第 3 章 環境イノベーションに関する決定要因の実証研究
3.3 モデルとデータ
3.3.1 分析モデル
本稿では、ISO14001 の認証取得に早い段階から取り組んでいる企業(言い換えると、
取得期間の⾧い企業)とそうでない企業の間に、環境関連の R&D 支出比に有意な差があ るか((1)式)、また、認証取得への取り組みが環境関連の研究開発活動(すなわち、環境 関連 R&D 支出比)を通じて、その成果である環境関連の特許取得にどのような影響を与 えているかを明らかにする((2)式)。したがって、以下のような式を考える。
𝑅𝐷 = 𝛽 + 𝛽 𝐼𝑆𝑂 𝑦𝑒𝑎𝑟 + 𝛽 𝑥 + 𝑢 (1)
𝑃𝑎𝑡𝑒𝑛𝑡 = 𝛽 + 𝛽 𝑅𝐷 + 𝛽 𝑥 + 𝑢 + 𝑣 (2)
ここで、𝑅𝐷は企業 i の環境関連 R&D 支出比(総 R&D 支出に対する環境関連 R&D 支出 の比率)、 𝑃𝑎𝑡𝑒𝑛𝑡は企業 i の環境関連特許取得数を表しており、企業の環境活動に対する 積極性の代理変数として、企業 i の調査時点における ISO14001 取得年数(𝐼𝑆𝑂 𝑦𝑒𝑎𝑟)を用 いる。𝑥は、事業所規模、操業年数、品質管理マネジメントシステムの導入有無、海外市場
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ダミー、競合他社ダミー、環境規制の有無ダミー(製造技術への規制、環境パフォーマンス への規制、生産投入要素への課税、補助金・税制優遇)を表す説明変数である。なお、あと で説明するように、本稿で用いるデータは、分析対象の企業の多くで、環境関連 R&D 支出 比が 0 となる切断データ、取得特許数が 0 となるカウントデータであることに注意する必 要がある。
0 が多い切断データを分析する際には、これまでの先行研究ではトービットモデルを用い て推定を行うことが多い。Inoue ら(2013)では、ISO 取得年数が環境関連 R&D 支出比に与 える影響を分析するにあたり、トービットモデルを採用している。また、カウントデータを 用いる場合、従来の先行研究では、ポアソン回帰や負の二項分布回帰モデルが使われるケー スが多い。しかし、本分析で用いるデータでは、多くの企業が環境関連 R&D 支出を行わな い、あるいは特許の取得数が 0 件であるため、トービットモデルやポアソン回帰モデルあ るいは負の二項分布回帰モデルを使うことは適切でないと考えられる。なぜなら、企業が R&D 支出や特許取得をするかどうかという意思決定に及ぼす要因と、R&D 支出を行う場 合どの程度の金額を投資するか、特許取得をする場合どの程度技術開発をするか(何件特許 取得を目指すか)という意思決定に及ぼす要因は通常異なると考えられるし、仮に同じであ っても、その効果(パラメータの大きさ)は同じではないからである。このようなケースに おいて、トービットモデルやポアソン回帰モデル、負の二項分布回帰モデルを適用すると、
2 つの意思決定が同じ変数によって決定され、さらに、その効果は同じであると仮定するこ とになる。したがって、異なる意思決定の要因をそれぞれ捉えるために、本稿では、ダブル ハードルモデルを用いる。
本分析では、まず、ISO14001 取得を早い段階で行う企業とそうではない企業、という企 業特性の違いによって環境関連 R&D 支出比の水準が決定されるかどうか、トービットモデ ルを用いて明らかにする。次に、環境関連 R&D 支出比が環境関連特許を取得するかどうか の意思決定に影響するかどうかを検証し、取得すると決めた場合には特許の取得数にどの ように影響するか、2 段階の意思決定のメカニズムが存在すると仮定してハードルモデルを 用いて経路を検証する。加えて、環境関連 R&D 支出比が外生変数ではなく、内生変数であ った場合に同様の経路が存在するかどうかを検討する15。本分析で用いるハードルモデルは Saffari ら(2012)に従い、以下のように定式化される。
