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ドキュメント内 『宗教研究』236号(52巻1輯) (ページ 76-83)

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儀礼 

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(77) 

バル・演劇 

  と﹁ 俗 ﹂とに対応するとみなしがちである︒ し かし人類学者にとっては︑両者は同一の儀礼の場 の 両極性として分析  されるべきものと考えられる︒厳粛な礼拝形式 にしって中枢的価値がドラマチックに表現される ︒他方︑祝祭 やヵ| 

ニバルによって︑その時代の社会構造を集合的に 吟味するという創造性がかなり自由に許容され ︑しばしば風刺が 許  される︒人々は生活から一時離れ︑その本質を 考えてみる︒ 

部族儀礼においては厳粛さと遊びとが共通の根 

一  冗を持ち︑相互に侵通しあっている︒その点に関 

速 して社会分業が 

進歩した段階における儀礼においては︑注目す べきことに︑祝祭的遊びという方向で専門化され た 表現分野が存在す  ることである︒カーニバルと部族儀礼との違いは まだある︒ ヵ ーニバルは社会変化それも大規模 なものに対してさえ 

一層柔軟に対応する よう である︒ 

カーニバルとは︑厳密にいえば︑ 祭 および饗宴の期間を指す︒ ヵ ーニバルの語源 は ﹁カルネバレ﹂ 

すな ねち︑﹁ 肉 ︑別離﹂であるとい 巷間の説は ︑ 恐らく作り話であろうが︑それはそれで カ| 二 バルのもつ遊び的  境界的性格をいい当てている︒それは日常的 生 活 と厳粛な生活との中間形態で︑快楽が優先し ︑ 政治的法律的に不当 

な 事が厳しく批判されるのである︒ 

以下︑現代アメリカにおけるもっとも優れた カ |ニ ハル研究者︑ N. デービスと R. ベズソ チャ の 二人の研究をし  ばらく引用したい︒というのは︑かれらの提供 する諸事実は︑開放された境界性とは︑社会が健 全 であるかないかを  判定するためにその現状を高い位置から見延 わ そうとする﹁ 目 ﹂である︑という私の見解を例証 しているからであ 

     

  

に  達した農村の未婚男性たちのケースである︒﹁  十五世紀から十七世紀頃には︑農村の若者は通  常  二十歳代前半まで 

  

た  ﹂︒毎年︑四旬節の前やクリスマスの後などの  カーニバルのために︑若者たちは自分たちの中  から王や修道院長を  ア  ペイ  . オ  フ  選出した︒この人物が﹁  出  鱈目修道院﹂と呼ば  れていた集団の長なのであった  0  その集団は  カ|  ニバルのための集団 

で︑それは友人や家族による形式ばらない集りに  よって運営されたり︑また時にはギルドや職業  集団によって運営さ 

れていたこともあった︒あるいは文献史家が﹁  遊び協会﹂と呼んでいる組織によって運営されて  いることもしばしば 

だった︒ 

中世の祝祭用の修道院の慣習は  ︑  後に政治的性  格を帯びた︒デービスは別の章で︑仮面を  つ  げ女 

服装をした男た 

ちが女の特徴を風刺として演じている様子を紹介 

している︒カーニバルの枠組においてはこ 

こでは単に父系社会 

の中心的思想を述べているだけであるが︑  女  性の主要な特性は﹁類規則性﹂ないし﹁無秩序  性  ﹂である︑と考え 

  

られていた︒デービスは言  う  ︒﹁女性において  は低劣なものが高貴なものを支配していた  もし女が自由になっ 

たら︑女は外的世界で自分より上位にある人々を  支配したいと願  う  のである︒女の無秩序さが  女  を  邪悪な妖術に走ら 

せるのである︒これが教会の主張であった︒だか  ら  女が神学的思索に耽ったり説教したりといっ  た  女に相応しくない 

行動をした場合︑それはまた女の無秩序さのな  せるわざであるとされた﹂︒  ヵ  ーニバルに現出す  る  王国や出鱈目修道 

  

  

  

く 78) 

  

礼  カーニバルに表現された女性原理の破壊的  威力は・社会変化の時には明確に浮き上がって 

  

79  儀  ︵カーニバルの最終日︶という境界的世界か  ら  政治的状況へとそれが移行して表現される︒  @ ァ  ービスは農民運動や一  演 劇険  社会秩序をも脅かしらるものなのである︒お  なほどの可能性の領域に属するもの︑﹁  あ 

    

      ぶるものであるに違いない︒弱者の力  |  呪 

い  批判する 

力  は︑強者の力ー  |  抑圧し規制す  る  力に限界を設定す 

辺性 のゆえに﹁仮定法的﹂陰影を有しており︑ そ れがカーニバルという場においてさらに強化さ れ 倍増されているか 

  らである︒ここでの危険性とは単に女性特有の ﹁無秩序性﹂のそれではない︒無秩序性とは︑ 超 境界的なるもの︑ 危  なのである︒なぜならば︑女の役割が表現する人 物は ︑日常的な﹁直説法的﹂世界においてすら その地位の劣性と周  出されている点である︒にもかかわらず﹁田鰻 自 修道院﹂での男の役割・女の役割の双方ともが ︑カーニバルの持つ 

  境界的領域に属しているということができるの である︒その中でもとりわけ女の役割の方が深 い 意味において境界的  カ| 得た なっ 除 か ア  ニバルの無秩序性がゆえに若い農民が修道院長に なったり︑職人が王子になったりする︒ただし 

