死 と に
く 294@ 58
イ
"マリノウスキ 一の呪術と宗教の 機能 説 について
も ︑学問的には︑研究者が選ぶ 若 千種の現象に ついては︑能 う 限り広い視野に立って︑それらの 変種をつくす用意が 要請される︒しかるに てりノ ウスキーは自ら取 扱った現象の多様性を知りながらも︑その多様性 を 説明することをせ ず ︑特定の材料について心理的要因を探究する︐ ﹂とに主たる関心を示し︑しかもその得たところ を 一般的な形で 呈 示したのである︒遺憾ながら︑最早︑そのこ とを一々の具体例について説述する紙数の余裕を 持たないが︑彼が何
しかしわれわれの見るところでは︑マリノ
タ ス キーが比較法を完全に無視したと云
う ことは出来 ない︒彼は人類学 を人間文化の比較科学と定義し︑人類学の格別 科学的な仕事は比較研究によって人間制度の基本 的 性質をあらわにす ることであるとし︑また宗教に関しても︑それが 何であるかについて明瞭な概念仁到達することは 行 される宗教現象の比較研究によって最もよく 成就されると云っ㍉ " ソ ドン大学における彼の 後継者︑ファースの㏄
語るところによれば︑マリノウスキーは類似し た 構造の社会体制の間の綿密な制度的比較には 興
味を持たなかった㏄
が ︑しかし彼は決してそのような比較を排斥し 比較が比較される
項醐
目の積分的関係の十二分の研究に基づくべきこ とであったという︒彼自身はまた︑比較 法 が彼の 主題たる文化に適用
し 得る何等かの概括や理論的原理や普遍的法則 0 基盤でなければなれぬとさえも云ったのであ 俺宕
しかしマリノウスキーが実地に遂行した比較 法 はむしろ粗雑 ど 云 う べきほどのものであったと 云 わればならぬであ
ろ う ︒彼は﹁信仰と道徳の基礎﹂において︑世界の 故地方から比較の材料を引いている︒しかしそれ は 彼が主としてト ロ
ブリアンドの事実を背景になした一般的論述を 例証するに過ぎぬ程度のものであった︒また彼は ある呪術について︑ ト ‑8 2 ︶ ロ ブリアンド内での変種を比較した場合がある︒ しかしそれとラドクリフ・ブラウンが志した 集 約的 ・地域的比較 法
との類似は極めて皮相的であって︑それは同一 地域内の基本型を設定することを意図してなされ たものでもない︒ ‑9‑2
の外︑彼はしばしば宗教︑各宗教︑全宗教など 一 ム 5 表現を用いて一般論を開陳したが︑それは 既 に 示したよ う に ︑
部の信念や儀礼を念頭におき︑しかもそれらの 理解も主としてトロブリアンドにおける自らの 経 験を背景としている
ことは争えない︒
このようにして結果的には︑マ リノ ウスキーが 特殊を一般化したと云われても止むを得ないよう なことともなった
のであるが︑しかしそれは彼の本意ではなかった ことが窺われる︒彼は若い頃︑デュルケムの﹁ 宗 教生活の原初形態﹂を
論評して︑単一の事例に基づく結論には大なる 異 存 があるとし︑宗教の最も基本的な様相の一に関 する学説が デュルケ
ム がやったよさに︑事実上単一の民族誌に叙せら れた単一部族の分析に安んじて基づき得ないと