従属変数𝑦は各企業の R&D 支出及び特許数であり、R&D 支出については観測値の多く が 0、特許数については非負の整数であるとともに観測値の多くが 0 である。本分析で用い
15 内生性を考慮したカウントデータを扱う非線形モデルについて、二段階推定(2SLS)を 用いて推計を行うと誤差項と説明変数が独立ではないため、一致性を満たさないという問 題がある。この問題に対して、Costa-Font ら(2018)や Gillingham and Tsventanov(2019) はコントロール関数アプローチを用いて対処している。本分析では、これらの研究同様に コントロール関数アプローチを用いて、内生性を考慮した推計を行う。
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るハードルモデルでは従属変数は以下の分布に従うと仮定している。
Pr(𝑌 = 𝑦 ) =
𝑤 , 𝑦 = 0 (1 − 𝑤 ) Γ(𝑦 + 𝛼 )
Γ(𝑦 + 1)Γ(𝛼 )
(1 + 𝛼𝜇 ) 𝛼 𝜇
1 − (1 + 𝛼𝜇 ) , 𝑦 > 0
ここでαは分散パラメータである。加えて、意思決定のダミー変数𝐷、特許数が 0 の確率変 数𝑤 、従属変数の期待値(条件付き特許数)𝜇が以下の式に従うと仮定する。Γ(・)はガン マ関数、𝑧は意思決定に関する説明変数、𝑥は特許数に関する説明変数である。
𝑙𝑜𝑔𝑖𝑡(𝑤 ) = log 𝑤
1 − 𝑤 = Σ 𝑧 𝛿 log(𝜇 ) = Σ 𝑥 𝛽
対数尤度関数は以下のようになり、最尤法を用いてパラメータ推計する。
𝐿𝐿 = (1 − 𝐷 ) 𝐼 log 𝑤 + 𝐼 log(1 − 𝑤 ) + log g − log 1 − (1 + 𝛼𝜇 )( )
+ 𝐷 𝑙𝑜𝑔 Pr(𝑌 = 𝑗)
ここで、g は以下の式である、
𝑔 = Γ(𝑦 + 𝛼 )
Γ(𝑦 + 1)Γ(𝛼 ) (1 + 𝛼𝜇 ) 𝛼 𝜇
3.3.2 変数
環境関連 R&D 支出比は、後述する「環境マネジメントに関する OECD 事業所調査」に よって得られた総 R&D 支出額に占める環境関連 R&D 支出額という比率である。ISO 取得 を早い段階で行っている企業は環境問題への関心が高く、積極的に環境問題への R&D 投資 を行う可能性がある。また、環境関連 R&D 支出を積極的に行う企業は、研究開発の成果を 特許取得の形で保護しようとするかもしれない。したがって、本分析では ISO の早期取得 によって環境関連 R&D 支出を行い、その結果として環境関連特許の取得を行うという経路 を想定している。
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環境関連特許数は 2004 年から 2017 年までの累計特許数のうち、環境に関連する特許に 限定したものである。2004 年以降の特許に限定する理由は、前述のとおり、「環境マネジメ ントに関する OECD 事業所調査」が実施された 2003 年以降の企業の特許取得行動を捉え るためである。環境関連特許の定義については、World Intellectual Property Organization(以 下 WIPO)の“Green Inventory”16に従って分類を行った。” Green Inventory”とは、1992 年 に策定されたアジェンダ 21 で定義された環境に配慮した技術である。また、特許数を累計 とした理由は、企業の研究開発投資が行われた直後に特許申請を行うような技術開発が達 成されるとは考えにくく、技術開発の成果は⾧期にわかって生み出される。このため、可能 な限り最近までの累計の値を用いた。
雇用は、過去 3 年間の平均従業員数(正社員、パート、派遣社員含む)を表している。事 業所規模によって特許取得の意思決定は異なる可能性がある。つまり、大企業であれば、研 究開発の成果を特許申請することで保護しようとするかもしれないが、他方で中小企業の 場合には特許申請の費用を考えた結果、大企業ほど特許取得に積極的でないかもしれない。
