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反論者の想定に見る『青目註』の独自性

第 3 章 MMK 諸注釈書における反論者の想定

3.5 反論者の想定に見る『青目註』の独自性

以上、MMKの偈頌についてそれをNāgārjunaとするか、反論者とするかという想定が 各注釈書間で相違している例を確認してきた。その結果、第15章第9偈abに対するPSP の解釈を除けば、『青目註』以外の諸注釈書の解釈はほぼ一致していた。それについては第 13章第3偈や第17章第20偈のように、ややもすればNāgārjunaの主張か反論者の主張 かを判断することが困難な例ついても同様である。それはつまりMMKにおける反論者の 想定については、ABhに示される解釈がほぼ改められることなく中観派の中で伝承されて きたことを意味する。

他方、『青目註』のみがほとんどの例で他本と異なった解釈を示していた。よって中村

[1975]で挙げられている8例は、第15章の例を除けばいずれも『青目註』が他本と異 なった解釈を示している例であるということになる。

そして、『青目註』にそのような解釈の相違が見られる場合には、偈頌に意訳の痕跡が認 められる場合が多く、その注釈についても羅什によって修正が加えられている可能性が高 いと論じた。そして、羅什がそのような措置を施した動機として以下の3種の編集方針が 考えられた。

①偈頌を分割して注釈しない。

②MMK全体を見通した上での文脈を整合させる。

③本文中に現れる反論者を、特定の学派に当てはめない。

まず①は同じく漢訳である『般若灯論釈』では偈頌が分割されているため、偈頌を分割 しないということが必ずしも漢訳者に共通の規定として存在したわけではない。そのため、

羅什がなぜこのような方針で内容を改めたかは定かでないが、その動機をうかがわせるも のとして以下のような記述が存在する。

『出三蔵記集』第十四 鳩摩羅什伝第一 T.55 p.101c7

什毎爲叡論西方辭體商略同異云。天竺國俗甚重文藻。其宮商體韻以入絃爲善。凡覲國

85

王必有讃徳見佛之儀。以歌歎爲尊。經中偈頌皆其式也。但改梵爲秦。失其藻蔚。雖得 大意殊隔文體有似。嚼飯與人。非徒失味。乃令歐穢也。

この記述から、羅什はサンスクリットの偈頌における韻律の美しさを重要視しており、

それが漢訳されることで偈頌本来の音の美しさが損なわれてしまうという儘ならなさに隔 靴掻痒の感を抱いていたことが分かる。このことから、MMK の偈頌についても羅什は pāda 全体での韻律を考慮しており、偈頌が分割されることでその美しさが損なわれるの を避けるために、偈頌が分割されている箇所については原典の注釈をすべて排して、現行

『青目註』に見られる形式へ改めたという可能性が考えられる。

また、そうであるとしたら第13章第4偈の後半が『青目註』で注釈されていないとい う問題については、羅什が解釈の整合性より韻律の美しさを重視したということになるが、

これについては②の方針に起因すると考える方が妥当である。つまり、他本の解釈は第13 章における注釈としては整合しているが、その後の第15章第9偈のprakṛtiをめぐる解釈 との間で文脈に齟齬を来たしていた。そのため、羅什は『青目註』全体を通して一貫した MMK解釈となるよう、本文に修正を加えたということになる。

そして③は1.2.2や1.3.3と同様の例であり、本章で挙げたものとしては第9章がそれに 該当する。これについて、1.2.2では青目が中央アジア出身であるという先行研究の仮説に 基づき、『青目註』の記述についても中央アジアで成立したという可能性を検討したが、そ

れ以外の1.3.3や第9章の例は羅什による修正と考えられるものであった。これらの例で

はいずれも他本が後秦において定着していない学派を反論者として想定していた。そのた め、『青目註』では漢語圏で読まれる典籍としてより適切な内容となるよう羅什によって改 められたという可能性を検討した。そして、それにより『青目註』の序文で指摘される羅 什による加筆、修正がMMKにおける反論者の想定にまで及んでいることが分かった。

