3.5 現在の ATM の問題点
4.1.1 フロントエンド (ATM) で解決すべき要請と解決策
フロントエンドエレクトロニクスであるATMが解決すべき要請と問題は以下のようになる。
1. 電荷測定のダイナミックレンジの拡大 2. 時間測定のダイナミックレンジの拡大 3. AD変換の高速化
4. インピーダンスの不整合による反射の低減 5. 低ノイズ化
6. 低消費電力化
7. ATMがイベント番号の全てのビットを持つ
8. キャリブレーション作業の簡素化
インピーダンス整合の問題や低ノイズといった問題はもちろん重要なのであるが、時間測定のダ イナミックレンジの拡大や AD変換の高速化といった要請を満たすためには、AD変換の方法を 根本的に見直す必要がある。したがって、まずは AD 変換の方法について中心に述べていくこと にする。
■AD変換の方法 現在の ATMではQAC とTACにより電荷と時間の情報をともに電荷へと変 換し、それをボードにつき一つの ADCで AD変換するという流れである。現在のATM の問題 のところでも述べたように、ボードにつきADCが一つというのはいくつかの問題を引き起こして おり、さらなる高速化のためにもこのシステムは限界があると考えられる。かといって、各チャン ネルにそれぞれ高速な ADCを持たせるというのはコストがかかり過ぎる。電荷測定ダイナミッ クレンジの拡大のためには高ビットのADCを使わなければならないから尚更のことである。した がって、ADC以外の AD変換の方法を探す必要がある。
ADCを用いないAD 変換の方法としては、電荷情報を時間へと変換するデバイスであるQTC (Charge to Time Convertor) を用いる方法がある。QTC とは信号の電荷量を出力信号幅へと変 換するデバイスで、その幅をTDC*7などで読むことで電荷量をAD 変換することができるもので ある。
QTC を用いるとすれば、あとは高分解能なTDC が必要である。さらに、データを取得する時 間幅の拡大も要請されている。とくに、トリガーのかかる以前のヒットも取得できるようにするた めには入力されたヒットの情報を常にAD変換して、それをバッファに貯めておき、さらに、次の ヒットを受け付けられるような仕組みが必要である。
そのどちらの要請も満たすようなTDC がLHC の ATLAS 実験のミューオンドリフトチュー ブMDT (Monitored Drift Tubes)のために開発されていることが分かった。そのTDCはAMT (ATLAS Muon TDC)と呼ばれるマルチヒットTDCで、ちょうど数 10µsec の間の情報を内部 バッファにより保持することができ、しかも、同じチャンネルでもデッドタイム無く、次々と連続 する信号を AD変換することが可能というものである。この TDC と QTC を組み合わせること により、上記のような仕組みが実現できるのではないかと考えられた。時間測定精度も60 MHz のクロックで使用することで 0.15 nsec (RMS) となり、十分我々の要請を満たすものであった。
さらに、チップ1枚で 24 チャンネルの入力を持ち、低コストかつ低消費電力であるという特長も 持つ。
一方、QTC としては、以前に MQT (multi-ranging conversion of charge to time) という
LeCroy社により開発されたものが存在し、Belle 実験やスーパーカミオカンデの外水槽のエレク
トロニクスでも使用されていたのだが、LeCroy社が製造を中止したため、現在は手に入れること はできなくなってしまっているという状況であった。
そこで、今回我々は新たにASIC*8としてQTC を開発することにした。我々の開発する QTC の特徴は、ディスクリミネータを内蔵して、自らヒットを検出し、さらに積分ゲートを作って信号 を積分するということにある。したがって、QTC と AMT の組合せにより、一つの信号で時間 情報と電荷量を同時にAD変換をすることができるようになると考えられる(図4.1参照)。また、
信号のアナログ処理は全てこのチップ上で行われるから、低ノイズ化やインピーダンス整合などの 要請はまずQTC で実現されるべきものである。さらに、QTC で高速な処理を実現することによ りAD変換の高速化が図られる。
一方、電荷測定のダイナミックレンジの拡大に関しては、一つのチャンネルにつき三つのゲイン のサブチャンネルを用意することで実現することとした。
*7Time to Digital Convertorの略。
*8Application Specific Integrated Circuitの略。特定の用途のために設計されたICのこと。
current scheme
new scheme
TAC
ADC
discri. self gate
QAC
T T Q
Q Q
QTC Q
discri.
self gate
Q digitize
current splitter
TDC
charge &
discharge
T digitize T
Q
Q T
図4.1 現在のAD変換と新しいAD変換の流れ。これまでのAD変換とは逆に時間、電荷 情報ともに時間に変換して、TDC でAD変換を行うことになる。
図4.2 QTCプロトタイプ パッケージ写真