第 4 章 方位情報認識の精度とそれに要する時間 を調べる被験者実験
4.2 制限時間と回答精度との関係を調べる実験 ( 実験 II)
4.2.1 実験の目的
実験Iで得られた最適な振動角度範囲±π/32[rad]について、情報取得に要する時間 と回答精度の関係を調べることを本実験の目的とする。これにより、必要な方位情報 の精度を得るために要する時間が分かることが期待される。また、この最適条件を用 いた時の被験者の行動を分析し、ユーザ行動のモデル化の検証につなげる。
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図 4.9: 被験者Hの行動履歴の一例
4.2.2 実験の方法
実験条件 本実験では、被験者の情報取得時間を、時間無制限、10秒、8秒、6秒、4 秒、3秒、2秒とした7条件を用意した。振動角度範囲は±π/32[rad]で一定とした。
実験環境 被験者の情報提示時間の制限を実現するため、システムを起動し、2回全て のモータが振動した後(回答開始時刻)から各時間が経過すると強制的に情報提示を終 了するプログラムを各条件毎に6種設計した。時間無制限のものについては実験Iの
±π/32[rad]条件のものと同様である。
また、実験室の配置状況については実験Iと同様である(図4.1、図4.2参照)。
実験手順 実験前の装置装着方法は実験Iと同様である。次に実験の1タスク毎の流れ について、時間無制限のものについては実験Iと同様の流れになる。時間制限があるも のについて、以下にその流れを示す。被験者が回答用紙記入に移るポイントに変更が ある。
(1) まず、被験者はスクリーンを見ながら、スクリーン上に貼られたカラーテープと、
天井から撮影された自身の頭部の映像上の棒との位置を併せる。これは被験者が
タスク開始時に常に正面方向を向いているようにするための作業である。
(2) 位置が合えば被験者は実験者に「はい」と合図する。
(3) 合図とともに実験者Aはシステムを起動させ、実験者Bはプロジェクタのレンズ を遮断する(被験者がスクリーンの映像を見て角度を推測することを避けるため)。
(4) システムを起動させると、実験開始の合図として全てのモータが2回ずつ振動す る。この際は被験者は頭部を動かさない。
(5) その後、方位情報の提示が開始される。この時刻が被験者の回答開始時刻となる。
(6) 被験者は頭部を回転させて振動する方位を探索し、振動角度範囲の中央を探索・
確認する。
(7) 一定の時間が経過するとシステムが強制的に停止する。この時点まで被験者は提 示角度の探索・確認を続ける。
(8) 被験者はシステムの停止を判断した後(実験者側からは停止したことを通告しな い)、回答用紙に矢印で自身が振動角度範囲の中央値と認識した方位を記入する。
上記を1タスクの流れとし、実験時はこの一連の流れを繰り返す。
続いて、実験全体の進め方について、図4.10に実験の全体の流れを示す。
まず、実験Iと同様に、被験者は実験説明書を熟読し(付録A参照)、実験説明の後 練習を行う。この説明の際、被験者にはできるだけ正確に方位情報を認識し、かつ素 早く各タスクを完了するように要請する。また、説明の際には図3.6に相当する図を用 いた。
振動角度範囲(今回は±π/32[rad]条件のみ)の確認の後、無制限、10秒、8秒、6秒、
4秒、3秒、2秒の順に5回ずつ練習を行う。被験者が5回ずつの練習で不十分である と感じた場合は各3回ずつ練習を追加する。練習では1回の試行毎に提示した角度を 被験者に伝えた。
練習終了後、本試行に移る。まず無制限、10秒、8秒、6秒、4秒、3秒、2秒の順 に5回ずつタスクを行い、休憩を挟んで逆順にタスクを5回ずつ行う。その後無制限→
2秒の順で各5回ずつ、休憩、2秒→無制限の順で5回ずつと続き、最後にアンケート 調査を行う。被験者に混乱を与えないという方針のもと、各条件の順番をランダムに せず、回答時間を徐々に縮めたり伸ばしたりするようにした。試行回数は各条件にお
いて20回ずつ、全体で計140試行である。本試行では提示角度を被験者に伝えなかっ た。また、実験全体の所要時間は2時間程度であった。
なお、被験者に提示する角度は0◦〜360◦の整数値であり、全方位を満遍なく、かつ ランダムな順番で提示できるようにした。各条件で初期状態でいずれかのモータが振 動するものを5回、その他を15回とした。
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図 4.10: 制限時間と回答の精度を調べる実験の全体の流れ
被験者 被験者は20代の頭部に皮膚疾患のない健康な男子大学生及び男子大学院生8 名である。8名中6名(被験者B、C、D、E、F、G)は実験Iと同じ人物である。事前 に実験の趣旨、内容について十分に説明し、被験者から実験参加の同意を得た。また、
被験者には相応の謝金を支払った。被験者の属性を表4.6に示す。
計測項目 計測項目は実験Iと同様、以下のとおりである。
• 被験者の回答結果(回答用紙、無制限のものは回答時間)
• ジャイロセンサの出力履歴
表 4.6: 実験IIの被験者の属性 被験者名 性別 年齢 被験者B 男性 21 被験者C 男性 23 被験者D 男性 23 被験者E 男性 25 被験者F 男性 23 被験者G 男性 24 被験者I 男性 23 被験者J 男性 25
• アンケート調査
アンケートの質問項目は、Q3〜Q9に関しては実験Iのものと同じである(表4.2参 照)。Q1とQ2は表4.7に示す。Q1では、実験Iが振動角度範囲が条件であったのに対 し、実験IIでは制限時間が条件になっている。
表 4.7: 実験IIのアンケート項目(実験Iとの変更点) 番号 内容
Q1 それぞれの条件で、どの程度自信を持って回答できましたか?
