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日本が金正恩体制の「日米韓」「中露北」分断策に対応するためには、朝鮮半島の現状 と展望について、各国の戦略を十分に把握していなければならない。

米国は朝鮮半島統一を、主に安保的観点から見ている。朝鮮半島統一と関連する米国の 懸念の核心は統一政府が米国との同盟関係を維持するかどうかと言う点にある。

米国の懸念は2013年の朴槿恵政権発足以後の中韓関係の速い速度での緊密化でさら に深まった。米国は統一国家が伝統的な米韓同盟を放棄し、親中または中立的な体制に動 く可能性を憂慮していると言えよう。また朝鮮半島の統一によって、北朝鮮の侵攻抑制を 目的に駐屯してきた駐韓米軍の地位・役割の変動や撤退の起爆剤になり得ると言う点でも 憂慮していると考えられる。このような憂慮がある米国は、朝鮮半島統一より分断という

「現状維持」を望んでいると判断できる。

中国の利害関係は複雑だ。朝鮮半島統一が中国の根源的な利益である東北アジア情勢安 定に有利であり、経済的にも相当の利益を生み出すだろうとみている。中国の政治、経済、

軍事の拠点が集中している東部地域に近接する朝鮮半島が平和的統一によって安定すれば、

中国は大きな利益を得られると考えていることは明らかである。また朝鮮半島統一は、中 国で重化学工業の発展を最初に達成したが、それ以上の発展ができなかった、遼寧省、吉 林省、黒龍江省の東北3省が経済的に跳躍する起爆剤になると考えている可能性も高い。

だが、中国にとって、より核心的利益分野である政治・安全保障面では、朝鮮半島統一 への憂慮も抱いている。朝鮮半島統一が漸進的、平和的に実現したとしても、その過程で は韓国が主導的な役割を果たし、統一国家は米国の同盟国家になる可能性が高いと見てい る。そうなれば、中国は、米国の同盟国家と鴨緑江を国境として対面し、場合によっては 米軍の直接の脅威と向き合う可能性がある。従って、中国は、朝鮮半島統一は支持できる が、米国の影響力が拡大する形での統一は望まないと判断できる。

一方、日本の利害は比較的明白である。朝鮮半島が統一されれば北朝鮮の核兵器の脅威 が終息するという点が最重要の国家利益だからだである。一方で、日本は、統一国家が中 国と協調して強力な反日民族国家の性向を持つのではないかとの憂慮も持っている。これ を防ぐには米国との同盟強化、日本を含む3カ国(日米+統一国家)の協力強化を志向す る統一国家ができる必要があると考えている。

以上のような基本認識を踏まえて、北朝鮮情勢に対して日本が果たすべき役割を検討す る。

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8-1.提言・対北朝鮮「関与政策」への転換

本研究の筆者は、日本政府が取るべき対北朝鮮政策について「週刊エコノミスト 20 16年5月3・10日合併号」(毎日新聞出版)で、次のような提言をしている。この提 言の根拠となった考察と共に述べていく。

<提言概要>

北朝鮮の本音は「対話」による以下の目標の達成

・米朝平和協定

・国連経済制裁解除

・核・ミサイル保有のまま核拡散防止協定脱退(核保有公式化)

日本は早期に独自の対北対話ルートを拡大・強化し、韓国と協力 して核凍結の説得と北朝鮮体制変革を誘導すべき

8章写真―1

<説明>週刊エコノミスト(毎日新聞出版、2016年5月3・10日合併号)

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-◇提言内容:週刊エコノミスト(毎日新聞出版、2016年5月3・10日合併号)記事◇

北朝鮮は、第7回朝鮮労働党大会を5月初めに開催する。本来、5年に1回の開催が規 定されている党大会だが、1980年の第6回大会以来開かれて来なかった。発表通り開 催されれば、実に36年ぶりの開催となる。具体的な議題などは 明らかにされていないが、

北朝鮮は 久々の党大会を開くことで、金正恩体制の確立を内外にアピールし、権力基盤 を固める狙いがあるとみられる。党大会を契機とした朝鮮半島情勢の今後を考えてみたい。

朝鮮労働党規約によれば、党大会の主要な開催目的は二つだ。一つ目は党中央の人事、

二つ目は党の路線と政策の決定だ。人事の最大案件として元来、「朝鮮労働党総書記推戴」

があったが、2012年の朝鮮労働党第4回代表者会で党規約が改訂され、金正日総書記 が「永遠の総書記」に祭り上げられた。さらに最高指導者として「朝鮮労働党第1書記」

が新設され、代表者会で金正恩氏が推戴されている。従って、党大会の目的は人事ではな く。路線決定に集約されるだろう。

北朝鮮は長らく、米国との平和協定の締結を巡り、米国との直接対話を模索してきた。

平和協定は「停戦」状態にある朝鮮戦争(1950〜53年)の終戦を意味し、米国から攻 め込まれるリスクを排除して体制の安全を保障する、北朝鮮にとっての最優先課題だ。し かし、非核化を優先したい米国と、平和協定を優先したい北朝鮮との間で交渉はたびたび もつれてきた。今年に入っても、北朝鮮は核実験と長距離弾道ミサイル発射実験を強行し、

