第 5 章 量子統計 43
5.5 フェルミ分布しているときの物理量
ここではフェルミ分布により、比熱、帯磁率などがどのように変化するかを議論す る。実際の物理量を議論するには、どんな系を念頭に置いているか、明らかにする必 要がある。ここでは金属中の自由電子を念頭に置く。このような系でのフェルミエネ ルギーを計算すると(数理物理及び演習III) 銅などの金属中で数eVとなっていること が分かる。
1eV = 1.16×104K×kB (5.34) なので、フェルミ温度は数万度に達している。つまり、我々が暮らしている世界は十 分低温なのである。
まず、フェルミ分布関数を決めるために、化学ポテンシャルを求めなければならな い。これは
N = 2
∫ ∞
−∞
dϵρ(ϵ)fF(ϵ) (5.35)
から決定される。また内部エネルギーEは E = 2
∫ ∞
−∞
dϵρ(ϵ)fF(ϵ)ϵ (5.36)
2 4 6 8 10 0.2
0.4 0.6 0.8 1
図 5.1: 1/
[ 2 cosh
(β(ϵ−µ) 2
)]2
のプロット。横軸はeVで化学ポテンシャルは5eV,温度 は500Kとしている。
から決定できる。これより比熱が計算できる。
問題は、この積分が3次元系では正確にできないことである。そこで、低温での展 開を試みる。絶対零度では例えば化学ポテンシャルはϵFに等しいので、その補正とし てµ=ϵF+AT +BT2+· · · と簡単に計算できればよいのだが、1/(eC/T + 1)という奇 妙な形で温度依存性が入っているので、そう簡単に展開できない。この低温での展開 を可能にするため、ゾンマーフェルト(Sommerfeld)の公式を導く。
5.5.1 ゾンマーフェルトの公式
ゾンマーフェルトの公式とは、フェルミ分布関数を含む積分が
∫ ∞
−∞
dϵg(ϵ)fF(ϵ;µ, T) =
∫ µ
−∞
dϵg(ϵ) + π2
6 (kBT)2g′(µ) +O(T4) (5.37) となるというものである。この形が使いやすいのであるが、証明は
∫ ∞
−∞
dϵG(ϵ) (
−∂fF
∂ϵ )
=G(µ) + π2
6 (kBT)2G′′(µ) +O(T4) (5.38) の形の方がしやすい。二つはG(x) =∫x
−∞dx′g(x′)とおき、G(−∞)fF(−∞) = G(∞)fF(∞) = 0とすると同等である。実際、自由電子に対してはg には必ず状態密度を含むので、
g(x) =G(x) = 0, x <0である。また、fF(x)はxが大きいと、指数関数的に小さく なるので、gがべき関数の限りは、二つの積が0になるのは保証される。
−∂f∂ϵF の関数形を考えよう。fFはほとんど一定で、µ付近で急激に変化し、またほと んど一定になる。そのため、
−∂fF
∂ϵ = βeβ(ϵ−µ)
(eβ(ϵ−µ)+ 1)2 =β 1 [
2 cosh
(β(ϵ−µ) 2
)]2 (5.39)
は図のようにϵ≈µでのみ0でない値をとり、あとは0という関数となる。
これから分かるように、関数G(ϵ)のうち、積分に寄与するのはϵ≈µの領域のみで ある。あとは結果には関係ないのである。そこでGをµのまわりでテイラー展開する。
すなわち、
∫ ∞
−∞
dϵG(ϵ) (
−∂fF
∂ϵ )
=
∫ ∞
−∞
dϵ (
−∂fF
∂ϵ ) {
G(µ) +G′(µ)(ϵ−µ) + G′′(µ)
2 (ϵ−µ)2+· · · } (5.40) とおく。ここで、積分
∫ ∞
−∞
dϵ (
−∂fF
∂ϵ )
