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乗法を用いた線形逆問題解法による 血小板凝集反応の定量化

  この章では,血小板凝集の反応程度を定量化するための指標になり得る物理量について 検討する.

  従来の静的光散乱法によって測定される血小板凝集塊の「数」と「サイズ」の経時変化に注 目した.数とサイズは画像計測によっても得ることができるため,これらの物理量が定量化指標 として用いることができれば,以降の研究を進めることができる.そこで,血小板凝集塊の数と サイズの経時変化のデータから,血小板凝集に関する定量的情報を抽出できるかどうかの可 能性を検討するため,本章では,血小板凝集反応に対する新しい数理モデルとその解析方 法を提案する.

  従来の静的光散乱法による血小板凝集計測に,化学反応速度論を適用して線形逆問題を 設定し,これを数値的に解くことによって血小板凝集反応の定量化を試みた結果について述 べる.

  まず,血小板凝集反応と脱凝集反応を,化学反応速度論における一次モデルとして数式 化することによって,連立方程式系を構成した.血小板凝集能測定の従来法の一つである光 散乱法によって得られる時系列データとその差分商データから,作用素である反応速度係数 行列の各要素を求めるという線形逆問題を設定し,これを数値的に解くためのアルゴリズムを 開発した.このとき,反応速度係数行列を求めるために,特異値展開による Moore-Penrose の 一般逆行列を用いた.

  開発した解析方法の妥当性を評価するために,以下の2項目について検討を行った:

(1) 同一被検者の多血小板血漿(Platelet rich plasma; PRP)試料を濃度の異なるアデノシン2

リン酸(Adenosine diphosphate; ADP)で惹起したときの凝集反応程度の変化

(2) 代表的な凝集惹起剤であるADP,エピネフリン,コラーゲンの3種類の惹起剤によって惹 起された凝集反応を解析して,惹起剤の種類による凝集様式の違いを検出することができる かどうか

  本章は,本章以降で開発する計測方法の計測対象を,血小板凝集塊の数とサイズに絞り 込み,本章以降の研究方針を決定するためのテーマとして重要である.

2.1. はじめに

2.1.1. 背 景

血小板は,止血機構と血栓形成において中心的役割を果たしている[1–3].したがって,血小板 凝集反応を測定・評価することは,血栓性疾患の診断に有用である[4, 5]が,血小板凝集反応 の程度を定量的に評価することのできる測定法は未だ確立されていない.

  血小板凝集能を測定する方法として濁度法[6]と光散乱法[7, 8]が知られている.濁度法では,

血液を軽く遠心して得られるPRPをキュベットに入れ37 °Cに加温し,スターラにて攪拌しなが ら凝集惹起剤を加え,光透過率の変化を連続的に記録する.初めは光を遮る血小板が多い ので PRP を透過する光の割合は小さいが,反応が進み血小板が互いに結合して凝集塊を形 成すると,多くの光が透過するようになり透過率が増加する.濁度法では,この原理を用いるこ とによって透過率を血小板凝集の指標にしている.

  しかし,濁度法には以下のような問題点がある.血小板が活性化すると,その形状が扁平な 円板状から偽足を伸ばした球状に変化し,刺激の種類によっては,血小板の内部顆粒が放出 される.このような形態変化や顆粒放出は濁度法における光の透過率に大きく影響するので,

透過率は厳密には凝集の程度を表してはいない.さらに,血小板数がほとんど変化しない微 弱な凝集反応では,透過率がほとんど変化しないため凝集を検出できない場合がある.

  光散乱法は,上記濁度法の問題点を解決する測定法である.濁度法の場合と同様に,凝 集惹起剤を添加したPRPをキュベットに入れ37 °Cにて攪拌し,これにレーザー光を照射する.

レーザー光が血小板凝集塊に当たると散乱光が生じる.Mieの散乱理論によれば,この程度 のサイズでは,散乱光強度は凝集塊の粒径の2乗に比例するので,検出される散乱光信 号ピークの数と各ピークの高さを測定することによって凝集塊をサイズによって分類 した上でその数を測定することができる.光散乱法は濁度法に比べて高感度であり,血 小板凝集を表す指標である数とサイズの経時変化を同時に測定できるため,有用な測定 法の一つであるが,やはり,凝集の程度を定量的に表すことには成功しているとはいい 難い.凝集程度の評価は,凝集塊の数とサイズの経時変化のパターンから検者自身が行わな ければならない.その判断には熟練を要し,主観的な判断に陥る危険性がある.そのため,異 なる被検者間,あるいは複数施設でのデータ比較や,測定値の標準化がきわめて困難である

(標準化が困難なのは,採血法,採血から測定までの時間,添加する惹起剤種類と濃度など の測定プロトコルの違いによるところも大きいが).

2.1.2. 血小板凝集反応定量化の先行研究

  濁度法,あるいは光散乱法によって得られる血小板凝集能測定の,定性的,あるいは半定 量的データの解釈を補う目的で,従来より,血小板凝集反応の数理モデルを測定されたデー タに適用し,凝集程度の定量化を行おうとする研究がなされてきた.

  これまでにいくつかの血小板凝集程度の定量化のためのモデルが提案されており,粒子数 収支方程式によるモデル[9–13]と移流拡散方程式を用いた 2 体衝突理論[14–19]に基づく数理モ デルなどが知られている.これらのモデルについて,以下に簡単に説明する.

