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ジレンマ分析のための視点 -「周辺」と「中心」から-

ドキュメント内 持続可能な人道支援には何が必要か (ページ 53-64)

はじめに

大規模な自然災害時における国際人道支援は、被災国のオーナーシップや国家主権の不 干渉を重視するあまり、概して短期間に集中して行われる傾向がある。政府や国際援助機 関から資金提供を受けている国際 NGO の多くは、あらかじめ決められた活動領域や支援 期限などの条件下で人道支援を展開し、早急に被災地から撤退していくケースが多く見受 けられる。非政府組織を代表する NGO に課せられた本来の使命とは、国家が成しえない 初動の緊急人道支援から、中期的な復旧・復興支援へと移行し、さらに長期的な開発協力 に至るまで、援助の期間や領域にとらわれる事のない、持続可能な人道支援活動を実現す ることであろう。

本章では、ジレンマを分析するための視点として、実践者に対するインタビュー調査を 通して得られた証言を基に、「周辺」と「中心」が対峙する相対関係の実態について整理し検 討を加える。先ず、これまでに行ってきたフィールド調査において、対象となった実践者 を「周辺」と「中心」というフレームの中で分類し、人道支援におけるそれぞれの立場と対峙 する位置関係を明確にする。

1.「周辺」の実践者が「中心」と対峙するジレンマ

* アイキャン(ICAN:International Children's Action Network)マニラ事務所代表のA氏

* 国境なき医師団(MSF: Médecins Sans Frontières)日本人医師のB氏

* フィリピンNGO (HealthDev: Health Alternatives for Total Human Development Institute or HDI総合健康開発・促進機構)/ Nutrilinc代表のC氏

2.「中心」の実践者が「周辺」と対峙するジレンマ

* 国際赤十字社・赤新月社連盟(IFRC: International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies)医療派遣要員のD氏

* 国連高等弁務官事務所(UNHCR: United Nation High Commissioner for Refugees)本部職 員のE氏

3.「周辺」と「中心」を往還するジレンマの外的環境

* 元USAIDピナトゥボ火山噴火災害プロジェクト専門官を務め、LRDC & TF創設者の

Mr. Rodrigo R. Custodio

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* PSWDO/PDCCO所長とRCCP創立会長を歴任したMs. Lucia R. Gutierrez

* MPC- NGO Deskの諮問担当官とRCCP会長を歴任したMs. Loida S. Oñate Velasco

* 元R.I.-2550地区国際奉仕委員を務め、MNKF日本代表の筆者

本章でインタビュー対象として取り上げた5名は、全員が女性であった。彼女たちが「周 辺」で対峙したジレンマの一因には、「中心」に依拠する男性職員の資質や経歴が大いに関 係していると推察された。人道支援をサポートする組織の運用体系は、財源となる資金の 内訳によって優先事項が決定される傾向にあった。当然プログラムの経費や人件費の財源 が、組織の維持・管理費と異なる現況を踏まえると、実践者と本部職員の人事に伴うジェ ンダーの問題が存在していた事実を、軽視することは出来ないであろう。

志村(2007)は、外務省のNGO調査員として取りまとめたデータから、NGOの主たる 担い手は女性であったが、各組織の意思決定に携わる代表や事務局責任者について見ると、

両者とも男性の比率が高いという結果を示している。

JANIC(2011)は、日本のNGOについて、意思決定に関わる役職に就く女性が極めて少

ない状況にあり、『NGOデータブック2006』でも同様の調査結果が確認され、現在もあま り変わっていないと指摘している。

第1節 「周辺」の実践者が「中心」と対峙するジレンマ

1-1 特定非営利活動法人アイキャン(ICAN:International Children’s Action Network)

マニラ事務所代表、(特活)難民を助ける会(AAR Japan: Association for Aid and Relief, Japan)のスーダン駐在代表を経て、現在CWS-Asia/Pacific(Church World Service)の特定 非営利活動法人CWS Japanミャンマー事務所代表。

ICANのマニラ事務所代表を務めていたA氏とは、ピナトゥボ火山噴火災害の人道支援 活動を通して知己を得た。A氏は「周辺」と「中心」の遊離した人道支援に対するギャップ を、ジレンマの最大要因として挙げていた。被災地の弱者は、現地語でA氏に本音を語る が、被災地のエリートは、英語で本部から派遣された職員に建前論を展開したという。職 員にとって、信頼すべき情報源となる相手は被災地のエリートであり、弱者の本音に直接 触れる機会はほとんどなかった。「周辺」で行なわれた人道支援活動に対する評価は、本部 が人選した職員のバイアスがかかった情報提供に基づき「中心」で行われた。被災地が最

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も困窮している「周辺」の本音を代弁する現地代表者の声は、被災地の実像を正確に報告 するほど本部に届かず、「中心」の理解を得るのが難しかったという。

