僧帽弁狭窄症(
MS
)への経カテーテル治療である経皮 経静脈的僧帽弁交連切開術(PTMC
)は,わが国で1980
年代初頭からInoue
らによる研究を経て実用化された,構 造的心疾患(structural heart disease
)への最初の本格的な 経カテーテル治療である16).現在,世界的にPTMC
が普及 し,すでに数万人以上のMS
患者に恩恵を与えた.リウマ チ性MS
の治療法としてPTMC
はすでに確立された治療 であり,適応を誤らなければ効果は外科的交連切開術と同 等である320).4.2.1
僧帽弁狭窄症の成因と病態
成人でみられる
MS
の病因はほとんどすべてがリウマ チ性349)で,時に加齢に伴う高度弁輪部石灰化,また先天 性MS
がまれにある.リウマチ性MS
では大動脈弁をはじ め他の弁にも病変が及ぶことも多く,連合弁膜症となる.リウマチ性
MS
においては,弁尖の肥厚および石灰化,交 連部の癒合,腱索・乳頭筋の肥厚・短縮および癒合,弁輪 部の縮小がみられ,これらの病理変化により弁口部狭窄を きたすと同時に,左室心筋や左房筋にまで病変が波及する 場合がある.一方,加齢に伴う変化においては僧帽弁輪の 石灰化から始まり,弁尖方向に病変が進展することが特徴 とされる.典型的なリウマチ性
MS
症例は減少しており,僧帽弁交 連切開術既往の再狭窄患者,高度な動脈硬化性僧帽弁病変 を有する高齢患者や透析患者は増加傾向にある.一般的 に,弁口面積が1.5 cm
2以下の中等度以上のMS
に進行す ると,左房から左室への血液流入障害を生じ,左房圧の上 昇とそれに伴う労作負荷時の臨床症状が出現するとされる.この段階にて内科的治療は一時的な症候寛解をもたら すが,交連切開術や弁置換術により僧帽弁口の機械的狭窄 を根本的に治療することがいずれ必要になる.弁膜の性状 が進行する前の良好な時期であれば,侵襲度がきわめて小 さい
PTMC
により,外科的治療と同等の治療効果,長期予後の改善を期待できる.
4.2.2
心エコー法による僧帽弁狭窄の評価
経胸壁心エコー法により,僧帽弁弁口面積,僧帽弁逆流,
心機能,合併する大動脈弁病変または三尖弁疾患,ならび に僧帽弁の詳細な性状を評価する.弁膜と弁下部組織の変 形ならびに石灰化の重症度が,
PTMC
の適応決定に大き く影響するが,より客観性のある指標としてWilkins
スコ アが汎用されている(表17)350).弁膜可動性,弁下部組織 変化,弁膜肥厚,石灰化の4
項目について評価を行い,項 目ごとに病変重症度に応じて得点化していくが,弁膜の変 形石灰化がより高度だと総合点が上昇する.スコアは,治 療成功率,僧帽弁逆流発生のリスク,長期予後と密接に相 関する指標となるが,8
点以下は,PTMC
に適した弁膜形 態と判断され,良好な長期予後を期待することができる.一方,
12
点以上の症例では,治療に伴う合併症リスクが増 大すると同時に治療効果が著しく低下するとされる16).交 連部の裂開には両交連部の癒合が軽度であることが望ま しい.両側の高度癒合例では交連部が裂開されず,弁葉が 裂けることにもなる.また強い片側癒合例では,バルーン により癒合の軽いほうのみが裂開され,効果不十分のみな らず,時に癒合の軽いほうの弁輪裂開が起こり,高度の僧 帽弁逆流発生の危険がある.また交連部が裂開しても弁 腹部のリウマチ性変化が強く可動性不良な例や,弁下組 織の変化が高度な例では,弁口開大の効果は柔軟な弁に 比較して劣る351).TEE
は,左房内血栓の評価ならびに弁形態や弁下部の 状態,重症度評価に新たな情報を示し,とくに心房細動合 併例では必須である.PTMC
の術前にはTEE
を合併症予 防の視点で必ず行うべきである.4.2.3
PTMCの臨床的適応(表18)
一般的に
MS
の外科的治療の適応は,薬物治療にてもNYHA
心機能分類II
度以上の臨床症状があり,弁口面積 が1.5 cm
2の場合とされる.PTMC
の適応も基本的にはこ れに準じるが,手術に比較して低侵襲で安全に施行可能で あり,自覚症状がありMS
に起因することが明らかであれ ば,基準を満たす以前に行ってもよい.適応決定に関わる 因子として,弁口面積に基づくMS
重症度,左房内圧上昇 に伴う心不全症状,心エコー上の弁膜形状に基づくPTMC
の至適性(Wilkins
スコア),合併僧帽弁逆流の程度,左房 内血栓の有無,肺高血圧症の重症度,患者の臨床背景(外 科手術への耐容性,年齢,妊娠)があげられる.治療への 除外は,左房内血栓や中等度~重症僧帽弁逆流である349). 症状が強いが弁口面積が境界域の患者では,安静時の僧帽 表16 経カテーテル的大動脈弁置換術実施施設基準(TAVR関連学会協議会基準)
手術成績
• 緊急開心・胸部大動脈手術の経験があること.