2.1.2.1. 粒子数収支モデル  粒子数収支モデル(Particle Balance Mathematical Model)に衝 突効率や凝集塊の空隙率という変数を導入し,血小板凝集反応の定量化に適用した例では,

ずり応力下における血小板凝集反応の定量化[9–12],さらにモンテカルロ法による確率論モデ ルを組み合わせて,ずり応力下における血小板と白血球(好中球)のヘテロ型凝集反応のシミ ュレーション[13]などが報告されている.

2.1.2.2. 2体衝突理論に基づく数理モデル  一方,2体衝突理論に基づくモデルの適用例と

しては,アデノシン2リン酸(ADP; Adenosine diphosphate)によって惹起される凝集[14, 15],低濃 度ADP惹起による自然凝集[16, 17],ポアズイユ流れにおけるコラーゲン凝集[18, 19]などの定量化 が報告されている.

2.1.2.3. 先行研究による数理モデルの問題点  これらの定量化モデルは,2 つの点で臨床

への適用が困難である.1 つは,定量化に時間を要することである.定量化モデルを用いる 方法では,一般に,いくつかの変数を導入し,ある時刻における粒子サイズ分布を計算 する.そして,計算された分布の値と測定で得られた値との差が最小になるまで変数を変化さ せながら計算をくり返し,変数の最適値を決定する.したがって,最適解を得るまでに時間が かかってしまう.2 つめは,これらの定量化モデルを用いた解析法が,実際に臨床で用いられ ている測定装置のデータに適応していないことである.現在,臨床で用いられている光散乱法 では,測定結果として凝集塊を小・中・大の3種類のサイズに分類して提供する.これに対して,

上記定量化モデルによる解析では,より詳細な凝集塊サイズ分布のデータを必要とし,実際 のデータへの適用が困難な状況になっている.

  これに対して,本章で提案する数理モデルでは,変数決定のためのくり返し計算を必要とせ ず,実際の装置で得られるデータに適応したモデルになっている.化学反応速度論を光散乱 法による血小板凝集能測定に適用することによって,実際の測定結果である血小板凝集塊の 数とサイズの経時変化の既知データから凝集反応程度の決定因子にあたる反応速度定数行 列を求めるという逆問題を設定する.本論文では,この化学反応論的モデルによって設定され

る逆問題と,これを数値的に解くために開発したアルゴリズムについて述べる.さらに,モデル の妥当性を検証するために行った実験とその解析結果を示し,本モデルによる血小板凝集反 応の定量化の可能性について考察する.

2.2. 血小板凝集反応の数理モデル

2.2.1. TRLS法について

数理モデルの作成にあたり,血小板凝集測定法のうち,凝集塊の数とサイズの経時変化を同 時に測定できる光散乱法に注目した.そして,現在臨床で使用されている市販の装置に用い られている時間分解式レーザー散乱法(TRS法; Time-Resolved Laser Scattering method)をモ デリング対象として選択した[7, 8]

  Fig. 2.1にTRLS法によって計測される時系列データの典型例を示す.図は,各々,(a) 0.6

µM ADP,(b) 2 µM ADP,(c) 100 µM エピネフリン,(d) 1 µg/ml コラーゲンによって惹起され た血小板凝集の測定結果であり,小(⎯⎯(青線)),中(⎯⎯(緑線)),大(⎯⎯(赤線))凝集塊数 と濁度法による光透過率(⎯⎯(黒線))の経時変化が示されている.図中,上矢印 (↑)は凝集 惹起剤を添加した,測定開始後30秒の時刻を示している.

 

  Fig. 2.1 (a) 0.6 µM ADPによる凝集では,ADPが添加されると小凝集塊はできるが中・大凝

集塊へ発達せずに,再び解離して血小板へと戻っていることがわかる.これを可逆性の (一度 凝集した凝集塊が再び解離する) 一次凝集という.

  一方,Fig. 2.1 (b) 2 µM ADPによる凝集の場合,ADPが添加されるとただちに血小板が凝

集し,小凝集塊の数が増える.その後,放出反応が誘発され,不可逆性の二次凝集へと進み,

中・大凝集塊の数が増えていくのがわかる.同時に,中凝集塊が増えるときは小凝集塊の数が 減り,大凝集塊が増えるときは小・中凝集塊の数が減っていくように見えるが,これは小・中凝 集塊が大きくなり,中・大凝集塊へ移行するからである.反応の最後には大凝集塊も減ってい るように見えるが,これは,大凝集塊に分類される凝集塊がさらに大きくなっても,その分類は 大凝集塊のまま変わらないため,数だけが減っていくように見えるからである.このように,実際 には凝集反応が進んでいるにもかかわらず,大凝集塊の数が減っているように見えるのは,

TRLS法による計測,あるいはデータ解釈上の問題となっている.

  Fig. 2.1 (c) エピネフリン凝集,(d) コラーゲン凝集の場合も惹起剤添加後凝集が始まり,

小・中・大凝集塊ができていくという時系列パターンが得られるが,明らかに,凝集パターンは 惹起剤の種類によって異なる.エピネフリン凝集の場合は,小・中・大凝集塊がこのように階段 状のパターンをとって増えていくのが特徴的である.コラーゲン凝集の場合は,惹起剤を添加 した後,凝集塊が形成されるまでに30 秒から1 分程度のタイムラグがあり,また,比較的早い 段階から大凝集塊が多く出現するという特徴がある.これらのパターンの違いから,惹起剤の 種類によって,誘発される血小板凝集反応の反応機構が異なっていることが推測される.

  このように,Fig. 2.1のような小・中・大凝集塊の数密度の経時変化パターンから明瞭に凝集

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