(ϵ−µ)n= (kBT)n
∫ ∞
−∞
dx ex
(ex+ 1)2xn= (kBT)nIn (5.41) を定義する。
I0 =
∫ ∞
−∞
dx ex (ex+ 1)2 =
[ −1 ex+ 1
]∞
−∞
= 1 (5.42)
I1, I3は奇関数なので0。I2 = π32 である。こうして、
∫ ∞
−∞
dϵG(ϵ) (
−∂fF
∂ϵ )
=G(µ) + G′′(µ) 2
π2
3 (kBT)2+O(T4) が導かれた。
(注) 積分I2を計算するのは省略した。これでは気持ち悪いので、おおざっぱな導き方 を示す。まず積分、
J(k) =
∫ ∞
−∞
dx eikx
(ex+ 1)(e−x+ 1) =
∑∞ m=0
(ik)m
m! Im (5.43)
を考える。この積分が求まれば、
Im = 1 im
dmJ(k) dkm
k=0
(5.44) から、自由にImが計算できる。
ではJ(k)はどのようにして求めればいいかというと、留数解析を用いればよい。結 果は
J(k) = πk
sinhπk ≈1− π2k2
6 (5.45)
となるので、I2 =π2/3が得られる。リーマンゼータ関数 ζ(x) =
∑∞ n=1
1
nx (5.46)
は大変興味深い関数であり、どういうわけか、物理にしばしばでてくるが、この値も x= 2,4,· · · の場合は、J(k)から計算できる(Appendix参照)。
5.5.2 化学ポテンシャル
これからゾンマーフェルトの公式を使って、低温における様々な物理量の計算を行 う。はじめに化学ポテンシャルの温度依存性をµ(T)を計算しよう。µ(T)は
N = 2
∫
dϵρ(ϵ) 1 eβ(ϵ−µ)+ 1 から決まる。これをゾンマーフェルトの公式で展開しよう。
N ≈ 2 [∫ µ
0
dϵρ(ϵ) + π2
6 (kBT)2ρ′(µ) ]
≈ 2 [∫ ϵF
0
dϵρ(ϵ) + (µ−ϵF)ρ(ϵF) + π2
6 (kBT)2ρ′(ϵF) ] となる。ここで、N = 2∫ϵF
0 dϵρ(ϵ)を思い出すと、
(µ−ϵF)ρ(ϵF) = −π2
6 ρ′(ϵF)(kBT)2 (5.47) となる。こうして、
µ=ϵF−π2 6
D′
D(kBT)2 (5.48)
をうる。3次元の場合,
D′
D = d logρ(ϵF) dϵF = 1
2ϵF (5.49)
なので、
µ=ϵF [
1− π2 12
(kBT ϵF
)2]
(5.50) となる。
Problem 5.5 (5.49)によると、化学ポテンシャルの温度依存性は状態密度の微分で決 まることになる。2次元では状態密度は一定なので、化学ポテンシャルは温度に依存 しないことになる。これはおかしい。実は化学ポテンシャルを決める表式(5.35)は状 態密度が一定ならゾンマーフェルトの公式を使わなくても積分できてしまうのである。
この積分を実行して、化学ポテンシャルの温度依存性を求めよ。
5.5.3 比熱
内部エネルギーはゾンマーフェルトの公式により、以下のように与えられる。
E = 2
∫
dϵρ(ϵ) 1 eβ(ϵ−µ)+ 1ϵ
≈ 2 [∫ µ
0
dϵρ(ϵ)ϵ+π2
6 (kBT)2(ϵρ(ϵ))′|µ
]
≈ 2 [∫ ϵF
0
dϵρ(ϵ)ϵ+ϵFρ(ϵF)(µ−ϵF) + π2
6 (kBT)2(ρ(ϵF) +ϵFρ′(ϵF)) ]
となる。第1項は
2
∫ ϵF
0
dϵρ(ϵ)ϵ=E(T = 0) (5.51)
となり、絶対零度の内部エネルギーを与える。第2項は(5.47)により、
