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7-1.北朝鮮はなぜ「核・ミサイル開発」を続けるのか

「軍中心」から「党・政府機関中心」へと統治スタイルが変わった一方、「金正恩は金 正日より好戦的傾向が強い」というのが金正恩体制に対する一般的な見方であり、本研究 でも金正恩体制発足以降の核・ミサイル開発の速度と完成度の高まりをみてきた。

①国際社会の反対にも関わらず、2012年4月と12月、長距離ミサイル発射実験と2 013年2月の第3回核実験強行

②2016年1月国際社会の強い懸念と反対の中、第4回核実験強行し、2月には長距離 ミサイル発射実験

2016年1月の核実験を「水素爆弾を使った実験」と発表した。鄭成長の報告によれば この実験によって発生した地震の規模はM4・8~5・2規模であり、「増幅核分裂弾

(または増幅核兵器)」と呼ばれるべき内容であった。爆発規模が20キロ㌧を超えない ようにわざと威力が低くなるよう設計されていたともみられている。

③2016年9月、5回目の核実験。韓国政府は「過去最高の10キロトン規模」と分析。

こうした動きから見て、北朝鮮は2006年、2009年、2013年に各1回、20 16年には2回と3~4年間隔で核実験をしており、核開発・実用化(実戦配備)の速度 を上げていると判断される。

ここで重要なのは、国際社会の強い非難と国連制裁にも関わらず、金正恩が核・ミサイ ル開発を続ける理由は、軍事力増強に加え、核兵器の「経済性・効率性」にもあるという 視点である。つまり、核・ミサイル開発においても、金正恩体制が志向するのは「経済再 建」による「体制維持」にあると考えるのが適当であると判断される。

- 185 - 7章図-1

<説明>韓国紙が韓国統一部の資料を基に作成したイラストを本研究が日本語に翻訳し たものである。北朝鮮の核開発は11~15億ドルで実現したことが判明する=大澤翻 訳

韓国の金大中政権(1998~2002年)による「対話と交流」を軸にした、対北 朝鮮「関与政策」に対する批判が強まった2006年の韓国紙の報道(85)では、北朝 鮮の核開発費用について次のような推計が報じられた。

「北朝鮮が1979年、核開発を本格的に推進してから1発の核弾頭を実験するまで 2億9000万~7億6400万ドルの費用がかかっていると国防部は推定している」

「統一部国政監査資料によると金大中政府発足以後、韓国政府と民間が北朝鮮に支援 したコメ、肥料と生活用品などを合わせると11億7604万ドル相当にあたる。政府 は『対北支援が核兵器開発に転用されたという証拠はない』という理由で経済協力など を通じてドル提供と支援を続けた」

「核開発を推進してから1発の核弾頭を核実験するまでにかかった費用は2億900 0万~7億6400万ドルだ。ここに追加で生産したプルトニウムまで含めればこれに よって北朝鮮のすべての核開発経費は5億600万~14億2100万ドルだと推定さ れる。また北朝鮮が投資した核開発経費のうち対北包容政策が推進された98年以後に かかった費用は4億2900万~11億9100万ドルと推算することができる」

韓国のメディア報道の推計は数億~10数億㌦という範囲で一致している。

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ちなみに、韓国はどの程度の国防予算を使っているのか。

7章図-2

<説明>2015年12月28日報道の朝鮮日報掲載の図を本研究が翻訳した。韓国は 対北朝鮮防衛のため、北朝鮮の核開発費を大幅に上回る国防費(武器輸入経費)を使っ ている。

軍事境界線付近での偵察や黄海、日本海における北朝鮮艦艇、潜水艦の動向監視に使 用される主要航空戦力だけをみても、<7章図-2>のような金額を支出している。

韓国内で、北朝鮮との軍事力バランスを維持するために、韓国独自の核武装が必要と いう論議が提起される背景にも、こうした財政問題があると考えられる。

7兆3418億ウォン

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北朝鮮の核・ミサイル開発の加速化に対し、韓国は2015年、対北朝鮮政策を「崩 壊期待」から「関与政策」へと舵を切ろうとした。韓国の朴槿恵大統領は2015年1 月12日、青瓦台(大統領府)で新年の記者会見を行い、朝鮮戦争で南北に分かれたま ま高齢化している「離散家族」問題の共同解決、北朝鮮住民の生活レベル向上を通じて

「統一の門」を開くことを望んだ。また、朝鮮半島の民間交流に対する援助を強化し、

南北関係の発展、平和統一の促進に向けた基礎作りを進めるとも語っただが北朝鮮は、

朴槿恵政権の提案に「吸収統一の策謀」と反発し、2016年の核実験・ミサイル発射 強行に走った。朴槿恵政権の対北朝鮮政策は、この時点で岐路を迎えたと言えるだろう。

7-2.THAAD配備と米中関係

7章図-3

<説明>2016年7月9日毎日新聞紙面から引用したTHAADの概念図

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北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐり、東アジア全体に、より複雑な影響を与えているの が、終端高高度地域防衛(サード、THAAD=Terminal High Altitude Area Defence)

をめぐる米中の確執だ。元は戦略高高度防空(Theater High-Altitude Air Defense)シ ステムと呼ばれ、クリントン米政権が、戦術ミサイル防衛(TMD)システムの1つとして開発 に着手した。