ソ ・ジュネップの通過儀礼を批評しては︑それは 形式の類似している故に総括された︑さまざま な儀礼の真の機能的
分析に基づかない形式的組織であると云い︑ そ 0 名称を危険なラベルとなした︒ ‑,‑3 更にまた彼は自 らも 暫 らくは大なる
影響を受けたフロイド及びその追随者たちの 精 神 分析学的方法を批判して︑彼等が ェデソ プス︐ コソプレソ クス を あ
マリノウスキ 一の呪術 と
B. 燵 ・ 姫岡 ・土手 訳 ﹁文化の科学的理論﹂ 二セ 0 頁 ︒ 小 2 ︶ 目巴 ‑ 臣 ︒毛の乙 @ プ円 ハ的 あ @ の巳 e コ りのい コら ㍉ 匹而 ‑0 目 @ 弓 い Ⅰ @ ㏄ 0 田り 〜ハ局 目ア Ⅱ 0 で 臼 0 的せ ︒け局︒ 阿 ・ 田 Ⅰ ンこト トチ 0 口 ・ セ
( 斯 ) ︵ 5 ︶ 約 比目 0 毛の エ @ の 0 の 寸 ‑ い コ田 ず Ⅱ 0 ㌧ o‑o 帥宮 ・門口 リ セ・㏄ ユ拝 ︒ セ 0 ㌣いつ・ ロ ・㏄のⅡ ︵ 4 ︶ 巾 ‑ 由由 ‑ 目的︵ 0%" 勾 ・ @ 片目 @ 申 ︵〜 0 年仁り曲 0 コヰ 0 の Q わ ‑ 曲 円い コ ︵ ず Ⅰ 0 づ 0‑0 簗セ " セ 0 ト ド ︐ト のり め ・ @ Ⅹ 小 3 ︶ ナ宙 ︒目ヰ @ 下 ㏄ り @ ︒コ目 由 c ︵ずの 0 Ⅰ せ 0 ヰ ︒亡帝 年 Ⅱ e" で・ 屋 ㏄ ︒ @ め 0. づ ・㏄ ウ ㏄
ゃ ・ ド のの・機能的方法はある物資の如何なる他の様相 よりも︑用途に重きを㏄ の ゴ ㌧ セ ・ ウ 0 ︒㏄ ト ー㏄ り @G 三井 ヨぃコ ︒ ヲや :P Ⅰ 田ぎ 0 毛の五︒のの 00@0‑0 洩ざ巴 Ⅰ ず 00 ユ のの・ トつトゆ︐ ろ う ︒マリノウスキーは社会や文化が人間を規 制し︑行動に制約を与え︑本能︑動因︑人間性をも 変容することを認め
池 待 ︒もし彼にこの点を充分考慮に入れる用意が ‑ あったならば︑呪術や宗教について個人心理学的 説明で満足されなか
っ たであろうし︑また同種の信念や儀礼の変種に ついて︑もっと充分な配慮がなされたであろう と 思われる︒
要するに︑マリノウスキ 一は 現象の多様性を知 りながら︑そこに問題を見出し︑その中から解答 を 引出すことをし なかった︒彼は人類学の学徒の仕事として諸事 実の一般化を目ざしたが︑彼がそれを遂行するに 当 @ っては︑ラド クリ て 念 な取扱いを経ないで︑ある現象の裡に生きて 鼓 勒 する人間の姿を見て ︑
諦 直ちに人間の本性に沈潜したのである︒ 彼 の 学説に見る新鮮味と偏向性という長短二 つな が らの根源はそこにあるの ヒヒ 粛 ではなかろうか︒ らゆる文化の基礎におくのを誤りとし︑それが 特に父権的社会性見られることを明らかにしたの は︑ 彼が現代西欧の
ズ 宗家族とトロフリア ソド の母系家族とを比較 スキーが他者の学説 を 批判する場合にとった態度と彼自身の研究の 場合に実地に示された態度とは相容れない︒ け れ どもそれは彼の意識 では矛盾ではなかったと思われる︒彼は先述のよ う な安易な比較をもって ︑ 自ら比較法を遂行した と 信じていたのであ
