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厚生労働省HP:水道水質基準について,

(31) MEP

1)  厚生労働省HP:水道水質基準について,

11.6  まとめ

      水道水源として、使用する場合、淀川と木津川においては主要3農薬(ブロモブチド、シメトリ ン、ピロキロン

)

の流出対策が必要で、他の宇治川、桂川では、全農薬の流出対策が必要であるこ とが示唆された。なお、いずれの農薬成分でも目標値の1を遙かに下回っていた。

      しかしながら、長期的に流出し続ける、農薬を使うことが、

DI

値の底上げに繋がっていると判 断でき、抜本的な対策ではないが、主要3農薬の使用量を低減できる方策が必要でないかと考えら れる。

参考文献

12

章  総括

      本研究において第4章から第9章まで詳細な流域データに基づいて解析を行った。解析結果より 明らかになった事柄を下記に示す。

      第4章で明らかとなった農薬の流出特性では、淀川では、上流三河川の影響を大きく受け、濃度 もそれぞれの河川に起因する形で変化を繰り返す。またブロモブチドやピロキロン、シメトリン は長期間にわたり流出する傾向が見られた。上流三河川調査の結果では、農薬の流出時期が各河 川で異なり、田植えの時期に連動した形で農薬が流出するものと推測される。また琵琶湖・天ヶ 瀬ダムが上流に存在する宇治川は、その影響が大きく、農薬が長期間にわたり流出する傾向が見 られた。また、中小規模流域河川の調査では、大規模流域河川の調査と比較し、流出する時期が 短期間に集中する傾向が見られた。この要因は、流域内に存在する水田面積が、上流三河川や淀 川と比較した場合圧倒的に小さく、濃度の変化も短期間に集中的な流出となる。また、流出する 濃度も、他の大規模流域河川と比較し1オーダー以上大きくなった。最後に淀川の出水時調査では、

流量が増加する前に農薬濃度は変化した。原因として水田内に滞留する農薬が降雨等により水環 境中に流入したためと推定された。また、農薬は有限な量としての存在であり、流出し終わると 農薬を再度散布されるまで供給されることはない。したがって、濃度ピーク以降は低下する傾向 にあった。

      第

5

章では、農薬の流出率解析を行い、各調査河川における農薬の流出率を明らかとした。流 出率の傾向としては、ブロモブチドやシメトリンは流出率が

20%以内に留まる傾向が高い。ピロ

キロンやイソプロチオランは、流出時期が

6

月中旬から

8

月中旬にピークを示すことから、梅雨 時期の降雨に起因する流出傾向が高いと考えられる。この農薬流出率の推定から、より高い精度 で流出率を推定するには、出水時の流量ピークに合わせ調査が実施できるかが課題となる。当然 ながら、総流出負荷量を算定する際は、流量の影響が大きいため、出水時に高頻度の調査を実施 することで、高い精度での流出率の推定が可能になると考えられる。

      第6章では、調査頻度による農薬流出負荷量の差違について明らかにした。明らかとなった結果 は、中小規模流域河川における調査頻度は、

3

日ごとの調査間隔を

100%

とした場合、調査間隔を 粗くするにしたがい、変化特性が大きくなった。特に、

30日間隔で調査を実施したと仮定すると、

その評価値から流量では最低で

17%

から最高

480%

まで分布することが明らかとなり、農薬の流出 負荷量も3%から401%の範囲で変動することが明らかとなった。次に、淀川流域の上流域調査と して実施した、桂川、宇治川、木津川の調査では、その評価値は流量では

48%

から

182%

の範囲で 分布し、農薬の流出負荷量も10%から473%と広い分布となった。淀川では、流量が55%から204%、

農薬の流出負荷量は

37%

から

286%

の分布となった。分布の傾向から、すべての河川で調査間隔を 粗く設定すると、精度の良い農薬の流出負荷量を得られず、また、農薬の流出負荷量を推定する に当たり、信頼性の高い結果は得られにくいと考える。したがって、調査間隔を決定するには、

人的余裕も必要であるが、調査間隔をできる限り細かく設定し、詳細な変化を逃さず捉える必要 があると考えられる。

第7章では、上流三大河川の合流から淀川新橋までの13.5kmの流下の間で農薬流出負荷量の物 質収支をとった。三大河川合流後に流入する中小規模流域河川の影響は、大規模流域河川とそれ ぞれの調査が、農薬の流出負荷量では100kg単位で異なるためその影響はほとんどないと考えられ る。したがって、三大河川の調査地点から、淀川での調査地点までに流入する中小規模流域河川 の影響はほとんどない。また、淀川内においては農薬の負荷量に変化がないため、農薬の分解等 はほとんど生じていないと推定できる。

