② 導入の経緯
筆者は旧家庭医療学会による家庭医療後期研修を受けた後に、大学総合診療科 勤務、米国留学を経て現在は大学教員として市中病院に勤務している。もともと地域 医療を支える総合診療医の不足に強い問題意識があったことに加え、留学中に米国 における家庭医療プログラムの教育システムと指導医養成に触れた経験から、医学部 における総合診療部門の充実が総合診療の裾野を拡げるために不可欠であると実感 した。さらに、留学中に公衆衛生学修士課程で臨床研究に従事した経験を通じて「大 学で臨床・教育・研究を実践できる総合診療医の育成」に強い関心を持つようになっ た。
本稿では、大学勤務医による総合診療のアカデミックキャリア推進を目的とした取り 組みの一例について、以下の項目に分けて紹介する。
1. 総合診療医による学術研究の取り組み 2. 指導医養成のフレーム開発
3. 総合診療博士課程コースの運用 4. 学会を通じたアカデミックキャリア支援
③ 事例の詳細
■総合診療医による学術研究の取り組み
総合診療医による学術研究の一例として、筆者自身がこれまでに行った研究につい てテーマ毎に簡潔に紹介する。
1)総合診療というキャリアに関する研究
日本で総合診療をキャリアとして選ぶプロセスに関わる質的研究
3や、全国の医学
ったため、これまでに総合診療医の診療範囲を測定する尺度の開発と、信頼性・妥当 性検討を行った
8。当該尺度を用いた包括性と患者アウトカムの関連について現在研 究中である。
3)ポリファーマシーに関わる研究
米国留学中に多併存疾患や慢性疼痛のためポリファーマシーに陥っている患者に 多く接した。この経験から、領域横断的アプローチを得意とする総合診療医こそ取り組 むべきテーマとしてポリファーマシーを現在のメイン研究テーマとしている。これまで に、外来におけるポリファーマシーや潜在的不適切処方の疫学調査
9や、医師の処 方パターンに影響する因子に関する研究
10を行ってきた。その結果、臨床医が合計 処方薬剤数やリスク便益に慎重な態度を持っていること、そして潜在的不適切処方の リストを診療で活用することがポリファーマシー抑制に繋がる可能性を見出した 10 。さ らに実際にポリファーマシー対策をする場合に、どのような健康アウトカムの改善を目 的に対策を行うべきかを検討する課程で、潜在的不適切処方が高齢者の健康関連 QOL 悪化に関連することを証明した
11。その他のアウトカムとして、ポリファーマシーと 高齢者の転倒リスクに関する観察データを現在解析中である。また、入院患者を対象 とした多職種による減薬介入のランダム化比較試験を、 2018 年度より文部科学省科 学研究費補助金事業として自施設において実施している。
■指導医養成のフレーム開発
日本の大学で総合診療医として勤務する中で、将来の指導医候補者に対して、総 合診療医の育て方を教える、つまり良質な指導医を育成できる“指導医養成者”が不 足していることを痛感した。総合診療の発展した諸外国では、これらの指導医養成の システムが進んでおり、例えば米国には若手医師を対象にした指導医養成 (faculty
development: 以下 FD) のフェローシップが存在する。筆者は医学部卒後 12 年目で
米国へ留学したが、そのテーマの一つが FD であった。 FD の対象は指導医や大学教 官個人のみならず、研修プログラムや大学部門そのものを含む。このため教育理論や 技法の習得にとどまらず、プログラムや大学診療科を発展させるリーダーシップ養成、
学術活動の推進も FD の対象に含まれる。実際の留学中は FD フェローとして上記コ ースワークを自らが受講する中で FD のノウハウを学びつつ、日本の家庭医療プログ ラムとの連携で「日本における総合診療指導医のコンピテンシー」の開発と、実際に遠 隔 FD プログラムの開発・運用を行った。本取り組みの詳細は、現在英文誌に掲載待 ちの状態である。また、遠隔 FD プログラムの成果として、プログラム参加者によるレタ ー論文2篇が国際誌に掲載されている
12,13。
■総合診療博士課程コースの運用
所属大学における総合診療アカデミックキャリア推進の取り組みとして、 2019 年度よ り専門研修と博士課程を同時履修するコースを開設して運用中である。当コースでは 臨床能力とアカデミックな能力を並行して鍛えることで、臨床現場で EBM を実践で き、現場で生じた疑問から日本発のエビデンスを自ら作ることができる clinician
