第 3 章 モジュール構造型神経ネットワークにおける時空間神経ダイナミクスの
3.3 ニューロンモデル
3.3.1 ニューロンモデルの比較
神経回路を構成する最小単位である神経細胞(ニューロン)は,基本的にその内外に 電位差が生じている.細胞外を基準としたときの細胞内との電位差を膜電位と呼び,平 衡状態では特に静止膜電位と呼ぶ.基本的に膜電位は負の値を持ち,他の細胞から信号 を受け取ることにより上昇して電位差が無くなる方向,すなわち細胞外の電位に近づく.
逆に信号が無い場合には静止膜電位に漸近する.膜電位がある値(閾値電圧)を超える と,多数のCaイオンチャネルが開口して膜電位は短時間の間に急激に上昇し,その後,
Kイオンチャネルが開口することにより再度分極が起こる.この一連のインパルス状の 電位変化を発火と呼び,細胞の情報表現の大枠はこの発火により担われていると考えら れている.ニューロンの構造を機能毎に大別した場合には,主に三つの部分から構成さ れる.一つ目は他の細胞からの発火活動に由来する信号を受け取る樹状突起である.こ れは,ニューロンの入力に相当する.二つ目は細胞体であり,樹状突起で受け取った信 号を時空間的に加算する.三つ目は細胞で発生した発火を他の細胞に伝播する軸索であ る.これは,ニューロンの出力に相当する.樹状突起と軸索の間の結合はシナプスと呼ば れ,主に化学物質により信号の伝達が行われている.このシナプスの伝達強度が変調さ
れることで,多様な活動パターンが生み出される.ニューロンのダイナミクスを表現す る数理モデルは数多く提案されており,最も有名なものは1952年にHodgkinとHuxley が定式化したHodgkin-Huxleyモデルである [32].Hodgkin-Huxleyモデルは細胞のイ オンチャネルの開閉の度合いによるコンダクタンスの時間変化を抵抗とキャパシタから なる等価回路で表現したモデルで,実細胞の物理的なメカニズムを忠実に考慮したモデ ルとなっている.しかし,このモデルは4本の連立微分方程式を解かねばならず,計算 量が大きいといった問題が存在する.一方で,正確な描像の一部を捨て,活動電位など の重要な挙動のみを再現することで計算量を削減したモデル [33]や,パラメータの物理 的対応を抽象化し,Hodgkin-Huxleyモデルの振る舞いをより簡単な関数形で再現した モデル[E. M. Izhikevich, 2003] など,以降多くのモデルが提唱されている.一般的に 計算の精密さは計算時間とトレードオフの関係にあるため,これらのモデルは調べよう としている現象の複雑さや求めている結果から適切に選択する必要がある.本研究では,
細胞の発火現象を再現するspiking-neuron の中でも最も簡単で,計算コストの少ない leaky-integrate-and-fireモデルを用いた.同モデルで用いられるパラメータは,French らが論じた培養神経細胞の挙動を再現したモデルに用いられているパラメータを基にして 決定した [18, 34].
3.3.2 ニューロンダイナミクスの計算
本研究で用いたニューロンモデルのパラメータは,培養神経細胞の生理学的なパラメー タと対応が可能なように調整・決定した.神経細胞のタイプは,発火により後細胞の膜電 位を増加させる興奮性ニューロンと,後細胞の膜電位を減少させる抑制性ニューロンの二 種類を用いた.興奮性ニューロンと抑制性ニューロンを示すインデックスをここではそ れぞれE,Iとする.興奮性ニューロンの膜電位VE(t)および抑制性ニューロンの膜電位 VI(t)の入力電流に対する時間変化はそれぞれ3.1,3.2式に基づいて計算する.
τEdVE(t)
dt =VLE−VE(t) +REin(IE(t) +II(t) +IK(Ca)(t) +Iref(t) +ξ(t)), (3.1) τIdVI(t)
dt =VLI−VI(t) +RIin(IE(t) +II(t) + 0.5ξ(t)), (3.2) ここで,τEとτIは膜電位の時定数であり,膜電位が静止膜電位まで減衰する速さを規定 している.VLE と VLI は静止膜電位でおり,入力が無い場合V(t)はこの値に漸近する.
