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︵ 

︶ 

例 ︑倶舎論 巻一 ︵大正ぎ︑やり 

ヴ  ︶  ‑ 

離不レ摂孟 為一 れ る︒  つの古来の仏教存在観たる十八界に就ても 完く 何段 に 理解 るが︑その無常︑無我の二諦 は 普遍的真理ともい う要 請の してさしつかえはあるまい︒十八界は十二処中の意 処 を更 下 に説かれている関係上︑五 % ︑十二処説の各々にし ても にその現実的活動︵現行︶としての眼識以下意識まで に分 当然普遍的︑従って 究尽的 ︑全称的であることを要請 せら ち かつ合算しただけのものにとどまるからである︒  も 見方によっては同じ一類ならずともしないであろう   三 ︑一方︑根本仏説には有名な無常︑無我という有名 な 岡倉 

︵ ︶但し議論の実質においては︑五 %. 十二処 と並 ぶム ﹁ 一 題 があって ︑ 共に五 ︑十二処両説に付託して説かれ てい  ︵ 2 ︶例えば後の阿毘達磨謡講中に有名な諸間分別︑ すなわ 処が 広いという 殆 んど 通 仏教的定説なのに拘らず︑ ち 有見無見︑有村無射︑有漏無漏︑有為無為等々は ま さに 二 ︑十二処 説 を広いとする所以の諸思想分子は何れも 後代の それであろうし︑また万法を﹁ 身 安心法﹂に分けて﹁ 浄業 追加︑加上のそれのみにすぎない︒ 常我 ﹂ 諸 観の対治に処することを説いた﹁国会 処 ﹂ の 如き  両 命題は当然全称肯定的な真理そのものであるべき 要 請上 ︑両 

命題を付託︑解説せられた玉繭・十二処の両説にして も 真に究 

尽的 ︑全称的な存在観の筈であったことが ス 要請され ねばなら 

ないだろう︒ 

そこで︑同じ見方を一層発展させて行くと︑現行の五 部 ︑四 

阿舎中には︑問題の五 %, 十二処の両存在観を共にⅡ ﹁一切﹂ ︵ 8 ︶ 

  

ぃ ︒ そ 

ればかりか︑経によると︑更に裏打文句をそえて︑ こ の 五 % ㎎ 

十二処Ⅱ一切以外は悉く﹁認識対象中にはない﹂︵ せハ ヰ す曲 トい づ @ 

曲由ひい Ⅰ 拐ヨ @ 弔 ︶といっている︒かたがた以上全体の論 旨を要約 

して見ると︑ 

一 ︑根本仏説の存在 観申 ︑少くとも代表とすべ き 五 % ︑ 十二 

処の両説は︵古来その外延関係に於て︑三親が狭く ︑ 十二  0 面命題が存するのだが︑この 両 命題が丁度問題の五 甜 ・十二 ︵ ウ 7 ︶ 処に 共に託して 教説 せられている︒だとすれば︑無常 ︑無我の 

註 る 

る木根も 

想在 

紐  従って  而 

御 示教  もので  来唯現  本仏説  のだと  史の変  観は本  力 

の, 

以外 

、 

四、 

  

     

と 

こ 

大猷  処て 

」は  参 「 

無印 

   度 

孝仁 教 

盛ん  称しお 

湖の理 解 出さ ぎ 

し額堂  っ教教 

教 存在 

観は、 

所もあ  れが仏  雨仏 の  る 

なし、 

そに 

学  あ 

めが 

然た  B 、  存  も  れ  五  (348)   78 

"  咋  "  "  "    

"  咋 

""" 

  

     

  

義  不二  %  応  ‑ 故  11輪目︑三無為法  不レ可レ説レ在  二色等  離  中  ‑ ︑  与  二色等義  ‑ 不二相応  ‑ 故  @ 真諦  訳  倶舎釈論  巻一  ︵大正 