2ϵFρ(ϵF)(µ−ϵF) = −2ϵFπ2
6 ρ′(ϵF)(kBT)2 となり、第3項の一部と打ち消しあう。こうして、
E(T) =E(T = 0) +π2
3 ρ(ϵF)(kBT)2 (5.52) をうる。比熱は
C = (∂E
∂T )
V
= 2π2
3 kB2ρ(ϵF)T =γT (5.53) とかける。γ = 2π32kB2ρ(ϵF)はガンマ値と呼ばれ、状態密度と比熱を結びつける重要な 量である。
絶対零度の内部エネルギーE(T = 0)を計算しておこう。自由電子模型ではρ(ϵ) = A√
ϵとなることを思い出そう(7章)。このとき、
N = 2
∫ ϵF
0
dϵρ(ϵ) = 2A2 3ϵF3/2 である。よって、
N = 4
3ϵFρ(ϵF) (5.54)
となる。
E(T = 0) = 2
∫ ϵF
0
dϵρ(ϵ)ϵ= 2A
∫ ϵF
0
dϵϵ3/2 = 2A2 5ϵF5/2 である。これより、
E(T = 0) = 3
5N ϵF (5.55)
となる。つまり1粒子あたり3ϵF/5のエネルギーを平均して持っているのである。
比熱がなぜ温度に比例するのかは以下のようにして分かる。フェルミ分布関数がき ちっとできている場合、温度T ではフェルミ面エネルギー近くのϵF±kBT 程度の領域 しか温度の効果を感じない。この領域にある粒子の数はkBT ρ(ϵF)程度であり、それぞ れがkBT くらいのエネルギーを受け取る。よって、
∆E =E(T)−E(0)≈B(kBT)2ρ(ϵF)
となる。Bは1程度の無次元量である。これより、比熱がT に比例することが分かる。
ところで、理想気体の比熱は3N kB/2であった。これとフェルミ分布のときの比熱 を比較してみよう。それには状態密度と粒子数の関係(5.54)を使う。
Cfermi
Cclassical = π2 3
kBT
ϵF (5.56)
より、kB/ϵFの因子だけ、小さいことが分かる。実際の金属中ではkBT /ϵF ≈10−2なの で、この値は十分小さい。金属での比熱は主に格子振動によるもので、自由電子の寄 与は常温では無視できることが分かる。
5.5.4 自由エネルギー
次に自由エネルギーを計算してみよう。F = G−pV であるが、G = N µ, pV = kBT log Ξなので、
F = G−pV
= N µ−kBT log Ξ
= N µ−kBT log∏
ν
(1 + e−β(ϵν−µ))
= N µ−kBT ∑
ν
log(1 + e−β(ϵν−µ))
= N µ−2kBT
∫ ∞
−∞
dϵρ(ϵ) log(1 + e−β(ϵ−µ)) となる。最後の項の2はスピンである。
∫ ∞
−∞
dϵρ(ϵ) log(1 + e−β(ϵ−µ))
=
∫ ∞
−∞
dϵN′(ϵ) log(1 + e−β(ϵ−µ))
=
∫ ∞
−∞
dϵN(ϵ) (
− d dϵ
)
log(1 + e−β(ϵ−µ))
= β
∫ ∞
−∞
dϵfF(ϵ)N(ϵ) となるので3、
F =N µ−2
∫ ∞
−∞
dϵfF(ϵ)N(ϵ) (5.57)
をうる。第二項にゾンマーフェルトの公式を適用すると、
2
∫ ∞
−∞
dϵfF(ϵ)N(ϵ)
≈ 2
∫ µ
−∞
dϵN(ϵ) + π2
3 (kBT)2N′(µ)
≈ 2
∫ ϵF
0
dϵN(ϵ) + 2
∫ µ
ϵF
dϵN(ϵ) + π2
3 (kBT)2N′(µ) をうる。
ここで自由電子の場合、N(ϵ) = Bϵ3/2となることを使おう。2N(ϵF) = N をつかう と第1項の積分は
