第l節 は じ め に
第2章でとりあげたように、ゲームの解を用いた共通費の配分の考え方の一つ にシャプレイ値による配分がある。この配分方法は交渉の結果を表きないなど、
いくつかの理由から批判きれてきた。これらの批判点を踏まえ、交渉力や貢献度 を反映したパワーに応じた相互満足的配分方法を提案しようというのが、この章 の主な目的であるo
ところで、管理会計の中心的役割は、マネジメント・コントロールにある。け れども、今日では、管理会計の役割は、管理者が組織メンバーをリモート・コン トロールするというよりは、組織メンバーが自律的に組織目標を達成するように 彼らの行動に影響することにある。いわゆるエンパワメントであり、権限の委譲 と責任の追及である。しかし、公式的権限の他にもいくつかのパワーの源泉が存 在する。
ここで、問題となっているパワーといっても多様な意味がある。そこで、これ らについて、第2節で議論する。
管理会計に関係のあるパワーとは何か。公平な配分の必要条件の一つである「管 理可能性原則」について議論する場合に「影響力」という一種のパワー概念が関 わってくる。第2節では管理可能性原則について簡単に説明することから始めた し、。
第2節 会 計 と パ ワ ー 1.管理可能性原則とパワー
管理可能性原則とは、ある管理者の業績評価が、彼にとって管理可能で、ない環 境の状態や、他の部門の活動によって左右されるべきではないとする原則である。
これは、評価きれる管理者の業績が努力しても改善できないことが明らかならば、
彼は逆機能的行動をとる恐れがあるからである。
66 第II部業績管理のためのコスト・アロケーション
たとえば事業部長の業績評価値と事業部の業績測定値が区別きれるべきである と主張されるのもそのためである。すなわち、事業部の業績測定は、事業部が全 社的目標をどれだけ達成したかを示すのに対し、事業部長の業績評価値は、事業 部長が事業部内でもっているパワーやリスク選好を考慮した動機づけのための業 績評価値であるo
管理可能か否かは、管理者が有している権限の範囲によって決定されるという のが一つの考え方である。
もっとも、権限 (authority)とは、ある職位に公式に割り当てられた影響力で ある。影響力には、「相手の必要とする手段を留保したり、操作したりして、相手 の行動に影響を及ぼす影響力」である「権力 (power)
J
もあり、権力をもってい る者の方が、権限をもっている管理者よりも優位な立場にあることもある。「内的 で個人の人格や影響力に由来する j権威をもっている者が権限を行使する管理者 の意思決定に強い影響力をもっている場合も、権限を有している管理者の影響力 は実質的に小きくなるだろう。管理可能性とは、こういった影響力も含めて、ある管理者が「かなりの影響力 j をもっているかどうかに依存すると考えるのがR.N. Anthonyの見解である。
他方、管理可能性とは、「かなり独立的な意思決定の可能性jという G.Shillinglaw による見解がある。 Shillinglawは、事業部長よりもトップ・マネジメントによっ て投資決定の大部分が行われる場合を想定しておりその点では事業部長が権限を もっているか否かが決定的な意味をもち、後述の D.Solomonsの場合よりも事 業部長の権限委譲の範囲は狭い。事業部長の給料、減価償却費、固定資産税、保 険料などは、 トップあるいは過去の意思決定によって左右きれる点で、管理可能 ではないときれる。
D. Solomonsがいう管理可能性は、投資決定権限が事業部長に大幅に委譲され ている場合のように事業部長が独立的な意,思決定の可能性をもっていることであ る。だがそれだけにとどまらない。提案や受容といった形での業績への影響可能 性も管理可能性の要件としている。これは、権限は部下により権限が受容されて 初めて成立するといういわゆる権限受容説における見方と、少しでも影響可能で、
あるならば管理可能とみる見方に通じるようにもみえる。ただし提案や受容とい
第3章 交 渉 力 に よ る 共 通 費 の 配 賦 67 う形での意思決定過程への参加は、権限をもっ者よりも強い権威や権力をもった 者による場合、影響力が強いとも考えられる。
問題は、こういった権限、権力、権威等のパワーの他にも、さまざまなパワー が存在する場合に、個人のパワーの大きさを測定したり比較したりすることは非 常に困難であると思われることであるo しかし本稿では、パワーのある側面は測 定可能であると仮定し、単純なシャプレイ配分の修正を試みる。そこで、次にパ ワー概念についてもう少し検討してみたい。
2.パワーの源泉
French and Ravenは、一人の人聞が他の人間に影響を与える源という意味に パワーをとらえ、 5つのパワー概念、を考えている。
① 報酬のパワー資源 (rewardpower)
② 制裁のパワー資源 (coercivepower)
③ 一体化のパワー資源 (referentpower)
④ 正当'性のパワー資源(Iegitimatepower)
⑤ 専門のパワー資源 (expertpower)
報酬のパワーは、金銭的・非金銭的報酬をコントロールする個人やグループの 能力に基づいている。このパワーは、①報酬の大きさ、②望ましい行動をとる者 に対して実際に報酬が与えられる確率に依存する。
