本章では、旋律を定量的に評価するための旋律グラフの回視化、及び時系列フ ラクタル解析の方法について述べる。なお、旋律グラフの粗視化とフラクタル解 析に関しては、BASICによりコーディングを行い、それぞれの数値を算出した。注33 ここで、第1章と重複することになるが、音符の定量化の方法についてもう一
度整理する。
音長:拍子の単位となる音符の種類を 1 とする。
音高:1型
(後続音のノートナンバー)一(先行音(対象音)のノートナンバー)
H型
(対象音のノートナンバー)一(終止音のノートナンバー)
対象音の値X:音高×音長
これらの値を用い、解析を行った。
3.1旋律グラフの粗視化
まず、旋律がフラクタル性を持つものであるかどうかを、自己相似性の概念を 用いて解析する。具体的には、旋律を2次元空間を埋める曲線と捉え、前項で整 理した情報からグラフを作成する。楽譜とは、横軸に音長と時間進行、縦軸に音 高を表したグラフと見ることができるため、これをそのままグラフに置き換える 考えは自然である。しかし、本小論では音長と音高の積を解析の対象としている ので、横軸たは音符の順番f、縦軸には音高と音長の積Xを取ったグラフを作成す る必要がある。以下、このグラフを「旋律グラフ」と呼ぶことにする。
以降、簡単な例を示し、それを用いながら説明を進める。
注33 蜩㊧齦F他:1985=『BASICによる情報処理 一プログラミング入門から実用まで一』,朝倉 書店,PP.19−67
譜第3.1 ハノンピアノ教本より 40番 C,L.Hanon
1 10 20 30
・8 一一・・幽…一……一…一 繹鼈齦C幽…一一一一一一一一ど・レレ
譜例3.1は、『ハノンピアノ教本』内の40番、「半音階」1〜9小節目の右手部分
である。
まず、この楽譜から与えられる一高と音長の積の時系列データをX(f)(f=1、2,…
N)とする。この譜例の:場合、N=97となり、97個のデータを持った系列が与えられ る。これは、3/4拍子であるので、単位となる4分音符を1とすると、終止音のC、
以外の音長はO.25となる。また心高は常に半音階で変化しているので、1ずつ変 化している。これを1・H型双方の山高を用いてグラフ化したものが、図3.1であ
る(p.33参照)。前半4小節は上行音読であることに対応し、1型では
X(f)=O.25×1=0.25 (f=1〜48)
という値を取り続け、グラフは横軸に沿った直線を示す。後半は反対に
X(f)= (一〇.25)×1=一〇.25 (f=49〜96)
となる。
H型は、音差が終止音からの相対的な高さであるので、例えばf=1〜3におけ
るX(f)はそれぞれ、
X(1)=0.25× (C3−C,)=0.25× (48−48)=O X(2)=O.25× (D、一C3)=0.25× (50−48)=2 X(3)=0.25×《E、一C,)=0.25× (52−48)=4
となり、前半4小節間は増加、後半4小節間は減少を示すグラフになる。
次に、このグラフを時間粗視化したグラフを作成し、元のグラフと比較する。
前章で、海岸線をある長さの線分で近似することを「粗視化」と述べたが、この
グラフでは、粗面化の対象は線分ではなく、順序時間ということになる。具体的 には、Xの値を時間的に間引いた時系列データによってグラフが構成される。こ のグラフに用いるデータセットは、次式により与えられる。
{X配}㈹;X伽)捌,X(解・2た),…嗣¥]・ゆ (3、)
(駕二1,2,… ,k)
ここで、たは難視化時間単位、吻は粗視化を始めたデータの番号、 []はガウス記 号を表す。ガウス記号とは、□内の数値が小数を持った場合、その整数部分だ けを取り出すものである。例えば、[4.52]=4となる。kで粗視化するということ は、もとのデータを綱飛ばしに取っていく、ということである。ハノン40番の場 合、作2とするならば、
{X1}(2);X(1), X(3), X(5),…ノX(95), X(97)
{X2}(2);X(2). X(4), X(6)ノ…ノX(96)
というように2個の時系列セット{凡}(2)伽判,2)ができる。これは、次のような意 味である。
譜例3.2
1 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
倉 1} 倉 1} 1} 曾
㌍2の場合、譜例3.2の音符上に示した黒矢印と、下に示した白矢印が指すそれ ぞれの音符の値を並べたデータセットが2通りできるのである。これは、予め用 意された97個のXから取り出したものであり、この音符から新たに求める値では ないことを述べておく。
こうして得られたグラフに評価されている時系列データセットは、元のグラフ と目盛を同じにした場合、1/kのデータ数を持っている。つまり、た=1ならばも との旋律グラフと同じであり、た=2ならば1/2、k=3では1/3となる。このグラ フの示す挙動が元の旋律グラフと似通った挙動を示す時、解析対象の時系列は、
自己相似性を持っているということができる(P.34、図3.2参照)。
実作品の解析では、まずた=1〜4について旋律グラフの粗二化比較を行い、そ れ以降については、詳しい検証が必要と思われる際の手段としてこの方法を用い
る。
ハノン1型
0.5
0.25 突
)
1哩
肩皿 0 蕗
羽皿一〇.25
一〇.5
0 20 40 60
順序時間(t)
80 100
ハノンli型
突
)
{嘔 羽ロ ポ
略
判皿
12 10
8
6
4 2
0
0 20 40 60
順序時間(t)
80 100
図3.1ハノン40番 旋律グラフ
0.5
0.25
0
