第 6 章 介在性の他動詞文と再帰性
6.4 介在性の他動詞文の成立条件
6.4.4 主体の把握性
介在性の他動詞文は主体が動作を行う動作主ではないことが特徴である。動 作を完成させる本当の動作主は文の中に顕示されない。6.4.2に述べたように、
主体がある動作を行うことが困難である場合に、介在者が必要である。この場 合に、主体の役割は何であろう。主体の代わりに介在者が動作を行うが、介在 者が文の中では出ていないのはなぜであろうか。これらの問題を解決するのに、
主体と介在者の関係を明らかにする必要がある。
介在性の他動詞文では、主体ではなく、介在者が動作を進行することは確か であるが、主体の意図がなければ、動作を進行するわけにはいかないと考えら れる。要するに、主体の役割を無視してはいけない。介在者は主体の意図に従 い、動作を行うが、主体は全体事態の把握の役割を担うと考える。
佐藤(1994:59)は「話者が実際には存在する被使役者の存在があたかもま ったくなかったかのように表現するためには、事態をコントロールする能力を 使役者が握っていて、被使役者の側にはそのような能力が相対的に低いという ことが要因となる」と主張している。6.2.2には、この観点に賛同できない理由 を説明したように、
(15)太郎は虫歯を抜いた。
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(15)の例文には、「虫歯を抜く」という動作をコントロールするのは介在 者の「歯医者」であると考えられる。介在者のコントロールの下で「麻酔薬を 注射し、専門の器具を使い、虫歯を歯肉から抜き出した」という一連動作が発 生した。このすべての動作をコントロールするのは介在者の歯医者である。動 作のコントロール能力に関して、佐藤の「被使役者の側に事態をコントロール する能力が相対的に低い」の観点が妥当ではないと言えよう。
本稿は介在者が動作をコントロールするのであるが、主体は全体の事態(介 在者に命令するあるいは依頼する段階から介在者が動作を完成させる段階ま でのプロセス)を把握すると提案する。
「主体は全体の事態を把握する」に関するの解釈は以下の通りである。
①主体は動作を行うことは困難であるため、介在者によって動作を完成させ る。動作を介在者のコントロールの下で進行する。動作の実行に関して、使役 者(主体)より被使役者(介在者)の方がコントロールする能力が高い。(こ の点では、佐藤の主張と違う)
②介在者のコントロールの下で、動作が行われるが、主体の意図(介在者に 依頼するか、命令するか)がなければ、介在者が動作を完成させるわけがない。
従って、主体は全体事態の発生するプロセスを把握し、すべての責任をとる。
図で表すと次のようである。
主体 介在者 対象の変化 指示する コントロールする
把握する
図1主体の把握
介在性の他動詞文において、主体は全体事態を把握する役割を持つ。介在者 は主体の指示を受けて、動作を完成させる。主体の指示や意図がなければ、介
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在者による動作を発生させることはできない。介在性の他動詞文の背景は「主 体が目的を達成するために、ある動作を行わなければならない。しかし、主体 が動作を実行することが困難で、専門の技術をもつ介在者によって行うしかな い」と言えるであろう。
主体が目的を達成する意図性を持ち、動作を完成させる立場にあるが、動作 を行うことが困難であるため、介在者によって完成させるしかない。主体が動 作を行うことが困難であるからには、動作を実行する部分がプロファイルされ ていない一方、目的を達成する意図性を持ち、動作を完成させるという部分が プロファイルされる。主体が認知の際立ちの立場で、目的を達成する意図性を 持ち、動作を完成させる部分が焦点化され、実の動作主の介在者が背景になり、
文の中に表されない。
従って、介在性の他動詞構文が成立するもう一つの条件は:主体が目的を達 成する意図性を持ち、全体事態を把握することである。
以上に見たように、介在性の他動詞構文の成立する条件は次のようにまとめ られる。
1)主体がある動作を行うことは困難である。
2)介在者が動作を完成させる技術能力を持つ。
3)主体が目的を達成する意図性を持ち、全体事態を把握する。
介在性の他動詞文の成立条件は<+困難性><+技能性>+<把握性>の 要素にまとめられる。
<困難性>:主体が自らで動作を行うことが難しいため、介在者が必要であ る。状況によって、介在者の参与する程度が違う。介在の度合いによって、<
困難性>を以下のように分類ができる。
主体が動作を行うことが難しい。難しい場合は主体がそもそも動作を行う不 可能である状況(「虫歯を抜く」など)。
主体が動作を行うことは可能であるが、現実的には、完成度の関係で、主体 が実行するのが難しい状況(「髪を切った」など)。
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主体が動作を実行することが可能であり、現実では動作を実行する環境を提 供するが、仕上がりを考慮すると、主体が自ら動作を行うことが難しい状況
(「顔写真や証明写真をとる」)。
主体が動作を完成させる能力があるが、外部の事情のため、主体が実行する ことが難しい状況(「マフィアのボスが警備員を殺した」など)なども含まれ る。
主体が動作を行うことが困難であるとすれば、介在者が動作を完成させる能 力を持たなければならない。この能力は動作が要求される技術が含まれる。「虫 歯を抜く」「家を建てる」「髪を切る」などの動作はいずれも技術能力が必要で ある。動作を完成させる技術能力が介在性の他動詞文の一つの素性と言える。
技術能力については、「髪を切る」より、「虫歯を抜く」の要求される技術が高 いと思われる。このように技能性には、幅があり、度合いの程度に関わる。
動作を行うのは介在者であるが、主体の指示や依頼がなければ、動作を進行 できないのである。主体が目的を達成するためには、介在者の力を借りるしか ない。介在者のコントローの下で動作の開始、進行、完了のプロセスが行われ ているが、主体が介在者指示や依頼する段階から動作の完了までの全体事態を 把握し、責任を取る。主体の「把握性」も介在性の他動詞文の一つの素性と言 える。