最後に第17章第20偈をめぐる解釈の相違が残っているが、これについてはMMK注釈 書だけでなく、ŚS(V)や『大智度論』にも同様の偈頌が説かれており、その解釈が相違し ていることから、果たして各テキストの見解のいずれがNāgārjuna自身の解釈であるのか 判別が困難であった。しかしながら、その相違が漢訳テキストとそれ以外のテキストの間 で生じていることから、羅什による影響が可能性として想定される。

1 〔MMK Chap.9 v.1〕darśanaśravaṇādīni vedanādīni cāpy atha/ bhavanti yasya prāg ebhyaḥ so 'stīty eke vadanty uta/ / (Ye[2011a]p.150)

見るはたらきや聞くはたらきなど、あるいは感受作用などもまた、これらに先行して存在 するある者に所属している、とある人々は述べる。

〔MMK Chap.9 v.2〕kathaṃ hy avidyamānasya darśanādi bhaviṣyati/ bhāvasya tasmāt prāg ebhyaḥ so 'sti bhāvo vyavasthitaḥ/ (ibid.)

なぜなら、存在しない事物に、どうして見るはたらきなどがあるだろうか。それゆえ、こ れらに先行して成立しているそのような事物が存在する。

2 D.124a6, P.152a8

3 LVP[1903-1913]p.192.8

86

4 〔MMK Chap.9 v.3〕darśanaśravaṇādibhyo vedanādibhya eva ca/ yaḥ prāg vyavasthito bhāvaḥ kena prajñapyate 'tha saḥ/ / (Ye[2011a]p.150)

見るはたらきや聞くはたらきなど、そして感受作用などに先行して成立しているその事物 は、それでは何によって想定されるのか。

〔MMK Chap.9 v.4〕vināpi darśanādīni yadi cāsau vyavasthitaḥ/ amūny api bhaviṣyanti vinā tena na saṃśayaḥ/ / (ibid.)

もし見るはたらきなどが無くても、それ(事物)が成立しているならば、それら(見るは たらきなど)もまた、それ(事物)が無くても存在することは疑いが無い。

5 BP D.203b2 P.229b6、PP D.126a6 P.154b7、PSP LVP[1903-1913]p.194.10

6 Monier p.11a

7 ibid.

8 『青目註』では他本でいう第25章第15偈と第16偈の順序が逆になっている。

9 若人説我相。如犢子部衆説。不得言色即是我。不得言離色是我。我在第五不可説藏中。

(T.30 p.15c27)

10 ABh D.52a3 P.61b2、BP D.203b5 P.230a2、PP D.126b2 P.155a3、PSP LVP[1903-1913]

p.195.1

11 如薩婆多部衆説。諸法各各相。是善是不善是無記。是有漏無漏有爲無爲等別。異如是等 人。不得諸法寂滅相。以佛語作種種戲論(T.30 p.15c29)

12 BP D.217b4 P.246a7、PP D.147b5 P.183a2、PSP LVP[1903-1913]p.237.11

13 斎藤[1982]p.74

14 ibid.

15 この箇所はDCPNおよび敦煌写本のいずれも「chos kyi ngo bo nyid yod par mi 'thad pa'i phyir ro/ /法有自性ということは不合理であるから」とするが、斎藤[1982]は「こ れはコンテクストから判断して med parとあるべきところと考えられ、その形に訂正す る。」(斎藤[1982]p.86 fn.16)とある。本稿においてもこの斎藤[1982]の訂正を支 持する。また本稿に資料篇として付録したABhの校訂テキストにおいても同様の訂正を 施した。(資料篇p.97 fn.7)

16 PP D.149a5 P.185a2、PSP LVP[1903-1913]p.240.6

17 これについて斎藤[1982]によれば「MK内にniḥsvabhāvatvaはこれのみであるが、

niḥsvabhāvaは、Ⅰkā. 1a, ⅩⅦ kā21b, ⅩⅩⅡ kā. 16c, dの四例あり、いずれも通常 の『無自性』を意味する。」(斎藤[1982]p.86 fn. 17)とある。