@  ヴ @ 年  づ ・犠のり︶  ‑ 陰  中陰  ニ  無為  ‑  義  不二相応  ‑ 故  @@  秋日︑若  払拭  亡  五陰  中  一説  三  無為一下  レ 可  き安  立合二字  レ 険相待こその他     ︵ 5  ︶これら無表  色  ︑無為諸法等の︑玉繭︑十二処に  対する  包摂関係に就ては︑手近くは荻原書来︑木村泰賢﹁  国  氏文  庫  本国訳大蔵経論部十一﹂の解題中等に図解があるか  ら参  照を望む︒  ︵ 6  ︶同じく手近くは﹁印度  学  仏教学研究﹂  一  0  の  一︑  水野弘  元  ﹁無為法について﹂中など参照︒  ︵ 7  ︶  今  これを五部四阿台中特に集団的に註説してい  る栴応  部  Ⅱ  雑  阿舎の  繭  品及び大入  処見  に就  て  見ると︵但し雑  河合  の場  ムロ  は  繭品  ︑六人処  品  共に混雑していて全残品とし  ての  整理ができていないが︶  ︑  1  ︑相応部  繭品  ︵ 睡  ︶の全体一五八経由︑  イ  ︑無我説を説いているもの  五  0  経  ︒  ロ  ︑無常説を説いているもの三九経︒  %  阿含経  中  ︑  ィ  ︑  軸我  説を説いているもの九九経︒  ロ  ︑無常説を説いているものセ八  経  ︒ 

     

経  ︵ 禽  ・  紹ョヱ  二  %  経瓦  捷  ・㌧・  づ  ・の・本デ︵  巨  ﹁ 0  ぎ  O |  由 o  口  p.  二︶  中︑  ィ  ︑無我説を説いているもの四五経︒     口  ︑無常説を説いているもの四三種︒  雑  阿舎の籠中︑  イ  ︑無我説を説いているもの  二  二経︒  ム百  ロ  ︑無常説を説いているもの  一セ経  ︒  部    

中論の中には重大な点 て 論旨の矛盾する所がある︒ 例 えは 因 

縁 ・三相・ 本際 ・ 成壊 の 諸品 ︑及び 行品 67%. 法品 7 ㎎Ⅱ 掲  等 ては不生不滅・里佳城不可得と説いて変化生滅を 否定する  が ︑石果 35%. 有無品 89%. 縛解品 5%. 四諦 品 ㏄ 褐等て  は 逆に変化生滅を肯定し ︑ 之を前提として諸法無目性 を 論証し 

