て う
い も な め (U2)@ 38
ものである︒
これは前述の提婆達多の前生話の例では︑単に仏 の 前生も登場する話にすぎなかったのと相違 し ︑ 明らかに仏の前 ムロ 生訃 となっている︒しかもこの物語には菩薩 思想の影響が見られ︑王に対して説かれている 点 特徴がある︒ところが 兜 この話は他の諸 律 に見られず︑この四分律 独 自 のものである︒
弥却 ︵Ⅱ仏の前生︶の誓願及び授記物語︵ 回 ︑ セ 八二
af七八五
c︶が
% ある︒これは世尊が 二 賈人に 髪 爪を与えた 時 に︑ 彼らはこれを供養するのに何の証験がある のかと尋ねたのに対し説
〜 糖供司蔑爬髪 〜 首ん成ヌ 無上道Ⅱ︵ 同︑セ 八五︒ 左セ
!八行︶︒﹂と結ばれの
Ⅰている︒これも他律に存しないこの 律 独自の ものである︒
このように四分律においては菩薩の修行物語とし
次の提婆達多が仏を真似て苦悩を得たのは今日 のみでないとして語られる小家︵Ⅱ提婆達多︶が 大家︵Ⅱ 仏 ︶を真似た話 ︵大二二︑九一 Oc ︶は︑パーリ 律 ︵ 目 ・ き ︶︶ や鼻 奈那︵大二四︑八五八 c ︶では単に教訓 的な寓話にすぎず︑
﹁現在 事 ﹂﹁過去 事 ﹂の両者のみが存在し︑﹁結合 ﹂の部分はなかったものである︒それが五分 律 ︵太一一一一︑一エ八四 c ︶ の場合と同様にここでは﹁結合﹂が加えられてい る ︒ ところで︑四分律の中で最も注目すべきものは︑ 慧燈 王の物語︵ 回 ︑九五 Obz 九五一 c ︶であ ろう︒これは世尊 が昔 何の福徳を作したが故に彼の足下の千輻輪 相 が成就したのかという 摩喝 三瓶 砂 の 問 いに対し て 説かれたもので︑
ぬ去 世に 慧燈と 名づく王が人々に十善を行ぜし めていたが︑帝釈天が彼を試さんとして一男子に 変じ王の許に来て ︑
﹁ 若得 ︒ 成 Ⅰ 就 菩薩 ‑ 生食こ具 肉 ‑ 飲 二典 血 ‑ 乃得
︒ 行
二十善不殺生乃至不邪見 ‑ ︵九五一 b 左六 z セ行 ︶﹂と言 う ︒すると
王は自分の股肉を割き︑器に血を盛って与え︑ 十 善を行ずるように勧めた︒そしてその時の王が 自分であったと結ぶ
っ たのは今日のみならずとして説かれたものとな っている︒根本有部民奈 那巻 二八︵大二三︑ セ セ九 b 以下︶及び同 調達に因んだ 話 として三嶋に運ばれた亀が空中 で 口を開けたために 衛 えていた木を離れて地に落 ちて死んだ 話 ︵ 同︑
一六五︒以下︶があるが︑調達が悪口の故に大昔 を 受けたのは今日のみでないとして説かれ︑ 亀 が 調達とされ︑専ら
彼の前生話に留まっている︒
摩詞 僧祇 律 ︵ 同 ︑四エ八二 b ︶では︑物語は﹁ 如 寓生 経 中説﹂と省略されているが︑ 薩遮尼挺 子が 舌 によって身を害 ︵ l Ⅱ︶ 尚 ︑バールフートの 一 彫刻に︑この物語を描写 したものがあるが︑﹁ジャータカ﹂とはなって い @.@@ Ⅰ ん す Ⅰ︒ @ Ⅴ の 独断なる挿入と考えられる︒何故なら︑この 話は摩 詞 僧祇 律 ︵ 同 ︑ニセ セ b 以下︶︑根本有部 毘 奈 那 ︵大 三