A氏は、「周辺」の対極にいる「中心」に対し、緊密な連携による理解と信頼が不可欠で あると訴えたが、あまりにも隔絶した相対関係に絶望し、12年間の人道支援活動に終止符 を打ち組織を離脱した。その後いくつかの代表的な国際 NGO に在籍し、東ティモールや マラウィで現地代表を務めていた。A氏はインタビュー当時スーダンに駐在し、水をメイ ンとする保健・衛生のプロジェクトに従事していたが、理由も明かされず次年度の雇用契 約更新はない旨の通達を受けていた。組織の活動指針は、「周辺」のニーズよりもドナーを 意識した、「中心」へのアカウンタビリティーが常に優先事項であり重視されていたと述べ ていた。「周辺」には、「中心」のトップダウンによって突然プログラムが変更さる事態に対 しても、反論する機会や提言する余地さえ与えられていなかったという。

A氏は、自らフィルターをかけて「中心」に情報提供をするという、苦渋の選択を余儀 なくされていた、「周辺」が抱える深刻な真情を吐露していた。

1-2 国境なき医師団(MSF: Médecins Sans Frontières)

日本人医師、(特活)MSF Japanプログラムディレクター、現在は専門医として総合病院 勤務。

B氏は、女性の医師も大学病院という社会に出たとたん、日本では非常に生きづらくな ったと感じて医局を離れ、新たな自己表現の場を求めMSFに参加していた。B氏は、国際 的なフランスの人道支援組織に登録された最初の日本人医師として、スリランカ、ボスニ ア・ヘルツェゴビナ等の人道医療活動に従事する。JICAのメキシコ女性健康プロジェクト リーダーを経た後に、MSF日本のプログラムディレクターを務め、現在は専門医として新 たなフィールドに立っていた。

B氏に関しては、これまでのプロファイルや著書等から、「周辺」と「中心」の視角を中 核に据えるという研究テーマに、最も相応しい体験を有しているキーパーソンのひとりで あると推察された。

医師としての経験から、「いちばん苦しんでいる人は、語らない」、あるいは時が経たな いと「苦しみを追体験し自分を拷問にかけることだから、語れない」と述べていた。自分 が向き合うのはあくまでも「現場のニーズ」であり、「国際社会のニーズ」ではないという、

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真の独立性がある人道支援を主張し実践していた。実践者が対峙する「周辺」と「中心」

の課題やジレンマについて、医師が直面する「倫理」感に触れながら言及していた。「中心」

の組織が「周辺」の現場から撤退を決定するとき、自分の考えを優先して「周辺」に留まり 医療行為を続ける者や、被災地に残留している他の組織に鞍替えをする、医療従事者もい たという。MSFは、現場から引き上げる際に医療活動を引き継ぐためのリレー・ネットワ ークが構築されていないために、「周辺」の被災者を見捨てて置き去りにしてしまうという、

医師の「倫理」と対峙する強いジレンマを感じながら活動をしてきた事象に触れていた。

非主流中の非主流を歩んできたという B 氏は、プロキシミティ(Proximity)「そばにいる こと、その場にいること」という言葉を人道支援の信条としていた。特に一生懸命やって いた医師ほどジレンマに陥り、組織を離脱して自ら理想とする NGO を立上げてしまう人 もいたという。「周辺」から「中心」に戻ったB氏は、まるで自分が異邦人のように日本の 組織に馴染むことも、新たな居場所を見出すことも困難となり、遊離感、孤立感、ストレ ンジャーという相違感に苛まれ、MSFを離脱していた。

多くの矛盾や悪しき選択に直面してきたB氏は、人道支援の考え方を西洋の住所表記に たとえて、先ず氏名が最初にあって次に通りの番地、そして市町村があり県や州、最後に 国と示すように、個人の価値を優先させることに活動の意味を見出していた。

MSFの活動は、ドナーからの資金提供によって受益者への支援を行う、二元構造のバラ ンシングアクト37で成り立っているために、ロジスティックの強化と資金源の確保が優先 事業として重視されると述べていた。「対ドナー活動の充実は受益者の利益につながる」

という普遍化した言説には、ドナーと対峙する組織の活動理念やアドボカシーに基づく、

特別な対応が不可避であった。世界規模で活動を展開する先駆的な国際NGO のMSFは、

ドナー主要国の政治的、軍事的、経済的戦略に翻弄され、政治性と非政治性の狭間でさま ざまな制約や限界を抱えながら、苦渋の選択を迫られていた。また、国際援助機関が堅持 する中立・公平の原則は、外圧となってMSFの活動領域と対峙していた。

1-3 フィリピンNGO (HealthDev: Health Alternatives for Total Human Development Institute or HDI, Inc. 総合健康開発・促進機構)

C氏は、ピナトゥボ火山の噴火当時Nutrilinc(The Nutrition and Livelihood Resource Center,

37 平衡行動(複数の互いに矛盾する状況や要素を同時に処理しようとする試み)。

ドキュメント内 持続可能な人道支援には何が必要か (ページ 53-64)