ヒトは,生後12ヶ月頃から,自分から離れた対象に 対して自発的に指さしを行うようになる。この指さし を,他者を意識した共同注意として捉えると,Bates, Camaioni, & Volterra (1975)による指さし機能の分類は 妥当にみえる。Bates et al. (1975)は,言語獲得以前の 乳児の指さしを「原命令(protoimperative)」と「原叙 述(protodeclarative)」に二分した。
原命令は,乳児が自分の欲求を満たすために大人を利 用する行動であり,例えば,欲しい対象に手を伸ばした り,指さしたりして要求する。原叙述は,乳児の関心の 対象へ大人の注意を向けさせようとする行動と考えられ る。乳児が突然ある方向を指さしたとしよう。すると,
大人はその先に乳児の関心の対象があることを予想す る。もし乳児が自分の注意や関心の対象を大人と共有し ようとして指さしを用いるのであれば,この「叙述の指 さし(declarative pointing)」は,乳児が自分とは異なる 注意や関心を持った意図的な主体として他者を理解して いるとみなせる。自閉症児では,叙述の指さしと要求の 指さしのうち,後者は行うものの前者は著しく制限され る(Baron-Cohen, 1991; Carpenter, Pennington, & Rogers, 2002; Curcio, 1978)。この事実は,それぞれの指さし機 能における他者理解のレベルが異なることを反映してい ると思われる。
しかし,乳児が他者をどの程度「意図をもった主体」
として理解しているかという点については,これまで 十分検討されてこなかった。Moore & Corkum (1994) は,面白い対象を見つけたときの乳児の自発的な指さし は,その指示対象へ大人の注意を向け直すためというよ り,乳児自身に対する大人の反応を引き出すための行動 であると主張した。日常において,乳児の自発的な指さ しに対し大人は敏感に反応し,多くの場合微笑んだりコ メントしたりとポジティヴな反応をする。このような他 者からのポジティヴな反応や他者とのインタラクション そのものを引き出し維持することが,叙述の指さしの 重要な動機づけとなっていると彼らは主張する。Moore
& DʼEntremont (2001)は,1歳代における他者の注意状 態への敏感さの発達的変化を実証的に調べるために,乳 幼児の叙述の指さしに対する親の反応を実験的に操作し た。その結果,1歳前半児は,指さしの対象に大人が注 意を向けていたか否かにかかわらず,乳児自身に注意を 向けているときに指さしを多く生起させた。他方,1歳 後半児は,親が対象を見ていないときに指さしを多く 行った。これらの結果から,Moore & DʼEntremont (2001) は,1) 1歳前半においては大人とのインタラクションを 促進するために指さしを用い,他者が固有の注意や関心 を持つ存在であることは理解していない,2) 1歳後半に なってようやく,他者の注意を向け直すために指さしを 用いるようになる,と結論づけた。
Liszkowski, Carpenter, Henning, Striano, & Tomasello
(2004) は,この見方に否定的である。 Liszkowskiらは,
12ヶ月児の叙述の指さしに対する大人の反応を操作し,
乳児の反応を比較した。その結果,大人と共同注意が成 立している条件で,他の条件(大人が対象のみを見て乳 児には反応しない条件,全く無反応の条件)よりも指さ しが高い頻度でみられ,また,指さしの持続時間も長かっ た。さらにLiszkowskiらは,大人がすでに対象を見て いたときでも指さしを行っていたというMooreらの結 果について,乳児は共同注意をすでに成立させていた対 象についてのコメントを大人から引き出そうとしたから だと反論した。Liszkowskiらの解釈に従うと,乳児は指 さしを始める頃から他者固有の視点を理解しており,他 者の注意や関心を自分の関心の対象へと向け直すために 指さしを行っていることになる。
この解釈について,木下 (2008)は,乳児は自分とは 異なる対象に向けられている他者の注意を引き寄せ,自 分の関心の対象へと向け直すために指さしをするのであ れば,他者が対象を見ていない条件(乳児の顔しか見 ていない条件や全く無反応の条件)でも共同注視条件 と変わらない指さしが起こるはずと指摘する。しかし,
Liszkowskiらの結果はそうではなかった。大人が乳児の
