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ドキュメント内 『宗教研究』158号(32巻3輯) (ページ 77-82)

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アリストテレスの 純粋観想についての 聖 トマスの解釈 

︵ 註 ど トマスは﹁この附加の言葉はソロ ソ の言葉であ る ﹂と云ってゐる︵の 日日・ 内署: 肝 Ⅰのゑ @0 Ⅹ く さ︒ ハーネットも﹁この  附加はソロンの言葉を認めてゐる様に思はれる﹂と 云 ってゐる︵ 下 ﹁ @ の ︵・円安: やお ・︵ ㌢ l コ こ ︶︒ ︵ 註 どこの附加の言葉は ︑オ のさ毛によれば︑後期 ア リストテレス学派によってなされた附加である︒この 附 加は特に差控へねば  ならない︵ 巾偉 Ⅱ コのダ ぎ目・︶︒従ってアリストテレスの 本 来の主要的思想ではない︒ 

77  は l3) 

序  宗教学にはいろいろの意味がある︒したがって 一概に定義づけることは困難である︒同じ 宗 教学といっても︑ ョ  口︐パ 大陸と北米︵特に合衆国︶とでは︑ そ の 学問的傾向が大分異なっている︒コン モ ンウェ ルス諸国︵英国・ カ  ナダ・濠州・ニュージーランド・南アフリカ等︶ ほ ︑欧州大陸と米国との中間にある︒だから 東 洋 において︑いまま  で 西洋諸国に発達した宗教学と︑趣を異にする 学問の傾向が出てくることも止むを得ないし︑ ま た一面望ましいこと  でもあろう︒つまりはいずれにおいても︑例え ば ︑フランスでは︑フランス革命以来の反僧職主 義 ︵ 舵口 ︵ め ・ 

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︶  を 無視して︑その宗教学の発展を理解すること は 出来ないように︑それぞれの文化的︑宗教的背 揖が ︑宗教学に大き 

な 影響を与えているのである︒ 

米国の宗教的背景 

したがって米国の宗教学を理解するためには︑ 北米合衆国の宗教的背景をまず考えてみなければ ならない︒米国が 

ョ ーロ・ ッパ 各人種の ル ツボであることは今更 い ぅ までもないが︑米国人にとっては︑新奥州に清 教徒 E  ェ リタン︐ 

第一章歴史的背景  米  国  宗教 

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米国宗教学の 展望 ( 上 ) 

かつてトレルチは︑ヨーロッパのキリスト教 教 同を︑﹁教会型﹂と﹁セクト型﹂に分類した︒ し かし米国では︑ 両 

者のいずれにも属さない﹁デノミネーション型   ョソ型 ﹂の教会につい 

ては︑多くの社会学者の著作があるから多くは 触れないが︑米国が独立直言以 来 ︑どの教派を も国教と認めず︑﹁ 信 

教の自由﹂と﹁国教と教会の分離﹂を国策とし た 囚には︑こうした教会の内的発展があったの である︒もっとも︑ こ 

の ﹁信教の自由﹂とは︑すべての宗派が同じ 真 理 に基づいていると認める意味ではない︒どのめ 不振も︑円分たちの 主 

張 が絶対的に正しいと︑主張する権利があると い う 迄のことである︒ ‑2@ 

こうして︑﹁デノミ 不|シ︐ン型 ﹂の教会と︑ ﹁信教の自由﹂という根本方針とが確立された のは十八世紀の大で 

あった︒この歴史的背景を考慮に入れてはじめ て ︑その後の対 聴 的な二つの傾向・ すなね ち︑ 徳教派主義と極端な  フェルダースやモ レ ビ アソ 教徒などが続々 と渡 大 して︑各地にそれぞれの教会を建設したのであ る ︒  ファーザース︶が︑﹁信仰の自由﹂を求めて 渡 ってきたということが @@ たとえ歴史的に清教徒 の 果した役割が過分 