researcher を育成することを目的としている。本稿執筆時点でコース初年度末にあたる
が、大学院生2名が在籍中で 2020 年度から更に1名が参加予定である。今後、継続 的に総合診療領域の学術活動および研究人材育成の拠点となることが期待される。
④今後の展開
■学会を通じたアカデミックキャリア支援
現在、国内で総合診療領域の主たる学会である日本プライマリ・ケア連合学会や日 本病院総合医学会などにおいても、所属施設を超えたアカデミックキャリア推進の取り 組みが複数行われている。また、学会単位での研究推進やキャリア支援にとどまらず、
関連した複数の団体による全国的な取り組みの機運も高まっている。一例として、日 本プライマリ・ケア連合学会、 ACP (米国内科学会)日本支部、日本臨床疫学会の3学 会による Primary Care Research (PCR) Connect という枠組みが挙げられる。プライマ リ・ケア領域では、主要国際学術誌における日本の論文数シェアは 0.15 %に留まり、
他の臨床専門領域(平均 2.5-3.0% )に比べて臨床研究の発信状況が著しく低いことが 示されている
14。 PCR Connect は、プライマリ・ケア領域の若手研究者同士の連携を促 進する目的で設立されており、筆者も実行委員として活動に参画している。前述した 個々の総合診療医の教育・研究の推進、各大学における教員の確保と診療部門・大 学院体制の充実だけでなく、今後はこうした全国規模でのアカデミックキャリア推進が 必要とされ、また実際に動きはじめている。
■総合診療医が取り組むべき研究領域
新しい医学分野が確立される際、歴史的にある程度共通した過程を辿るとされる。
本稿で繰り返し述べてきたように、まずは大学など医育機関にロールモデルを示すこ とができる人材が育成されていくことで、結果的にマンパワーの充実や研究の発信力 強化が期待されると思われる。では、総合診療の学術基盤を構築していくうえで、今後 の総合診療医が取り組んでいくべき学術領域はどんな領域なのだろうか。あくまで筆 者の私見となるが、以下のような領域は臓器別の学問基盤を持たない総合診療領域 でこそ、積極的に取り組むべき分野と考える。
1) 総合診療の特性に関する研究
諸外国の総合診療、プライマリ・ケアの創世記には、政策提言も視野に、自領域の
エビデンスを自分達の手で創出する努力がなされてきた。医療システムや文化に大き
く依存する地域医療がフィールドとなる総合診療において、やはり日本の自分達の診 療セッティングにおいて総合診療の特性や有効性を検証することが必要である。先に 述べた筆者の包括性に関する研究の他、最近では日本のプライマリケアの質評価ツ ール
15などが開発され、こうした領域の研究を進める基盤は整いつつある。
2) プライマリ・ケアにおけるコモンディジーズに関する臨床研究
コモンな疾患・愁訴に対する日常臨床におけるエビデンスは総合診療領域から発 信すべき分野である。例えば、ガイドラインで網羅されないような「日本で在宅診療を 受けている超高齢者に対する高血圧治療」や「高齢入院患者のポリファーマシーをど う扱ったら良いか」といったテーマですら、自分達のセッティングに合致した患者背景 の臨床研究が存在することは稀である。これに加え、各医療機関で実施するいわゆる
Quality Improvement(QI) 活動そのものも総合診療においては重要な学術活動となり
える。
3) Evidence synopsis
例えば「妊婦の睡眠時無呼吸症候群に対して有効な介入は何か?」など、日常臨 床においてガイドラインなどから単純に解答の得られない疑問に対して、新規に研究 実施するのではなく、過去の原著論文やシステマティックレビュー結果をまとめて診療 現場に還元する目的のまとめ論文を指す。システマティックレビューのような厳密な方 法論に基づかないものも含まれるが、臨床医にとって非常に実用的な情報源となり得 る。米国家庭医療では Evidence-Based Practice という雑誌が synopsis 掲載で有名で ある。筆者も留学中に妊娠中の睡眠時無呼吸の周産期アウトカムに及ぼす影響
16と、
妊娠中のドケルバン病に対する推奨される治療内容
17についての synopses を論文
ドキュメント内
研究代表者
(ページ 63-66)