移動式の陸上配備型迎撃ミサイルで100㌔以上の高高度で弾道ミサイルかその弾頭を 迎撃できる能力を持つことが同システム開発の目標だった。

ブッシュ政権のミサイル防衛計画によって、目標近くで、落下してくるミサイル、また はその弾頭の迎撃を行う「終端段階防衛用」となった。

迎撃ミサイルのほか、移動式の地上設置型レーダーを装備し、1000㌔先のミサイル や弾頭の探知ができるとされている。

米韓両国は2016年7月、北朝鮮の核実験とミサイル発射に対応するため、韓国国内 へのサードミサイル配備を決定した。日本メディアは以下のように報道した。(86)

◇米韓両国は(2016年7月)8日、最新鋭の地上配備型ミサイル防衛(MD)シ ステム「終末高高度防衛(THAAD(サード))ミサイル」の配備を決定した。2 017年末までの運用開始を目指す。自国がレーダーの探知範囲に入るなどとして反 対していた中国とロシアは発表を受けて強く反発。中国外務省は米韓の駐中国大使を 呼んで厳重に申し入れをした。米韓両国と中露の関係は当面冷却化すると考えられた。

米韓が配備決定を急いだのは、北朝鮮の安全保障上の脅威が増したためであるだ。北 朝鮮が6月に発射実験した中距離弾道ミサイル「ムスダン」とみられるミサイルは、

高度1000キロ超の大気圏外に達した後、発射地点の北東約400キロの日本海に 落下した。韓国外務省幹部は「ムスダンの衝撃が大きかった」と明かす。

高高度からの攻撃は、ミサイルの落下速度が増し、迎撃が難しい。韓国では、現有 の迎撃システムでは対応困難だとの議論が起きていた。THAADミサイルは、高度 約150キロで迎撃が可能なうえ、韓国全域の3分の2近くをカバーできるという。

配備先は中部の京畿道平沢などが有力視されている。

韓国青瓦台(大統領府)は8日、「北朝鮮の核、ミサイルの脅威から国民の生命を 守るため、自衛的な防衛措置としてTHAAD配置を決定した」と表明。韓国国防省 の柳済昇・国防政策室長は、THAAD配備が「中国の戦略的抑止力を損なうことは ない」と説明した。中露には7日に配備決定を通告しており、引き続き理解を求めて いく。 韓国の朴槿恵政権は、北朝鮮に大きな影響力を持つ中国との良好な関係を構築 してきた。だが、2月にTHAAD配備の是非の検討に入ったことで関係が悪化。そ の後、改善基調にあったが、今回の決定で再び冷え込むことになりそうだ◇

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北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐり、国連制裁決議をめぐって米中が対立したことはあ るが、東アジアの安全保障情勢をめぐり、米中がそれぞれの国益・防衛政策を持ち出して 正面から対立するTHAAD問題のようなケースは、北朝鮮の核問題が国際社会で表面化 した1993年以降初めてだった。

その背景にあるのは、南シナ海の領有権問題である。

中国と東南アジア各国による南シナ海の領有権をめぐり中国の主張を退けた国際仲裁裁 判所の判決に関して、中米関係の対立が高潮していた。従って、中国は南シナ海判決とT HAAD配置を米国による「対中国包囲戦略」の一環と判断したとみられる。

米国はTHAAD配置について、米韓同盟強化と北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対する 防護のための措置だと主張した。さらに米国はTHAAD配置は対北朝鮮抑止だけでなく、

米国のミサイル防護体制(MD)の効果を高めるものと主張した。さらに日米韓3カ国の 安保協力を積極的に推進する姿勢を見せ、中国は戦略的均衡を保つことを目的にロシア、

北朝鮮との関係強化を通じて、米国主導のミサイル防衛体制を無力化することを狙ってい るとみられた。

このようにTHAAD配置問題は、6カ国協議に参加する各国の関係を「日米韓」対

「中露北」に分ける結果を招いた。核・ミサイル問題がすでに北朝鮮と他国の1対1の関 係ではなく、アジアの国際情勢全体に影響を及ぼす大きな変動要因となっていることを改 めて明らかにした。

こうした関係国分断の図式を完成させることが金正恩体制の短期的な目的であることを 十分に理解したうえで、日本政府は適切な対北朝鮮政策を段階的に取っていく必要がある。

7-3.まとめ・金正恩体制+核・ミサイル開発がもたらす脅威

金正恩の「金日成回帰」のための体制作りは一定の進展を見せ、体制の安定性は相当程 度保たれていることが、これまでの検証で明らかになった。さらに北朝鮮の核・ミサイル 開発の意志の固さと、実験の繰り返しによる技術的高度化の意図も明らかにした。

北朝鮮の核・ミサイル政策は、2006年、2009年、2013年、2016年(2 回)に核実験を断行し、今後もその傾向を維持するとすれば、さらに強硬になる可能性が 高い。「多数の米国の核専門家が予想するように、4年後の2020年に北朝鮮は最低2 0個、多ければ100個程度の核兵器を保有することになると予想される」(87)という 切迫した状況にあり、次ページの模式図のように、国際社会全体の安全保障を脅かす事態 になっていると言わざるを得ない。