に 誇張されているにせよ 

| 

米国の国民性を形 成する重要な伝説として受容されている︒しかし ︑実際には米国の建 

国 以来︑清教徒だけが指導的役割を演じたわ け ではない︒欧州諸国のあらゆる教会が︑米国に 渡って 来 たのである︒ 

独立戦争以前︑すでにヴァージニア︑ ノ ラ り上 フンド︑南北 力 ロライナ︑ニューヨーク︑ジョー シャには英国教会が 

公認された︒スコットランド︵長老︶教会は ス コッチ︑アイリッシュの人たちの間に存続し ︑改 革 教会はオランダ 人 

や 一部のドイッ人によって伝えられた︒ルーテ ル教会はスカン ヂナ ビヤ諸国やドイツ人によって それ デケ Ⅰ ねめ コロニー 

に 設立された︒そして︑天主教が南部 ョ ーロッ ハ 0 人々とともに渡来し︑ユダヤ教徒がコロン フス以来︑米国各地に 

散在していることは衆知の事実である︒また︑ 組合教会はマサチューセッツ︑コイチカット ︑ ‑ ニ ーハンフ シァ 州に 

訊堅 止され︑洗礼教会はロードアイラ ソド 州に勢 力 をひろげていた︒その他︑ メツ ナイト︑ダン カース︑シュウェン ク 

79@  (315) 

右と 矛盾するよ う ではあるが︑米国には一面 ま た 極端なセクト主義の精神が流れている︒一九 四七年のクラーク @4‑ 恥 〜 り ﹁巴の研究によれば︑四百余りの小さな セ クト があるとのことで︑その多くは七千人以下の 信徒しかない︒  無 教派主義とは︑教派を超越した宗教性の尊重 に体ならない︒多くの米国人は宗教的ではあるが ︑案外教派にこだ  わらぬといわれている︒実際︑教派の数は多い が︑ 国もまたきわめて広いために︑ある町や 村 で 一教派に属したから  といって ︑ 他の地方に転住した場合︑かならず しもその教派の教会があるとは限らない︒したが って︑おのずから 教  派 には無関心とならざるをえないともいえる︒ しかし︑もっと深い原因は︑米国における無教 派 主義の精神が︑案外  強いことによると思われる︒多くの米国人にと って︑教会は超自然的な基礎をもつものではな く︑ 同じ心の人々が ︑ 

自分たちの宗教的欲求をみたすために形成する 団体であると考えられている︒それ故に多くの 人々は︑教会がいかな 

る 真理を教えるかということよりも︑教会がい かに自分たちの宗教的欲求をみたし︑社会的奉仕 なしてくれるかとい 

ぅ ことによって教会の価値を判断する︒ 

米国の教会は︑欧州の教会のような国家的補助 が 無く︑信徒の寄附に ょ らなければならぬため︑ ゑ︑は スキー場へ行  く 汽車の中で礼拝をしたり︑夏は避暑地にチャ ヘルを建てたり︑あるいはまた︑ドライブ・イソ 式の礼拝場を工夫し 

たりしている︒ 

このような実際性が︑各地紅コンミュニティチ マーチ︵どの教派にも属さない単一教会︶の生ま れる原因ともなっ  ている︒︶ す 戸ロの毛の ゼ の ︐ 卜の︒ ヨ日 ︒戸ロ 曲 〜︵ す︐ ‑ Ⅰ 0%ua  Ⅰ 緩 Ⅰ か 0 ずヨ 目の︒︒ づ 塞のの ︵ まぎ p, ︒ Ⅰ 日ハ ロ ぺ ︵ 由 の 下 勺のり ‑  の ︐ 巾 ︒ 堅 の づ すぎ客月︐等は︑無教派主義の宗 教 性を尊重する人々の間に広い読者層をもって いる︒ 

(316) 

‑3‑ 80 セクト主義の発達が理解されるのである︒ 

米国宗数字の 展望 ( 上 ) 

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ドキュメント内 『宗教研究』158号(32巻3輯) (ページ 77-82)

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