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ドキュメント内 『宗教研究』197号(42巻2輯) (ページ 39-43)

て  う 

い  も  な  め  (U2)@  38 

ものである︒ 

  

これは前述の提婆達多の前生話の例では︑単に仏  の  前生も登場する話にすぎなかったのと相違  し  ︑  明らかに仏の前  ムロ  生訃  となっている︒しかもこの物語には菩薩  思想の影響が見られ︑王に対して説かれている  点  特徴がある︒ところが  兜  この話は他の諸  律  に見られず︑この四分律  独  自  のものである︒ 

  

弥却  ︵Ⅱ仏の前生︶の誓願及び授記物語︵  回  ︑  セ  八二 

af 

七八五 

︶が 

%   ある︒これは世尊が  二  賈人に  髪  爪を与えた  時  に︑  彼らはこれを供養するのに何の証験がある  のかと尋ねたのに対し説 

  

〜 糖供司蔑爬髪  〜 首ん成ヌ  無上道Ⅱ︵  同︑セ  八五︒  左セ 

八行︶︒﹂と結ばれの 

Ⅰている︒これも他律に存しないこの  律  独自の  ものである︒ 

    

このように四分律においては菩薩の修行物語とし 

     次の提婆達多が仏を真似て苦悩を得たのは今日 のみでないとして語られる小家︵Ⅱ提婆達多︶が 大家︵Ⅱ 仏 ︶を真似 

た話 ︵大二二︑九一 Oc ︶は︑パーリ 律 ︵ 目 ・ き ︶︶ や鼻 奈那︵大二四︑八五八 c ︶では単に教訓 的な寓話にすぎず︑ 

﹁現在 事 ﹂﹁過去 事 ﹂の両者のみが存在し︑﹁結合 ﹂の部分はなかったものである︒それが五分 律 ︵太一一一一︑一エ八四 c ︶  の場合と同様にここでは﹁結合﹂が加えられてい る ︒  ところで︑四分律の中で最も注目すべきものは︑ 慧燈 王の物語︵ 回 ︑九五 Obz 九五一 c ︶であ ろう︒これは世尊  が昔 何の福徳を作したが故に彼の足下の千輻輪 相 が成就したのかという 摩喝 三瓶 砂 の 問 いに対し て 説かれたもので︑ 

ぬ去 世に 慧燈と 名づく王が人々に十善を行ぜし めていたが︑帝釈天が彼を試さんとして一男子に 変じ王の許に来て ︑ 

﹁ 若得 ︒ 成 Ⅰ 就 菩薩 ‑ 生食こ具 肉 ‑ 飲 二典 血 ‑ 乃得 

︒ 行 

二十善不殺生乃至不邪見 ‑ ︵九五一 b 左六 セ行 ︶﹂と言 う ︒すると 

王は自分の股肉を割き︑器に血を盛って与え︑ 十 善を行ずるように勧めた︒そしてその時の王が 自分であったと結ぶ 

  

  

  

  

   っ たのは今日のみならずとして説かれたものとな っている︒根本有部民奈 那巻 二八︵大二三︑ セ セ九 b 以下︶及び同  調達に因んだ 話 として三嶋に運ばれた亀が空中 で 口を開けたために 衛 えていた木を離れて地に落 ちて死んだ 話 ︵ 同︑ 

一六五︒以下︶があるが︑調達が悪口の故に大昔 を 受けたのは今日のみでないとして説かれ︑ 亀 が 調達とされ︑専ら 

彼の前生話に留まっている︒ 

  摩詞 僧祇 律 ︵ 同 ︑四エ八二 ︶では︑物語は﹁ 如 寓生 経 中説﹂と省略されているが︑ 薩遮尼挺 子が 舌 によって身を害  ︵ l Ⅱ︶ 尚 ︑バールフートの 一 彫刻に︑この物語を描写 したものがあるが︑﹁ジャータカ﹂とはなって い @.@@ Ⅰ ん す Ⅰ︒ @ Ⅴ  の 独断なる挿入と考えられる︒何故なら︑この 話は摩 詞 僧祇 律 ︵ 同 ︑ニセ セ b 以下︶︑根本有部 毘 奈 那 ︵大 三 