米国をはじめとする関係諸国との緊張状態が続いている。

そうした中、中国の王毅外相は今年2月、米国に対し、非核化と平和協定の協議を平 行して進める「新提案」を発表した。北朝鮮の核問題解決と朝鮮半島情勢安定のために中 国が初めて示した具体的な解決策提案だ。筆者は、北朝鮮は今後、中国の「新提案」受け 入れの意思を示し、「対立」から「対話」への急転換を狙っているとみている。そう考え れば、党大会前に核・ミサイル発射実験などを繰り返す北朝鮮の対外政策から米中両国の 思惑を見据え、体制の生き残りを図ろうとする金正恩体制の巧妙な戦略がみえてくる。

<中国「新提案」巡る思惑>

米国との平和協定の締結を最優先課題と位置づける考えは、金正恩第1書記も変わらな い。それを裏付けるのは、北朝鮮が昨年10月に党大会の開催を発表するのと並行して、米 国との敵対関係の解消を目指して「平和協定締結のための対話」を秘密裏に米国に持ちか けていたことだ。米国との秘密接触は2月22日、米メディアに対する米政府当局者の発言 などによって明らかにされた。

しかし、北朝鮮の提案に対し米国は「核放棄を巡る協議の1つのテーマとする」との立 場を表明し、平和協定を優先する北朝鮮の提案を拒否、交渉は実現に至らなかった。

ただ、この秘密接触で注目されるのは、両者が「非核化と結びつければ、平和協定の論 議は可能である」という立場を確認した点だ。これまでも米朝間で平和協定の締結に関す る議論はあったが、94年に成立した北朝鮮の核問題解決に向けた米朝の「枠組み合意」が 破綻して以降、両者が平和協定を正面から議論する機会はなかった。その意味で、北朝鮮

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にとって、米国が「平和協定論議」の可能性を示唆したことは「大収穫」だったと言える。

党大会を前に、北朝鮮が核実験やミサイル発射を強行した理由は明らかではない。だが、

米国の対話解決の基本姿勢を確認した後に、核・ミサイル開発の急速な進捗を誇示するこ とで国際社会の緊張感を高め、米国を直接対話の直接対話のテーブルに引き出すという、

伝統的な瀬戸際政策を再開したと考えられる。これに対し、国連安全保障理事会は今年3 月、北朝鮮産鉱物資源の輸入や北朝鮮向けの航空燃料輸出を原則禁止とするなど、過去に 例のない厳しい制裁決議を採択した。だが、北朝鮮を巡る各国の思惑は一様ではない。前 述の中国の「新提案」は、北朝鮮の意向をくんだとも取れる一方で、朝鮮半島情勢を巡る 有効な「外交カード」を手に入れようとする中国の意図が見え隠れする。また、米朝協議 の仲介役として主導権を握れれば、南シナ海への進出などで対立する米国に「貸し」を作 ることもできる。

北朝鮮も中国側の思惑を熟知していたようだ。米国との秘密接触時には米国の反応に反 発したが、中国の「新提案」には沈黙を保っていることが、それを示している。北朝鮮国 防委員会は4月3日、「(国際社会による)一方的制裁より安定維持が先決であり、軍事 的圧迫より交渉の準備が根本的な解決策である」とのスポークスマン談話を発表。韓国の 専門家からは、北朝鮮が「新提案に柔軟姿勢を示した」との見方が出ている。

北朝鮮が中国の「新提案」を受け入れる形を取るメリットは大きい。北朝鮮は中国の体 面を立てながら、米国との直接対話の機会を得ることになる。対話が実現すれば、金第1 書紀は党大会開催の年に「対米勝利者」を宣言することができる。これらを踏まえれば、

中国の「新提案」は北朝鮮の周到な戦略であった可能性さえある。米国に秘密接触を持ち かけて相手から「対話が基本」との姿勢を引き出すことで、中国が「新提案」を提示しや すい環境を 作ったとも考えられるからだ。

<本音は米朝とも「対話路線」>

そうなると、北朝鮮がいつ、「新提案」受け入れを表明するかがポイントとなる。この 点については韓国の北朝鮮専門家の間でも、「党大会中」や「党大会直前」などと見解が 分かれている。ただ、筆者は党大会中や党大会直前のタイミングで「新提案」受け入れを 正式表明しても、米国が正式な反応を示すには時間が足りないと考えている。ましてや、

米国は大統領選に向けた動きが活発化している時期だ。そのため、金第1書記は党大会で は「順調な経済発展」や「国連制裁にも屈しない姿勢」を誇示し、国内体制引き締めに専 念することに なるだろう。「新提案」受け入れの正式表明は、党大会終了後から今秋の 間になるのではないか。

米国は「新提案」にどう反応する だろう。ケリー米国務長官は2月23日、米中外相会 談で「 北朝鮮の行動に反応するだけでなく、協議のテーブルに戻すことが重要だ」(88)

と発言。米国務省スポークスマンも「米国は非核化と平和協定の並行論議の可能性を排 除したことはない。並行論議には非核化協議が前提となるべきであり、6カ国協議を通し て並行協議が実施されるべきだ」と述べ、韓国メディアは「(米国は)非核化と平和協定 に同じ程度の比重を置いているようにみえる」(89)との米消息筋の見方を報じることで 懸念を示した。