RinE と RinI は細胞の入力抵抗である. 膜電位が閾値電圧Vthを超えた場合,細胞が発火し
たとみなし,発火の後に膜電位はVresetにリセットする.シミュレーションではこれらの 微分方程式は差分方程式として計算しており,計算の時間ステップδtは0.1 msとした.
IE(t) 興奮性のシナプス電流で,ニューロンiに流れる電流IiE(t)は以下の式で計算さ れる.
IiE(t) = [ERE−Vi(t)]gE∑
j
∑
k
wji [
exp
(t−(tj,k+ ∆ij) τsdE
)−exp
(t−(tj,k+ ∆ij) τsrE
)]
, (3.3) ここで,EREは興奮性シナプス電流の平衡電位を表しており,gEは興奮性シナプスコンダ クタンスである.τsrEとτsdE はそれぞれシナプス電流の増加と減衰に関わる時定数,wjiは ニューロンj, i間の荷重値,∆ij は伝達遅延,tj,k はニューロンiと結合しているニュー ロンj がk回目に発火した時刻である.指数項はt ≥tj,k のみにおいて評価し,t < tj,k
では0とする.
II(t) は抑制性のシナプス電流で,ニューロンiに流れる電流IiI(t)は以下の式で計算さ れる.
IiI(t) = [ERI −Vi(t)]gI∑
j
∑
k
wji
[ exp
(t−(tj,k+ ∆ij) τI
)]
, (3.4)
興奮性シナプス電流との主な違いは,興奮性シナプス電流では指数関数の差分である
double exponentialとして計算したが,抑制性シナプス電流は単一の指数関数から計算し
ている.
IK(ca)(t) は 細胞内のCa2+ イオン濃度に依存した抑制性のK電流を表している.細胞
が発火するとCaイオンチャネルを通じて細胞のCa2+ イオン濃度が上昇する.その濃度 に依存してKチャネルの開閉度が変化し,抑制性のK+ イオン電流が流れることで膜電 位は低下する.これは,ニューロンにおいて時間的に連続した発火の周波数が徐々に低下 するadaptationの効果に対応する.ニューロンiに流れる Ca依存性K電流IK(Ca)i (t) は以下の式で計算される.
IK(Ca)i (t) =gK(Ca)ci(t)[EK−Vi(t)], (3.5) dci(t)
dt =cstep
∑
k
δ(t−tk)− ci(t)
τK(Ca), (3.6)
ここで,gK(Ca) はCa依存性K電流のコンダクタンスを表している.EK はKの平衡電
位を表しており,cstep は1回の発火により細胞内に流入するCaイオンの量,τK(Ca) は Caの流出に関する時定数である.tkはk 回目の発火が起こった時刻である.
Iref(t) はニューロンが発火した後,一定期間発火が抑制される相対不応期に対応する電 流であり,ニューロンiの相対不応期電流Irefi (t)は以下の式で計算される.
Irefi (t) =−gref (
1 + t−tk τref
)−1
Pref(t−tk)[Vi(t)−Vreset], (3.7)
Pref(tk) =
{ 1 for tk < t < tk+1
0 otherwise (3.8)
gref は不応期電流のコンダクタンス,τref は不応期電流の時定数である.なお相対不応期 とは別に,ニューロンが発火した後にいかなる電位変化も生じない期間である絶対不応期 tabsを設けている.
ξ(t)は細胞の熱雑音などに起因するノイズ電流を表しており,電流の大きさは以下のα 関数で表される.
ξi(t) =ANα(t−tNk;rN;τN), (3.9) α(s;r;τ) = e−s/τ −e−s/r
e−¯s/τ −e−¯s/r,¯s= rτln(r/τ)
r−τ , (3.10)
ここで,ANはノイズ電流の最大値,tNk はk回目のノイズが発生した時刻,rNはα関数 の立ち上がり時間,τNはα関数の減衰の時定数に対応する.なお,ノイズの発生頻度は 平均をλ とする定常ポアソン分布に従うとした.これまでの式で定義した各パラメータ の代表的な値を表3.1に示した.