• 大動脈弁置換術(大動脈基部置換術を含む)が年間20例以上 あること.
• 冠動脈に関する血管内治療(PCI)が年間100例以上あること.
• 大動脈に対するステントグラフト治療(TEVARまたはEVAR) が年間10例以上あること.
• 経食道心エコー検査が年間200例以上行われていること.
設置機器
• 開心術が可能な手術室で設置型透視装置を備えていること(ハ イブリッド手術室).また必要な設備および装置を清潔下で使 用できる十分なスペースがあること.ハイブリッド手術室とし て以下の基準が必要である.
・空気清浄度class II以上.
・設置型透視装置を備える.
・速やかに開胸手術に移行可能である.
• 術中経食道心エコー検査が実施可能であること.
• 経皮的心肺補助装置,緊急開心・胸部大動脈手術が実施可能で あること.
• 施設として,麻酔科医/体外循環技術認定士の緊急動員に配慮 すること.
• 各施設においてTAVR開始にあたっては,現地調査(インスペ クション)による施設認定を必須とする.
人員
• 心臓血管外科専門医が3名以上在籍すること.
• 循環器専門医が3名以上在籍すること.
• 日本心血管インターベンション治療学会専門医が1名以上在籍 すること.
• 実際の手技にあたっては,循環器専門医と心臓血管外科専門医 がそれぞれ1名以上参加すること.
• 上記基準のメンバーを含めたハートチームが,手術適応から手 技および術前術中術後管理にわたりバランスよく機能している こと.
施設
• 心臓血管外科専門医基幹施設であること.
• 日本心血管インターベンション治療学会研修施設または研修関 連施設であること.
• 日本循環器学会認定専門医研修施設であること.
レジストリ
• JACVSDにデータを全例登録し,国の指導のもと,TAVR関連 学会協議会が中心となり,データベースを作成すること.
継続条件および見直し
• この条件はTAVRの安全性を鑑みて3年後に見直す.
TAVR:経カテーテル的大動脈弁置換術,PCI:経皮的冠動脈イン ターベンション,TEVAR:胸部大動脈ステントグラフト内挿術,
EVAR:腹部大動脈ステントグラフト内挿術,JACVSD:日本成 人心臓血管外科手術データベース
弁圧較差が小さくても運動負荷やペーシングによる頻脈 にて圧較差増大を認めることがあり,負荷検査の実施を考 慮すべきである.
また特殊な臨床的状況として,
PTMC
実施に適した弁 膜性状を有する中等度~重症MS
症例において,以下の場 合,PTMC
の適応が支持される(クラスIIa
).1. 急性肺水腫や心停止のMSに対して緊急の血行動態 再建を目的とする場合.
2. 妊婦または妊娠を希望する患者で,現在無症候でも 妊娠・出産に伴う血行動態負荷による心不全発症が 懸念される場合352).
3. 無症候患者にて全身麻酔下での非心臓外科手術が予 定され,術中の血行動態安定化が必要な場合.