ている︒また因縁・ 業 ・因果の諸島ては因縁︵縁起︶ を 

否定し︶ 

  ながら︑巻頭の帰敬 掲 ・四諦 品 ・十二因縁品等ては 之 を 山月 円 て札しゆ 

ている︒かかる矛盾はと う 解したらいいか︒ここては 専ら第二 % 

中論における  一  疑問  増田英男 

るのをも含めてある︶を数えられる︒大体 栢 芯部 メ Ⅹ Ⅹ づ 

のり  すヴ 

pv お 理 

難河合巻 セ 

︑  一 

0 及び一二 中 ︒外に ︑ぁ 椰者 の 知る限り︑唯一纏め・ 2 

やき︵ 

ダゃ 

・ ト 

のめ︵・︶Ⅱ 雄 

一 

0 ︑七 | 大正 竃 

・ 

の り  ︵ 

0. ワ目 0 ︶には五 % をもって﹁一切 ﹂と する立場から︑﹁一切符無常﹂︑﹁一切法無我﹂及び︑ 

︐  ﹂ 

こ 

ては更に﹁一切付 皆空 ﹂等と説いているのは注意 せ 

られ 

る 

︒ 

尚 如上の巴漢名三一 経は ︑単純に大内人処Ⅱ一切 とし  ているもののみではなくて︑例えば﹁一切無常﹂ G 

い す  | 

ヴ  ㏄ いすヴヰ 

旧 ハ三 

旧の屈 

nnp 旧 巾 ︶︑﹁一切無 ひの七︶︑﹁一切 @ ﹂︵のり 

苦 

﹂︵の 

ヴすい 

い 旧が 

すオリ 

旧 

コハ  ︵︵  色目オオ  ゆ  ︶︑﹁ 

ゴ 

一 の 

彊 ゆ空﹂ ︶ 

︑ 

﹁一切破壊 法 ﹂︵のの す絃弔 

オオいせ  笘宙すい 

ヨヨ ぃ旧 ︶︑﹁一切 滅 法 

﹂  ︵の  りす 

ぎ旧日﹁ 0 

色下りⅠす 

いヨヨぃ旧 

︶ 

竺 寸々といったものがそ の 

大部分を占めている︒ 

㍍ 

の 矛盾 点 について考察する︒ 

この矛盾解決の為にまず考えられるの ほ ︑山見正否定の 対象と 

なった因縁そのものを分析し区別する事である︒即ち 吉蔵が 中 

論疏 ︵大四二︑ 

ぎ 

・ 7 ヴ ︐ 149c 1 ︶の 卜 c ︶で説いた 不 生 不滅の 

    正 因縁を観じ 断常 生滅の邪因縁を破すという考え方で ある︒ こ  の 考え方を受げついで現代の学界では更に綿密に因縁 を 

分析 

し ︑小乗的 有 自性的因縁を退けて大乗的無目性的縁起 を 建立す 

るものと解する 向 ぎが多い︵例1 一 ︑因果と縁起とを 区別する 

m+O 上田義文博士﹁大乗仏教思想の根本構造ヒ中 お 1り 由 ︵目勝 

起は主客対立を超えた恥の論理に基づく仏教本来の立 

教 哲学の根本問題﹂ ゃ ㌍︵ 

︐コ 

︵・ 0 金子大栄博士  場 ︑因果 

﹁仏教 概  は 主客対立的形式論理に堕せる部派仏教の立場︶ ︑ 0 稲津 紀二一 

氏 ﹁ 龍樹 空観の研究 J づ ・ お1 ︶ っか ︵因果は実体的な 物 と 物との 

関係︑縁起は無実体的山事事の関係Ⅱ変化そのもの︶ ︑ 二 ︑同 

じ 因縁或は縁起の中に小乗的と大乗的とを区別する + 0 宮本正 

尊 博士同中道思想及びその発達し セ ・ のに 1 00 四代議 治民﹁ 仏 

論 J やコ の︵・︵因縁を実体的に見る分析的見方と︑ そ のままに 

見る統一的見方 ピ ︒以上のような解釈は一応妥当と思 

われる 

が ︑なお二︑三検討すべ き 点がある︒ 

今一つの解決法は二諦による解釈である︒即ち 龍 織目 身 四諦 

品 89 皿 掲に 於て宣明した所であり︑滝井 が 般若 燈論 釈ハ大三 OO OO 0 ︑ お p,m 紺ダ ︶まき口で試みたような﹁縁起は世 諦 ︑不起 

ほ 第一義諦を方便として真諦を示す﹂と見る解釈であ る ︒ 月称 

も勺番窟 

召名 

p& ゅぢ ・ 4 寅口 の中で真諦を示す方便 た る 世諦 と  して縁起を認めている︒しかし滑弁・ 月称 等の所謂 理 

境の二諦㏄ 

では﹁真空 俗有 ﹂となり︑俗諦︵世諦︶は結局方便の 

為に仮設の 

  せられたものにすぎず︑﹁真空妙有しの場合のような 真の肯定 ぴ 

とはならない︒ここに疑問が残る︒ 

次 に 三論宗の方では二諦を専ら 能 識者の教化説法の手 段 と見  る 言教の二諦を主張する︒即ち吉蔵が中論所 に ﹁正道 未 ‑@ 真  裕 一︒ 為去 衆生 

敵 

伸二真俗名 ‑ 説 ︒ 故以二 真俗 ‑ 為レ教 ﹂ ハ 大四二︑ 

ぎ臼と 

説き︑四諦 品 

における論難に答えて﹁諸仏 

住 三一輔 

申一 ︑ 為臣 衆生一説 / 法 ︒ 為 ‑ 薯レ有 者一説 レ空 ︑ 為 ‑ 書レ 空音 一話 明 レキ 有 " 

説レ 真剣 破 二世諦因果 ‑ 

︑説 

レ世則破二 真諦 無 因果 ニ ︵ 

同づ 

︶ きヴ ・ p の 緊 pU と説くもの之である︒つまり﹁石敷 を 破する 

為に真諦を以てし︵ 破 縁起︶︑ 空 執を破する為に俗諦 を 以てす 

る ︵ 説 縁起こという事になる︒然し中論自体の叙述 は 必ずし 

もこの方式通りではない︒まず 有 執を破する為には 種 々の方便 

的な論法を以てし︑その結果として真諦へ誘導すると い う 形を 

とっている︵ここに用いられる論法は清弁の立てる 世 俗的 勝義 

諸 に相当するとも い えるが︑本来は俗諦である︶︒ し かもその 

論法には 脆弁 的なものが多いのであるが︑このような 論法によ 

って果して真諦に到達し得るかどうか︒ここに大きな 疑問があ 

る ︒ 

ぬに 空 執を破する為に申論は俗諦よりもむしろ真諦を 以てし  ている︒即ち四諦 品は掲 以下は青 目 ・滑弁・ 月称 ・ 吉 蔵等 の 釈 OOOO にょ れば︑ 空 本復 空 という絶対否定を以て空執を破し ︑その上 OO で 俗諦の建立を説いている︒ここで俗諦が砂石として 真に肯定 