(1)±5◦以内の誤差であるものが多いと思う (2)±10◦以内の誤差であるものが多いと思う (3)±15◦以内の誤差であるものが多いと思う (4)±20◦以内の誤差であるものが多いと思う (5)±20◦以上の誤差であるものが多いと思う
Q2 回答をするために、どの程度時間があれば十分であると感じましたか?
4.2.3 実験の結果
まず、実験で得られた、被験者毎の回答角度誤差の標準偏差を表4.8に示す。実験時 において、被験者Bが制限時間2秒の条件で2回、被験者Dが制限時間2秒の条件で2 回、制限時間3秒の条件で1回、制限時間内に方位情報を認識できないケースがあり、
表4.8はそれを除いたデータとなっている。また、ジャイロセンサの出力履歴を分析 し、振動角度範囲の境界を横切った回数Ncrossの値を表4.9に示す。
さらに、被験者がタスク開始時間から最初に頭部を回転するまでに要した時間(初動 時間)を表4.10に、時間無制限の条件での平均回答時間を表4.11に示す。表4.10に関 して、これはジャイロセンサの出力履歴より、初期位置から1°以上動くまでに要した 時間を表している。ただしこの初動時間について、被験者F、I、Jはほとんどのタス クで回答開始時刻より前(開始の合図として2回全てのモータが振動してる間)に動き 出していたことが確認されたため、データとして採用していない。
表 4.8: 実験IIの被験者毎の回答角度誤差の標準偏差(単位:◦、被験者Bの2秒での無 回答2回、被験者Dの2秒での無回答2回、3秒での無回答1回を除くもの)
被験者名/実験条件 無制限 10秒 8秒 6秒 4秒 3秒 2秒 被験者B 7.7 10.7 10.7 11.3 8.9 9.1 11.2 被験者C 11.7 12.4 8.0 12.8 13.8 9.5 15.6 被験者D 12.4 6.3 8.6 10.2 10.6 12.1 18.2 被験者E 7.9 8.6 7.9 12.3 6.1 9.2 12.9 被験者F 11.0 6.5 6.2 14.8 7.7 8.3 9.7 被験者G 8.4 7.5 5.8 5.0 6.6 8.9 9.8 被験者I 13.3 16.3 9.7 8.9 16.9 11.6 22.7 被験者J 14.2 16.8 11.9 10.6 7.9 11.0 10.4 全体 11.4 11.5 9.2 11.2 10.7 10.7 14.8
表4.8に関して、制限時間2秒の条件の回答角度誤差が他の全ての条件に対して有意 にばらつきが大きかった(F検定、p<0.001)。また、制限時間8秒の条件の回答角度誤 差は他の全ての条件に対して有意にばらつきが小さかった(F検定、p<0.05)。各条件 での回答角度誤差の標準偏差をグラフ化したものを図4.11に、また回答角度誤差を5◦ 刻みのヒストグラムで表したものを図4.12に示す。
表4.9のNcrossの値に関しては、制限時間が長くなるほど値が大きくなった。制限時
間とNcrossの値の関係を図4.13に示す。
さらに、アンケート調査により得られた被験者の回答結果を表4.12に示す。Q7〜Q9 の結果については付録Bに示す。
Q1の結果より、制限時間が短くなるほど被験者は回答に自信がなくなることが分か
表 4.9: 被験者毎のNcrossの値の平均(単位:回)
被験者名/実験条件 無制限 10秒 8秒 6秒 4秒 3秒 2秒 被験者B 7.8 7.5 6.9 7.1 5.2 3.7 2.6 被験者C 7.1 8.2 7.7 5.6 3.8 2.9 2.0 被験者D 7.6 10.2 8.8 6.3 3.4 2.2 1.6 被験者E 8.6 10.9 8.8 6.3 5.2 3.6 2.4 被験者F 6.8 8.6 7.1 5.6 4.0 2.6 1.8 被験者G 4.9 4.7 5.2 3.1 2.4 1.8 1.5 被験者I 14.8 16.5 14.5 11.8 8.3 6.7 5.3 被験者J 8.9 14.3 13.2 11.7 8.3 7.4 4.9 平均 8.3 10.1 9.0 7.2 5.0 3.8 2.7
