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右表によると︑横浜の生糸のように絶対的優位を占める商品がないことが目立っている︒商品の雑多性が特色とい

うべきである︒茶は首位を占めているが︑総額の二割に満たず︑蝋︑棉花︑生糸︑昆布︑板︑樟脳がこれに次いで︑

それぞれ五分から一割の聞を往来している︒この年綿花が主要輸出品となったのは︑横浜と同様に︑米国の南北戦争

(一八六一・文元l六五・慶元)の影響である︒いり乙︑干胞は其他の項目中に表示されているにすぎない︒

元治元(一入六四)年長崎港主要輸出品(単位弗)

合 其 生 F自

五 六 二 七、 、 、 、 O

九 一 一 三 三

入 六 O 七 四

九 五 入 一 四

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六 一五 一 四 七

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OO六 八 九 七

七 一

元治元年は右の商品以外の品目は不明である︒棉花が前年度より若るしく増加し︑茶を凌いで首位を占めている︒

南北戦争が起ると︑北軍は沿岸を封鎖した︒そのため南部諸州からの棉花輸出が杜絶し︑英国の綿業は原棉欠乏 の た め 窮 地 に 陥 っ た

♀ 遂 に 遥 か に 代 国 か ら も 棉 花 の 輸 出 と な っ た

q長崎からそこで世界の各地から棉花を買漁り︑

輸出された棉花のうち︑英国向のサば文久三年

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︑慶応元年

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長崎居留地貿易時代及び其後の諸問題

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慶応元(一入六五)年長崎港士一要輸出品(単位弗

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﹁板・薪・陶磁器・雑貨・J

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右の表で注目されることは︑南北戦争が終った︑めに︑前年には首位を占めていた棉花が激減した乙とである︒ま

た蚕卵紙が重要輸出品として登場している︒乙れは次の事情による︒欧州で蚕糸業の中心地である仏伊に蚕病が盛ん

に流行しその蚕糸業が危機に陥ったので︑蚕種復活のために︑我国から欧州へ蚕卵紙の輸出が強く要望された︒英公

使のオlルコックは元治元年(一八六四)八月の下関事件後︑同年九月に老中と会見の際にその輸出を白由にするよ

うに要求したが︑幕府はあいまいな返事をしておいた︒その後腹応元年(一八六五)に英米公使は更にその輸出制限

撤廃を求めたので︑幕府も遂に七月十六日に承認した︒この結果が蚕卵紙の登場となったのである︒乙の年度の輸出

価額が著るしく低いことは︑英国領事も認めているように︑運上所当局の価格の過少評価と数量についての誤った陳

述に基くものであろう︒横浜では︑慶応元年は文久三年に比べて単価の騰貴が著しいのに︑長崎では却って下落した

商品が多い︒昆布︑樟脳︑人参等は数量は増加しているが︑価額はかえって減少している︒

これは開港後︑外国貿易の影響により︑急激に我同全体を襲って来た甚しい物価賠責の大勢に逆行する記述であっ

て大いに疑問とされる︒運上所役人の誤謬でめろう︒一辿上所は江戸時代から長い間俵物

ω

独占貿易を支配してきた俵

物役所の後身である︒俵物役所は安政六年に渓会所に︑更に文久三年に述上所と改称された︒白白な外国貿易の取扱

に不慣れな役人が犯した誤りであろう︒従って︑右の表では各商品の比率により︑当時の長崎の輸出貿易の大体構造

を知りうるだけである︒

左表では︑慶応二年の輸出額の増加は前年に比し著るしいことが注目されるc輸出口聞の首位にある茶は︑文久三年に

比較すれば数量では二割位減少しているが︑価額でほ却って一二位に近い増加を示しているむこれ辻一一ピクル当の価額

が三倍余の騰貴をなしたためである一﹂その他数量が増加した消商品も︑単価の一服貴は極めて著しいι従ってこの年度

の輸出価額激増の原因は︑ある商品

ω

輸出数量の増加よりも︑むしろ全般的な単価の勝賞である4それは前年は運上

長崎居留地貿易時代及び其径の諮問題

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四・四三

所の計数をそのま︑採用したのに対して︑この年からは各品評価の基準として市価を採用したことによる︒従って︑

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貿易価額はこの年以後半権なも

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になったQ問題

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いりこ︑干飽か表に登場してきたが︑これは前年の八月から︑長

参 布

他 子 ! 胞 鼠 草 品 糸 炭 脳

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人 石

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銅 板 鰯

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由同応三(一入六七)丘一一元崎港全要輸出品(単位弗)

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一七八二ゲヘ木炭・硫黄・法山町・生長J

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附 挺 等

腰 糸 脳

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長崎居留地貿易時代及び其後の諸問題 HU

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一・一四0

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三・九三

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経 営 と 経 済 六 回

崎俵物役所の独占が廃止され︑輸出額が急増したからである︒従来密輸出︑Jぐれた分で表面に出てきた数量もあろう︒

しかし輸出価額全体から見ると︑いりこ一・四%︑干飽一・O%にすぎず︑日・支人の勢力対抗

ω

点からは大して問

題とするに足りないと思われる︒

右の慶応三年の表では諸商品一般に減少しているが︑石炭の輸出が激増し︑前年の三倍半を越え︑茶に次いで輸出

品の第二倍に上ったことが注目されるcしかもこれは港内船舶への供給を合まず︑多く上海へ輸出され︑そこで英内

の石炭が得られない時の使用にあてられたcいりこ︑干飽は前年同様表に出ているが︑数量ならびに百分比何れも前

年より低下している︒

俵物について文久三年から慶応三年まで︑長崎港における輸出数訟を比較すると次のようになるc

一段

応元

年八

月に

独占廃止以来︑数量の増加が著るしい︒(単位ピクル)

文久

三一

慶応元年

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同三年

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一︑七二九

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(註︺文久三年の分についてに︑石井孝︑幕末貿易史の研究︑一O七ページ参照

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一二

六四六五九九

輸入の面においては事情ば大いに異る︒幕末における長崎港の主民輸入口聞は次表において示すように︑艦船が主な

ものであった︒それは文久三年には長崎港の輸入総価額の五二%を占めているι逐年減少の傾向を示しているが︑慶

応元年に三八%︑同二年三一二%︑同一二年二O%を占めているcそれに次くも

ω

は綿織物︑毛織物等であるc

毛 綿 綿│品

其 羅 羅 呉 其 天 縞 更 金

織 鷲 織

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文久三(一入六三)年長崎港主要輸入品(単位弗)

属 他 板 紗 fs物 鰍 他 紙 布 紗 巾 物 │ 目

│ 数

阿丁 仙 子 薬・

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石黄 二 一 四 一 二 一 ご 究

炭・

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他 船 糖 品 他 鉛

一九九︑三四五入

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長崎居留地貿易時代及び其後の諸問題

ドキュメント内 長崎居留地貿易時代及び其後の諸問題 (ページ 58-67)

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