なぜなら、特許取得のためには、企業の中でそのような専門部署を用意しなければならず固 定費用がかかるため、規模の経済性が働く可能性があるからである。
操業年数は企業設立年から調査時点までの年数を表している。創業年数の⾧い企業に属 する事業所は、短い企業に比べて、周辺住民や顧客との信頼関係があるために、企業イメー ジを重要視すると考えられる。企業イメージの一つとして、環境意識の高さがあり、環境関 連技術の開発に積極的であるという姿勢を見せようとする可能性がある。
品質マネジメントダミーは、ISO9000 などの品質マネジメントシステムを導入している 事業所を1とするダミー変数である。ISO9000 は品質マネジメントに関する国際規格であ り、顧客満足度を高めることを目的に製品やサービスの品質を改善するため、監視や測定の プロセスを組み込んだプロセスを組織内に構築することが求められる。Terziovski and Guerrero (2014)は、この制度は環境に関連する規格ではないが、プロセスイノベーション を促進する要因と指摘している。この制度は企業の環境パフォーマンスについての経営管 理マネジメントを行う訳ではないが、ISO14001 同様に自社企業の経営管理を見直すことで 製品の品質を向上させる。したがって、経営管理を見直した結果、イノベーション全般への 研究開発投資を積極的に行うなかで、その一部である環境関連のイノベーションにもつな がる可能性がある。
国際市場ダミーは、事業所が製造している製造品が対象としている取引先として、近隣国 の市場が代表的であると回答した場合に1をとるダミー変数である。Brunnermeier and Cohen(2003)は欧米市場への輸出製品は日本国内向けの製品に比べて、厳格な環境基準を課 せられる可能性を指摘している。Arimura ら(2008)や Nishitani(2009)でも海外市場の顧客 が多い企業ほど自社の環境問題への取り組みに積極的であると説明している。したがって、
16 https://www.wipo.int/classifications/ipc/en/green_inventory/
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本分析においても国際市場との取引を行っている企業ほど、環境問題への取り組みの一環 として環境関連の特許開発を行う傾向にあるかもしれない。
市場競争ダミーは過去 3 年間において、事業所の製造品のうち主力製品について、市場 に存在している競合他社が 5 社以上いると回答した場合に1をとるダミー変数である。
Brunnermeier amd Cohen(2003)や Inoue ら(2013)によれば研究開発は⾧期的な視点に立っ た、企業の意思決定に従うものであり、市場が独占あるいは寡占的な場合に研究開発に割け る資本があり、競争的市場では環境関連の研究開発に着手する余裕がないと指摘している。
他方で、本分析では特許による自社の利益保護・模倣防止を用いているため、競争的な市場 ほど競合他社への技術流出を防ぐ目的で積極的に特許を取得しようとするかもしれない。
環境規制ダミーは、環境規制がイノベーションに与える影響を考慮するためのコントロ ール変数である。製造技術(脱硫装置の設置義務など)に関する規制、環境パフォーマンス
(排出基準、省エネ目標など)に関する規制、生産に使用するエネルギーや原材料および排 出する汚染物質に対する課税に関する規制、補助金・税制上の優遇措置に関して、それぞれ の環境政策手段が生産活動に与える影響として「重要ではない」、「重要」、「非常に重要」、
「該当しない」の選択肢から、回答者が選んでいる。この選択肢のうち、「重要」、「非常に 重要」と答えたときに1を取るようなダミー変数を作成している。
産業ダミーは各事業所の主要生産活動が産業分類上所属する産業を示すダミー変数であ る。この変数によって、企業ごとの特許取得に対する傾向の違いを把握できる。