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圧縮された近代に関する先行研究

第 3 章 圧縮された近代化論

3.2 圧縮された近代に関する先行研究

36 代という概念を4つの象限に定めることができる。さらに、この4つの象限の間での相互 作用により生じる圧縮の現象は、象限[V]として規定される。

たとえば、18世紀以降の西欧の先進国においては、自国の産業化を進めるため、他国の 先進技術を輸入し、その生産力を高めるということが行われていた。このような現象は、

第一の近代という時間枠においてのヨーロッパ圏内ではありふれた現象ではあったが、一 種の圧縮の現象として捉えると考えられる(Chang 2010:448)。このような、1つの文明 の内部における圧縮の現象は、図1の[Ⅰ]と[Ⅱ]に当てはまると考えられる。

また、文明と文明との衝突により生じる圧縮の現象も存在する。たとえば、アフリカで は、植民時代に、伝統的な文明に、近代化という意識が強制的に導入されたため、アフリ カの社会には、伝統と近代との圧縮が、近代化のプロセスの中に常に残存している。この ような文明と文明の衝突により生じた、圧縮された近代の現象は、図 1 の[Ⅲ]と[Ⅳ]

に相当すると考えられる。さらに、近代化の追求とともに、この近代化過程の圧縮は、強 制的なものから自発的なものに転換している(Chang 2010:450)。

37 すなわち内容の圧縮、および欧米的近代とアジア的近代の圧縮的混在という問題である。

つまり、油井は、圧縮された近代化論を、時間軸における近代化の速度の迅速性の問題と、

水平軸における東西の文化の混在という問題の双方を考慮しなければならない概念として 理解している(油井2011:226−227)。

油井はまた、リスク社会論の時代区分との関連において、第一の近代が近代的な諸制度 の生成という過程であり、第二の近代がその制度の引き剥がしが起こる過程とすると、圧 縮された近代社会では、制度の生成とその無効化の目まぐるしい交替が起こり、現れる社 会問題としてのリスクの常態化が起こると論じている。圧縮された近代化社会は、すなわ ち「時の関節がはずれた」社会と言い換えることができるのである(油井2011:227)。

しかし、その一方で、油井は、批判も行っている。たとえば、東アジアの日本、韓国、

そして中国における圧縮された近代の経験は、量的、質的に大きく異なる。時間軸に沿っ て、日本の近代化の始点を明治維新として考えれば、西洋と比べて100年ほどの遅れがあ り、韓国の1961年の開発独裁国家体制の成立から現在までは約60年、中国の改革開放か ら現在までは40年余を経過しており、3国の近代化までの時間には差があることが解る。

水平軸における東西の混在についても、日本、韓国そして中国は、それぞれ東洋の伝統的 な歴史や文化をもつ国であるが、各々が経験してきた歴史や保有する文化は全く同じもの ではない。つまり、同じ東アジアでも、近代化の過程はそれぞれ異なるため、この圧縮さ れた近代論を用いて、特定な地域や社会形態を分析する際には、時代の差、地域の差など の問題を考慮する必要があると、油井は注意を促している(油井2011:228)。

また、喜多村(2011)は、インドにおける近代化の過程を取り上げ、インドにおける圧 縮された近代の状況が、Chang(1999)の主張とは異なることを指摘している。インドに おいて加速された産業化の過程と、それにより生じる負の側面が同時に進行している状況 は、韓国と同様である。しかし、インド社会の発展基盤は、植民地支配下における近代化 の経験に依拠したものである。たとえば、インドは、NPO大国と呼ばれるほど、現在数多 くのNGO団体を有しているが、これらは植民地宗主国イギリスの支配からの権利委譲の 過程で生成されてきたものである(喜多村2011:152)。韓国は、インドと同様に植民地で あった歴史を持っているが、Chang(1999)では、植民地として支配される経験が、現在 の韓国の圧縮された近代の形成にどのような影響を与えているかについては、詳しく論じ られていない。喜多村は、ここに着目して、植民地時代における近代化のプロセスと圧縮 された近代化論を接合し、理論をさらに精緻化する必要があることを主張している。

38 さらに、落合(2013b)は、東アジアに特徴的な人口の変化を例にとり、日本と他のアジ ア社会との間には、圧縮の程度に差が存在することに視点を定めている。落合は、リスク 社会論の時代診断を人口転換に関連づけ、第一の近代は、出生率も死亡率も高い社会から、

それぞれがともに低下する社会へ向かうという、第一次人口転換の過程と一致しており、

第二の近代は、ヨーロッパを皮切りに再び出生率が低下し、高齢者人口が上昇し、加えて 離婚の増加などに代表される、第二次人口転換の過程と一致していると指摘している(落 合2013b:74)。

