• 検索結果がありません。

人道支援におけるトライパタイト・アプローチの有効性

ドキュメント内 持続可能な人道支援には何が必要か (ページ 144-159)

はじめに

本章では、被災地や貧困地域の人道支援を四半世紀に亘り実践しているフィリピン NGOのHealthDev(Health Alternatives for Total Human Development Institute, Inc. 総合健康開 発・促進機構)を事例研究の対象として取り上げ、組織代表のTootsieの足跡にも焦点を合 わせ、「人道支援におけるトライパタイト・アプローチの有効性」について検討する。

HealthDevは、主に地域型保健医療事業(CBHP:Community-Based Health Programs)を 専門領域とする、フィリピン政府に登録(SEC:Securities and Exchange Commission証券取 引委員会)されたパイオニア的なNGOである。HealthDevは、ピナトゥボ火山噴火災害の 被災地や、マニラ首都圏の貧困地域さらにはフィリピン最北端のバタネス州などで幅広く 保健医療や公衆衛生に特化したプロジェクトを実践してきた。HealthDevが人道支援の継 続性を確保してきた要因について、ドナーとの良好な関係維持と現場でのトライパタイト

(Tripartite)を基盤とするマルチラテラル・ネットワーク(Multi-lateral Network)および マルチステークホルダー・エンゲージメント(Multi-stakeholder Engagement)によるアプ ローチに注目し、関連資料の分析やHealthDev代表のTootsieに対するインタビュー調査の 収録内容を整理し考察を行う。

HealthDevは、フィリピン国民の約83%をカトリック教徒が占め、その他のキリスト教 も約10%というASEAN唯一のキリスト教国において、Christianity(キリスト教的信仰)に 基づく「人道」という、普遍的概念の実在性(感覚や思考を超越した直面する現場の実 体)を本質と捉える、Concept realism(概念実在論)に重きを置いた人道支援を実践して きたと言える。

1975年には、キリスト教基礎共同体(Basic Christian Community)運動が始まり、地域 ごとにNGOやPOsを形成する基盤となった。キリスト教会は、国際的なネットワークを動 員して海外からの資金調達を可能とし、政府からの独立性を保つことができた。また、イ デオロギー的広範性が、種々の異なる指向をもつNGO間の調整役を可能とする中核的役 割を果たした(川中2001;142)。

第1節 「トライパタイト」という用語について

「トライパタイト」(Tripartite)は、語句的には「三連の」や「三者間の」という意味

139

である。三者間の審議・協働・管理システム等を指す言葉として、いろいろな分野で使わ れている。例えば、アイヌ問題について審議する機関にアイヌ民族の意見を反映させるた めの会議はトライパタイト・コミッティとして位置付けられる。それは、アイヌ民族、政 府、そして有識者といった三者による構成の審議機関である。造船業界では、様々な技術 的問題について、船主、造船、船級の三者が集う唯一の国際会議がトライパタイト会議と 呼ばれている。世界情報社会サミット アジア太平洋地域会合についての対談では、政 府・企業・市民社会という3つの分野が協働することをマルチセクター・アプローチ、あ るいはトライパタイト・アプローチと呼んでいる(GLOCOM HP 2016)。

国際労働機関(ILO)は、組織の特徴を各国政府、雇用主、労働者の代表から構成され る唯一のトライパタイトな国際組織と称していた(The International Labour Organization is the only tripartite U.N. Agency with government, employer, and worker representatives. This tripartite structure makes the ILO a unique forum in which the governments and the social partners of the economy of its Member States can freely and openly debate and elaborate labour standards

and policies.)(ILO 2012)。イギリスでは、金融問題に取り組む財務省、BOE(イングラン

ド銀行)、FSA(英国の金融サービス機構) による連合体制をトライパタイト規制システ ムと言っている。

フィリピンでは、政府が国の政策の基礎としてトライパティズム(Tripartism)を採用 する立場を明らかにしている。フィリピン政府は、労働省の各部署が管轄する産業(農林 漁業、商工業、製造業、海運業、金融・保険業など)の諸問題(労使関係、基本的人権、

最低賃金など)に対応するための、トライパタイトモデルによる協議会、評議会、諮問委 員会等を設け、監視機関として利害が異なる三者間の調整を図り、社会正義に基づく秩序 と和睦の一致を政策目標としている。そのうち例えば、フィリピンのTripartite Industrial Peace Councilは、労働と雇用に関する状況改善のための実現を目的とする、「労働者・雇 用主・政府」三者間の協議・交渉・調整を図るためのフォーラムと位置づけられている。

以上のように見てくるとトライパタイトの三者は、明らかに利害が異なる主体を指す 場合もあるし、立場は異なるが目的・目標を共有する主体を指す場合もあると言えよう。

人道支援の分野では、HealthDev の前身組織と言える LIKAS(後述)が自身の活動を総 括する議論(Herrera 1999; 73)の中で、Tripartite PartnershipsとTripartismという用語を使 っている。人道支援分野におけるトライパタイトという用語使用の最も初期の事例かと思 われる。ここでの三者は、受益者である住民やコミュニティ、支援する実践者、主に出資

