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第5章 提言

第1節 貧困削減政策について

MF は人々を貧困から解放するものなのだろうか。本論文では、第2章でバングラデシ ュのGBを、第3章ではカンボジアのAMKを例に挙げ、その効果を確認してきた。また、

第3章では借入金の約83%が事業融資として用いられ、まだ第4章ではGBメンバーが乳 牛や米売り、養牛などに多く借入金を投資していることを明らかにした。貧困女性に貸し 出された資金は、主に生産金融として用いられているのである。その効果は限定的で、世 帯を超えて農村工業や産業を興すには未だ至っていない。しかし、MF が世帯の貧困削減 に一定の効果を持っていることは明らかである。

表5-1-1:GBとAMKの違い

GB AMK

形態 銀行 NGO

設立年 1983年 2003年

成り立ち ベンガル人による設立 海外NGOからの独立

法律 グラミンバンク法 国立銀行による承認

目的 貧困削減 貧困削減

借り手 農村の女性メンバー 農村の女性メンバー

借り手の数 約835万人 約36万人

担保 なし なし

事業内容 各種ローン、年金、生命保険等 事業融資、貯蓄口座等

貸付形態 グループ貸付のみ グループ貸付と個人貸付

返済頻度 借入三週目から毎週 毎月、もしくは期間直前まで

返済場所 コミュニティ内 コミュニティ内

事業融資 単一 複数

貧困削減 所得、支出、貯蓄額の向上 資産購入と家族の雇用

エンパワーメント 萌芽の段階 経済的な力

(出所)筆者により作成

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またAMKのメンバーの例からは、貸し付けシステムの違いによって背景の様々なメン バーたちにそれぞれ異なる影響を与えることができることも明らかにした。表5-1-1 は、GB と AMKの特徴を示したものである。基本的な貸し付けシステムに関しては、双 方ともに類似している。既に述べたように、AMK を事例として選んだ理由はその融資形 態にあった。卖一の貸し付けシステムを提供するGBと違い、AMKはグループ貸付を4 種類展開している。今回の調査ではそのうちの3つを調査対象内に含めることができた。

これら貸し付けにおける大きな違いは、返済頻度にあるといえるだろう。季節労働者を対 象とする EOT では期限の終わりを返済終了日と定めることで、安定した所得のない世帯 でも借入金を有効に活用できるよう配慮されている。もしこれら世帯に、各週返済が義務 付けられるならば、世帯は返済分を最初から確保するために一定の額を手元に残して事業 投資を行うか、事前に返済に足る分だけの蓄えを持った上で借り入れを行わなくてはなら ない。保有する資産が尐ないであろう季節労働者世帯にとっては、各週返済がもたらすプ レッシャーと安心感以上に、まとまった額を自分の都合の良いタイミングで投資したり返 済できることが重要であると考えることができるだろう。そしてそれは、インタビュー結 果にも表れているように、不安定だった生活を食事や資産購入という点で改善させている のである。

ユヌスはMFを、小規模事業によって貧困削減と女性のエンパワーメントを成し遂げる 手段であると述べる。一方ベイトマンやディヒターは、MFは貧困者により多くの負担を 背負わせる悪手だとする。双方の主張は相反しており、MFの評価に混乱を与える。この 原因は、MFビジネスにおけるスタンスの違いにある。

ユヌスにとって、MF とは貧困削減のための手段である。小規模事業のための融資事業 を行いながら、性格は援助に近い。この点において、GB が社会的目標を前提に据えた企 業であるソーシャル・ビジネスであることはすでに広く知られている。ユヌスは、貧困層 の人々が包括的に生活を改善させていくために、教育や小企業、住宅など様々なローンを 展開してきた。それによって利益を得たとしても、それはさらに多くの貧困層に届けるた めに再投資される。つまり、農村の人々と市場をつなげる、いわば市場化による貧困削減 の形であった。しかしベイトマンやディヒターの述べるMFは、もはや商業化され、貧困 層を相手に利益を上げようとする営利企業である。そこでは、貧困削減という社会的意義 は薄められ、貧困層は顧客として位置づけられる。株式公開や債券の売買といった先進国 の手法が持ち込まれ、巨大で強固な海外資本が弱い発展途上国の人々を食い物にしている ように見える。ユヌスとベイトマンやディヒターとの間に横たわる違いは、ここにある。

