第二章 やさしい日本語ニュースと一般ニュースの語彙特徴
1. 品詞別の特徴
1.1. 名詞
まず、NHK のやさしい日本語ニュースと元の一般ニュースに含まれていた名詞の普通名詞、
固有名詞の語数を表16に示す。
表 16 名詞の内訳(普通名詞・固有名詞(語))
普通名詞 固有名詞 名詞全体
延べ語数 一般ニュース 22,534 3,650 26,184 やさしい日本語ニュース 8,531 2,002 10,533 異なり語数 一般ニュース 3,536 1,085 4,621 やさしい日本語ニュース 1,341 614 1,955
表16に示したとおり、やさしい日本語ニュース・一般ニュース、また延べ語数・異なり語 数を問わず、普通名詞は固有名詞よりも数多く使用されていた。ニュースでは特定の一個人 が行ったことから会社組織、地方自治、内閣、国際的な組織等の国内外で起きた出来事まで さまざまな内容が報じているため、固有名詞が多く出現するとはいえ、当然ながら普通名詞 を上回るほどには使われてはいなかった。特に延べ語数では普通名詞と固有名詞で使用割合 に大きな差が出ており、固有名詞1語あたりの平均使用回数は普通名詞と比べ、少ないこと がわかる。やさしい日本語ニュースの場合、固有名詞のニュース1本当たりの平均使用回数 は延べ語数約9.5語、異なり語数約2.9語である。(16) に固有名詞が延べ語数11語、異なり語 数3語使用されたニュースを例に取り上げる。
(16) ブラジルで行っているサッカーのワールドカップの準決勝で、8日、ブラジルとドイツが試 合をしました。ドイツは、ゴールの前に速いパスをしたりして、前半に5点、後半に2点取 って、7−1でブラジルに勝ちました。ドイツが決勝に進むことになりました。ドイツは2 002年にも決勝に進んでいます。ブラジルは夢だった自分の国での優勝ができなくなりま した。この試合で、ドイツのクローゼ選手はワールドカップで16点目のゴールをしました。
クローゼ選手は、ワールドカップでゴールがいちばん34多い選手になりました。(や: 32)
(下線部:普通名詞、斜体字:固有名詞)
(16) に示したやさしい日本語ニュースにおける固有名詞の延べ語数は、平均値を若干上回 るものの、固有名詞の延べ語数・異なり語数が平均値に近いニュースである。このニュースで は固有名詞も多く用いられているが、普通名詞は固有名詞よりも約 2.5倍多く用いられていた。
続いて、図11にニュースで使用された普通名詞・固有名詞の構成を示す。
34 『明鏡国語辞典 第二版』では、序列が最高であるという意味の「一番」は名詞であるとされている。
図 11 名詞の内訳(普通名詞・固有名詞)
図11は表16に示したやさしい日本語ニュースと一般ニュースで使われた普通名詞・固有名 詞の内訳を示したものである。やさしい日本語ニュース・一般ニュース、延べ語数・異なり 語数のうち、一般ニュースの延べ語数、やさしい日本語ニュースの延べ語数、一般ニュース の異なり語数、やさしい日本語ニュースの異なり語数の順に固有名詞の使用率が小さかった。
続いて、表17で名詞1語の普通名詞と固有名詞の平均使用回数の違いをみる。
表 17 名詞 1 語あたりの平均使用回数(回)
普通名詞 固有名詞 名詞全体 一般ニュース 6.4 3.4 5.7 やさしい日本語ニュース 6.4 3.3 5.4
表17に示したとおり、普通名詞と固有名詞を比べると普通名詞はやさしいニュース・一般 ニュースともにどちらも2倍近い頻度で使用されていた。固有名詞の使用回数が平均3回強と なったのは、1本のニュースでしか使われなかった固有名詞でも、組織名や人名など2-3回繰 り返し現れる語があったり「日本」や「東京」など非常に高い頻度で使われる語35があったり したことで、平均使用回数が押し上げられたためである。一方、普通名詞の平均使用回数は6 回強である。ニュース1本あたりの文字数はやさしい日本語ニュースで約340字、一般ニュー スで約662字で、やさしい日本語ニュースの場合、1本のニュースに3回以上現れる語はそれ ぞれのニュースに10語未満であることが多い。そのため、普通名詞1語が平均して6回強使 われているのであれば、多くの普通名詞は1本のニュースのみではなく複数のニュースの中 で繰り返し使われた語であると考えられる。
また、ここで注目したいのは、やさしい日本語ニュースと一般ニュースではどちらも普通 名詞・固有名詞1語あたりの平均使用回数にほぼ違いがみられないとはいえ、名詞全体でみ た場合、やさしい日本語ニュースのほうが平均使用回数が少ない点である。前述のとおり、
やさしい日本語ニュースでは限られた難易度の低い語彙でニュースを構成することを原則と
し、表13「1 語の平均使用回数(回)」に示したとおり、やさしい日本語ニュースと一般ニ
ュースの自立語の1語の平均使用回数はそれぞれ約7回・約6回で、やさしい日本語ニュース
35 「日本」「東京」はやさしい日本語ニュースでは順に131回・90回、一般ニュースでは順に149回・118回使用されていた。
0% 20% 40% 60% 80% 100%
やさしい日本語ニュース 一般ニュース やさしい日本語ニュース 一般ニュース
異なり 語数延べ 語数 普通名詞
固有名詞
のほうが多い。そうしたことから、使用する語彙に制約のあるやさしい日本語ニュースより も制約のない一般ニュースのほうが幅広い語を使える分1語あたりの使用回数が少なくなる という可能性が考えられるが、その反対の結果となった。
