第 3 章 利子率の影響を考慮した経常収支の現在価値モデル
2.1 代表的な異時点間アプローチモデル
Sachs(1982)が経常収支の異時点間アプローチを提唱して以来,それは多 くの研究者によって実証的に検証されてきた.55 そして,それら研究の大部分 は,Campbell and Shiller (1987)によって構築された実証方法を応用したものであ る.以下では,異時点間アプローチに対する包括的なサーヴェイ研究をおこな
ったObstfeld and Rogoff(1996,第2章)に基づいて,代表的な異時点間アプロー
チモデルを解説する.
まず,以下で示すような無期限間生存する代表的個人で構成される小国 を仮定する.
( )
s t
t s
s t
maxU E ∞ β −u C
=
=
∑
(2-1)
55経常収支の異時点間アプローチに関する研究の多くは,Obstfeld and Rogoff(1996)の第 2 章,ならびに Obstfeld and Rogoff(1995)にて詳しく解説されている.
1
t t t t t t t
s t B. . + −B =rB + − − −Y C I G (2-2) β= 主観的割引因子
()
u = 一期間での効用関数,凹性を満たす Ct= 実質消費
Yt= 実質産出量 It= 実質投資 Gt= 実質政府支出
Bt= 国外保有資産ストック r= 実質世界利子率(一定)
代表的個人が,その効用を最大化するように決定する内生変数は,国外保有資 産と消費の2変数である.式(2-2)の制約のもと,(2-1)をBt+1で微分して,効用最 大化の条件(イコールゼロ)より,以下の条件式が導出される.
{ }
1( t) (1 ) t ( t )
u C′ =β +r E u C′ + (2-3) ここで,主観的割引率βと実質利子率(1+r)が等しいと仮定すれば,式(2-3)より 以下の関係式が導かれる.
[ ]
1t t t
E C+ =C (2-4)
すなわち,t+1期の消費水準の条件付期待値は,t期の消費水準と等しいとする,
消費のランダムウォーク仮説が導かれる.ここで示された,消費のランダムウ ォーク仮説の背後にある経済学的な含意について,以下で簡単に触れておく.
消費が恒常所得に基づく場合,ある期において恒常所得の変化が明らかとなれ ば,その恒常所得の変化は当期以降の消費水準を変化させる.つまり,新たな 恒常所得に対応した消費がそれ以降なされ,再び恒常所得の変化が判明しない
限り,それ以降の消費水準は期間を通じて一定である.そして,t期において恒 常所得の変化に関する情報が発生するならば,それらはすべてt期の消費水準に 反映され,t期以降の期待消費水準はt期の消費に等しくなる. Hall(1978)は,
米国の消費データを用いて消費のランダムウォーク仮説を検証し,その実証結 果は仮説を支持するものであった.
式(2-2)は,t期ばかりでなく,t+s期においても成り立つ制約式である.
[ 1 ] [ ]
t t s t s t t s t s t s t s t s
E B+ + −B+ =E rB+ +Y+ −C+ − I + −G+ (2-5) 式(2-5)を式(2-2)に順次代入し,横断条件B∞/ +(1 r)∞ = 0を仮定すれば, 以下の関 係式が得られる.
1 1
( ) (1 ) ( )
1 1
s t s t
t s s t t s s
s t s t
E C I E r B Y G
r r
− −
∞ ∞
= =
+ = + + −
+ +
∑
∑
(2-6)さらに,式(2-6)に式(2-4)を代入して,Ctについて解けば,以下のようになる.
(1 ) 1 ( )
1 1
s t
t t t s s s
s t
C r r B E Y G I
r r
∞ −
=
= + + +
∑
+ − − (2-7)式(2-7)を式(2-2)に代入し,経常収支の定義CAt = Bt+1−Btを用いれば,経常収支 CAtは以下のように表される.
1 ( )
1 1
s t
t t t t t s s s
s t
CA Y G I r E Y G I
r r
∞ −
=
= − − − +
∑
+ − − (2-8) ここで,変数X の恒常水準をX% とし,変数X% は以下のように定義されるものと する.1 1
1 1
1
1 1
s t s t
t s
s t s t
s t
t s
s t
X E X
r r
X r E X
r r
− −
∞ ∞
= =
∞ −
=
=
+ +
= + ∑ +
∑
%∑
%
つまり,恒常水準の現在割引価値の合計は,変数X の将来実現値を現在割引価 値で換算した期待値の合計に等しいと考える.この恒常水準の定義を用いて,
式(2-8)を書き換えれば,以下のようになる.