それでも尚、双方とも現実を説明できているとは言い難い。MF が貧困を削減するので あれば、なぜアンドラプラデシュ州のようなことがおきるのか。MFが負債を増やすだけ だとしたら、なぜここまで大きく広まったのか。両者の説明には含まれない、他の要素が 存在するのではないだろうか。リード(2011)からは、次の二つを読み取ることができる。

一つが、非金融サービスの提供である。GB では、融資提供一週間前に名前の書き方や 返済方法、保健衛生に関する訓練が行われる。この訓練によって借り手の女性たちは生活 改善のために必要な知識の取得が可能になり、事業で得た利潤をいかに活用するか学ぶこ とができる。貧困とは様々な経済的社会的要素が複雑に絡みあった状況であるため、所得 の向上だけで解決できるものではなく、包括的な取り組みが必要である。そのため、生活

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支援とも呼べるようなアプローチを追加的に行うMFIsは尐なくない。既に紹介したGB 以外にも、例えばバングラデシュ最大のNGOであるBRACでは、貸付業務に加えて教育 や保健サービスを展開している128。また、MFIs自身が非金融サービスを提供しなくても、

MFIs の活動する地域に他の組織が参入することで、その地域の開発状況の改善に相乗効 果が見られる可能性がある。いわばMFIsは、呼び水としての役割を果たすのである。こ うして生活環境を徐々に改善していく手立てを他方面から提供することで、貧困状態から の脱却が可能になる。

この背後には、これまで不可視だった貧困層を明確にしたことも挙げられるだろう。多 くの発展途上国で農村部の貧困は容易に把握できるものではなく、これは途上国政府にも 外部の援助機関にも同様であった。存在が確認できなければ開発政策の対象にすることも できず、また状態が明確でなければ適切な対策を打つこともできない。公共サービスが十 分に届いているか、ニーズを確実に満たしているか、状況は改善されているか、見定める ためには多くのリソースを必要とした。しかし、MFIs が積極的に農村の貧困層を相手に 活動を深めていったことで、こうした人々が注目を浴び、開発援助の対象として認識され るようになった。しばしば言われるように、貧困層には借入金を返済する能力があること が確認されただけでなく、そもそもそこに貧困層が存在することが明確になったのである。

これを、二つめのポイントとして挙げることができるだろう。すなわち、多くのMFIsで 採られるグループ貸付が可視化された人々を結びつけ、コミュニティとしての人間関係を 作り出すことで、農村開発の土台となったのである。MFIs は金融サービスを提供するだ けでなく、開発政策が狙い通り機能するための地ならしを行っていると言えるだろう。こ れが、MFのもう一つの姿である。

MF を利用する人々の間に起きているのは、融資による所得向上だけではない。ベイト マンやディヒターにもこの視点は抜け落ちている。今やMFは、開発手段の一つとして他 の開発援助団体と連携をとりながら発展途上国に浸透してきた。そこには、MF礼賛にも 批判にも見過ごされてきた別の要素があり、これが拡大の土台を支えているのである。

現状において、「ビジネス」という名前を借りた MF が、形態としてはあくまで援助的 であることは、広く認識されていない。その違いを曖昧なままにして、名実ともに「ビジ ネス」としてのMFが台頭し、趨勢を作り出しつつある。前述の二つのポイントによって 支えられてきたMF事業には、手に余る事態であることは想像に難くない。故に、過剰貸 し付けや強制的な取り立てなどの問題が生じるのではないだろうか。

しかし、ベイトマンやディヒターの批判は今日のMFの一面を表してはいるものの、そ れが全てであるということはできない。ユヌスの理念は「市場を用いた」貧困削減および 農村女性のエンパワーメントである。あくまで、「市場」は手段でしかない。もちろん、こ の市場を志向するアプローチがネオリベラリズムと親和性があったことは否定できないが、

ユヌスは人々をいかに支援するかを優先においている。卖に政府の介入を否定し民間主導 を促進したのではなく、「政府の役目の肩代わり」であると考えるべきである。それではな ぜ、ユヌスは市場を利用しようとしたのだろうか。その理由として考えられるのが、バン グラデシュの政治体制である。

バングラデシュは、政府の開発運営能力が高いとは言い難い。年に数回起きる大規模な

128 現在BRACでは、MF以外に教育、コミュニティ開発、災害対策、公衆衛生、政策提言、法的サポート、健康など

のサービスを借り手に提供している。(BRACホームページより)