表 4.10: 被験者毎の初動時間の平均(単位:秒)
被験者名/実験条件 無制限 10秒 8秒 6秒 4秒 3秒 2秒 被験者B 0.15 0.18 0.19 0.17 0.13 0.13 0.12 被験者C 0.96 0.91 1.04 0.86 0.86 0.74 0.57 被験者D 0.73 0.88 0.80 0.66 0.70 0.61 0.58 被験者E 0.48 0.60 0.56 0.57 0.59 0.38 0.41 被験者G 0.52 0.63 0.45 0.43 0.48 0.30 0.31 平均 0.57 0.64 0.61 0.54 0.55 0.43 0.40
表 4.11: 制限時間無制限での被験者毎の平均回答時間(単位:秒) 被験者名 無制限
被験者B 7.8 被験者C 7.9 被験者D 6.8 被験者E 8.2 被験者F 6.7 被験者G 5.7 被験者I 9.5 被験者J 7.4 平均 7.5
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図 4.11: 実験IIの各条件での回答角度誤差の標準偏差
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図 4.12: 実験IIの各条件での回答角度誤差のヒストグラム(単位:◦)
表 4.12: 実験IIのアンケート結果
被験者名/アンケート番号 Q1
2秒 3秒 4秒 6秒 8秒 10秒 無制限 被験者B 3 2 1 1 1 1 1 被験者C 5 4 3 2 2 1 1 被験者D 3 3 2 2 1 1 1 被験者E 3 3 2 2 1 1 1 被験者F 3 3 2 2 1 1 1 被験者G 2 2 2 2 2 2 2 被験者I 5 4 2 2 1 1 1 被験者J 5 4 4 4 3 2 2
被験者名/アンケート番号 Q2 Q3 Q4 Q5 Q6
被験者B 4秒 no 5 1,3,5,7 2,4,6,8
被験者C 8秒 yes 3 1,2,3,5 7,8
被験者D 6秒 no 5 1,4,5,6 7,8
被験者E 8秒 no 4 1,3,5,7 4,6
被験者F 4〜6秒 yes 4 1,2,8 4,6
被験者G 6秒 yes 3 1,3,5,7 2,8
被験者I 4秒 yes 4 1,2,3,7,8 4,5,6
被験者J 8秒 yes 3 1,2,5,8 4,6
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図 4.13: 回答時間とNcrossの値の関係
る。また、Q2の結果より、回答するために十分な所要時間は全被験者が4秒〜8秒の 間としている。Q3では、試行回数が進むほど回答しやすくなったとした被験者が8名 中5名、Q4では直感的に方位が分からない(5段階中1、2)とした被験者はいなかった。
またQ5、Q6に関して、実験1と同様、総じて正面のモータが分かりやすく、右後、左
後のモータは分かりにくかったとする傾向となった。
なお、用意した3つの位置にある回答用紙について、被験者全員が全てのタスクに おいて自身の正面にある回答用紙に記入した。
4.2.4 実験の考察
まず、制限時間2秒の条件では、回答精度が著しく悪く、今回の方位情報提示方式を 用いた場合、情報取得に必要な時間よりも情報の提示時間が少ないことが分かる。3.5 節で述べたように、方位情報認識の精度に関わる、振動角度範囲の両端の確認回数を 表す指標としてNcrossの値を算出したが、制限時間2秒の条件ではこの値が平均2.7と なっており、この回数では少ないと言える。また制限時間3秒の条件では、4秒の場合 に比べ回答角度誤差のばらつきは変わらなかったが、制限時間内に情報を取得できな かった例が被験者Dで見られたこと、またアンケート結果で、回答するためには3秒 あれば十分とした被験者はいなかったことから3秒ではやや不十分であると言える。す なわち、提案した方位情報提示方式を用いて、時間に余裕のある場合と同様の精度で 情報を取得するために必要な時間は3〜4秒の間であると言える。