2.否定表現b
2.1.否定表現bの概要と記号化
〔否定表現bの語形の採用と統合〕
「否定表現b」は,単純な否定に対して,主に「動 詞+「は」などの付属形式+しない」という取り立ての 構造による,否定の強調表現のバラエティーを見ること にねらいの中心がある。ここでは,「見はしない」(161 図),「来はしない」(162図)の2項目を設定したが,上 記のねらいからして,第2集活用編で取り上げた単純な 否定形式についての地図「見ない」(74図),「来ない」
(83図)との対比を念頭に置いている。したがって,西 日本におけるミヤセン,キヤセンの類にどのような変種 が見られるのか,また,それらが強調の意を含むのか単 純な否定に変質しているのか,といった観点から地図を 検討することが興味深い。
以下,「見はしない」(161図)を代表として,「否定表 現b」の語形の採用と統合の方法について解説する。
「来はしない」(162図)については,「一図の説明」の箇 所で述べることにする。
さて,「動詞+付属形式+しない」という強調形式と いっても,実にさまざまな種類の回答が得られた。調査 文の「見はしない」に直接対応するミワシナイ,ミワセ ンなど付属形式の部分が「は」であるものはもちろんの こと,「は」に由来しそれが動詞末尾の母音と同化・融 合したミヤセン,ミャーセンなどの類も当然採用するに しても,この「は」の代わりに,「も」「など」「たり」
「たりなど」といった付属形式を用いた回答が見られた。
これらを用いた回答は,厳密には「は」の場合とは異な ったニュアンスを表すものかもしれないが,一種の強調 形式であることには変りがない。また,方言的にはこれ らが共通語の「は」と等価な働きを担っていることもな いとは言えず,その点については詳しい調査によらなけ ればわからない。したがって,今の時点ではこれらの回 答を広く採用しておくのがよいと判断される。したがっ て,「は」に限らずさまざまな付属形式を用いた回答も 採用とした。中には,この付属形式にあたる部分が,例
えば,
6542.64[mitarililahen]〈弓蚕い言い方>
6554.76[mimolijahendo]
7340.42[mitainai∫itaileN]〈強い言い方〉
と,直訳すれば「見たりしはしない」「見もしはしない」
「見たりなりしたりしない」のような複雑な形式を示す ものもあったが,これらの回答も特に不採用とすること はしなかった。
ところで,この地図のねらいが最初に示したようなこ とであったとすると,回答の採用に関して大きく次の2 点が問題となる。
①特に強調の要素を含まない形式(見かけ上74図「見 ない」と同形式)が回答された場合の処理 ②「動詞+付属形式+しない」という形式はとらない が,全体で否定の強調表現になっている場合の処理 まず,①については,実際ミナイ,ミン,ミランなど 74図と同じ形式が回答された地点が全体の四分の一にも のぼった。このことは,共通語の「見ない」と「見はし ない」の区別に直接対応するような否定の強調形式をも たない地域がかなり存在することを示唆している。した がって,調査者の報告によれば,調査の現場では単純な 否定形式との違いを話者に理解させ,「見はしない」に あたる適切な回答を得るのに苦労した場合もあったよう である。また,以下のように,話者のなかには,「は」
などの助詞を挿入するという方法で強調を表す習慣がな いという点をはっきりと回答している地点もあった。
1747.55[minaindenaika]〈miwa∫inaiは使わな い。>
4781,47[minε:]<「は」はほとんど使わない。>
4790.55[minε=]<「は」を入れて言わないのがふつ うだ。>
5780.84[minema]〈「見はしない」とはふつう言 わない。>
6495.07[ミンゾ]〈他地域にあるミヤセンの言い方 はない。>
6572.94[mireheN]〈助詞「は」の有無による区別 はない。〉
このような内省からすれば,「見はしない」に直接対応 する形式が得られなかったとしても,それは調査法の問 題ではなく調査地点の方言が現実にそのような形式をも たないことに起因している場合が多いと考えられる。も
しそうだとすれば,そのような区別のない地域の広がり を地図上で確認することは意義があろう。実はそのよう な地域が存在することは調査の段階から予想されており,
