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上新町の曳山

ドキュメント内 富山県八尾町の祭と観光 (ページ 51-75)

第 2 章 曳山祭と住民

3. 上新町の曳山

岡濵 千尋

1.上新町と上新町の曳山について 上新町か み し ん ま ち

は、八尾旧町の入り口である天満て ん ま んちょう町から坂道を登り、下新町し た し ん ま ち

、今い まま ち、並立する

西町に し ま ちと東町ひ がしま ちをさらに進んだ、旧町の南西に位置する。下の図1の丸で囲まれた範囲がそ

うである。

上新町の人口は、2008(平成20)年 3 月末の時点で男性 204人、女性 230人、計 434人で世帯数は160世帯と、八尾旧町の中では人口の多い町である。しかし、近年で は、10代後半から30代の若い人たちは進学や就職、結婚などの理由で町を離れること が多い。町から出た人のなかには、曳山祭の際に帰省して参加する人もいるが、町の人 たちによれば、祭に参加する人がだんだんと少なくなってきているという。

図1.上新町の位置

(http.//homepage3.nifty.com/kazegumi/town.をもとに作成)

次に上新町の特徴について記す。上新町は商店が多い町である。また、曳山が展示し てある越中八尾観光会館(曳山展示館)があるため、1年を通して観光客の姿が多く見

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られる。他の町と比べて、比較的に道幅が広いため、9月はじめの「おわら風の盆」の 際には、観光客と住民が一緒になって踊る「大輪踊り」が催される。また、「おわら風 の盆」の雰囲気に合わせた木造の家が多いことも上新町の特徴である。

現在の下新町にある八幡社の 産うぶすな神上か みじょ う皇太子社こ う た い し し ゃ

の屋根をふきかえたときに、御遷宮お せ ん ぐ うさ い を賑やかなものにするため、在原業平あ り わ ら の な り ひ ら

の人形を飾った曳山を作ったことが上新町、ひい ては八尾の曳山の始まりとされている。上新町の曳山は曳山を持つ6町の中で最も古い 由来を持つが、「曳山台帳」の記録から、1741(寛保元)年に曳山がつくられたとされ てきた。「曳山台帳」は、曳山にかかった出費の内容を記した帳簿であり、かつてはそ れぞれの町で台帳を作って保管していたが、現在まで残っているのは上新町だけである。

2.上新町の曳山に関わる組織と役職

ここでは曳山祭に関わる上新町の組織と曳山祭での役割について記述する。まず、上 新町の各組織を下の表1にまとめた。

表1.上新町の曳山に関わる組織

上新町では自治会の他に年齢に応じて表1のような組織が形成されていて、曳山祭で はこの組織ごとに役割が決められている。

上新町の児童会であるむつみ会は、本番前の5月1日に曳山の試し曳きを行う調ちょうき や、5月3日の祭当日の曳き廻しに参加する。主に曳き綱 つ なや助け縄た す な わ

を持って曳くかたち での参加となる。曳き綱は、曳き手が曳山を動かす際に持つ梶か じぼ うに結ばれ、主に子ども たちが引く。また助け縄は曳山2階の柱に結ばれ、曳山が急な坂道を通る際にその縄を 引くことで曳山のバランスを取る。中学生と高校生も、調曳きと祭当日の曳き廻しに参 加し、青年団、壮年団と一緒に、曳山の曳き手である前梶ま え か じ・後うしろか じの役割を担う。曳山祭 は本来女人禁制の祭であるため、青年団女子は祭の運営には参加しないが、祭本番の日 の食事を用意する役割を持つ。上新町の曳山祭を運営しているのは主に青年団、壮年団、

業平会である。鳳凰会は上新町の老人会で、祭の準備期間から当日まで青年団、壮年団、

組織 年齢 主な役割

上新町自治会

むつみ会 小学生 曳き綱・助け縄

青年団女子 18才~24才 給食係 青年団 18才~26才 曳き手

壮年団 27才~45才 祭の運営・曳き手 業平会 46才~50代 挨拶係・曳き手の補助 鳳凰ほ う おう

会 60代~70代 曳き綱・助け縄・曳き手の補助

曳山行事委員会 祭の運営

曳山保存会

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業平会への助言や、調曳や祭当日に、曳き綱、助け縄など曳き手の補助を行う形で参加 している。

このように、曳山祭は子供から年配者まで、幅広い年代の男性たちが参加する祭であ り、20代後半から50代くらいまでの男性が中心となって運営される。

次に上新町の曳山祭における役職についてみてみる。前で述べたとおり、曳山祭には 幅広い年代の男性たちが参加しており、そのほとんどが何らかの役割を担っている。下 の表2に役職をまとめた。()内の数字を役職の人数とし、無表記を1人とした。