五四 C ︑下せ ヨ ・ お ︒ づ ・ P かび・ h 臼 ・ ミ p"z の u ︒︶にも 見えるが︑右の如き挿入夫には遭遇しないからで ある︒
しかるに︑ 組ド づ田 ドゅ 甘い @% 村オ ㏄︵ 之 0. ㏄のの・ 目 ㏄ ㏄ め|め ㏄の︶におては︑竜王日省 ぎ ㏄ 弔皆 ㏄の幾度 もの来訪で
戦いていた仙人に︑竜王に首についているマニ 珠を乞うように指図した仙人の兄が仏の前生とさ ね ︑﹁結合﹂
が 新たに加えられ︑ジャータカ化されている︒ し かし話の説かれる主旨は ︑ 竜でさえ包永されれ ばそれを惜し
して人間共においては尚更であるという教訓に あり︑﹁現在 事 ﹂と﹁過去 事 ﹂のみから構成さ れていたもの
て ︑本来的には仏の前生物語とは全然関係なかっ たのである︒ 一二︑ Ⅰ ︐
恐怖に の部分
む︑ ま
であっ 十一の前生譚が散見される︒ 先ずこの中でパー り律 ︵ 目 ・ P ㌫︶四分律︵六二一 一 ︑五三八 c ︶では単に比丘 達 に過大な包永 を諫 めるために語られ
た 教訓的説話にすぎなかった竜王 % お日が申︵す曲 ︵摩尼 挺大 ︶のマ三珠を惜しむ話の中に ︑ 改めて ﹁結合﹂の部分を加
えずに︑﹁ 我於二 爾時 ‑ 行 ニ 菩薩道 ‑ ︵大二二︑一一 二 b セ行 ︶﹂という特異なる文が挿入されている これは五分佳作者
(144)
﹁Ⅰ
Ⅲ五分
律 Ⅰ く40
ャ ︵Ⅰ︶ ン ・のロロ コぎ ㎎ 才 ㏄ ヨ ・ 0 つ ・ 由 ︵・り寸 円のメ ⅠⅠ・ ト 高田博士︑前掲論文︑一 0 九頁︒ 20 ・ お ︵ 2 ︶杣川 拙佃円甘 のの 0lO 住 ‑ の & ︶ 里 ㏄ オぃ l のの㏄ コ のの隼の ロ T ︵の 串 ぎ 子の㏄ 0 ミ イ の曲目 ゆ % ヨ コ のの・ 金 貴博士古稀記念 印度 学 仏教学論集︑
蔵訳 ︵ ワせ oP. お ︒ ロ ・ 毬 ︒ ho ︶・のモー づモ ︶では 闇陀 ︵ 彊甲罷 ︶比丘の言葉の非に因んだ 話 となっ ており︑仏陀の前生
は 関係していない︒しかるに︑木お臼ので al 団団 紅 ︵ 之 0, 注 8 口・コ句 ! ︶ づ 0 ︶では︑この説話は菩 薩 なる 法 教師︵ 巨 ︵︵ 丁 注ぎ ヨ 日 ゆ コロ約の曲宴︶が 焼舌 なる王を諌めるため に 語ったものとされ︑亀は内︒ 睡 下に結合さ れている︒
このように︑主人公の亀は種々なる人物に結合 されているが︑本来的には軽口を諫めるための 教 訓話であり︑仏の 前生が登場しなければならぬ必然性のなかった ことは明らかである︒ ︵Ⅰ レ ︶ 尚 ︑この説話に基いて描かれたと考えられる 彫 列が︑ボードガヤー と マトラーから発見されてい る ︒
ところで︑仏の前生 話 として注目されるのは︑ 仏 の 前生なる 矩鵜が 入神に乞うて火を消してもら った話︵ 回 ︑一七 五 ︒以下︶である︒ここには菩薩思想の影響も 全然認められず︑仏の行為を讃仰するような文章 も 存しない︒しかる