)
)4 11 9
)8
) 工 7 )1 6
) ・Ⅰ5
113
( 12@
( ( ( へ 11@ 10@ 9@ 8
ご す 合ど
下日
の Ⅱ
二円
的
‑
つ 後 の
でのい
受こ ら ぅ を い
霊 禽存 ね
ぬ
の
㏄
(298)@ 62
マリノウスキ 33@ 32@ 31@
一の呪術の宗教の 30@ 29@ 28@ 27@ 26@ 25@ 機能 説 につ 24 し て ︵ 2 00 ︶ ︵ 2 ︶ ︵・︐し ︵ 却 ︶ リノ
ウスキーの心理学的説明の不充分さを物語るであろ へ @ @@ ︒ 目 p‑@ 口 0 名 綜 @‑ 目ぃゆ @n ︒の o@o 口 R p 口ロⅠの ‑ 一ゆ @0 Ⅱ㌣やせ・ 4 ︒ 0 の l 時メ 南部 スダソ のヌア人の間では非常に有用な 獣 ︑ 鳥 ︑魚︑植物︑人 上物が ト 1 テム とされなⅡ u0@ しかり @ しとム Ⅰ らヱヴァソス ブ リチャードは︑トーテミズムにおいて︑経験的関心 物の儀礼化を 見ようとするマリノウスキーやラドクリフ・ブラウソの 主張を支持し得ないとした 6 つの下の︒ 巾 r@te すか ま ‑ 三岸 の ⅡⅠ 0 代 的 ‑0 コ ︒
トゅ 朋の︒ づ ・ き ・︶ 0
ま主 田 0 毛の エ ニす 乙︐や ㌣・死体のミイラ化のある処は 何処でもそれが一つの観念によっているとは思われ 々︑ 火葬にして も ︑そのモーティブは地方によってさまざまであること が 指摘されている︵ 目 0 毛色 す ︒ 毛 ‑ 円汀 ずのの 目アの n の ︐お 白 0. や・ トの 0.@
めの下らのココ︒ 目 ・ @0 の む目ア ︒由の︵ 0 ︵︵︶の︒ ト のの 0. づつ・ やトゲ申つ ︶
㏄つの 臣 ︒ oH" 力 ・Ⅱ・ 0 色・ @ ン臣 0 ︵ す 0 心曲下山 づ 0 Ⅱ㏄ づ 0 ︒ゴ心の ‑ コ笘臣 ︵ す ro で 0‑0 幅ざ Ⅰの 目 A, つつ トトガトりい l ト い ㏄ @ 閃の由かの ‑ 色 ︐ 力 ・ @ Ⅰ 巨 ︒ 経 : 由 ︒ 臣
︵ 0 約主ぎ 0 自の里・︒︒ 約り住 P お鰍鰍 の 簿 口ロ〜生田 @ 宮︐︐ 丘 ‑ 1 %‑ 岸
ホグビソ 著︑吉田一吹 訳 ﹁ポリネシアにおける法と秩序 ﹂五二 | 五四頁 0 マリノウスキーは法に関して︑ ノ ラ 不 シアの 一地 方の材料から得た結論が︑当然限られた範囲を持つこ とを特に断わってさえいる︵の ユヨ の田田経 30 日日 毬づ り 内のの 0 の ‑0 目 せ "
セ ・のの・︶︒
Ⅱ @ 〜︵〜㌻ ヶ 〜・ 0 口・ @ ヲミ ‑p ロ ‑p3 ロ 0 口汀 : q‑0 ・ づぢ ︒
ヲ円か甘コ 0 毛の オ @@ 円ア 0 時 0% コ らり 曲 0 戸 0% ヰい ぎす い臣らヨ 0 Ⅱ ぃ仁 ・ づコ ー づ ‑‑‑
勺 T ぎ ・ オ ・ @ ㌧ヒコ り ︵ @
寅
