第 3 章 利子率の影響を考慮した経常収支の現在価値モデル
2.2 利子率の変動を考慮した異時点間アプローチ
1 1
t t
t
t t
Z Z
CA CA
−
−
∆ ∆
= +
A e (2-11)
但し,A, eはそれぞれ,VARの係数行列,攪乱項ベクトルである.ここで(2-11)
式より,s期先の期待値は以下で示される.
s s t
t
s t
Z Z
E CA CA
∆ ∆
=
A (2-12)
(2-10)式に(2-12)式を代入し,単位行列(2 2)× をIとすると以下の式が導出される.
1 1
[1 0][(1 ) ][ (1 ) ] t
t
t
CA r r Z
CA
− − ∆
= − + − +
A I A (2-13)
(2-13)式は,多くの研究者によって実証的に検証されてきた.例えば,
Agénor, Bismut, Cashin and McDermott(1999) では,1970年から1996年のフラン スの四半期データを用いて(2-13)式を検証している. その結果,(2-13)式から計 算される経常収支の予測値と,CAt = Bt+1−Btで定義される経常収支の実現値は,
極めて似通ったものであることが報告されている.
ことである.
Bergin and Sheffrin(2000)は,貿易財と非貿易財を効用関数に組み入れた,
2 財モデルの異時点間アプローチを構築した.そのモデルでは,実質消費が,実 質為替レート変化率で調整された利子率(consumption based interest rate)に影響 を受けることが示される.利子率の変動が消費に影響する限り,経常収支も利 子率に影響を受ける.利子率の変化を無視したものに比べて,Bergin and Sheffrin(2000)のモデルでは,現実の経常収支に対するモデルの説明力は良好で あった.このBergin and Sheffrin(2000)の結果は,利子率が異時点間アプローチで 重要な役割を果たす変数であることを示唆するものである.
本章では,Bergin and Sheffrin (2000)の実証方法を応用して,経常収支の 変化を世界株式市場の収益率に関連付けたモデルを構築,実証分析する.本章 は,経常収支を株式市場に関連付けた実証モデルを構築,検証するものである が,どのような経済学的理由によって,経常収支は株式市場に関連付けて考え られるのか.この問いに対して,以下で示す 2 つの理由が考えられる.
第 1 の理由として,消費傾斜化(consumption-tilting)が考えられる(e.g., Sachs, 1982).消費傾斜化とは,消費の一部を貯蓄に回すことで,貯蓄から得ら れる利子収入によって,将来の消費水準を上昇させようとすることを指す.世 界株式市場での収益率が,それ自身の恒常的レベルを上回ると考えられる場合,
一時的に消費を抑制し,その抑制分を世界株式市場で貸し付ける.故に,世界 株式市場での期待収益率が,一時的に上昇すると考えられれば,消費の傾斜化 動機によって,消費の一部が世界株式市場で運用される.つまりは,消費の一 部が外国へ貸し付けられるので,その場合,経常収支は黒字となる.
第 2 の理由は,株価収益率の変動が,恒常所得の変動を予測する場合で ある.恒常所得仮説を実証分析したHall(1978)では,株価収益率が,将来消費の 予測変数として有意な変数であることが指摘される.その原因として,Hall(1978) は,恒常所得の変化に関する情報を株価が含むといった可能性を指摘する.す なわち,株価は景気の先行きに対する期待に基づき価格形成されるものであり,
それゆえに,株価の変動には将来経済に関する情報が含まれていると考えられ る.ここで,現在の産出が一定であり,将来の産出増加を反映して,株価が上 昇した場合を考える.この場合,たとえ現在の産出水準が変化しなくとも,将 来の産出が増加するならば,その将来の産出増加を折り込むかたちで,現在の 株価は上昇する.そして,恒常所得は,現在のみでなく将来の産出水準にも依 存して計算されるから,将来の産出増加を反映した現在の株価上昇は,恒常所 得の上昇を意味する.したがって,現在の株価上昇が,恒常所得の増加のシグ ナルであるならば,それを反映して消費は直ちに増加する.この場合,恒常所 得は増加しても現在所得は一定であり,現在消費の増加分は外国からの借り入 れによって達成されるので,経常収支は赤字となる.
以上で説明した 2 つの理由では,株価収益率の経常収支に及ぼす効果の 方向は,それぞれの理由で異なったものである.すなわち,第 1 番目の理由に よれば,現在の株価収益率が上昇すれば現在の経常収支は黒字となる.一方で,
2 番目の理由では,現在の株価収益率の上昇は,現在の経常収支を赤字の方向へ と変化させると考えられる.
本章の 3 節では,以上で説明した第 1 の理由に基づいた異時点間アプロ ーチモデルを検証する.すなわち,世界株価収益率の変動に反応して,代表的
個人が消費の異時点間代替を行うと仮定した上で,経常収支の異時点間アプロ ーチモデルを構築する.しかしながら,後に示す実証結果で明らかとなるよう に,株価収益率の変動に対する消費の変動が,第 1 の理由が説明するものとは 逆の動きを示すことが,サンプル 3 か国中 2 カ国で観察された.このことは,
上で説明した第 2 の理由が,決して排除されるものでないことを示唆するもの と考えられる.