日本以外のアジア地域においては、一次的人口転換と二次的人口転換の過程が同時に進 行しており、それは他でもなく、第一の近代と第二の近代が圧縮される形で同時に展開し ていることを示す。対して、日本の場合は、ヨーロッパ社会との比較では、一次的人口転 換と二次的人口転換の間隔が短く、ほぼ同時に進行しているように見えるが、他のアジア 隣国と比べると、2回の人口転換の間に少なくとも20年という間隔が存在している。つま り、人口学的観点から捉えた日本と他のアジア諸国との差異をもって、日本社会を、「半」

圧縮された近代として見なすことが可能であると、落合(2013b:75)は主張している。

さらに落合(2013b)は、圧縮によってもたらされた東アジアの近代化過程の複雑さが、人 口政策や婚姻制度など、それぞれの国の独自の政策の方向性と深く関連しており、それが 東アジアの現在の社会状況を形成するのに決定的な影響を与えたと論じている(落合 2013b:68)。

これらの先行研究に示された批判や示唆は、圧縮された近代の現象は、確かに近代化の プロセスにおいて明確に捉えることができるが、観察される時間・時代と空間・地域の違 いによって圧縮の現れ方が異なり、また、同じ地域や時代でも、圧縮のされ方の違いによ ってその現象も異なることを示すものである。本論は、これらの先行研究を踏まえた上で、

圧縮された近代という概念を援用して社会現象を分析する際には、(1)どの時間帯か、(2)

どの地域に発生したのか、(3)どのような観点から圧縮された近代の現象を取り扱うのか、

(4)圧縮のされ方はどのようであったか、という 4 つの要素を明確にする必要があると 考えるものである。

3.2.2 圧縮された近代におけるリスク

本項においては、Hanにより提唱された、圧縮された近代におけるリスクの分類方法に ついて説明を行う。Chang(2010)では、圧縮された近代が進行する社会では、多様なリ

39 スクが集約される形で生じると主張されたが、それらがどのようなリスクなのか、いかな る特質があるのかなどの問題については、詳しく論じられていない。これらの点に関して、

Han and Shim(2010)、そしてHan(2011)は、異なる類別のリスクが、なぜ、どのよ

うに産出されたについて、詳しい論述を展開している。

Han(2011)は、Changが提案した理論的枠組みに沿って、圧縮された近代におけるリ スクが多種多様であることについて説明を加えている。まず、時間軸に沿った検討では、

圧縮された近代社会においては、伝統社会、近代社会、現代社会が部分的に同時に存在す るため、そのリスクも伝統的リスク、近代的リスク、現代的リスクという多様性を有する。

しかも、これらのリスクが混ぜ合わされる形で生じているため、それぞれのリスクの確固 とした境界が消滅してしまい、かつ社会のあらゆる箇所に浸透している。すなわち、通時 的に分離されていたリスク産出様式が、共時的に共存しているのである(Han 2011:184)。

次に、水平軸に沿って、東洋と西洋を比較して見ると、西洋社会が、資本主義的近代化を 長い時間をかけて築き上げ、リスクに対処するための制度も一歩ずつ発達させてきたのに 対し、東アジアでは、近代化が急速であった分、リスクに対処する制度も、相対的に脆弱 なものとなり、それがさらにリスクを複雑なものとする(Han 2011:184-185)。

このようなリスクの複雑性に対して、Han and Shim(2010)およびHan(2011)は、

Changの定義に基づき、複数のリスクを分類し、その特質を帰納することを行った。Han

は、圧縮された近代の社会形態で生じるリスクを、回避できるか否かによって、次の2通 りに分類した。

1つは、欧米先進国が経験した近代化、すなわち、連続的な近代化により生み出された リスクである。自然環境の破壊、気候の変動、世界金融危機、グローバルな流行病、高齢 化など、連続的な近代化のプロセスにより生み出されたこれらのリスクは、圧縮された近 代社会においても、同様に存在する。この種のリスクは、「近代文明の運命として避けら れない」ものであると指摘されており、「回避できないリスク」と考えられている(Han 2011:185)。加えて、この種類のリスクは世界のどこにおいても発生しうるものであ り、また、「トランスナショナルなリスク」と呼ばれ得るとされている(Han and Shim 2010:471;Han 2011:186)。

もう1つは、急激な発展の結果として生み出されたリスクである。たとえば、中国のよ うな新興国は、短期間での経済発展を目指して、急速な近代化が進んでいる。このような 近代化の進め方が原因となり、多様なリスクが生み出されている。具体的には、大規模な