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マイクロスケール実験について

本章の目的と構成

本章は,次の項目より構成される。

1 マイクロスケール実験の歴史的背景と発展の経緯

2 マイクロスケール実験の教材実験への応用と実験器具の紹介

3 海外及び日本におけるマイクロスケール実験に関する研究の現状と 学校現場での活用例

4 本研究におけるマイクロスケール実験の位置づけ 本章のまとめ

引用文献

本章の概要を以下に述べる。

序章において述べたように,科学リテラシーの獲得,児童・生徒の主体的な 学びの重要性が指摘されており,学校教育における「理科教育」の在り方が問 われている。理科教育の基礎となる観察・実験の重要性についても指摘されて いるが,一方で実施に向けて様々な課題があり,日常的な取り組みとしてはま だ十分に定着していない。そこで理科教育,とりわけ実験を含む授業の実践的 な改革を推進するには,教員にとっては取り組みやすく,また児童・生徒にと っては実感を伴った理解につながる実験が望ましいと考え,その実験方法とし て,本研究ではマイクロスケール実験の積極的な活用を提案している。

本章では,マイクロスケール実験の発想や活用に関する歴史的な背景を示す と共に,日本の理科教育におけるマイクロスケール実験の取り組みについても 触れ,本研究におけるマイクロスケール実験の導入の意義を明らかにする。

1 マイクロスケール実験の歴史的背景と発展の経緯

マイクロスケール実験が現在のように注目される過程で推進力となったのは,

グリーンケミストリー(Green Chemistry)という考え方である。1994 年にアメ リカ環境保護庁により提案された「グリーンケミストリー」は,「物質を設計・

合成し応用するときに有害物質をなるべく使わない,出さない化学 」と言われ,

“環境問題に配慮した化学合成”,“汚染防止につながる新しい合成法”,“環境

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問題に配慮した化学”と評されている。さらに社会の持続的発展が可能な化学 として「サステイナブルケミストリー」(Sustainable Chemistry)の考え方と 融合し,GSC「グリーンサステイナブルケミストリー」(Green-Sustainable Chemistry)として注目されている1-3)

この GSC の理念を,理科教育に反映させた実験方法の一つがマイクロスケー ル実験である。マイクロスケール実験は,一般には実験のスケールを従来より もできる限り小さくした実験方法とみなされ,そのため試薬や廃棄物,それに 係る経費の削減をはじめとした実験環境の改善が実現できる画期的な実験方法 として普及してきた。

ここでは小学校,中学校,高等学校の学校現場において,教材実験の実施方 法として授業に導入した場合の教育効果について注目し,その特徴を述べる。

一般に,マイクロスケール実験の特徴として,

[1]実験器具のスケールを通常よりも小さくする

[2]試薬と経費の削減と廃棄物の少量化

[3]試薬の少量化に伴い,事故防止に役立つ

[4]実験操作の簡略化による実験時間の短縮

[5]1~2人の個別実験が可能で,グループ実験とは異なる学習効果がある

[6]通常の教室でも実施が可能

[7]理科を専門としない教員も指導と準備が容易である

等があげられる4-6)。この中でも,注目すべきは[4]~[6]に記す特徴である。

すなわち,教材実験に適用した場合,マイクロスケール実験は,グループでは ない小人数による「個別実験」と「実験時間の短縮」等が可能であり,あらた な授業展開と学習効果を期待することができる。

中学校理科学習指導要領解説理科編7)及び高等学校学習指導要領解説理科編 理数編8)には,平成 20 年及び平成 30 年改訂版において、序章 1-4 で述べたよ うに,廃棄物の処理に関する記述として「マイクロスケール実験など,使用す る薬品の量をできる限り少なくした実験の機会を適宜設けることも考えられる」

とあり,マイクロスケール実験が推奨されているが,これは上記の[1]~[3]

の特徴を生かしていると考えられる。

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以上のように,マイクロスケール実験は,環境問題を意識した取り組みとし てスタートしたが,さらに小学校,中学校,高等学校における理科実験にも適 用され,その効果について検討されてきたと言える。

次に,マイクロスケール実験の歴史的な発展の経緯について触れる。

マイクロスケール実験の第一の特徴は,「実験器具のスケールを通常よりも小 さくする」ことであるが,単に「実験のスケールを小さくする試み」は,すで に 1950 年代に先行研究として報告されている。1955 年には,アメリカにおいて

「セミマイクロ実験」(Semimicro Chemistry)として高等学校のテキストが出 版されている9,10)

一方,1950 年代末以降,社会では化学物質の環境への影響が叫ばれ,物質の 製造・使用・廃棄に関する規制が必要であるという認識が広がりをみせた。そ れ以降,1961 年には,いわゆる「サリドマイドの悲劇」がおこり,化学物質の 人体に与える影響についての関心が急速に高まった。また 1962 年には,レイチ ェル・カーソンが著書「沈黙の春」11)の中で,DDT などの殺虫剤が食物連鎖を通 じて,環境や人体に及ぼす影響を警告したことなども例としてあげられる。