18 斎藤[1982]p.77

19 〔MMK Chap.13 v.5〕tasyaiva nānyathābhāvo nāpy anyasyaiva yujyate/ yuvā na jīryate yasmād yasmāj jīrṇo na jīryate/ / (Ye[2011a]p.212)

それ自体に変化することはなく、別のものにも妥当しない。なぜなら少年は老いず、老人 は老いないからである。

〔MMK Chap.13 v.6〕tasya ced anyathābhāvaḥ kṣīram eva bhaved dadhi/ kṣīrād anyasya kasyātha dadhibhāvo bhaviṣyati/ / (ibid. p.214)

もしそれ自体に変化することがあるなら、牛乳は実に酪となるであろう。牛乳とは異なる 何物が酪となるであろうか。

20 斎藤[1982]p.77

21 中村[1975]p.72

22 この2つの偈頌の類似性については中村[1975]p.72および斎藤[1982]p.78でも論 じられている。

87

23 ABh D.61b2 P.72a3、BP D.226a2 P.255b5、PP D.161a6 P.200a5

24 LVP[1903-1913]p.271

25 Lamotte[1936]、舟橋[1954]、安井[1974]、梶山[1978]、梶山[1979a]、三谷[1996]

26 漢訳では35偈。

27 BPは前述の通りサンスクリット断片がYe[2011b]により回収されているが、本稿で 扱う第17章は現存していない。

28 ABh D.65b3 P.76b5、BP D.233b2 P.264a6、PP D.173b4 P.215b5

29 正量部人謂阿毘曇人言(T.30 p.100c8)

30 LVP[1903-1913]p.148, 192, 276

31 梶山[1978]p.172 fn.5

32 梶山[1979a]p.315

33 同時代に成立したと考えられているPSPとPPṬであるが、PSPで言及されているのは PPのみで、その複注であるPPṬまでは言及されていない。また、梶山[1979a]によれ

ばPPṬでCandrakīrtiという名前はMMK注釈家の1人として挙げられているが、PSP

の内容に関しては触れられていない。(梶山[1979a]pp.308-309, 355-356 fn.27)

34 三枝[1984上]p.31.

35 この不失法という教理についてはMMK第17章の第14~19偈で詳細に論じられている。

紙幅の都合上それらすべてをここに列挙することはできないが、たとえば第 14 偈で は”patraṃ yathāvipraṇāśas tathārṇam iva karma ca”〔MMK Chap.17 v.14ab〕( Ye

[2011a]p.274)「不失(法)は債券のようであり、行為は負債のようである。」というよ うに、行為と不失法の関係が負債と債券で喩えられている。つまり、貸借した金銭が使用 されてしまっても、債券があれば返済の効力が存在し続け、いずれは利子を伴って返って くるように、ある行為が終了しても、不失法は滅することなく残り続けて後に必ずその行 為の結果をもたらすということである。このような主張によって”tiṣṭhaty ā pākakālāc cet karma tan nityatām iyāt/ niruddhaṃ cen niruddhaṃ sat kiṃ phalaṃ janayiṣyati/ /

“〔MMK Chap.17 v.6〕(Ye[2011a]p.270)「もし行為が熟(して結果に至る)時まで存 続しているならば、それは常住であることになるだろう。もしすでに滅しているならば、

すでに滅したものがどのように結果を生じるか。」というNāgārjunaからの批判に応じて いるのである。

36 MMK注釈書の中でこの不失法を正量部の教説とするのは『般若灯論釈』のみであるが、

中観系の典籍以外で不失法を正量部の教説として挙げているものには『随相論』(T.32 p.161c28)、Karmasiddhiの注釈であるKarmasiddhi-īkā(D.81b4, P.91b1)、『顕識論』

(T.31 p.880c15)、『成唯識論述記』(T.43 p.277a7)などがある。注1に挙げた現代の研 究の多くもこれらの資料に基づいて、このMMK第17章第12~20偈を正量部の説である と解釈している。

37 D.115b1, P.132a2

38 D.78a6, P.90b7

39 斎藤[2003b]p.28

40 ibid. p.25

41 ibid. p.1

42 ibid. p.2

43 如七十論中説(T.30 p.160a21).

44 T.30 p.23a1