2
∫ ϵF
0
dϵN(ϵ) = 2B2
5ϵF5/2 = 2 5N ϵF
3部分積分のおつりの項[Nlog(1 + e−β(ϵ−µ))]∞−∞は下限はエネルギーが負の状態がないので0、上限 はlogが指数関数的に減少するのでやはり0であるので消える
となる。第2項は2(µ−ϵF)N(ϵF) =N(µ−ϵF)となるので、
F = 3
5N ϵF− π2
3 (kBT)2ρ(ϵF) (5.58) をうる。
さて、この表式からエントロピーは S =−∂F
∂T = 2π2
3 k2Bρ(ϵF)T (5.59)
となる。古典統計力学ではエントロピーはlogT で負に発散してしまっていたが、量子 統計力学ではちゃんと熱力学の第3法則を満たしていることが分かる。ちなみに比熱
はC =TdS/dT =Sになっているが、これは前節の表式そのものである。
5.5.5 状態方程式
この自由エネルギーの計算から状態方程式も出せる。前節の途中の式から pV = 2
5N ϵF+ 2
∫ µ ϵF
dϵN(ϵ) + π2
3 (kBT)2ρ(ϵF) となる。まず第2項は(5.50)を使って、
2
∫ µ ϵF
dϵN(ϵ)≈N(µ−ϵF) =−Nπ2 12
(kBT)2 ϵF
となる。状態密度と粒子数には(5.54)の関係があったので、第3項は π2
3 (kBT)2ρ(ϵF) = π2
4ϵF(kBT)2N こうして、
pV =N ϵF [
2 5+ π2
6
(kBT ϵF
)2]
(5.60) をうる。古典理想気体のpV =N kBT と比べると、このN ϵFははるかに大きい。つま り金属中の自由電子は圧縮しづらいのである。これもパウリ原理により、同じ状態が 取れないからだと解釈できる。
5.5.6 帯磁率
磁場Bをz方向にかけたとする。このとき、エネルギーはゼーマン分離により E±= p2
2m ∓µHB (5.61)
となる。µHは磁気モーメントで、通常はµと書くがここでは化学ポテンシャルと紛ら わしいのでµH とした。このようにスピンによって、エネルギーの原点が±µHB ずれ るので、これを考慮しなければならない。
まず化学ポテンシャルの磁場依存性であるが、
N = 2
∫ ϵF
0
ρ(ϵ)dϵ
=
∫ µ(B)
−µHB
ρ(ϵ+µHB)dϵ+
∫ µ(B) µHB
ρ(ϵ−µHB)dϵ
=
∫ µ(B)+µHB 0
ρ(ϵ)dϵ+
∫ µ(B)−µHB 0
ρ(ϵ)dϵ
= 2
∫ µ(B) 0
ρ(ϵ)dϵ+O(B2)
である。よって、弱磁場中では化学ポテンシャルは一定とみなして良い。
µ(B) =ϵF+O(B2) (5.62)
磁化M は
M = µH
∫ µ(B)
−µHB
ρ(ϵ+µHB)dϵ−µH
∫ µ(B)
µHB
ρ(ϵ−µHB)dϵ
≈ µH(µHB)2ρ(ϵF)
=µ2H2ρ(ϵF)B となる。(5.54)より、
M =N µH3 2
µHB
ϵF (5.63)
をうる。帯磁率χは
χdef= ∂M
∂B (5.64)
で定義されるので
χ=N µH3 2
µH
ϵF (5.65)
古典統計力学の場合の場合、Mclassicalは
Mclassical =N(µHP+−µHP−) = N µHeβµHB−eβµHB
eβµHB+ eβµHB ≈Nµ2HB
kBT (5.66) となる。こうして、量子統計の場合と比を取ると、
Mfermi Mclassical = 3
2 kBT
ϵF (5.67)
となる。これもパウリ原理でスピンを反転できる粒子の数が減っているからに起因し ている。