( ) ( ) ( )
t t t t
CA = Y −Y% − G−G% − I −I% (2-9) 式(2-9)より,恒常レベルから乖離した変数に反応して,経常収支は変化するこ とがわかる.例えば, 産出が一時的に恒常水準を上回った場合,他の条件を一 定とすれば,経常収支は黒字方向へ変化する.このことは,一時的な所得増加 は直ちに消費されるのではなく,所得増加分を複数期に分割して消費を行おう とする消費平準化行動によって説明される.つまり,代表的個人は異時点間の 消費を一定水準に保つように行動し,一時所得の増加はすべて期内で消費され るのではなく,その増加した所得の一部は海外へ貸付けられる.その結果,経 常収支は黒字へと転じる.
ここで,L Z−1 t =Zt+1となるラグ・オペレータLを定義し,さらには,産出 から政府支出,投資を引いたものを純産出Zs =Ys −Gs −Is とすれば,式(2-8)は以 下のように書き表される.
1
1 1
s t
t t t s
s t
CA Z r E Z
r r
∞ −
=
= − +
∑
+ 11
1 1 (1 )
t t
Z r Z
r L− r
= − + − / +
{
1−L−1/ +(1 r)}
CAt =Zt−1+1r E Zt{ }
t+1 −1+rrZt1
1
1 1
1 1
t t
s t
t t s
s t
r E Z
CA E Z
r
+
∞ −
= +
= − ∆
+
= −
∑
+ ∆ (2-10)但し,(2-10)式の2行目の展開では,L−1/ +(1 r)∞ =0を仮定している.
(2-10)式は,現在割引価値で見た場合,将来の純産出の変化が期待され るならば,それに対応するかたちで経常収支が変動することを意味する.例え ば(2-10)式で,t+1期にのみ一時的に純産出が増加し,それ以降の期で純産出はt 期の水準で一定であるとする.この場合,∆Zt+1 =Zt+1−Ztであることに注意する と,以下の関係式が成立する.
1 0, 2 0, | 1| | 2|, 0, 2
t t t t t t t t t j
E Z∆ + > E Z∆ + < E Z∆ + = E∆Z+ E Z∆ = j> +t
したがって,上の関係式を(2-10)式に代入すれば, t期の経常収支は,
2
1 2
1 1
1 1 0
t t t t t
CA E Z E Z
r + r +
= − + ∆ − + ∆ <
である.t+1期に純産出の増加が予想されるならば,その増加分はt+1期にすべ て消費されるのではなく,消費の平準化行動から,その増加分のうち一定割合 は,予めt期に消費される.しかしながら,純産出が増加する前のt期に消費を 増やすには,国外から借入れを行う必要がある.よってこの場合,t期の経常収 支は赤字に転じる.
ここで,式(2-10)の期待値を得るために,以下の2変数VARモデルを考 える.
1 1
t t
t
t t
Z Z
CA CA
−
−
∆ ∆
= +
A e (2-11)
但し,A, eはそれぞれ,VARの係数行列,攪乱項ベクトルである.ここで(2-11)
式より,s期先の期待値は以下で示される.
s s t
t
s t
Z Z
E CA CA
∆ ∆
=
A (2-12)
(2-10)式に(2-12)式を代入し,単位行列(2 2)× をIとすると以下の式が導出される.
1 1
[1 0][(1 ) ][ (1 ) ] t
t
t
CA r r Z
CA
− − ∆
= − + − +
A I A (2-13)
(2-13)式は,多くの研究者によって実証的に検証されてきた.例えば,
Agénor, Bismut, Cashin and McDermott(1999) では,1970年から1996年のフラン スの四半期データを用いて(2-13)式を検証している. その結果,(2-13)式から計 算される経常収支の予測値と,CAt = Bt+1−Btで定義される経常収支の実現値は,
極めて似通ったものであることが報告されている.