五四 C ︑下せ ヨ ・ お ︒ づ ・ P かび・ h 臼 ・ ミ p"z の u ︒︶にも 見えるが︑右の如き挿入夫には遭遇しないからで ある︒ 

しかるに︑ 組ド づ田 ドゅ 甘い @% 村オ ㏄︵ 之 0. ㏄のの・ 目 ㏄ ㏄ め|め ㏄の︶におては︑竜王日省 ぎ ㏄ 弔皆 ㏄の幾度 もの来訪で 

戦いていた仙人に︑竜王に首についているマニ 珠を乞うように指図した仙人の兄が仏の前生とさ ね ︑﹁結合﹂ 

が 新たに加えられ︑ジャータカ化されている︒ し かし話の説かれる主旨は ︑ 竜でさえ包永されれ ばそれを惜し 

して人間共においては尚更であるという教訓に あり︑﹁現在 事 ﹂と﹁過去 事 ﹂のみから構成さ れていたもの 

て ︑本来的には仏の前生物語とは全然関係なかっ たのである︒  一二︑ Ⅰ ︐ 

恐怖に の部分 

む︑ ま 

であっ  十一の前生譚が散見される︒ 先ずこの中でパー り律 ︵ 目 ・ P ㌫︶四分律︵六二一 一 ︑五三八 ︶では単に比丘 達 に過大な包永 を諫 めるために語られ 

た 教訓的説話にすぎなかった竜王 お日が申︵す曲 ︵摩尼 挺大 ︶のマ三珠を惜しむ話の中に ︑ 改めて ﹁結合﹂の部分を加 

  えずに︑﹁ 我於二 爾時 ‑ 行 ニ 菩薩道 ‑ ︵大二二︑一一 二 セ行 ︶﹂という特異なる文が挿入されている これは五分佳作者 

(144) 

﹁Ⅰ 

Ⅲ五分 

律 Ⅰ く 

40 

  

  ャ ︵Ⅰ︶ ン ・のロロ コぎ ㎎ 才 ㏄ ヨ ・ つ ・ 由 ︵・り寸 円のメ ⅠⅠ・ ト 高田博士︑前掲論文︑一 九頁︒ 20 ・ お     ︵ ︶杣川 拙佃円甘 のの 0lO 住 ‑ の ︶ 里 ㏄ オぃ のの㏄ コ のの隼の ロ ︵の 串 ぎ 子の㏄ ミ イ の曲目 ゆ ヨ コ のの・ 金 貴博士古稀記念 印度 学 仏教学論集︑ 

蔵訳  ︵  ワせ  oP.  お  ︒  ロ  ・  毬  ︒  ho  ︶・のモー  づモ  ︶では  闇陀  ︵  彊甲罷  ︶比丘の言葉の非に因んだ  話  となっ  ており︑仏陀の前生 

は  関係していない︒しかるに︑木お臼ので  al  団団  紅  ︵  之  0,  注  8   口・コ句  !  ︶ づ  0 ︶では︑この説話は菩  薩  なる  法  教師︵  巨  ︵︵  丁  注ぎ  ヨ  日  ゆ  コロ約の曲宴︶が  焼舌  なる王を諌めるため  に  語ったものとされ︑亀は内︒  睡  下に結合さ  れている︒ 

このように︑主人公の亀は種々なる人物に結合  されているが︑本来的には軽口を諫めるための  教  訓話であり︑仏の  前生が登場しなければならぬ必然性のなかった  ことは明らかである︒  ︵Ⅰ レ ︶  尚  ︑この説話に基いて描かれたと考えられる  彫  列が︑ボードガヤー  と  マトラーから発見されてい  る  ︒ 

ところで︑仏の前生  話  として注目されるのは︑  仏  の  前生なる  矩鵜が  入神に乞うて火を消してもら  った話︵  回  ︑一七  五  ︒以下︶である︒ここには菩薩思想の影響も  全然認められず︑仏の行為を讃仰するような文章  も  存しない︒しかる 

  