◎ や
■
ら
一〇.25 ア
■
阜 脅 や 一〇.5 一
■
φ 1。 20 30 40 50 60 70 亀 90 100
●
ρ
1↓
■ り
◎ や
■
◎
● 吻
◎ 令
0.25
@ 二
O.5イ・……一・一…….・....一・…・・・…一……….・....・一・・
@ =
@ イ・ ・.一・『・…
0一
黷p・25
一〇.5
0 10 20 30 40
■
◎
50
命
◎ 脅
◎
o●
脅
◎
■ 命
◎ 脅
図3.2旋律グラフの粗視化 この場合、k=2で粗視化している。
3.2 時系列フラクタル解析
次に、時系列フラクタル解析の概要を示す。本小論では、樋ロによって示され ている方法を用いる。湘
この方法について、樋口は、
塒系列を、海岸線のように2次元空揚ζ平副を埋めるパターンと捉え、
時系列の示すパターンの複雑さをフラクタル次元で定量化することを試みる 訳である。フラクタル次元計算には、海岸線の長さγの線分の曲玉で近似し て、全周を覆うのに必要な長さNωを計算する方法を採用する。ゴ注35
と述べている。つまり、前章で紹介した海岸線のフラクタル次元を求める方法の 応用で、旋律のフラクタル次元を求めることができるのである。また1章でも述 べたが、旋律は一連の楽音の横の繋がりと例えることができるので、時系列デー
タとして解析することは妥当であると考える。
では、時系列フラクタル解析の一連の流れを述べる。海岸線の場合の線分の定 義をそのまま用いると、隣り合う時刻のデータ(Xl.、, X)間の線分の長さは、
砿(ム舌)=(X・・一X・)2+(ムf)2 (3.2)
で表される。このとき、線分の長さと曲線の形状は、△まの値の取り方に大きく影 響を受けることになる。すなわち、撹を大きく取れば、曲線はいくらでも滑らか
になってしまう。
このように、海岸線のフラクタル次元測定の方法を、そのまま旋律グラフの分 析に用いることはできない。海岸線は、平面の縦横がどちらも長さという尺度を 示しているため、粗視化の尺度も長さを用いればよいが、旋律グラフの場合、縦 軸は面高と音長の積、横軸には順序時間と異なった性質の量が表現されているか
らである。これらの理由により、線分の長さは、痘に影響されないよう、
ムLμf)=1()集ゴX∂1 (3.3)
と定義しなければならない。これにより、時系列データの全長は、
磁樋ロ知之:1989:「時系列のフラクタル解析」 『統計数理』第37巻第2号,pp.209−216
注35 ッ上,p.210
L(ムf)=
エ ロユ
ΣIXI.1−XJ
壼=1
∠1± (3.4)
となる。ムfで割るのは、長さ窟を基準とした値にするためである。
次に、このデータをム猷とし、たで粗壁化した時系列のセットを綱用意する。
これは、旋律グラフの粗粉化比較で用いた(3.1)によって与えられるものであ
る。
次に、構成された綱の瓦㈹の長さL。㈹を、次式により求める。
蝋騨IX(麟X(醐)・た)1)[章】.、γた
(3.5)
ここで、
ムほ [準】・・
の項は、データが有限であるために生じる数値の差を補正するものである。ハノ ン40番を例に考えるとN=97なので、炉2の場合{X2(1)}は49個のデータを持ってい る。しかし、{X、(2)}は48個で前記のデータセットより1個少ない。このことに よって短くなってしまうL、(た)の長さを、上項によって求められる数値を掛けるこ とにより平均化しているのである。この値は、{X2(1)}で1、{X、(2)}では1.12127と なり、短い分を補正していることが分かる。
最後に、たで粗視化したK個の時系列の長さL.(めの平均を、
た ΣL。㈹
〈L(た)〉= 「π=1
た (3.6)
によって求める。〈〉:は、平均を表す記号である。
このようにして得られた数値を、横軸にlogた、縦軸にlog〈L㈹〉を取った両対数 グラフに置いてゆき、これが直線上に並ぶならば、Xのはフラクタルである、と いうことができる。この時のたとくL㈹〉の関係は
〈L(た)>ocた一D (3.7)
となり、このDがフラクタル次元である。この際注意すべきことは、最小2乗法 による相関係数が高精度を持つように直線を当てはめなければならない。ここで
一般に、 (κ〃)二変量間の相関係数は、次式によって与えられる。注36
ア=
属(κ一κ置)(y、う)
£(x一κ 1)2重(γ、一ン)2
多冨1 ε=1 (3.8)
データ全体では、上記の値を満たさないような場合、部分データごとに1本の直 線ではなく、複数の直線を当てはめるようにすべきである。
本小論では、相関係数が可能な限り高精度の範囲で直線を当てはめ、複数の直 線に対して得られるフラクタル次元を「部分的スケールフラクタル次元」とし
た。また、炉1〜20としたが、kの値を大きくしていくとデータの個数が少ないこ とから、〈L㈹〉は微少なXの値に大きく影響を受け、厳密なフラクタル次元Dは求 められない。この様な理由から、なるべくたの値が小さい部分について直線を当て はめるようにした。
以上の手順によって与えられたハノン40番の対数グラフを、次ページの図3.3に 示す。この曲が単調な変動を持ったものであることは、楽譜と旋律グラフ双方か
ら見受けられる。この場合、フラクタル次元Dは、1型・H型の双方においてほ とんど1といっても良い値を示している。つまり、フラクタル次元によって単調 な音楽であることを定量的に表現することができたのである。
以上がフラクタル解析の概要である。次章では実作品の解析を行い、旋律にフ ラクタル性が見受けられるかどうかを検証する。
注36 w数学事典』:1993:朝倉書店,p.248