制裁のパワーは、個人や集団が他の者を処罰する能力(例えばボーナスカット、
左遷等)である。
一体化のパワーは、「ある個人Pが別の個人ないしグループOと『同一化する
J
ないし『自己を同一視する
J
欲求」を基礎としており、 PとOの一体化が強いほ ど、 PのOに対する一体化のパワーは大きくなる。正当性のパワーは、 AがBに影響する正当な権利をもっていると信じており、
BがAの影響を受け入れる義務をもっていると認めている場合に存在する。例え ば、「契約や協定といった法律的行為、パテントの権利、名声・地位・役割等の経 済的・社会的要因jが、正当性のパワー資源、となる。権限やチャネルに占める割 合などもこのパワー資源に含まれる。
68 第11部 業績管理のためのコスト・アロケーション
専門のパワーは「特定の領域における個人の知識・技能・経験を認識すること から得られる。」
以上の5つのパワー資源は、いくつか組合わさっていることが多い。そのため、
たとえばある管理者のパワーは、彼が報酬を与えたり処罰したりするパワーを もっているためなのか、正当性のパワーによるものなのか明確で、はない。
さらに、ある管理者が他の管理者の意思決定に影響を与えられるか否かは、管 理者がある種のパワーを行使する可能性とその決定が受け入れられる程度に依存
している。
したがって、ある管理者、部門、組識がある種のパワー資源を有していても、
そのことがそのまま意思決定、さらにはベイオフにつながるとは限らない。
しかし、他に貢献度を推定する方法が存在しないとすれば、パワーによる配分 は責任を受け入れさせるための一つの論理になるのではないかと思われる。
3.パワーと権限
French等の他にも、いくつかのパワー資源、ないしパワーベースの分類がある。
Hamilton (1976) (1977)のパワー資源の分類は、包括的で、より詳細なものであ る。 Bartlett(1983)による Hamiltonの分類の解説を参考にして、管理会計で 問題となるパワーの意味づ、けをすることにしたい。
Hamiltonは、 Cartwrightand Zander (1960)による『パワー資源』と『動 機ベース』を区別し、『動機ベース
J
を11のカテゴリーに区分している。彼らによ れば、『パワー資源J
とは、iA
がB
の行動をコントロールする能力を与える要素」と定義きれ、『動機ベース
J
とは、 iBがAに従う理由jである。パワー資源があっ ても、動機ベースがなければ、パワーは発生しないのである。前述の「権限」にしても、その行使が正当であると下位管理者によって知覚さ れていなければ、そして他のパワーと結合していなければ、影響力は少ないかも しれない。
4.会計のパワー
会計情報は、部門聞や管理者聞の関係に影響を与えるというノfワーをもってい
第3章 交 渉 力 に よ る 共 通 費 の 配 賦 69
図3‑ 1 Hamiltonのパワー資源
環境パワーF一物的制約
æ~;u,,~-
I
U'hy削 co四traint}P Z Z
工 情 況 パ ワ ー 服 的 パ ワ ‑ (Si知 山onalPower) r‑<I副知llDentalPow,町)指令パワー
μ
専門(EIpert))ω
註明tivePower} I│ 定パワー 社会的 (Pr咽crip垣間P何'er) パワー
(Social Power)
相互作用の パ ワ ‑ (Interactive
F開 er)
指導パワー
ω i r
町tPower>権限 規範パワー I <Authority} {Normative Powe「 習 慣 パ ワ ーr> I
佃abitualPower} 調 整 パ ワ ‑
<Regulative Power}1 模範的パワー
I (Exe皿p凶yP,何er) 誘導ノ4ワー し個人的パワー │一体化パワー
,(Ind帥,veP,何'er) (Per回'nalPowerf 1伽ferentP,叩er) 交換ノ句ー
J
(報酬(Rew副))(Ex伽~ePow
. 0 1 ̲ •.
~̲
L'確認のパワーD ‑‑̲..̲‑"制裁パワー (Co凶rmativePowerl (Coercive Power)
る。情報の有効性は、その情報が意思決定に目的適合的かタイミング良く提供き れるか、会計担当者と管理者との権限が明確に区分きれているか、両者聞に情報 伝達経路ができているか等に依存している。
たとえば下位管理者が上位管理者の有していない情報をもっており、それを上 位管理者に伝達しなかったり、故意に歪めた情報を流すことによって私利を追求
できるような場合、下位管理者はパワー資源をもっていることになる。
きて Bartlettが言うように、会計情報の価値は意思決定への影響力にあり、こ の影響力が強いほど、意思決定者は会計情報を利用するであろう。すなわち意思 決定者の代替案の選択が、その情報があってもなくても変化しないのならば、そ の情報は価値がないのであるo また影響可能性は、情報の質や目的適合性以外の 要素によっても決まってくる。どのような状況を想定し、ある環境状態がどうい う確率で発生するのかといった判断、期待利益値極大化という意思決定ルールに 従うのかといったようないくつかの要素に依存する。