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一一一 小大

一一

赤墨

4

r

紺一小

O u 6j。

O o

一〇 っ

O i

6i

O e 6j。

O a

O 後前部なし

O uru

〈)juru

O uro

一〇 juro

O−juuro

O urつ

Qira ρura

σlura

djuura ρiN ρiN OUN

qON σjUN

li3.来るだろう

 共通語における力行変格活用動詞「来る」を取り上げ,

その推量形を見ようとした地図である。推量の意味を担 う付属形式の分布は112図「書くだろう」とほぼ同じだ が,東北地方から関東地方にかけて,クルベー(クルダ

ンベーも)・クッペー・クンベー・キベー・クベー・コベー などべ一の類に接続するさまざまな動詞形態が見られる。

中国地方や富山などにコーが分布する点をはじめ,110

u来よう」(意志形)との関連も興味深い。

 さて,語形の採用にあたり,終助詞付き回答で不採用 にしたものは次のとおりである。いずれも,終助詞の付 かない同形が併用で回答されており,そちらを採用とし ている(終助詞の扱いに他の活用形と異なる点があるが,

それについては2.1.「語形の採用と統合」を参照)。

  2785.15 [k亡αbεnε] [kdlbεsε]

  3649.73 [k曲rαIbela]

  3721.11 [kurubela]

  3725.49 [k亡αmbe:na:]

  3726.68 [k¢ulbe:na:]

  3734.14 [k山r亡αmbe:na:]

  3752.79 [kuエrulbeon]

  3774.64 [kt血r亡ambena] [k亡αmbe:na]

  4712.40[k山f山benaサ][kdlmbena響]

  4761.07[kulmbe:dε:](dε:は助詞)

  4763.11[kulmbe:dε](dεは終助詞)

   〃  [kUIInbe:na](naは終助詞)

  4792.30[kuppede:]〈普通>

  6366.25[コーチ]

  6642.32 [kururae:] [kuruzurae:].

  6656.31 [kobe:3ajo:]

このうち,4712.40の回答については,話者の注記とし て,〈na は「たぶん」の意が込められている〉とあった。

これは,終助詞na の付加が,単に感嘆の気持ちを表出 するだけでなく,推量の質に関わるものである可能性を 示唆している。また,4792.30の回答に話者が〈普通〉

という注記を加えているのは,終助詞の付かないkuppe より,終助詞de:の付いた上記の形の方が一般的である ことを指摘したものと考えられる。以上,いずれも終助 詞の付いた形の方を不採用にしているので,注意が必要 である。なお,6656.31の回答については,3ajo:の部分 を終助詞とみなした。同地点では,併用でさらに[ku−

ruzura3ajo:]という形も回答されており,やはり3ajo:

の部分が終助詞と考えられる。

 「推量形」の定義に合わなかったり,調査文の文脈か ら逸れた回答であるため不採用としたのは次の回答であ る。まず,

  7308.37[ko:ke:]〈「来るだろうから」〉

は,話者の注記のとおり接続助詞につながる形であり,

言い切りになっていない。また,

  1169.62 [tlo:ruha3iro:]

は,「来ているだろうね」にあたる回答であり,完了の アスペクトが入りこんでいる。さらに,

  5660.50[キテクレルヤロナー]

は,「来てくれるだろう」という形になっている。

  1942.62 [koijo] [kしurulndake]

は,前者が「来いよ」(命令),後者が「来るんだっけ」

(疑問)にそれぞれあたると考えられ,調査のねらいか ら大きく外れている。

  5548.55 [kakarerudaro:] (やや丁寧).

は,「書かれるだろう」が誤って回答されたものではな いかと思われる。以上,いずれも不採用とした。

 いわゆる「様態」の形式は原則として採らなかったこ とは,2.1.「語形の採用と統合」で述べた。これに関連

して,

  6495.07[クルゲナ]

には,調査者により(これは正確には「来るらしい」の 意味で,この項目の回答としては不適当である。しかし,

話者はこの回答を「来るだろう」の意味にもとったので ある。)という注記が加えられていた。この注記は,ク ルゲナが「様態」の意であるにもかかわらず,話者が調 査文を取り違えて回答されたものであることを指摘して いると解釈される。したがって,この回答は不採用とし た。この他,

  2734。05[kururali:](共)

も「様態」の形式と判断して採用しなかった。

 待遇形式を含んだ回答であるため不採用としたのは以 下のものである。

  0724.95[kurudelo:]<上>

  5548.55[korarejo:](やや丁寧)

  5623.94[kurudejalo:](「来るでしょう」にあた    る。)

  6542.64[kijorularo:]〈親しい間柄で>

  6552,80 [kijorujaro]