一 ︑ 序 日本仏教信仰史の中に 麓 き田 

江  か信仰な 

るもの  が 含まれていると考え得る資料が幾つか遺されている ︒本研究  はそれ等を摘出整理して︑その信仰の形式入内容の解 明に資し 

た いと 考える︒ 

二 ︑日本 密 共に表われたりせのか 

苗  みこの三つの 

梵字 及  その発音に含まれると想定される内容は非常に大ぎく ︑密教の  大要が含まれると考え得る程であるが︑その中でも 特 に之 等の 

三字を代表するかの如 き 内容としてほ ︑ 

井口 禰   覇 潮汁 ロ  分聾対爾 き 

か鈴判決 

口 

吉  か鈴 

匡鰍轍 ㍾ 琳凄謂 

是等の内容が対応されて来た如くであるが︑ p 春田 ゴ 寸口 

ア三 

  

︑藤原 期頃か 

三 らの如くで︑ 

第ゲ 

p. ロ ・︶ ヨ 0? 二名﹁ 厚雙紙 ﹂ 定 海口説︑元 海記  されるか否かは︑結局この 空 赤腹空を如何に解し如何 に 体連す   るかに よ る︵空界 復 空も之を論理的分別知的に解する 限りやは   り 一種の世俗的勝義 諦 としてなお相対に上るが︑ 空三 昧の体験 

に 於ては直ちに真諦に 体 達し真空即妙 有 と展開し得る ︶ 

曲舌  ヨゴ引日信仰の研究  斎藤差 

松  ド p.o. ︶乙の ? ︶ 甘ひ ﹁バン フ界 秘事﹂ 覚鎖 

ド p. ロ ・︶ 目べ ︶︶︶の つ ﹁清喜 院流 印信田 決 ﹂小党 

拝 p. ロ ・にき t 品 き ﹁総持 抄 ﹂ 澄蒙 

阿 b. ロ ・︶㍗ p? ︶㌍の﹁ 漢嵐 拾 集集 ﹂北宗 

  

﹁日吉神道秘密詔﹂ 

ち ・ ロ ・ トの ⅡⅡ ﹁ 授 宗性焼肴 快記 ﹂ 典 雅 

等にけ つい 升目かにそれぞれ異なった内容が対応さ れている︒ 

三 ︑信仰対象として表われた ava 田 すロ千表現の遺 物 ︑申  世も吉野鶏頃から信仰対象となって推定される遺品が 出現して 

来て︑現在に到っている︒ 

Ⅰ b. ロ ・︵ま い 葦屋 戸 方柱石塔婆︵秋田県︶ 

ド運油冊耳  浦浦山 

磨崖鼻茶羅 ︵広島県︶ 

  甘糟諏訪明神板碑︵埼玉県︶ 

中世の遺品としては右の三者であるが︑是等は何れ ヰ り︑ ダ 中呂  が 中央になって居り︑ p づの 田はその両側に位置して いる︒ 之  は中世の盛んとなったところの両部不二思想︑金 胎両 部 大日 信  仰と 

関連を持つものと推定される︒即ち目かを 

両 部 大日と  し︑ 他を金︑ 胎 各大日と考えて表現したものと推定さ れる︒ 特  に 3 の甘糟諏訪明神板碑をみるとゴ ロ宙 字は中央に大 ぎく彫り  つ げられ︑その下に﹁ 諏 六大明神﹂と漢字で刻され︑ a 手 の下  には﹁雷電王子末社﹂と︑益田字の下には﹁ 雀 聖天王 子 末社﹂ 

と 刻されている︒即ち 甘 u 宙にほ諏訪桂木神名が対応 され︑ p  り   ぷ かにはその末社名が配されている事は︑この推定を 大 ぎく ぴ 

    扶けるもの て あろう︒ 

㌧ 

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