@ コづす 0 日りの︒ 甘 ﹁・Ⅰ・ @ の偉 ︵︵の コ ︵ ぃ 口目 す Ⅱ 0 つっ ‑ っ帥セ ・ トゆ 切目・ つ ・り切︒才自ぃ 二戸 0 七への オ @@ く肝の住 0 コヱか On す 00 Ⅰ ぺ 0 片︒口ご 絹 Ⅰ o" ち ・Ⅰ㏄ @ 由の ヨ @@0 Ⅱ ハ ‑ のりⅡ由の コ のの コ隼 ︵ ず o‑H ハ ︶ り的 ‑0" セ 0 片 P" つつ・ い ㏄㏄ 1 めのつ 拙稿﹁ラドクリフ・ブラウンの宗教研究﹂宗教研究一四 四号︑昭和三 0 年 ︑一三 | 一四︑一七頁参照︒
ヲう の ヱコ 0 丈 @ の片 ‑@ オのづ ‑0 毛 0 ヰ 0 戸Ⅱ オず 0 目づ ︑ 0% Ⅰ︒の〜 0n コ ︵ のの ひ ‑ ひ コ @ 0% ヰい ‑ Ⅱ e の 宙 e‑ ハイ ‑e Ⅰの 吊 ㏄ ‑e 仁 ㏄の " Ⅱ 0‑@ Ⅰ 0 Ⅱ e" づ 0 プ時ム ︐ Ⅰの ト の︒ つ つ
執 いの・切のつ デ u ︒Ⅱ︶ ‑ パ︐ + ︶︒の︒ "E ︒ ‑ 一一 @h の O ︵のり ゼ ︒ ぬ 0 の T ︶︶ 40 ︒ n 〜 ︐ ︐メタ﹁のの︵の︒ コミの ‑ 笘コ 0 の ‑ の " ⅩⅩⅩ 仁 ‑ | ⅩⅩⅩ ‑ せ @ 隼 e 臣 Ⅰ @ のの パい コ年Ⅰの つド のの 雀 0 コ ‑ 目のいせ ハ ㏄の㏄ 0 色のこせ " かこ す ‑ 目で Ⅱ 0 の 乱 0 口・ ト ゆりの
︵昭和三三︑一二︶ り す か 口の 0 ︒ づ ・ 肚時
︵Ⅰ︶ ては彼の蹟 蹄が 見られるが︑後にはそれが理性 であることを明言して ゐ ・ る " か ﹂るもののそれに 固有な徳に従っての 一 一
﹁形而上 豊書 ﹂︑ A 巻では︑その純粋観想︵や き下 ︵⑨は︑理性 守 00 ︒︶との 開係に 於て追求され たが︑﹁ニコマコス
倫理壁書﹂︑ K 巻では幸福との問題に於て探究さ れる︒アリストテレスはその純粋観想を前者の且 目 では形而上的面から
取扱 ひ ︑後者の書では 具掲的 面から取扱って ゐ る ︒而して純粋観想と幸福の問題が﹁ニコマコス 倫理 里書 ﹂ K 巻 ︑第
七章の冒頭で述べられる " 即ち幸福とは最高の 徳締盈づ さに従っての活動であり︑その最高の 徳 どは我々のうちに
於ける最善なるものの徳である︒我々のこの 最 も 善い部分とは﹁理性 官 ︒ 斗 ︶であらうと︑何か 他 のものであらうと
も ﹂執れにしても︑それはその本性上支配し指 暮 し ?G Ⅱかおも q@ 二 % セ きめ @ 寸沫し ふ目出ぃⅠも治し・ 且 又 美しき神的なるも
のについて思念し得る 宋き oha で 娘 Ⅹの︵寸ヰ 巾ゑ再 斗ぎ蕉釦簿へ cov ︶と考へられるものである︒ この場合︑アリスト
テレスは﹁ 神 的なるものについて思念し得るも の ﹂とは﹁それ自身が神的なものであらうとも︑ 我々のうちにある 最
も 神的なものⅠかもの︵㏄ づ a ︑﹁ 0 こであらうとも﹂ と 述べ︑それが 亦 彼によれば︑﹁理性であら う と︑ 何か他のもので
あらうとも﹂と述べて ゐて ︑そこにはアリスナ アレスの不明瞭さがあり︑従ってそれが理性であ ると 云 ふことについ
英
ア
リ