  権力はあくまで︵世俗的に︶ムロ法的なものす な わち男が本来有する権力である︒しかし﹁間 抜 け 

  た 男のもつ権力は ︑ ︵女性のもつ力であるという 点で︶本来の秩序に対して挑戦するものなので 

    っ 活力溢れる権力で︑変装しているからこそその 力を得ても安全なのである︒ 

| ビスの資料の中で明らかなことは︑カーニバル においては男女の本質の違いなど構造的側面が  かれらがそこ な尼僧院長﹂ ある︒それは 

はっきりと 描 

き  危  に  で 

などがあり︑いずれも男によって演じられた︒ そ の場合︑ここには二重のアイロニーがみられる のである︒つまり︑  院 には・ ヵ ーニ︒ハル全体を統轄する﹁役員﹂が いたが︑それらの役割には﹁王女︑貴婦人︑それ に とくに尼僧院長﹂ 

「  た  一  ク  主  を  の 

直 

方、勇としたんで 

の  前  は  の  そ  領 

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以  された  たちは  ていた  か ソ  以上 の  ラッ ド  そ の 

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年 ウ ィ  う1 ク  のた め  て  ビ 

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1 スが  説 法的﹂反抗という状況に投影しているのである︒ 

掲げるいく っ かの例は︑﹁儀礼的祝祭的逆転 ﹂が新たに︑はっきりと政治的目的に利用され るその過程  いる︒一七 セ 年代の ギ ージ︒ レ| 地方の例では ︑ 顔を黒く塗り女の服装をした男の農民たちが ︑ 新しい 領 

  に 土地を測量しょうとした測量技師たちを襲撃し た ︒一六二九年イングランドでは︑︵いわゆる   

﹁隊長﹂が女たちと女装の男たちの織工を率いて エ セックスのマル ドソ 近くで穀物騒動を起し た ︒一六三  ルト シャー地方の酪農牧畜地域では︑一団の男 た ち がかれらの森を王が封鎖したことに対抗して 暴動を起し  暴徒を率いていたのは女装の男たちで︑自ら﹁ レディ・スキミントン﹂と名乗っていた 一八一 二年四月︑ 

将軍の夫人たち﹂と名乗る女装の二人の織工は 数百人の群衆を率いて蒸気織機を壊し工場に放火 した︒ 

側 が示していることは︑すな む ち︑いままで ヵ | ニバルの﹁遊び﹂の世界に限定されていたとこ ろの︑女性  ナが 持っ制御しえな い 反抗能力が男性に利用され ︑ 新しい形で政治的行為という伝統的に男性の ものとされ 

︑制御しえない女の性的 力やヱ ネルギーおよび  域 に採り入れられた︒ということである︒ デ一 

であろう︒結局のところ︑このように無茶苦茶  行為の全責任から解放され︑また男であれば 起 

その行使の自由を手にすることで︵これは ヵ ー 二  ピス は次のように述べる 0  ﹁一方において︑変装 

な方法で行動したのは︑ 女であったからにすぎ  りうるであろう残虐な復讐という恐怖からもお 

ハル やゲ|  そらく解放  によって 男 

な い "0  他 

から認められていた︶︑豊穣を促進し共同体の利 益 と規準とを防御し︑不当な支配に対して真実 を貫 ぬこう 

であった﹂︒  ぅ ﹂愚かな尼僧院長とか尼僧といった役割を通 常 演じていた人々が︑批判と冷笑に満ちた ヵ ー 二      溌 について触れているが︑そこでは︑カーニバ ル ﹁好き﹂と考えられている人々つまり女性の ﹁無軌道性﹂を﹁ 装 ㏄ 

  

る 例から二例を引用してみよう︒ひとっは右翼 による批判︑いまひとつ       ㌃は左翼による批判で︑双方とも めィ ・ナポレ オンによる一八四八年の革命から一八五二年に お げる彼の帝位就任古里 舌 1l1 儀 に 至るまでの急激に変化した政治状況に関する ものである︒この時機はまた︑地方の民衆に対す る 抑圧が増大してい 

     /@;@ 

うに新しい方法で利用した︒たとえばフランス 革命の自由 帽 といった新しい象徴がカーニ︒ハルの 行進の中に採り入れ    四 

いまひとりのカーニバル研究者ロバート︐ ベズッ チャ カ ヴ 0% 

零 

きのす㏄は︑民衆の持つ祝祭性 を ︑社会的文化的  政治的変化に関する単なる一指標としてではな く︑そ した変化を生み出す発動力として 肥 えて いる︒彼が集中的に  考察しているのは︑フランス第二共和制時代で ある︒ 

︒ ヘ すハ ッ土 リヤド 休 まずモーⅡノス・アグロ シ ミが 屈 Ⅰ 由 りの 臣的 目安 コの 説に基づいて論を進めている︒ つ まりフランス十九  世紀初期における民衆の﹁精神構造﹂における 一 一面にわたる進化である︒ひとっは政治面にお け る 伝統的なものから 

フ オークロア 進歩的なものへの進化である︒いまひとつは 日 学生活面における民俗性から近代性への進化であ る ︒このふたりの 進  化 プロセスは平行してはいたものの︑まったく 同時に起ったのではない︒だから農民が進歩的政 治 理念を表明しよう 

  とした場合︑それを民俗的行事の文脈の中で試 みたこともしはしばだった︒そうした行動の中で ︑かれらはカーニバ  め が持つ風刺の側面をさらに強調したのだった︒ その点については︑ヴァン・ジェイップもその 

著ミ 

@nue 〜 まき津︐ 

劇 き奏 やさき 藩音 no 毬 ぎま 遣 きぎの申で触れて ぃ る ︒ 

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ーニバルにはおおくの伝統的象徴および 象徴行動がある︒民衆はそれらを政治的立場を 表明するのに相応しい よ 

ドキュメント内 『宗教研究』236号(52巻1輯) (ページ 76-83)

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