に  ︑根本有部  律  の楽事  巻  十五︵大二四︑  セ二  b  ︶  では﹁菩薩  在二  不定家  ‑  虹生討矩身り  知工  椎  本生  経  中店  説  Ⅱ﹂とあり  0O 

菩薩の物語となっており︑また  同蔵訳  ︵  下弓  0 

︶  ミト 

・  づ  ・  NPo  ︒  h 臼  ・  0  のの  ヴ  の  !0  か  0 性  ︶においては︑仏が  無上正等覚を得るた  吾一種の業報物語であり︑過去  仏毘婆戸  が関  保  しており︑  アヴァダ  ーナ的前生話の出現を見る 

   めに戦や高群を火の恐怖から救ったのであると  して物語られ︑最後にこれは仏の菩薩  行  による  衆  生  利益であると結ば 

れており︑この五分  律  のものとは格段の相違が  ある︒ 

  

c  ︶根本有部  律  の  破僧  要港  十セ  ︵大二四︑一八  セ  b  以下︶及び同  蔵訳 

輔  ︵㌧・  ヰ  0  ︶・  か N.   ロ  ・ ト  0 の・︵  0  ︶・  P8p  ︒︵  トゅべヴ  ︒︶に  対応を求め得る二十億童子の前生  話  ︵大二二︑一︵ 

3 四五 

c  以下︶があるが︑  薩        タ註 

(145) 

  

  

  

  

  

  

されたが︑パー り 

のし 

斡オヴゴ ㏄で目 で ですが l% 繕オ簿 ︵ 之 0. ト 00 

しかし仙人であれ 樹神 であれ︑物語とは全然 関 係 ないも  目 ・㏄㏄㎏ ㏄ お ︶では川岸に住んで い た 樹神 が主 ロ薩 とされる︒ 

のであり︑本来仏の登場する話ではなかったので ある︒  ね ︑仏の前生に関係ない話が﹁ 生経 ﹂と題され ている︒この話は︑ 十 調律養二 セ 及び五八︵大 三 一二︑一 

三 ︒以下︶︑根本有部 律 09% あづ お巨 ︵ 臼鯨ぎ ダミドコ 仁の ‑n ユ h@ 臣の ノ ﹁ ト ・口口・ ︒ ︵︵ ダロ : PON@ ︒ PO の︶ ︑ 同蔵訳 

や oq の︒ hO‑. 紐弓 ゆの 可 ︶にも載っているが︑ ウ パ ナンダ比丘の前生である豹が 老 比丘の前生なる 猫 の 捕 

た 話で︑専ら ウパ ナンダ比丘 と老 比丘の前生 話 となっており︑仏の前生は登場せしめられていな   

ところで︑この説話はバールフート彫刻上にも ・ 年 リ ュ リ 吋 曲ヰ p, と題されて描写されている︒︵ ︶ 図 う 廿 ‑ ‑3‑ と 魚の他に一人の仙人が登場しており︑ 呵 ︒ ロのゴ eq‑  逸見博士︑ O00 ︵〜︶ ミ がの 去ミゆ @‑5 〜〜︶ワ ︶等によって 彼 は 菩薩  九九 ︑四三 

︵下せ 三 ・ か P. 

えた魚を奪っ 

には 豹と 二瀬 

であると想定  はれている︒  九話 中 仏の前生の登場するのは八話のみである︒ 

い ︒しかも注目すべきことに︑それらは仏の前生 

  

たとえば︑ 優波 難陀比丘が 摩詞羅 比丘を欺いた  また内容の省略されている二十四例も大部分 が 説かれていないにもかかわらず︑﹁本生 経 ﹂ 

のは今日のみでないとして︑﹁過去世時 雨 万国 

スル 訂  或いは﹁ 生経 ﹂と 呼  が 仏の前生 話 ではな 

上荷二無垢 ‑‑ ︒ キ 河 ぺ河 中 ‑ 

有三一水 瀬ぺ 一考龍人 傑 二者 

入浅 

︒時人 ニ深 水 ‑ 者捕目 信一鯉魚Ⅱ 如 三生 経 中底 説づ ︵大二二︑ 二九一 ︶﹂と記さ 

ここ W 

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ドキュメント内 『宗教研究』197号(42巻2輯) (ページ 39-43)

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