2. 各プロジェクトにおけるビジョンとミッションの詳細
2.4. 電磁環境技術
2.4.1 分野の内容説明・意義
現代の生活は、もはやスマートフォンに代表される携帯無線端末なしでは成立しないと言っても過言で はない。さらにIoTやスマートハウス、コネクテッドカーや自動運転など、無線通信機能を備えた高機能な 電子機器としての家電製品や自動車が日常生活を支える時代が目前に迫っている。そのような時代にお いては、生活の隅々にまで入り込んだ通信機器や電子機器の発する電磁波によって、どのような電磁的 環境が作られるかを正確に把握し、その環境において各機器に起こりうる電磁的な障害や、人体への健 康影響を評価し、影響を回避する方策を検討することが非常に重要となる。
例えば、高機能な省エネ家電製品に実装されたマイクロプロセッサや高効率スイッチング電源からは、
場合によってGHz帯までの広い周波数にわたって不要電磁波が生ずるが、これらがIoTの基盤である無 線ネットワークへ混信することによるネットワークの性能劣化を防止しなければならない。また、少子高齢 化に伴って将来需要増が見込まれる在宅医療や福祉の現場では、見守りサービスのための生体情報伝 送用無線への不要電磁波の混信や、無線機器の近傍におかれた医療機器等の電波による誤動作の防 止、さらに人体近傍で使われる無線機器による電磁環境の把握や人体への健康影響の防止が重要にな る。
電磁環境技術は、上記のように生活を支える様々な無線機器や電子機器から生ずる電磁波に対する 電磁的両立性(EMC)の確保、すなわち機器やシステムの信頼性を維持し、人体への安全性を確保する ために必要な技術である。電磁環境技術には幅広い学術的・技術的分野が含まれるが、最も基本となる のは、無線機器や電子機器によって生ずる電磁波や電磁環境を正確に計測する技術と、電磁波による 機器・システムや人体への影響を評価する技術である。またこれらの技術は、NICTが情報の電磁的流通 に関する研究開発を行い、その成果を社会実装する際にも必須な基盤技術と言える。上記の背景から 電磁波研究所では、電磁波の計測技術と電磁波による影響評価技術を中心とした電磁環境技術の研究 開発を行なう。
2.4.2 活動の現況・課題
電磁的両立性を確保するために必要な基本的技術には、1)電磁環境そのものを正確に把握する技 術、すなわち無線機器や電子機器から生ずる電磁波を正確に計測する技術と、2)電磁環境によって電 子機器・システムや人体に、どのような影響を及ぼすかを評価・検証する技術の2つの側面がある。NICT における電磁環境技術の研究開発は、これら2つの側面と電磁的両立性の対象によって、次の2つの研 究開発課題を設定している。①先端 EMC 計測技術は、無線機器・電子機器間の EMCを確保し、電磁 干渉の無い電磁環境の構築を目指す計測技術である。図 2.4.1に示すように通信システム EMC 技術、
無線機器の試験技術、精密測定・較正技術の各プロジェクトから構成される。また、②生体 EMC 技術は、
電波機器の利用に対して人体の安全性を確保するための技術であり、電磁波ばく露評価技術と適合性 評価技術の2つの要素技術を含む。それぞれについて技術動向と検討が必要な課題を以下に述べる。
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(1) 先端 EMC 計測技術(通信システム EMC 分野)
通信システム EMC 分野では家電製品の省エネルギー化に注目する必要がある。パワー半導体デバ イスの進歩により高速のスイッチングが可能となり、電源回路の高効率化が進む一方で、スイッチング周 波数の高調波が広い周波数範囲に拡散し、無線通信や放送への電磁干渉を生じている。特にスイッチ ング電源を内蔵したLED照明からの不要電磁波放射については、長い製品寿命のために一度実装され ると交換までに長期間を要することや、多数の照明の同時点灯による不要電磁波の集積効果も問題とな
る。現在 IEC(国際電気標準会議)/CISPR(国際無線障害特別委員会)では、直流電源系に接続される半
導体スイッチング電源からの妨害波の測定法や許容値について議論されており、LED 照明に対しては 放射妨害波の規制周波数の上限を300MHzから1GHzに引き上げる提案がされている。
次に考慮すべき点は、少子高齢化による在宅福祉サービスや医療サービスの家庭への浸透である。
生体情報等を伝送する無線センサーネットワークや医療用機器を家庭内に設置する場合、その電磁環 境が適切でなければ、省エネ家電から医療用無線への電磁干渉や、無線端末からの電波による医療機 器の誤動作などによって、在宅医療・福祉サービスの機能が低下・停止する可能性もある。医療現場に おける電磁干渉問題について EMCC(電波環境協議会)による実態調査が行われ、「医療機関において 安心・安全に電波を利用するための手引き」を2016年4月に策定している。さらにLED照明等による医 療用テレメータへの干渉については、重要項目として調査検討が継続されている。従って LED等から生 ずるスイッチング雑音のモデル化や無線通信、特に医療用無線への影響の定量的評価法などが重要課 題である。
