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抑制性結合を有するモジュラーネットワークのダイナミクス

第 3 章 モジュール構造型神経ネットワークにおける時空間神経ダイナミクスの

3.7 抑制性結合を有するモジュラーネットワークのダイナミクス

3.7.1 モジュール性と同期発火

これまでは,培養日数の浅い神経回路を仮定していたため,抑制性神経細胞も興奮性 神経細胞のようにふるまうと仮定し,興奮性神経細胞のみからなるシミュレーションの 結果を示した.実際の脳神経回路では20%程度の抑制性神経細胞が含まれていることが 分かっており,また培養神経回路においても神経回路の成熟により抑制性神経細胞の効 果が発現する.抑制性神経細胞のダイナミクスを取り入れたより生体に近い神経回路に おいて,モジュール構造がネットワークダイナミクスに及ぼす影響を調べた.図3.12に N = 100, M = 4,k¯ = 17.5, pin = 0.7のモジュラーネットワークにおいて,抑制性神経 細胞の割合が異なるネットワーク(Ir = 0,0.2)における結合行列及びその際の典型的な

3.12 抑制性神経細胞の割合が異なるモジュラーネットワークにおける結合行 列と典型的なラスタープロット.横軸は時間,縦軸はニューロン IDを表す.N = 100, M = 4,k¯= 17.5, pin= 0.7,上:Ir= 0,下:Ir= 0.2

ラスタープロットを示す.結合行列のカラーバーは結合の数を表しており,負値は抑制性 結合に対応している.興奮性神経細胞のみからなるネットワーク(図3.12:上,Ir = 0) では,これまでと同様に強い全体同期発火が周期的に生じていることが分かる.一方で,

抑制性神経細胞を含んだネットワーク(図3.12:下,Ir = 0.2)では,同期発火の持続時 間が減少し,同期発火後の細胞が全く発火しない期間も消滅していることが分かる.これ は,興奮性神経細胞のみからなるネットワークでは同期発火が抑制性K電流によって抑 制されるため,同期発火の持続時間が興奮性結合とCaイオンの流入量及び減衰の時定数 のバランスによって規定されるのに対し,抑制性神経細胞を含むネットワークでは,一部 の興奮性神経細胞が抑制性神経細胞に置換される為に興奮性結合の密度が減少し,また抑 制性のシナプス電流によって同期発火の持続時間が短くなる.加えて,抑制性神経細胞の モデルではCa依存性K電流及び相対不応期電流を仮定していない為,同期発火後の発火 が起こらない期間が消失したのだと考えられる.この結果をより詳細に調べる為,ニュー ロン間の相関係数行列を比較した(図3.13).Ir= 0のネットワークではすべてのニュー ロンの相関が1付近で一様であるのに対し,Ir = 0.2のネットワークでは様々な相関の ニューロンが混在していることが分かる.この差異は,相関係数の分布から計算される functional complexityの差異に反映される.

3.13 抑制性神経細胞の割合が異なるモジュラーネットワークにおける相関係数行 列.Ir= 0(左),Ir= 0.2(右)

3.7.2 モジュール性と複雑性

図 3.14はモジュール内結合確率からネットワークのモジュール性を制御し,抑制性 神経細胞の割合を変えた時の同期発火回数,相関係数,functional complexityを示す.

3.14(a)から,抑制性神経細胞が含まれるネットワークにおいてもこれまでと同様に,ネッ

トワークのモジュール性が増加する事によって同期発火の頻度が上昇する傾向が見られ た.同期発火頻度の上昇は,モジュール内における結合密度の上昇に由来するものであ る.一方で,抑制性神経細胞の増加により,同期発火の頻度の絶対値は減少する傾向が見 られた.これは,抑制性神経細胞のシナプス電流による効果も考えられるが,主たる要因 は抑制性神経細胞の増加に伴う興奮性神経細胞の減少によるものである.図3.11で述べ たように,ある結合次数以下の場合は全体同期発火が生じなくなる.例えばIr = 0.5 時,興奮性神経細胞の数はIr = 0と比べて半分になる.

図3.14(b)は抑制性神経細胞の割合を変えた時の相関係数のグラフである.相関係数

も,モジュール性が増加する事によって増加する傾向が見られた.一方で相関係数の絶対 値は,抑制性神経細胞の割合が増加するに従い,全体的に低値側へシフトすることが分 かった.これらの結果は,同一の細胞数や結合数などの物理的なリソースで,様々な発火 状態を作り出せることに対応する.

次に,抑制性ニューロンの比率がダイナミクスに及ぼす影響を明らかにすることを目的

として, 抑制性神経細胞の割合のみを変えた時のfunctional complexityの変化を調べた 結果を3.14(c)に示す.functional complexity はランダムネットワークにおいては抑制 性ニューロンの比率を変えても大きな変化は見られなかった.一方で,抑制性ニューロン を導入したネットワークではモジュール性が高くなるにつれてfunctional complexity は

上昇し,Ir = 0.2またはIr = 0.3の時に増加の傾き及び値が最大となった.この結果は

単純なネットワークにおいて複雑なダイナミクスを生じさせるための最適な抑制性ニュー ロンの割合が20%または30%であることを示しており,実際の脳の大脳皮質においても 抑制性ニューロンの割合が約20%程度であることが報告されている [37]Ir = 0.5では 同期発火のような活動自体がほぼ起こらなかったため,functional complexityは大きく 変化しなかった.抑制性ニューロンの割合が大きい場合には,同期発火を生じさせるため にはネットワークの興奮性結合を増やす必要があり,これは生体において余計なリソース を消費してしまうことに繋がると考えられる.

3.14 モジュラーネットワークにおける抑制性神経細胞の割合を変えた時の(a) 期発火回数,(b)相関係数,(c)functional complexityN = 100, M = 4,¯k= 17.5