  6563.30[kjorujaro]<同輩または目下を主語とす    るとき〉

    〃 [kirarujaro]〈目上を主語とするとき>

  6563.87[kjorujaro]〈下〉

    〃  [kijaharujaro]〈上〉

 使用状況から見て採用できなかった回答は,次のとお

りである。注記により,いずれも話者自身は使わないと みなされるものである。

  0724.95[kurundenaiga]〈他の人が言う。>

  1835.20[kulrulbe]〈使う人もいるが,私は使わな    い。>

  4639.69[k山ppε7](ゆ)〈新,若い人たちが使う。>

  5713.94[kiqpe:]<少,老・若,自分以外>

  5721.76[kuppe:]〈若い人が使う。>

  6267,09[kurujaro:]〈若い人が言う。>

  6437.94[k田Rud3afo ](ゆ)〈聞くがあまり使わな    い。>

  6454.24 [ko:] (ゆ) 〈他>

  6485.21[クルジャロー]

  6572.14 [kurujaro:] 〈若〉

このうち,6437.94の回答については,単に「あまり使 わない」という注記ならば使用頻度「少」と解釈して採 用するのが原則である。しかし,「聞く」という注記も 加えられている点を重視し,話者の使用形ではないとみ なして不採用にした。また,6485.21の回答は[クルヤ ロー]との併用であり,〈クルヤローは旧丸亀市内の人 のことば,クルジャローは田舎の人が言うのを聞く〉と いう注記がある。調査地点は旧丸亀市内と考えられるの でクルヤローは採用,クルジャローは不採用とした。

 また,7320.95では,調査者が「「来るだろう」をその まま言い換えると,来ルダローb来ルジャロー・来ルや 四一の中のどれになりますか」と質問したのに対して,

話者が「[jaro:]ですね」と回答しているが,「来る」

の部分が発音されていないので,不確かな回答とみなし て採用しなかった。

 参考話者の回答として補助記号付きで地図に載せたの は,次の回答である。

  5624.84[ko:zu]〈昔の年寄り>

  6469.77[クンダロー]

  6539.22[kurudzura]〈昔の人〉

一方,次の参考話者の回答は,採用条件に合わないため 不採用とした。

  4652.79[kulrumdanε:ka](妻)

  5463.73 [kurud3ara:] [kudd3ara=]

  5670.47 [korudarazu] 〈老>

  5673.18[kurura](妻)

  5762.82[k甲pe:](妻)

5670.47の回答は,第2調査票の同席者のものである。

 音声の統合に関しては,

  2151.21 [kfsdusipai]

という回答があり,sの扱いが問題となったが,

  2141.52 [kisltus1pai]

  2151.51 [kfsidussa ara;〕]

などとの関連を考慮し,sを音節主音的な子音とみなし てくkf§dusipai>として見出しに表示した。

 採用したが,音声上やや疑問のある回答として,次の 2つに注意しておきたい。まず,

  1271.05 [θa:sani]

のθa:は,θi:(「来る」の連用形)+ja(は)が変化した ものであり,それにsani(「する」の否定形+疑問の終 助詞i)が付いて,全体で「来はしないか」=「来るだ ろう」の意になると考えられる。ただし,「来る」連用 形の語頭のkがθに変化する現象はこの方言で従来知ら れていないことなので,注意を要する。次に,

  1261.16[tli:jahami]

はhamiが気になる。この地方に存在することが知られ ている終助詞sami(詰問の意の「かね」にあたる)が s>hの音変化によりhamiとなったものかとも思われた が,この終助詞は普通,用言の終止形や連体形を受ける ので上記の例では接続が不自然であり,また,意味的に も推量にはならない。それよりは,上記1271.05の例で 示したような,この調査地点の周囲でも回答されている 推量形式saniの変化形と見るのが妥当であろう。同地点 の他の地図の回答は,

  112図「書くだろう」[katlijahani]

  114図「するだろう」[li:jahani]

  142図「高いだろう」[takahaijahani]

のように,いずれもhaniとなっており, sani>haniと考 えられる。しかし,なぜ,この項目に限って末尾音節が miであるのか,依然として疑問が残る。 niにmiが対応 する方言ではない点も考慮すると,haniの語彙的なバリ エーションとしてhamiという形もあるということなの か,あるいは,話者の言い間違いや調査者の単純な誤記 であるのか,そのような理由が考えられよう。一応,

hamiのまま採用としたが,以上のような疑問の残る回 答である。

 語形の記号化は,2.2.に述べた推量形全体に統一的な 方法に従った。ただし,「後前部」の違いを表す【一本 線の向き】のみは各図ごとに指定することになっていた ので,以下にその一覧を掲げる。なお,この線の向きは,

意志形の110図「来よう」に対応させてある。

 表2−4

榿 小

水一小{

茶{1{

十一小一

紺一小

O uru 6。,

6uu,u

一〇juru O−juuru

(}oru

O uro 6UU,。

一〇 juro

O−juuro

O−oro

て)orつ

ρura quura

σjuura

O i

61

0 u 6j。

O o O a 6iQ

O UQ O−OQ

ρiN ρfN σUN QjUN

て)ON

l14.するだろう

 共通語におけるサ行変格活用動詞の「する」を取り上 げ,その推量形を見ようとした地図である。113図「来 るだろう」と同様に,東日本にべ一・ペーに接続するさ まざまな動詞形態が現れている。また,中部地方のスル