第8章では農薬流出負荷量と流域面積や流域内水田面積の関係について解析を行った。流域面積 が大きくなるに従って、農薬負荷流出量も増加する傾向にあった。また、流域内の水田面積と農 薬流出負荷量の関係でも水田面積が大きくなるに従って、農薬の流出負荷量も大きくなる。した がって、流域面積や水田面積の大きさに従って、農薬の流出負荷量は、変化すると考えられる。

第9章では水道水源として、農薬の流出評価を行った。行った手法はDI値による評価で、結果 は淀川と木津川においては主要

3

農薬

(

ブロモブチド、シメトリン、ピロキロン

)

の流出対策が必要 で、他の宇治川、桂川では、全農薬の流出対策が必要であることが示唆された。しかしながら、

長期的に流出し続ける、農薬を使うことが、DI値の底上げに繋がっていると判断でき、抜本的な 対策ではないが、主要3農薬の使用量を低減できる方策がまず必要でないかと考えれる。

上述のように、様々な解析を行ったが、農薬の流出抑制方法としては、まとめると以下のよう になる。

① 農薬散布時期を集中させない。

② 農薬散布後に降雨がないタイミングで農薬を散布する。

③ 水田の水管理を適切に行い、水環境中に流出しにくい環境を作る。

④ 半減期の短い農薬を使用し、環境負荷低減を図る。

以上の4点について、適切に実行することが可能であるならば、農薬の流出負荷削減対策は大 いに進歩すると考えられる。

謝辞

  本研究を進めるにあたり、終始変らぬ厳しいご指導、ご鞭撻と暖かい励ましを賜りました摂南大学 理工学部都市環境工学科・海老瀬潜一先生に厚く御礼申し上げます。思い起こせば、学部4年次に海老 瀬研究室の門戸を叩いて以来10年に渡り、研究者としての心構えや考え方、事象の捉え方など親身に なり御教授頂きました。大学院修士課程を修了後、社会に出ておりました私にもう一度研究者として の道筋を付けてくださいました。このような研究者としてはもとより教育者としても優れた人物を師 と出来ましたことは、私の人生の中ですばらしい財産であると思っております。

  八木俊策先生(摂南大学理工学部生命科学科教授)には、本論と修士論文の副査読をお引き受け頂い ただけでなく、環境管理における考え方をご教授頂きました。ここに深く御礼申し上げます。

  同じく、川野常夫先生(摂南大学理工学部機械工学科教授  同大学院工学研究科創生工学専攻主任) には本論の副査読をお引き受け頂いただけでなく、私が博士後期課程在籍期間中の研究発表や、大学 院行事等、様々な面でお世話になりました。ここに深く御礼申し上げます。

  また、澤井健二先生(摂南大学理工学部環境工学科教授)には、修士論文の副査読をお引き受け頂い ただけでなく、調査フィードとした淀川流域の様々な情報をご教授頂きました。ここに深く御礼申し 上げます。

  本論の執筆にあたり、沼辺明博先生(地方独立行政法人北海道立総合研究機構  環境科学研究センタ ー自然環境部  生態系保全グループ・流域環境)には分析方法や農薬の散布方法等で多岐にわたるご教 授を頂きました。ここに深く御礼申し上げます。

  同じく、淀川流域としての農薬流出をテーマとして研究するにあたり、琵琶湖流域を調査フィール ドとされております、須戸幹先生(公立大学法人滋賀県立大学環境科学部  生物資源管理学科教授)に は、滋賀県内で散布される農薬の流出特性や、農薬出荷量の捉え方等でご教授頂きました。ここに深 く御礼申し上げます。

  さらに、国土交通省の方々には淀川の流量に関する貴重なデータを提供して頂きました。この場を 借りまして御礼申し上げます。

  また、私が本学入学以来お世話になりました、摂南大学工学部土木工学科(当時)、同大学大学院工 学研究科社会開発工学専攻(修士課程)、同創生工学専攻(博士後期課程)に在籍された全ての先生方に重 ねて御礼申し上げます。私が本論の執筆に至ったのは、諸先生方の講義を通して工学に対する様々な 知識や情報を知ることが出来たためであります。

  海老瀬研究室の2004年度から2013年度卒業生諸氏には、調査ならびに基礎的研究において様々な協 力を頂きました。また、加え力不足な私を支えてくれた大学院の友人達においては様々な励ましを頂 きました。ここに深く御礼申し上げます。

  社会人として私の将来を考え、快く大学院に送り出して下さいました、キョーワ株式会社  代表取 締役  神谷義昭様はじめ、キョーワ株式会社技術部  梶原幸治様ならびにキョーワ株式会社土木資材 部  尾池宣佳様、キョーワ株式会社技術部・業務部・環境事業部・土木資材部の皆様には、大学院行事 にて不在の期間、様々なサポートを頂き大変有り難うございました。ここに深く御礼申し上げます。

最後になりましたが、長年に渡り私の研究を陰ながら支えてくれた家族と、応援して頂きました友 人に、この場を借りまして心から御礼申し上げます。

2014年1月24日