を楽しむことができる。
4-3. 祭り前日までの流れ
準備
準備は約1か月前から始まる。練習が始まる1か月前に町内に練習の案内を配布し、
獅子とりが使う棒の新しい竹も山に取りに行く。前年に使っていた棒は練習用に使われ る。