〜・ Vル〜・セル〜の交錯の様子も注目される。中国地 方や富山に見られるショーの分布と111図「しよう」(意 志形)における同形の分布との関連をはじめ,両図の対 比も興味深い。

 さて,語形の採用にあたり,終助詞付き回答で不採用 にしたものは次のとおりである。いずれも,終助詞の付 かない同形が併用で回答されており,そちらを採用とし ている(終助詞の扱いに他の活用形と異なる点があるが,

それについては2.1.「語形の採用と統合」を参照)。

  3649.73 [s亡αbela] [s亡α:bela]

  3752.79 [Ilrulbeon]

  3774.64 [s亡αmbe:na]

  4712.40[s山mbena:]

  4763.11[sulmbedε]

  5508.16[スルヤロカ.イ]〈多>

  6366,25[ショーテ][ショーデ]

  6477.12[スルヤローナ][スルジャローナ]

  6656.31 [liruzura3ajo:]

このうち,6477.12の回答には,調査文に「たぶん」と あるのでナの付いた形が回答されたという旨の調査者の 注記が付いている。上記の回答は不採用としたが,調査 文の文脈では終助詞のナの付いた形の方がむしろ適当と

いうことかもしれない。また,6656.31の回答について は,3ajo:の部分を終助詞相当とみなして処理した。

 「推量形」の定義に合わなかったり,調査文の文脈か ら逸れた回答であるため不採用としたのは次の回答であ る。まず,

  7308.37[〜o:ke:]〈「するだろうから」〉

は,話者の注記のとおり接続助詞につながる形であり,

言い切りになっていない。また,

  3688。82 [sitekennadan阜 ga:]

  5568.14[シテクレルヤロー]

  6522.89 [〜itekurerujaro:]

は,いずれも意味的に「してくれるだろう」にあたる言 い方と考えられる。

 いわゆる「様態」の形式は原則として不採用とするこ とは,2.1.「語形の採用と統合」で述べた。そこで,次 の回答が問題となる。

  2793.04 [st意r亡αeNtana]

従来の記述によれば,この地方のeNtaは「ようだ」に あたる形式であり(『方言学講座』2巻146ページ,『講 座方言学』4巻234ページなど),また,同地点の他の推 量形項目には現れず,この項目のみに回答されていると いう点で特殊である。従って,この回答は,様態の形式 が誤って答えられた可能性が高いとみて不採用とした。

 これらに対して,次の回答は調査文に適合したものか

どうかやや疑問が残るが,採用としたものである。まず,

  1271。05 [θinsuru]

は,語源的に「しそする」に対応する形であり,「する ぞ」のような意味になっているのではないかと考えられ る。したがって,強意の構文形式である可能性が高いが,

終止形+終助詞という形式の回答を採ったのに準じて採 用とした。終止形+終助詞の場合と同様,「たぶん」な どの副詞と呼応して全体で推量を表すものであろう。ま

た,

  2086.60 [li:rundara:]

は,これまでの報告に見当たらない形のようである。語

源的には「する」の終止形に,du(ぞ)+aru(あ

る〉+wa:(「よ」詠嘆)が加わったものではないかと 推定される。そうだとすると,上の1271.05の回答同様,

強調を表す特殊な構文である可能性が残るが,やはり,

終止形+終助詞の形式に準じて採用とした。このdaral の場合は,すでに終助詞的なものとなっているのかもし れない。なお,これと一見似た形の回答に,

  2095.60 [sudura:re=]

があるが,このdura:は,語源的には, du(ぞ)+uri

(それ)+ja(は)と解釈できるものである。もし,語 源の意味を残しているならば,調査文から外れている疑 いもあるが,『南琉球の方言基礎語彙』789ページに波照 間方言の終助詞「ぞ」として記述されており,すでに一 単位の終助詞として機能しているようである。上の回答 は,その後にさらに別の終助詞re:が加わった形と考え

られる。

 この他,次の回答も疑問が残るまま採用としたもので

ある。

  6610.08 [serulbadara] [serulbazulra]

このようなbaの入った形は従来の報告に見つけること ができなかった。話者自身は使用しないため不採用とし た[ser田bara]についても同じである。同様の形式は 形容詞の「高いだろう」にも現れるので誤答とは思われ ないが,他の動詞項目「書くだろう」「来るだろう」に は回答されていない点が気になる。同地点では,baの 入らない[serulz{ura][serulra]が併用で回答されて おり,また,周囲の地点ではserudaraが見られる。こ れら,baの入らない形との意味的な違いについて,さ

らに確認が必要である。

 待遇形式を含んだ回答であるため不採用としたのは以 下のものである。

ドキュメント内 シリーズ 国立国語研究所報告 ; 97‑3(別冊) (ページ 60-139)

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