調査票でこの項目の前に位置する152図「行きはしなか
一106一
つた」の調査文では,この点への注意を促している。し たがって,ミナイ,ミン,ミランなど特に強調の形式で ないものが回答された場合でも採用することにした。
ところで,今,ミナイ,ミン,ミランなど74図と同形 の形式による回答が多く見られることを述べたが,現実 の談話において両者の形式がまったく同じであるかどう かは実は明らかではない。例えば,報告を求めた動詞を 核とする部分には強調の要素が認められなくとも,以下 のように副詞を伴うことで強調の意を表現している回答 があった。
4609.27[hhott皇mo minε](hhott皇moは「絶対」
の意味)
556529[カイモクミン](「さっぱり見ない」の 意)
5791.39[kess1te minε:]
6495.07[ヒトツモミンゾ](ヒトツモは「見はし ない」の「は」の心持ちを出したもの。「ちっと も」「少しも」の意である。)
7381.02[kire:mim:oN]
以上の回答は,調査者が注意して副詞部分も報告してき たものであるが,むしろ,調査の指定からはずれるこの ような部分については見逃されることが多かったのでは ないかと思われる。このように,一見「見ない」にあた る強調の要素を含まない形式が回答された場合でも,他 の部分でそれを補うような構文上の措置がとられており,
それが地図に現れてこない場合のあることには注意が必 要である(地図には副詞の部分は示していない)。イン トネーションやプロミネンスなど音調的な要素で両者が 区別されている可能性も考えられるが,これらは最初か
ら調査の視野には入っていなかった。
次に,2番目の問題として掲げた問題である,「動 詞+付属形式+しない」という形式はとらないが,全体 で否定の強調表現になっている回答について見ていく。
具体的には以下のような回答がこれに該当する。
3754.59[mir砿mondenε:]〈強い気持ち>
3773.12[mirulmodenε:]
3774.64[mir山mondenε]
4659.79[mir山mondenε冒so]
4619.63[mimos山f前mondene]
3784.65[migodanε ]
5577.88[ミルヨウナコトワナイ]
5679.04[mi㎜ond3ane:]〔ゆ〕
5693.05[mikkone]
3688.82[mff前mondaga]
3716。48[mff山moNka]
5653.33[miruJmoUka]
5659.12[mir田monka]
6629.13[mimmoUka]
6711.35[mi▼mokka]
5762.82[miru丞oto akkajo]
7427.06[miruka]
5681.79[miz田ke:]
すなわち,共通語に対応させて考えれば,「見るもんで ない」「見ることはない」「見っこない」「見るもんか」
「見ることあるか」「見るか」といった回答であり,
3688.82以下の回答は疑問の形式を取りながらも反語的 に「見る」ことを強く否定する意味になっているものと みなされる。最後の,5681.79の回答も「見ようか(い や見はしない)」にあたる形式と考えられる。この反語 形式という点では,
4609.53[mirobaja]
〃 [minano so:baja](ゆ, so:bajaは「しょ うばや」である。)
4628.23[mlfobaja]
4711.32[mlmbaj a冒]
も同様の機能をもつものである。
以上のなかには共通語的には「見はしない」のニュア ンスからはややずれるものもあるが,いずれも否定の強 調の一種と認めてよいものであろう。これらについて,
「動詞+付属形式+しない」という構文上の制限を重視 することにより不採用とする処理もありうるが,ここで は範囲を広げて以上のような回答も採用することにした。
なお,これらの回答が得られた背景には,①の問題とし て取り上げたような,特に「見はしない」に直結する形 式が存在しない地域において,形式的に(あるいはニュ アンスの上でも)調査文から外れたとしても,なんらか の否定の強調形式を報告しておこうとする話者ないし調 査者の意図があったとも考えられる。それだけに,これ らの回答の報告は話者や調査者の判断によるところが大 きく,もし,これらの強調形式まで範囲を積極的に広げ て調査すれば,他の地点でも回答された可能性があるこ とには注意が必要である。