140

者から構成されるステークホルダーを指す。目的・目標を共有化するという点では利害が 一致している三者が、その実現のために各自の立場から独自な役割を担うことで協働する 体制を指している。トライパタイズムとは、このような協働体制を重視する考え方を指す。

トライパタイズムと同様に重視されているのが、受益者の「参加」である。人道支援の究 極的な目的は、支援の受益者が直面する課題に主体的に向き合い解決していく力を強めて いくという意味でのエンパワーメントである。そのためには支援プログラムへの受益者の

「参加」がとても重要な要因と見做される。

フィリピンでは、トライパタイトは、国の政策レベルにおいて上記の意味で用いられて いるため、一般的に利害の異なる三者間の協議や交渉を指す言葉として解釈されることが 多いと思われる。しかし、本論では、人道支援においてLIKASが使用してきた意味を踏ま え、共通の目的・目標を実現するために、基本的には利害が一致している3つの主体が協 働することをトライパタイト・アプローチと定義した。トライパタイト・アプローチが重 視するのは、受益者(Beneficiary)、実践者(Practitioners)、出資者(Stakeholder)が主体と なるフレームワーク(Triple Partnership)作りである。この三者間の協働は、人道支援を持 続的に展開するための基盤であり、出来るだけ多くの組織や団体が参画するマルチパタイ トな協働(Multipartite cooperation)が目標となる。

本論の展開を先取りして言えば、HealthDev は、LIKASが提唱したトライパティズムを 継承し、被災地や貧困地域のニーズに寄り添いながら、トライパタイトなパートナーシッ プをベースに、人道支援のフレームワークを形成する援助手法を重視してきた。なお、ト ライパタイトに関連する英文表記では、Tripartite Model of Mental Health(心の健康)や Tripartite Model of Ontology(存在論)、Tripartite Influence(影響力)Model などがあり、広 範な研究領域においてトライパタイトは、多様な捉え方によって使用されている。

第2節 HealthDevの沿革とTootsieの足跡

HealthDevが創設された背景や経緯に触れながら、組織の代表を務めるRosemarie

Jonson-Herrera(HealthDevのホームページや公式のコンフェレンスでもRosemarie “Tootsie”

Jonson-Herreraなどと表記され、通常は愛称を用いて呼称されることが多いので、本章でも以下で

はTootsieとする)の足跡について述べる。

Tootsieは、1979年にUniversity of Santo Tomasに在学していた他の学生や保健衛生学の 専門家と共に、公衆衛生や健康保健の啓蒙活動を実践するNGOのLIKAS(Lingap para sa

141

Kalusugan ng Sambayanan, Inc. Care for the Health of the People)創設に参画して常勤職員と なり、1985年までタガイタイ市のバランガイやケソン市の地方自治体を中心に、コミュニ ティベースの保健衛生指導に従事した。LIKASは、翌年の1986から1990年にかけて都市 特有の保健衛生を推進する基本プロジェクト開発戦略の施行を目指した。

LIKASは、1977年にDr. Eddie G. Dorotan, M.D. / Oyen Casanova夫妻とフィリピン大学医 学部のクラスメイト6名によって、母体となる組織の礎が築かれた。1979年5月、Tootsie を含む8名の医師と管理栄養士がチャーターメンバーとなり正式に発足した。

LIKASは1994年にSEC 登録され、42名の常勤職員、4名のプロジェクト統括責任者、

9名の組織管理運営職員を擁する組織へと拡大する。Tootsieは、1991年に発生したピナト ゥボ火山の大噴火を機に、首都マニラからパンパンガ州サンフェルナンド市へ居を移して、

被災地域の人道支援活動に専従する。正看護師としての経験と知識を活かし、被災地域に おける良好な保健衛生の維持と管理に関る医療、歯科、食料支支援事業など、主要な緊急 人道支援活動のコーディネーターを務めた(Herrera 1999)。

1990年には、LIKASで経験を積み重ねた有能なメンバーの転出によって、HealthDevが 創設された。HealthDevは、1991年6月に発生したピナトゥボ火山大噴火直後の9月から、

火山噴火災害被災地域の救済・復旧支援プロジェクトのコーディネーターを勤めている。

Tootsieは、LIKASをルーツとするメンバーによって創設されたHealthDevの常勤職員と

なり、1995年にはプロジェクトの使命を継承し推進するために、パンパンガ州アンヘルス 市を活動拠点とし、新たにNutrilinc(The Nutrition and Livelihood Resource Center, Inc. 栄養 摂取と自立自活救済センター SEC 認証取得)を設立した。さらに、2011 年からは

HealthDev の代表を務め、パンパンガ州とケソン市を拠点とする組織のガバナンスを担い

現在に至っている。LIKAS誕生からHealthDev創設への経緯については表2.に示した。

ドキュメント内 持続可能な人道支援には何が必要か (ページ 144-159)