この結果については表17に示したように、やさしい日本語ニュースと一般ニュースで平均 使用回数に違いがあるのは普通名詞ではなく固有名詞である。やさしい日本語ニュースへの 書き換えではニュース文の長さを調整し、重複する内容を省略する目的でリード文が削られ ていた例が多かった。(17) (18) のaに示すのは一般ニュースのリード文の例で、それぞれ5-6 語の固有名詞を含んでいるが、これらのリード文はやさしい日本語ニュースへの書き換えで 完全に削除されていた。
(17) a. JR東日本は、羽田空港の利用客増加を見込んで検討していた空港と東京都心を結ぶ新し
い鉄道路線について、空港と東京、新宿、新木場の3つの駅を結ぶ3路線で開業を目指す ことを明らかにしました。(般: 176)
b. (対応箇所なし)(や: 176)
(18) a. ロシアの当局はアメリカの大手ハンバーガーチェーン、マクドナルドの一部の店舗につい
て、衛生管理に問題があるとして営業停止の処分にし、ウクライナ情勢を巡るアメリカの 制裁への対抗措置の一環ではないかと受け止められています。(般: 184)
b. (対応箇所なし)(や: 184)
ただし、リード文に含まれた固有名詞はリード文に続くニュース本文では1回以上使用さ れている。そのため、リード文の削除は固有名詞の異なり語数減少にはつながっておらず、
延べ語数のみを減らしていると言える。こうした固有名詞を多く含むリード文がやさしい日 本語ニュースへの書き換えで削られたことが一因となり、やさしい日本語ニュースにおける 固有名詞、ひいては名詞1語の平均使用回数を下げることにつながったと考えられる。
続いて、普通名詞・固有名詞それぞれの内訳をみる。先述のとおり、本調査では品詞分類 の際、代名詞を名詞の中に含めている。しかし、森田(1991: 13)が代名詞は一般の普通名詞 とは異なり、場面との関係性が強いと述べているように、代名詞は一般の名詞とは異なる一 定の性質を兼ね備えている。そのため、ここでは普通名詞に含まれる代名詞を取り出し、そ の数と使用率を表18に示す。
表 18 普通名詞の内訳(代名詞・その他(語))
普通名詞(除代名詞) 代名詞
語数 % 語数 %
延べ語数 一般ニュース 22,285 98.9 249 1.1 やさしい日本語ニュース 8,461 99.2 70 0.8 異なり語数 一般ニュース 3,521 99.6 15 0.4 やさしい日本語ニュース 1,331 99.3 10 0.7
ニュースの語彙の中で名詞、特に普通名詞の使用が際立って多いことは先述のとおりだが、
その中で使われている代名詞は表18に示したとおり、やさしい日本語ニュース・一般ニュー スの延べ語数・異なり語数ともに全体の1% 前後である。「読む」形式のニュースの発信者は 一人であり、発言の引用などを除き、人代名詞は使われない。また、明確に情報を伝える必 要があることから、事物代名詞も避けられる傾向があると思われる。ここではどのような人 代名詞や事物代名詞が使用されていたのか、順に例を挙げる。まず、(19) に人代名詞が使用 された例を示す。
(19) a. 「僕36の夢はワールドカップの決勝を戦うことだった。でもそれはもうできない。(中略)」
と涙をこらえながら笑顔でメッセージを伝えました。(般: 24)
b. 「僕の夢はワールドカップの決勝に出ることでしたが、もうできません。(中略)」と泣 かないようにしながらメッセージを伝えました。(や: 24)
(19) のような人代名詞には「僕」のほか、「私」「あなた」「誰」があったが、「誰」を 除きすべて発言の引用文の中で使用されていた。次に、(20) bに事物代名詞が使用された例を 示す。
(20) a. 墜落についてウクライナのポロシェンコ大統領は、「テロリストが民間の旅客機を撃墜し
た」と述べ、親ロシア派の武装集団が撃墜したものだと強く非難しました。(般: 66)
b. ウクライナの政府は、飛行機が落ちたのは親ロシア派(=ロシアに考え方が近い人たち)
のグループが撃ったためだと言いました。そして、これはテロだと言っています。(や: 66)
(20) bのような事物代名詞は具体物を差すのではなく、文脈指示として使用されていた。な
お、(20) aはやさしい日本語ニュース文 (20) b書き換え前の原文だが、(20) bとは異なり、事 物代名詞は用いられていない。
続いて、固有名詞の内訳を表19で確認する。ここでは固有名詞を地名・組織名・人名・そ の他の4種に分類する。地名・組織名・人名を取り出して集計するのは、NHK NEWS WEB EASYでは3種類の固有名詞に色をつけて表示する機能があり、固有名詞の種類をみるに当た って妥当な分類だと思われたためである。なお、ニュース文から得られた地名・組織名・人 名を除く「その他の固有名詞」とは作品・祭り・川・公園などの名称で、それぞれ「風立ち ぬ」「天神祭」「玄倉川」「汐吹公園」などの語が該当する。
36 対象としたニュースで「僕」という人代名詞が使用されたのは、外国人の発言が翻訳引用された場合に限られた。日本人の 発話に出てこなかった「僕」という語が (19) の話者のような20代の男性の自称として訳出されていることを考えれば、「僕」
が一種の差別語だとも言える。