さらに 1970 年代~80 年代にかけて,化学企業による廃棄物投棄を原因とした 土壌や河川の汚染が問題となった。このような環境に対する意識の高まりの中 で,1990 年には,“汚染未然防止法(PPA:Pollution Prevention Act)”の法律 が米国の連邦議会で成立したが,その趣旨は「いろいろな方法論と技術を使え ば汚染は未然に防ぐことができ,もはやそれ以上の処置も規制もいらない」と いう内容に要約される。以上のような歴史的な流れが後のグリーンケミストリ ーの考え方へとつながる動きになったと言える。

以上の経緯を背景として,1980 年代にアメリカの大学において,環境に対す る問題意識が急速に芽生え,大学の研究室の環境改善に始まり,さらに実験の 在り方にまで関心が及んだ。すでに述べたように,1950 年代に提唱された「セ ミマイクロ実験」(Semimicro Chemistry)は,1980 年代になって再度見直され,

大学を中心に組織的に実験のダウンサイジングが試行されることになる。その 一環として特に有機化学分野において実験スケールを小さくする研究が積極的

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に行われた。この当時,アメリカでは,Microscale Chemistry より Small-Scale Chemistry という用語が一般に用いられていた。さらに 1993 年には米環境保護 庁(EPA),アメリカ科学財団(NSF)等の支援により,マサチューセッツ州の Merrimack College に National Microscale Chemistry Center(NMCC あるいは NMC2)が設置され,小学校から中学校,高校の教材実験,さらに大学の教養実験 に至るまで,多くの実験方法が開発された。NMCC は初等・中等教育レベルのワ ークショップも積極的に行い,マイクロスケール実験が国内外に普及するのに 大きな役割を果たした。ワークショップには荻野ら日本からの参加者もあった が,その後の国内におけるマイクロスケール化学実験の導入については,「マイ クロスケール化学実験」(日本化学会)6,12)に述べられている。

以上のような経緯からマイクロスケール実験は,小学校・中学校・高等学校・

大学を問わず,世界中で理科実験-化学実験における幅広いレベルで広がりを みせた。アジア,ヨーロッパの各国でも,マイクロスケール実験への関心は高 く,教科書への導入や実験キットの開発・普及が盛んに行われている。

次に,日本でのマイクロスケール実験の普及 状況について述べる。1955 年以降に,アメリカ で出版された「セミマイクロ実験」の高等学校

テキスト9,10)をいち早く日本に紹介した新海勝

良(元 山梨学芸大学〈現 山梨大学〉)は自作 改良した実験器具を「中学・高校の化学実験の セミマイクロ化」と題して,自身の論文と実験 器具を 1960 年の「科学の実験」に詳しく連載

13,14),実験テキストの発刊も行った15)。また高橋金三郎(元宮城教育大学)

は,「セミマイクロ実験」の教育的意義を認め,磁性さじを反応容器として使い,

数滴のごく少量の試薬による化学反応を提唱していた16)。図 1-1 は当時出版さ れた実験テキスト及び論文の 1 ページ目を示す。

当時,分析化学の分野では,Semimicro Chemistry は「半微量化学実験」とも 呼ばれていた。当時のアメリカ化学会分析部会では,分析のために採取する試 料の多少により,macro 法>100 mg,semi-micro 法 10~100 mg,micro 法 0.1

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図 1-1 セミマイクロ化学実験の テキストと論文13-15)

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~10 mg,ultra-micro 法 <0.1 mg のように分類していた15)。すなわち,使 う実験器具のサイズではなく,必要な試薬の量により分類していたと言える。

一方,新海は,学校現場での化学実験の特性を優先して,「従来の化学実験に比 べて試薬の量が微量ですみ,器具の大きさもずっと小型化したものを使う実験」

をセミマイクロ実験としている15)。さらに,セミマイクロ化の必要性と教育効 果について,経費の節約,安全性だけでなく,「時間の短縮」「理解程度の向上」

「科学的態度の育成」「生徒の個性の伸長」「教師の労働量の減少」の観点でも 強調している。現在では,プラスチック材料による実験器具の入手が容易であ るが,当時はほとんどガラス製,磁器製の器具が使われたため小型化するには 限界があったにもかかわらず,多くの工夫がみられた。しかし実験のセミマイ クロ化は,その後の学校現場にはあまり普及しなかった。

1980 年代になって,アメリカにおける NMCC 主催のマイクロスケール実験講習 会の様子が日本でも紹介されるようになり,荻野らが行った先導的な教材開発 や実践例は“マイクロスケール実験の広場”6)(日本化学会:「化学と教育」)に 数多く報告されている。

2 マイクロスケール実験の教材実験への応用と実験器具の紹介

マイクロスケール実験の特徴については,すでに前節 1 の発展の経緯の中で 述べてきたが,実際のマイクロスケール実験では,安価で破損も少ないプラス チック製の器具を多く用いる。特徴の[3]であげたように,実験器具の小型化,

試薬の少量化に伴って,事故防止の効果も非常 に大きい。そのため,器具の準備や管理,また 危機管理についても教員の負担は軽減されると 考えられる。マイクロスケール実験で用いる代 表的な実験器具の例を図 1-2 に示す。

化学分野の実験では,試薬の調合や管理が,

教員にとっては大きな負担となる場合もある。しかし,マイクロスケール実験 では,使用する薬品の量が極めて少なく,数滴の試薬で反応が完結することも ある。したがって,変性しやすい試薬を除けば,試薬を調合する頻度は激減し,

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図 1-2 24 及び 6 セルプレート,ポ リスポイト,投薬ビン,点眼ビン