顔しか見ない,あるいは全く無反応な条件では,指さし はみられるものの,その生起は時間が経過するにつれ途 切れがちになっていたことがうかがえる。木下(2008) は,指さしが出現して間もない1歳前半には,乳児は 自発的に他者とコミュニケーションしようとはするもの の,それを他者の注意や意図に応じて適切に調整しなが らコミュニケーションすることはいまだ困難であるとす る。
この可能性を考慮すると,MooreらとLiszkowskiら の一見対立する結果をつなぎあわせた説明ができそう
だ。Mooreらが示したように,1歳前半の乳児は,他者
―対象―乳児という三項関係場面において,指さしを用 いて他者とのコミュニケーションを積極的に求めると考 えられる。ただし,その指さしが他者の注意や関心を変 える機能を果たすレベルに達するには,その後しばらく 時間がかかるのではないだろうか。そして,そのレベル に至るまでには,大人が乳児の指さしに敏感に反応し,
指さしの機能的な解釈を与え,誘導するといった「足場 づくり(scaffolding : Wood, Bruner, & Ross, 1976)」が重 要な役割を果たしている可能性がある。
では,乳児はいつ頃から,他者の注意や関心を変える 意図をもった指さしを主体的に行うようになるのだろう か。この点を解明する鍵は,乳児が他者と経験を共有し たことを理解しているかどうかという点にある。Moll, Richter, Carpenter, & Tomasello (2008) は,14ヶ月児が,
他者とある対象に関する経験を共有したことを理解して
いることを示した。乳児を誘導して実験室に行く途中 に,ある刺激(ターゲット)を何度か偶然に目にする状 況を設定することで,同伴の実験者Aと経験を共有させ た。他の2つの刺激は,実験室に入ってから別の実験者 Bが乳児と実験者Aの前に提示し,より自然な形で経験 を共有した。実験者Aが部屋を出た間に3つの刺激が乳 児の目の前に置かれ,部屋に戻った実験者Aは刺激を見 ながら,ただし特定の刺激を示さないよう曖昧に要求し た。その結果,多くの乳児がターゲットを選んだ。一方,
他の統制条件(実験者Bが要求する条件,実験者Aが一 人でターゲットを観察している場面を乳児が傍観する条 件)では,乳児は3刺激をランダムに選択した。これら の結果から,Moll et al. (2008)は14ヶ月児が特定の他 者と特定の経験を共有することを理解していると結論づ けた。
Mollらによる一連の研究(Moll, Carpenter, & Tomasello, 2007; Moll et al., 2008; Moll & Tomasello, 2007)は,他者 との共有経験や他者の知識状態に基づいて他者の指示対 象を理解する14ヶ月児の柔軟な能力を示している。し かし,これらの研究において重視されていない点がある。
それは,大人の側による積極的な誘導が手続き中に含ま れていた点である。Moll et al. (2008) では,ターゲット との予期せぬ遭遇場面では,実験者が大げさに興奮して いた。さらに,乳児が刺激を選択する場面でも,実験者 が乳児に積極的に要求し,乳児はそれに受け身的に応答 した。大人主導のコミュニケーションによって発達する 他者との共有理解の高まりは,乳児の能動的な行動と考 えられる叙述の指さしの出現と密接な関連があると思わ れる。乳児による指さしが大人の注意をその指示対象に 向けさせることを意図するものなら,叙述の指さしは,
大人が自分と経験を共有できる存在だという理解を前提 とすると考えられるからである。
以上より,叙述の指さしは,大人と対象を共有したい という乳児自身の意図,動機を基盤として出現すると考 えられる。だとすれば,乳児が指さしを行う動機は,他 者の反応しだいで変化する可能性が予測できる。例えば,
指さしに対する他者の反応に,対象を共有したいという 意図達成の手ごたえが感じられなければ,乳児の指さし の動機は低下し,指さしの頻度は減少するだろう。
こうした仮説に基づき,本研究では,1歳前半児およ び後半児を対象に,指さしの出現と他者との共有経験の 理解度との発達的な関連性を実証的に調べた。本研究が 独自に着目した点は,1)乳児が指さしを行う動機,意 図的側面,2)対象を他者と共有したいという動機に基 づき指さしを行った乳児における他者の心的状態の理解 度,であった。具体的な目的は,以下の2点とした。ひ とつめは,他者の反応の違いが1歳児の指さしの出現に どのような影響を与えるか,それが発達的にどのような