第 3 章 モジュール構造型神経ネットワークにおける時空間神経ダイナミクスの
3.6 モジュール性とネットワークダイナミクス
3.6.1 モジュール性と同期発火
図3.5にそれぞれ,異なるモジュール内結合確率における結合行列及びその際の典型的 なラスタープロットを示す.結合行列のカラーバーは結合の数を表している.ネットワー クを構成する各パラメータは,ニューロン数N =100,モジュール数M = 4,結合次数
¯k = 17.5とした.モジュール内結合確率を高めることによって,ニューロン間に密な結
合が形成されているモジュールと,そのモジュール間が疎に結合されているモジュール構 造が明確になっていくことが分かる.モジュール内結合確率に従ってネットワークを構成 する場合は結合の総数があらかじめ決まっているため,モジュール内の結合が密になるほ どモジュール間結合は疎になる.また,モジュール内結合確率が高くなるほど,ニューロ ンがランダムに発火している状態から全体同期発火の状態に遷移する間隔が短くなってい ることと,モジュール内結合確率が高くなっても,抑制性のK電流による細胞の不応期 間は大きく変わらないことが見て取れる.
図3.6にモジュール内結合確率とネットワークの同期発火周波数の関係を示した.各モ ジュール内結合確率において同じパラメータでネットワークを構成し100回測定を行っ た.同期発火周波数は図3.5に示したラスタープロットに見られた定性的な傾向と一致
図 3.5 異なるモジュール結合確率 pin で構成したネットワークから得られる結 合行列と典型的なラスタープロット.横軸は時間,横軸はニューロン ID を表す.
N = 100,¯k= 17.5, M = 4,(a)pin = 0.25,(b)pin= 0.5,(c)pin = 0.8,(d)pin = 0.98.
し,モジュール内結合確率の増加に伴って同期発火周波数が上昇した.ランダムネット
ワーク(pin = 0.25)で得られた平均同期発火周波数に対して,最大値で約7倍まで同期発
火周波数が変化した.ネットワーク構成の条件によりネットワークの細胞数や総結合本数 は一定に保たれているため,ネットワークの細胞数や結合数等が一定でも様々な同期発火 の頻度を実現することが出来ることが分かった.この結果は,物理的な制約により細胞の 数や結合数が限られた生体において,さまざまな同期頻度を作り出すことが出来る可制御 性に対応していると考えられる.図3.7にモジュール内結合確率が異なるネットワークに おけるIBIの分布を示した.モジュール内結合確率が低いネットワーク(pin = 0.25)で は,様々な長さのIBIが観測され,広く分布していることが分かる.一方で,モジュール 内結合確率が高いネットワーク(pin = 0.5,0.8)では,100 s以上のIBIが消失し,10 s∼ 20 sのピークが高くなっていることが分かる.得られた同期発火周波数とIBIから現象 を考察すると,モジュール内結合確率が高いネットワークでは,K電流による抑制期間が 終わってノイズ電流によりランダムにニューロンが発火している状態から,全体同期発火
図3.6 モジュール結合確率に対する平均同期発火周波数の変化.エラーバーは標準偏差を示す.
図3.7 各モジュール結合確率におけるIBIの分布.横軸はIBI,縦軸は確率密度を示す.
の状態に遷移しやすくなると考えられる.モジュール内結合確率の高い領域で同期発火周 波数の増加に飽和の傾向が見られるのは,K電流による抑制期間中は発火が起こらないた め,この期間の長さが同期発火周波数の上限を規定しているからだと考えられる.
モジュール内結合確率の増加に伴って,同期発火周波数が増加する結果が得られた原因 を考察するため,ネットワークの構造をModularity, 平均クラスタ係数,平均経路長か
ら調べた.結果を図3.8に示す.図から,モジュール内結合確率が0.4以上の領域で,モ ジュール内結合確率の増加に伴ってmodularityが線形に増加していることが分かる.平 均クラスタ係数はモジュール内結合確率が0.6以下の領域ではほとんど変化しておらず,
0.6より大きい領域で増加していることが分かる.平均経路長はモジュール内結合確率が 0.7以下の領域ではほぼ変化せず,その後急激に増加する傾向が見られる.これらの結果 は,第2章で示された傾向の通りである.以上の結果からネットワーク構造の大域的な変 化を以下のように考察した.
1. pinが0.4以下のネットワークで見られる同期発火周波数の増加は,これら3つの 指標では捉えられない部分的な結合密度の増加が関与している.
2. pinが0.25 ∼0.6 の領域で見られる同期発火周波数の増加に,クラスタ係数は関与 していないといえる.
3. pinが0.75以上の領域で見られる平均経路長の増加は,全体同期発火周波数に大き な影響を与えない(モジュール構造,クラスタ構造の鮮明化による平均同期発火周 波数の増加効果よりも影響が弱い).
