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匂い物質の識別能力の検証

第 2 章 蛍光アガロースゲルフィルムを用 いた匂い物質の空間的検出およびいた匂い物質の空間的検出および

2.2 匂い物質による蛍光プローブの蛍光強度変化

2.3.4 匂い物質の識別能力の検証

前節における12種類の匂い物質に対する蛍光変化パターンを用いて,マルチ蛍光ア ガロースゲルフィルムの匂い物質の識別能力を検証する.任意の匂い画像を5× 5の領 域に分割にそれぞれの領域における平均輝度変化を取り出すと,1領域毎に12個の蛍 光変化を持つ蛍光変化行列が得られる.一つの匂いは25領域すなわち25個の蛍光変化 行列を持ち,匂いが12種類あることから,蛍光変化行列は合計300個が得られる.こ の12× 300蛍光変化行列に対してR言語のprcomp関数を用いて主成分分析(Principal components analysis,PCA)を行った.

2.4 実験結果

2.4.1 匂いの空間分布検出

匂いガス流れの可視化図を図2.8に示す.蛍光アガロースゲルフィルム内に匂い物質 が蓄積していくことで,時間経過とともにガスが遠くに広がっていく様子が観察できた.

検出した匂い源形状を図2.9に示す.図2.9より,鮮明な手の形状が検出できていること から,通常の半導体ガスセンサを用いたアレイ状のセンサより遥かに高い空間分解能を 持つことがわかる.また,このように匂い源に対して蛍光プローブをかざすように匂いの 検知を行えば,匂い源の形状をそのまま写し取ったような蛍光変化を得ることができる.

図2.8 匂いガス流れ画像

図2.9 匂い源形状画像

蛍光アガロースゲルフィルムの空間分解能を検討するために,匂い源がない隙間を検 出した匂い画像を図2.10に示す.匂いがない隙間が3 mmの際は蛍光変化が1本の帯状 になっており,画像上では2本の匂い源を分離できていない.匂いがない隙間が5 mm

の際は2本の匂い源が明確に分かれていることがわかる.従って,蛍光アガロースゲル フィルムの空間分解能は5 mm以下であることがわかる.これは,半導体ガスセンサア レイの空間分解能より明らかに高い.

図2.10 蛍光アガロースゲルフィルムの空間分解能

2.4.2 蛍光プローブ間の FRET 発生可能性の検証

8種類の蛍光色素水溶液から励起スペクトルと蛍光スペクトルを測定し,ピーク波長 のにおける励起・蛍光強度を同値に規格化したグラフを図2.11に示す.破線が励起スペ クトルを,同色の実線が同様の蛍光色素の蛍光スペクトルを表している.各線の名前の 括弧内は,蛍光スペクトルの場合には励起波長を,励起スペクトルの場合には蛍光波長 を示している.ここで,他の報告にある蛍光色素の励起・蛍光ピーク波長(表2.2)と測定

結果を比較する.表中には溶媒が水以外のものもあり,全ての蛍光色素を単純に比較は できないが,励起ピーク波長および蛍光ピーク波長はほとんどが近い値を示している.

図2.11 蛍光色素の励起スペクトルと蛍光スペクトル

次に,図2.2の結果から式2.1のスペクトルの重なりJを計算した.計算結果を表2.3 に示す.表2.3では,FRETが起こらない組み合わせとして,同じ蛍光色素同士である場 合とドナーの蛍光波長がアクセプタの蛍光波長より長い場合には計算を省略した.数値 の高い組み合わせはFRETが発生しやすいと考えることができ,たとえば,トリプトファ ンをドナーとした場合は硫酸キニーネと組み合わせるとFRETが最も発生しやすい.

表2.2 蛍光色素の励起・蛍光ピーク波長81–84)

蛍光色素名 励起ピーク波長[nm]  蛍光ピーク波長[nm] 溶媒

トリプトファン 280 348 水

ANS 352 523 水

硫酸キニーネ 347 448 pH2

バニリン 337 400 DMPD

アクリジンオレンジ 492 535 水

フルオレセイン 490 514 pH9

エオシン10B 540 564 pH4〜9

ローダミンB 554 573 水

4,5-dimethyl-o-phenylenediamine=DMPD

表2.3 ドナーの規格化蛍光スペクトルとアクセプタの規格化励起スペクトルの積

続いて,蛍光アガロースゲルフィルム中の蛍光プローブ間でFRETが発生するかの検 証した結果,フルオレセインとエオシン10B間でのFRETが確認できた.フルオレセイ ンとエオシン10Bを様々な濃度で混合して蛍光アガロースゲルを作製し,それらの蛍光

強度を撮影画像により測定したものを図2.12に示す.図2.12では,フルオレセインが0 µMの際にはエオシン10Bの濃度にかかわらず蛍光変化がなく,この撮影条件ではフル オレセインの蛍光を主に観測していることがわかる.一方でフルオレセインが100µM の際にはエオシン10Bが増加するに従って,フルオレセインの蛍光が消光している.こ れにより,フルオレセインとエオシン10B間でFRETが発生していることが確認できた.