(2) 先端 EMC 計測技術(無線機器の試験技術分野)
無線通信の混信防止のためには、無線通信機器から放射される電波のスペクトルや電力を目的に合 わせて維持するとともに、不要電波の放射を一定レベル以下に保つ必要がある。これらの「電波の質」を
電磁環境の 確実な維持
・ 電磁波利用の 周波数拡大促進
電磁波利用の 周波数拡大と 多様化に対する
安心・安全の 確保 適合性評価技術
(5G, 準ミリ帯通信端末WPT等に対する 評価技術)
電磁波ばく露評価技術
(THzまでの電磁波に対する マルチスケール評価)
精密測定・較正技術⇒較正業務
(300GHzまでの精密計測)
無線機器の試験技術 (広帯域電磁界測定)
通信システムEMC技術 (電磁干渉評価技術)
コミュニティのスマート 干渉評価技術 パルス電磁界 波形・スペクト
ラム計測技術
300GHzまでの 較正技術
THz帯までの ばく露 評価技術
5Gシステム等 の安全性評価技術
①先端EMC計測技術
②生体EMC技術
・半導体スイッ チングによる 電磁干渉
・IoT・センサー ネットの干渉
ミリ波WLAN端 末や5G携帯端 末の適合性評
価法 喫緊の課題
図2.4.1 NICTにおける電磁環境技術の研究開発課題と目的
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検証する手段が無線機器の試験技術である。
船舶航行用など高い信頼度が要求される無線機器に対しては、その性能・機能について国が型式検 定試験を実施して確認する。NICT では、前身である電波研究所の時代から型式検定試験や関連する 技術開発を実施してきた。2016 年度からは総務省との契約により試験実務は民間企業が実施している。
しかし、新たな試験技術の開発には高い技術力を必要とするものも多く、その研究開発は NICT が実施 し、成果を試験手順や関連する技術基準に反映していく必要がある。
例として、船舶用レーダーの不要波(スプリアス)試験法が挙げられる。この試験法は ITU-R で定めら れている。レーダーアンテナの遠方界を測定するために送受信点間距離が 400m 程度必要となり、不要 外来電波が極力少ない試験場を確保し、試験場の不要外来電波やマルチパス特性を把握する必要が ある。さらにそれらの試験結果の不確かさへの影響の評価や、不確かさの改善法の検討が必要となる。
現在、不確かさを評価できる程度の精度を維持しているレーダースプリアス測定場は、世界で英国
Qinetiq社(英国国防省関連の試験研究機関が民営化した法人)が所有するのみである。
また、スプリアスの放射方向は周波数に依存し、必ずしもレーダー主要信号のアンテナビーム方向とは 限らない。スプリアスの出現周波数、放射方向(被測定レーダーアンテナの回転に伴って受信点を向くタ イミング)の両方を探索する必要があり、非常に長時間(測定条件によっては 20 時間以上)を要する。こ のため複数周波数の並列処理による測定高速化も重要な開発課題である。さらに将来導入が計画され ている半導体素子を用いたレーダーは、従来のマグネトロンによるパルスレーダーとは信号波形や電力、
スプリアスが大きく異なるため、これらに対応可能な測定法の開発が必要となっている。
(3) 先端 EMC 計測技術(精密測定・較正技術分野)
電磁環境を把握するために最も基本となるのは、無線機器や家電製品などから放射される電波の強 度やスペクトルを正確に測定することである。精密測定・較正技術は、そのための測定法や測定器自体 の正確さを担保する(較正と呼ぶ)手段である。NICT は電波法で定められた較正を業務として行なって おり、我が国の標準としての役目を果たす。また計量法に基づく校正事業者としての認定(JCSS:計量法 校正事業者登録制度)による校正業務も実施している。
この較正技術分野において重要な点は、ミリ波帯無線LANなどにみられる電波利用の周波数拡大で ある。NICTでは第3中長期目標期間において、産業技術総合研究所(産総研)との共同研究により周波
数 170GHz までの電力標準を構築し、国家標準にトレーサブルな電力計の較正業務を世界で初めて開
始している。さらに 2022年に完了予定である300GHzまでのスプリアス測定の義務化に対応するために は、較正範囲を300GHzまで拡張する必要がある。このほか将来の5G(第5世代)携帯電話で利用が見 込まれる周波数帯のワット級大電力計の較正や、放送システム等で一般的な 75Ω 系の電力計の較正に おける、4K・8K放送の実用化に向けた 2GHz 帯への周波数拡張(衛星放送受信設備の中間周波数帯 拡張に対応)なども課題と考えられる。
一方、WPT(ワイヤレス電力伝送)などの電磁波利用の多様化に伴い、kHz帯からMHz帯の比較的低 い周波数領域における不要電磁波測定法の開発・改良が重要となっており、測定場の評価法やアンテ ナ較正法の検討も必要とされている。IEC/CISPRでは、これまで確立されていなかった30MHz以下の周 波数における不要電波の測定場評価法やアンテナ較正法について標準化が進められている。