に ︑根本有部 律 の楽事 巻 十五︵大二四︑ セ二 b ︶ では﹁菩薩 在二 不定家 ‑ 虹生討矩身り 知工 椎 本生 経 中店 説 Ⅱ﹂とあり 0O
菩薩の物語となっており︑また 同蔵訳 ︵ 下弓 0
︶ ミト
・ づ ・ NPo ︒ h 臼 ・ 0 のの ヴ の !0 か 0 性 ︶においては︑仏が 無上正等覚を得るた 吾一種の業報物語であり︑過去 仏毘婆戸 が関 保 しており︑ アヴァダ ーナ的前生話の出現を見る
めに戦や高群を火の恐怖から救ったのであると して物語られ︑最後にこれは仏の菩薩 行 による 衆 生 利益であると結ば
れており︑この五分 律 のものとは格段の相違が ある︒
c ︶根本有部 律 の 破僧 要港 十セ ︵大二四︑一八 セ b 以下︶及び同 蔵訳
輔 ︵㌧・ ヰ 0 ︶・ か N. ロ ・ ト 0 の・︵ 0 ︶・ P8p ︒︵ トゅべヴ ︒︶に 対応を求め得る二十億童子の前生 話 ︵大二二︑一︵
3 四五
c 以下︶があるが︑ 薩 タ註
(145)
されたが︑パー り
のし
斡オヴゴ ㏄で目 で ですが l% 繕オ簿 ︵ 之 0. ト 00しかし仙人であれ 樹神 であれ︑物語とは全然 関 係 ないも 目 ・㏄㏄㎏ ! ㏄ お ︶では川岸に住んで い た 樹神 が主 ロ薩 とされる︒
のであり︑本来仏の登場する話ではなかったので ある︒ ね ︑仏の前生に関係ない話が﹁ 生経 ﹂と題され ている︒この話は︑ 十 調律養二 セ 及び五八︵大 三 一二︑一
三 ︒以下︶︑根本有部 律 09% あづ お巨 ︵ 臼鯨ぎ ダミドコ 仁の ‑n ユ h@ 臣の ノ ﹁ 0 ト ・口口・ h ︒ p ︵︵ ダロ b : PON@ ︒ PO の︶ ︑ 同蔵訳
や oq の︒ hO‑. 紐弓 ! ゆの 可 ︶にも載っているが︑ ウ パ ナンダ比丘の前生である豹が 老 比丘の前生なる 猫 の 捕
た 話で︑専ら ウパ ナンダ比丘 と老 比丘の前生 話 となっており︑仏の前生は登場せしめられていな
ところで︑この説話はバールフート彫刻上にも ・ C 年 リ ュ リ 吋 曲ヰ p, と題されて描写されている︒︵ 2 ︶ 0 図 う 4 廿 ‑ ‑3‑ と 魚の他に一人の仙人が登場しており︑ 呵 ︒ ロのゴ eq‑ 逸見博士︑ O00 ︵〜︶ ミ がの 去ミゆ @‑5 〜〜︶ワ ︶等によって 彼 は 菩薩 九九 c ︑四三
︵下せ 三 ・ か P.
えた魚を奪っ
には 豹と 二瀬
であると想定 はれている︒ 九話 中 仏の前生の登場するのは八話のみである︒
い ︒しかも注目すべきことに︑それらは仏の前生
たとえば︑ 優波 難陀比丘が 摩詞羅 比丘を欺いた また内容の省略されている二十四例も大部分 が 説かれていないにもかかわらず︑﹁本生 経 ﹂
のは今日のみでないとして︑﹁過去世時 雨 万国
スル 訂 或いは﹁ 生経 ﹂と 呼 が 仏の前生 話 ではな
上荷二無垢 ‑‑ ︒ キ 河 ぺ河 中 ‑
有三一水 瀬ぺ 一考龍人 傑 二者