図2.12 FRETによる蛍光変化

最後に,FRETが発生している蛍光アガロースゲルフィルムを用いた匂い物質に対す る蛍光強度変化への影響を調査し,FRETによる情報量増加のを確認した.フルオレセ インおよびエオシン10Bを用いたマルチ蛍光アガロースゲルフィルムによって,匂い物 質に対する蛍光変化を測定した結果を表2.4に示す.ここでは,図2.12と同様の撮影条 件であるため,主にフルオレセインの蛍光を観測している.

ヘキサン酸とサリチルアルデヒドに対する蛍光変化は,マルチ蛍光アガロースゲル フィルムよりフルオレセインのみの蛍光アガロースゲルフィルムの方が大きい.これは,

FRETによりフルオレセインの元の蛍光強度が減少し,結果として変化量も少なくなっ たためである.しかしながら,フェネチルアルコールの場合には,フルオレセインの蛍 光強度の減少にもかかわらず,マルチ蛍光アガロースゲルフィルムの方が変更変化が大 きかった.これは,匂い物質がFRETに影響を与えることで,結果としてフルオレセイ ンの蛍光変化を起こしたと考えられる.FRETはドナーの蛍光の消光により情報が低下 することは不可避である.しかしながら,アクセプタ側の蛍光によりFRET相互作用へ の匂い物質の影響をセンサ応答機構に取り込むことができる.これにより,FRETによっ て匂い物質に対する情報量を増加が期待でき,蛍光アガロースゲルフィルムをマルチ化 する際にはFRETが発生するような蛍光色素の組み合わせを積極的に用いる利点がある と考えられる.

表2.4 FRET発生時と非発生時における匂い物質に対する蛍光変化値

蛍光プローブ濃度 ヘキサン酸 サリチルアルデヒド フェネチルアルコール フルオレセイン100µM -3864 -5093 -638

エオシン10B 100µM -107 -76 -87

フルオレセイン100µM

エオシン10B 100µM -2093 -3147 -1587

本節の結果から,蛍光アガロースゲルフィルムのマルチ化において蛍光色素の選択 基準を検討し,後述のマルチ蛍光アガロースゲルフィルムでは硫酸キニーネ,エオシン

10B,ローダミンB,トリプトファンを用いることにした.選択基準は匂い物質に対する

情報量を多くするために,以下のように設定した.

1.  蛍光色素の量子収率が低すぎない.

2.  蛍光強度が小さすぎない.

3.  表2.3におけるスペクトルの重なりの指標が平均以上である.

4.  他の蛍光色素の蛍光スペクトルに対象となる蛍光色素の蛍光スペクトルが埋もれ ないために,選択した蛍光色素間の蛍光強度の差が大きすぎない.

蛍光色素の量子収率および蛍光強度を表2.5に示す.表2.5のモル蛍光強度は図2.11 で測定した蛍光スペクトルを蛍光色素水溶液の濃度で割ったものである.これより,バ ニリン,ANS,アクリジンオレンジは選択の対象外とした.スペクトルの重なりの指標 が平均以上であるドナー-アクセプタの組み合わせは表2.3より,トリプトファン-硫酸キ ニーネ,フルオレセイン-エオシン10B,フルオレセイン-ローダミンB,エオシン 10B-ローダミンBとなる.表2.5より,フルオレセインとトリプトファンの蛍光強度の差が 大きい点から,最終的に2つのFRETペアが別々に存在できる硫酸キニーネ,エオシン 10B,ローダミンB,トリプトファンを用いることにした.

表2.5 蛍光色素の量子収率および蛍光強度81, 82, 84)

蛍光色素名    トリプトファン    硫酸キニーネ バニリン フルオレセイン モル蛍光強度[a.u.] 2.5×107 3.2×108 3.4×105 3.6×109 量子収率     0.13  0.55 - 0.95

蛍光色素名 ANS アクリジンオレンジ エオシン10B ローダミンB モル蛍光強度[a.u.] 4.3×105 2.5×107 2.7×107 3.1×108

量子収率 0.003 0.041 0.15 0.31

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