表2.上新町曳山祭の役職

上新町では、曳山祭において、その町の代表者となる曳山総代、副総代2名、曳山を 動かすときに指揮を執る警護頭け い ご が し ら

、副警護2名、曳山会計 の7名で曳山行事委員会が結 成される。曳山行事委員会は上新町自治会に委託され、町の中心となって祭の運営にあ たっている。

また、曳山の保存と研究のために曳山保存会がある。曳山保存会は、会長、副会長2 名、会計、庶務3名、曳山の知識を持ち、曳山の簡単な修理を行うことのできる曳山大 工4名、対策委員、調査委員2名で構成されている。保存会は、曳山の保存のために町 の人たちから会費を集めたり、通年で曳山についての研究や調査を行ったりと、祭当日 の運営には直接関わることはないが、委員個人では祭に参加し、何らかの役割を担って いる。また、保存会は曳山についての知識が豊富な人や、曳山が好きな人で構成されて いる。

その他にも上新町には他の町と同様に多くの役割がある。町の人全員は氏子う じ こであり、

氏子総代はその代表である。曳山祭では、祭に関わる儀式などで神主の代わりとして

曳山行事委員会

曳山総代 氏子総代(2) 高張た か は り提灯ち ょうち ん(2) 副総代(2) 神係(2) 給食係

警護頭け い ご が し ら

囃子方 太鼓

副警護(2) 三味線(6)

曳山会計 笛(8)

曳山保存会

保存会会長 車警し ゃ け い(7)

副会長(2) 梶警か じ け い(9)

保存会会計 前梶・後梶(8) 庶務(3) 四本柱(4) 曳山大工(4) 曳き綱・助け縄 対策委員 挨拶係(22) 調査委員(2) 花係

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祝詞の り とを読む役割を持つ。神係は曳山に乗せる、人形ひ と か たという神様の世話役である。上新町

の人形については後で詳しく説明する。また、曳山の曳き手である車警し ゃ け い、梶警か じ け い、前梶ま え か じと 後

うしろ

か じ、曳山の 2 階の 4 本の柱から運行の安全を確認する四本柱し ほ ん ば し ら

、曳山運行の補助とな る曳き綱と助け縄、祭の祝儀である花を打ってもらった家にあいさつをする挨拶係、花 を集める花係、提灯山のときに曳山の前で、長い竿の先に提灯がついた高張た か は り提灯ぢ ょうち んを持つ 係、青年団女子が務める給食係など、細かく役割が決められていている。

3.上新町の曳山について

上新町の曳山について、部分ごとに特徴を列挙する。

鳳凰ほ う お う

上新町の曳山で1番の特徴としてあげられるのは、曳山の屋根の上に乗っている金色 の鳳凰で、1887(明治20)年に上新町の職人によって造られたという。下の写真1に も見られるとおり翼を広げた大きな鳳凰であるため、上新町の曳山は鳳凰を入れると高 さでは6町の曳山の中でもっとも高い。

写真1.上新町の曳山

51 人形ひ と か た

上新町の「神様」である人形ひ と かたは、容姿端麗でありながら和歌の名手とされた平安時代 初期の歌人、在原業平と、そのお付きの女性である共女と も じょの2体である。写真2の右側が 在原業平、左側が共女である。1960(昭和35)年に実施した調査で、古い初代の人形 は1741(寛保元)年の曳山の歴史よりも50年ほど古い歴史を持つものだということが 分かっている。

写真2.上新町の人形

業平な り ひ らび し(町の紋)

在原業平は業平な り ひらび しと呼ばれる紋を持っていたとされており、業平菱はそのまま上新町 の紋として使われ、曳山祭や「おわら風の盆」のときに上新町の人が着る法被は っ ぴ、祭のと きに各家の前に飾る献灯け ん と う提灯ち ょうち んなどにも描かれている。

彫り物

次に上新町の彫り物について説明する。

「金鶏障け ん け し」は曳山2階部分の後方にある大きな彫り物である。上新町の「金鶏障け ん け し」は、

歴史上の人物とされる武内た け ちの宿す くと龍神の図である。龍神が武内宿弥に、海の潮を自由に 満ち引きさせることのできる乾け んじ ゅ、満珠ま ん じゅという宝の玉を差し出しているところが描かれ ている。

1階部分の背後にも大きな彫り物があり、大彫お お ぼりと呼ばれる。上新町の大彫に描かれて いるのは関羽か ん うという中国三国時代の英雄で、写真3に見られるように、本を読む関羽の 姿が立体的に彫られている。関羽の読んでいる書物は、古代の兵法家である孫子そ ん しの書物

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