次に,終助詞付き回答の処理について述べる。この項 目においては,終助詞の付加が一種の強調の意味を表し
一107一
ている可能性がある。例えば,先に①の問題を扱った際 に取り上げた回答のうち,
5780.84[mine:na]
6495.07[ミンゾ]
〃 [ヒトツモ ミンゾ]
は終助詞付き回答であるが,同地点の74図「見ない」の 回答は,それぞれ,
5780.84[mine:]
6495.07[ミン]
というぐあいにいずれも終助詞の付かない形式であった。
したがって,naやゾの付加が単に「見ない」ではなく
「見はしない」にあたる強調のニュアンスを担っている ということも考えられる。そこで,これらの終助詞付き 回答が併用で得られた場合にも,採用することとした。
ただし,終助詞付きの回答を見出しに立てるにあたって は,終助詞部分の異なりをすべて分けて示すことは煩項 になるので,この部分についてはすべて統合することに し,例えば,<minεε一zu,ze,zoo,na,naa,joo>のよう に表示することとした。終助詞付き回答の採用と統合に あたっては,Bα方式をとったことになる(「方法」2.3.
参照)。
終助詞付き回答に関して,もう少し触れておくと,以 下のように,本来接続助詞である形式が末尾に加わった 回答が見られたが,これらは終助詞的に用いられたケー スであると判断し採用した。
1739.28[minaikara ] 6412.22 [nlf:hinkfnno]
7275.24[miranto3amonno] (「見ないのだから」
相当が強調形らしい。)
7390.70[ミントジャルケン]
8361.42[miragηara]
なお,最後の回答の[uara]は「から」にあたり,従 来の報告によれば音声的には[gara]ではないかと思 われるが,報告どおり鼻濁音で採用した(第2集解説書 20ページ参照)。また,
2751.10[minenda]
は,ndaの部分が本来「のだ」相当と思われるが,ここ では終助詞的なものとみなして処理した。また,
4684.87[minεeja]
〃 [minεwaja]
の前者の回答は,後者のwajaの部分を終助詞と判断し たのと平行的に,eja部分を終助詞とみなした。さらに,
6469.77[ミレヘナ]
は,同地点で[ミレヘン]も回答されていることを参考 に,これに例えばnaなどの終助詞が付加され融合した 形式ではないかと考えた。同様に,
6494.07[ミラへ一ナ]
は,ミラヘンナなどから.の変化形と考えた。したがって,
これらの回答は終助詞部分を切り離して示すことができ
ない。
なお,先に取り上げた「見るもんか」「見ることある か」「見るか」などの反語形式の回答については,「か」
にあたる部分を,凡例三七に終助詞として切り離すこと はしなかった。ただし,
5762.82[mirulgotoakkajo]
のように,さらに別の終助詞が付いたとみなせるものは,
〈mirugotoakka−jo>のように,その部分を分けて示し
た。
次に,以上で認めた以外の調査文からはずれる回答に ついて見ていく。推量形式や過去形式での回答が目立っ たが,それらはいずれも不採用とした。
まず,推量形式の回答としては以下のものがあった。
0717.50 [rrlitenaindenaiga ] 0746.69[miwalinaidaro:]〈P>
0776.88[mitenaibe]
0840.33[minakabe]〈#,いろいろ考えてもこれ しかない。>
1747.55[minaindenaika]〈miwalinaiは使わな い。>
1725.35[minendenagaro:ka]
1794、54[minaindenaika]
1851.85 [minaindenaika]
1868.21[minendene:beka]
2701.62[minaidaro:]
2785.15[mfnegabe]
〃 [m正negabenε]
〃 [mfnegabε]
3689.56[mfnεndero]
3725.49[mlnagabe:]〈想像>
3741.06[minebeon]
〃 [mfr山dabasanebeon]
〃 [mir山gododabanegabedeba]
3747.46[minagabe:]
3766.86[minε:be:]