妊婦症例に対する
PTMC
は,妊娠後期になり胎児の器 官形成が完了して安定した段階において,放射線使用を最 小限にして実施する353).4.2.4
PTMCの不適応(表19)
PTMC
の実施が禁忌または困難となる臨床的状況を以 下に示す.① 左房内血栓:抗凝固療法に抵抗性を示す左房内血栓で,
左房壁に付着したり可動性を示すものは,
PTMC
は絶 対禁忌である.左心耳血栓には,十分な抗凝固療法を3
か月以上実施のうえで,熟練した術者による注意深い治 療手技でデバイスの左心耳迷入を回避してPTMC
が可 能とされる354).② 術前の中等度~高度な僧帽弁逆流:
III
度以上の僧帽弁 逆流はPTMC
によりさらに増悪する可能性が高く,最 初から外科的治療の対象である.③ 高度または両交連部の石灰沈着:弁膜の変形と石灰化 が著明な例(
Wilkins
スコアが12
点以上),偏在性の高 度石灰化では裂開困難,弁腹の裂傷による逆流発生が起 表17 Wilkinsスコア重症度 弁の可動性 弁下組織変化 弁の肥厚 石灰化
1 わずかな制限 わずかな肥厚 ほぼ正常(4〜5 mm) わずかに輝度亢進 2 弁尖の可動性不良,弁中部,
基部は正常 腱索の近位2/3まで肥厚 弁中央は正常,弁辺縁は肥厚
(5〜8 mm) 弁辺縁の輝度亢進 3 弁基部のみ可動性あり 腱索の遠位1/3以上まで肥厚 弁膜全体に肥厚(5〜8 mm) 弁中央部まで輝度亢進 4 ほとんど可動性なし 全腱索に肥厚,短縮,乳頭筋
まで及ぶ
弁全体に強い肥厚,短縮,乳
頭筋まで及ぶ 弁膜の大部分で輝度亢進 上記4項目について1〜4点に分類し合計点を算出する.合計8点以下であればPTMC(経皮的経静脈的僧帽弁交連切開術)のよい適 応である.
(Vahanian AS. 1998350)より)
表19 PTMCの実施に対する禁忌・不適応
*: PTMCの対象から除外すべきであるが,患者条件により熟練
した術者であれば,実施が不可能でない例を含む.
PTMC:経皮的経静脈的僧帽弁交連切開術,AR:大動脈弁逆流,
TS:三尖弁狭窄,TR:三尖弁逆流
クラスIIb *
1. 高度または両交連部の石灰沈着,偏心性石灰化病変.レベルC 2. 高度ARや高度TSまたはTRに対し外科的治療を要する例.
レベルC
3. 冠動脈バイパス術が必要な有意冠動脈疾患. レベルC
クラスIII
1. 左房内血栓. レベルC
2. 中等度〜高度の僧帽弁逆流. レベルC
3. 胸郭・椎骨変形などによる心房中隔穿刺困難例. レベルC
3. 冠動脈バイパス術が必要な有意冠動脈疾患.
1. 左房内血栓.
2. 中等度〜高度の僧帽弁逆流.
3. 胸郭・椎骨変形などによる心房中隔穿刺困難例.
クラスIIb
クラスIII
表18 僧帽弁狭窄症に対するPTMCの推奨
PTMC:経皮的経静脈的僧帽弁交連切開術,NYHA:New York Heart Association, MR:僧帽弁逆流,MS:僧帽弁狭窄
(「弁膜疾患の非薬物治療に関するガイドライン(2012年改訂 版)」26)より)
クラスI
1. 症候性(NYHA心機能分類II〜IV度)の中等度以上MSで弁 形態がPTMCに適している例.
2. 無症候性であるが,肺動脈圧が安静時50 mmHg以上または 運動負荷時60 mmHgの肺高血圧を合併している中等度以上 MSで,弁形態がPTMCに適している例.
クラスIIa
1. 臨床症状が強く(NYHA心機能分類III〜IV度),MRや左房 内血栓がないものの弁形態は必ずしもPTMCに適していない が,手術のリスクが高いなど手術適応にならない例.
クラスIIb
1. 症候性(NYHA心機能分類 II〜IV度)の弁口面積1.5 cm2 以上のMSで,運動負荷時収縮期肺動脈圧60 mmHg,楔入 圧25 mmHg以上または左房左室間圧較差15 mmHg以上で ある例.
2. 無症候性であるが,新たに心房細動が発生したMSで弁形態 がPTMCに適している例.
クラスIII
1. 軽度のMS.
2. 左房内血栓または中等度以上MRのある例.
クラスI
クラスIIa
クラスIIb
クラスIII