以上の考察から,同期発火周波数が増加した原因をまとめる.本実験では,ネットワーク に外部入力が無くノイズによって細胞の自発発火が発生するモデルを仮定した.これらの 自発発火によって生じたシナプス電流が時空間的に偏ることにより,他のニューロンの 発火が生じる.この発火の連鎖が雪崩的に生じることにより,全体同期発火が起こるの だと考えられる.modularityや平均クラスタ係数で定量されるネットワークに存在する ニューロン集団が成す密結合が増加し,これらのニューロン集団で自発発火の集約が起こ りやすくなることで,モジュール単位での同期,すなわち部分同期発火が起こり易くなる と考えられる.この部分同期発火がモジュール間結合を介して他のモジュールの同期発火 を促し,結果としてネットワーク全体の同期発火が起こると考察される.一方でモジュー ル内結合確率が高くなり過ぎると,モジュール間結合の密度が減少するため,部分同期発 火が起きてもその発火が他のモジュールに伝わらず,全体同期発火に至らないのだと考え られる(図3.6, pin = 0.99).
3.6.2 ネットワークの変動に対する活動のロバスト性
モジュール構造を持つネットワークでは,ネットワークの一部に変更が加えられても,
以前までに獲得していた機能が失われにくいロバスト性を有すると報告されている [12]. 本シミュレーションで構築したネットワークがそのようなロバスト性を有するかを検証し
図3.8 モジュール結合確率に対するネットワーク構造の評価指標の変化.横軸はモ ジュール内結合確率,縦軸はそれぞれ,Modularity(赤),平均クラスタ係数(緑),平 均経路長(青)を表す.
図3.9 損傷を受けたモジュラーネットワークの模式図.×は損傷を受けたモジュールを表す.
た.N = 144, M = 16, k = 21, pin = 0.75として構成したモジュラーネットワークを基 準として,ネットワークのニューロンが損傷を受けたという想定の下でその同期発火周波 数を調べた.シミュレーションの仮定として,モジュラーネットワークにおけるニューロ ンはモジュール毎に損傷を受けるとした(図3.9).すなわちM とN が同時に減少し,そ れに従い総結合本数も減少する.この変化を表3.2に示す.
表3.2のそれぞれの条件でモジュラーネットワークを構成し,その比較対象として,表 3.2と同一のパラメータでランダムネットワークを構成した.図3.10にモジュラーネッ
表3.2 損傷を受けた想定の下でのネットワークパラメータの変化 ニューロン数 モジュール数 総結合本数 基準比
144 16 3024 1
108 12 1964 3/4
72 8 1069 1/2
36 4 378 1/4
18 2 134 1/8
トワーク,ランダムネットワークのニューロン数に対する同期発火周波数の変化を示す.
この時,同期発火周波数はそれぞれのネットワークで得られた最大の同期発火周波数で規 格化した.図から,ランダムネットワークではニューロン数の減少に対応して同期発火周 波数が減少していることが分かる.一方で,モジュラーネットワークの同期発火周波数は ニューロン数が元の半分まで減少しても,元の同期発火周波数を保っていることが分か る.ランダムネットワークは損傷を受けることによって結合密度が減少し,同期発火周波 数が減少したと考えられる.一方でモジュラーネットワークでは,モジュール毎に損傷を 受けたと仮定しているので,各モジュール内部における結合密度は一定に保たれる.この ため,各モジュールが持つ固有の部分同期発火周波数は損傷の影響を受けにくいと考えら れる.この実験では,同規模のモジュールが複数存在し互いに結合することで,ネット ワーク全体の同期活動の冗長性を保っていると考えられる.
3.6.3 同期活動に対する結合ばらつきの影響
培養神経回路の実験では,たとえ同じ細胞数から構成されるネットワークにおいても,
形成される結合の数はばらつきを持つと考えるのが自然である.よって結合数がばらつい た場合に同期発火周波数やネットワーク構造にどのような変化が起こるかを知ることは,
培養神経回路の実験結果の理解につながる.本節では,ネットワークの総結合本数がある 範囲でばらつくという仮定の下でシミュレーションを行った.結合次数の平均値が17.5, 標準偏差5.25の正規分布に従うと仮定し,N = 100, M = 4, pin = 0.25,0.8,0.9,0.99と して100回シミュレーションを行った時の同期発火周波数と同期発火持続時間を図3.11 に示す.図3.11左から,すべての pin において結合本数の増加に伴って同期発火周波数 が増加することが分かる.これは,ネットワークの結合密度が高くなり,同期の状態に遷 移する確率が上昇したためだと考えられる.一方で,総結合本数が1200程度を境に,全