5 黄河沿岸地域における都市化及び問題点
5.3 各都市の発展段階の判定
5.3.2 チェネリー発展指数
①データに関する説明
データの比較可能性と連続性を確保するために、一人当たり GDP、産業構造の割合、第 一次産業従業人口の割合のデータは、国・省自治区が公開した統計年鑑(主に 2013 年版 の『中国統計年鑑』と内モンゴル自治区、浙江省、江蘇省、上海市、広東省の統計年鑑)
から入手する。人口の都市化率は主に各都市の国民経済と社会発展統計公報から得て、場 合によっては政府機関のホームページから得ることもある。以上の 4 つの指標は 2012 年 現在の値である。都市レベルの製造業付加価値比率は、省・自治区レベルの統計年鑑には 載っていないため、2007 年版の『中国規模以上工業企業データベース』を利用して都市 別で算出する。
②研究方法
経済指標 初級製品
生産段階(1)
工業化段階
発達段階(5)
初期段階(2) 中期段階(3) 後期段階(4)
1.一人当たり GDP
(経済発展水準)
①1970 年ドル
②2012 年ドル
①140~280
②829~1658
①280~560
②1658~3315
①560~1120
②3315~6630
①1120~2100
②6630~13261
①2100~
②13261~
2.第一、二、三次産 業生産高比重
(産業構造)
A>I
①A>20%
②I>A、しかし I の比重が低い
①A<20%
②I>S
③I が最大
①A<10%
②I がピーク期
①A<10%
②I<S 3.製造業付加価値
比率
(工業構造)
~20% 20%~40% 40%~50% 50%~60% 60%~
4.都市化率
(空間構造) ~30% 30%~50% 50%~60% 60%~75% 75%~
5.第一次産業従業 の人口割合
(就業構造)
60%~ 45%~60% 30%~45% 10%~30% ~10%
表 5-3-1 修正したチェネリー工業発展段階論の評価基準42
注:A は第一次産業、I は第二次産業、S は第三次産業。初級製品生産段階から発達段階まではそれぞれ 1
~5 を値付けする。以下同じ。
2012 年 1 ドルの購買力は 1970 年の 5.92 倍(言わば換算因子)に相当する。換算因子はアメリカ合衆国労働 省から得る。出所 URL:http://data.bls.gov/cgi-bin/cpicalc.pl?cost1=1&year1=1970&year2=2012
具体的な研究プロセスは次のようである。①評価システムの中のデータを収集し、整理 する。②比較できるように選定された指標値を無次元化で処理する。これで、λi(字母の 説明は後述)が算出される。③階層分析法で各指標のウェイトを計算し、Wiが得られる。
④加法合成法で各指標の評価値を総合計算し、各都市の総合発展指数の順番を確定する。
⑤三大都市群の発展段階を判断するために、各指標に対して各都市の発展段階値(1~5)
42 階層分析法は、意思決定における問題の分析において、人間の主観的判断とシステムアプローチとの 両面からこれを決定する問題解決型の意思決定手法。AHP ( Analytic Hierarchy Process ) とも呼ばれ る。その主要な工程は、「階層構造の構築」、「一対比較」、「ウェイトの計算」、「総合評価値の計算」など を含む。一般的に、階層構造の構築では、問題の要素を「最終目標」、「評価基準」、「代替案」の 3 階層 に分けるが、ここでは、各評価基準(例えば経済発展基準を表す一人当たり GDP、空間構造を表す都市化 率)に対して、代替案(この場合は各都市)のウェイト付きは不要なため、普通の意思決定問題と違い、
ウェイトの計算は一回のみ行ってよい。筆者注。AHP に関する説明は、Thomas L. Saaty[2008]、加藤豊 [2013]、高萩・中島[2005]などを参照されたい。
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と各指標のウェイトを掛け算して、総合の発展段階値を推定する43。
③原始データの無次元化とウェイトの確定 1)データの無次元化
各指標は、絶対指標(例えば一人当たりの GDP)もあれば、相対指標(産業構造比)も あるため、直接総合して比較するのは不可能である。そのため、ここでは階閾値(いきち)
法44を取り、無次元化の処理をする。公式は:
λ
ij=( X
ij-minX
j) / ( maxX
j-minX
j) 、
(正の相関指標)λ
ij=( maxX
j-X
ij) / ( maxX
j-minX
j) 、
(負の相関指標)うち、iは地域i, jはj個目の指標、λijは地域iの指標jの評価値(無次元量)、Xijは地域i の指標jの実際値、minXjは指標jの中の最小実際値、maxXjは指標jの中の最大実際値。
正の相関指標は、実際値が大きければ大きいほど、評価値が大きくなる。ここで注意して ほしいのは産業構造である。本来のチェネリー理論では、第一・二・三次産業の比例で評 価する。しかし、無次元化する場合には、この比例で計算できなくなるのだ。各サンプル 都市の第二次産業はほぼすべて 30%に達し、第一次産業は 20%以下まで下がることから、
ここでは第三次産業の割合が高ければ高いほど、工業化が進んだと判断する。そこで、5 つの指標の中に、前の 4 つが正の相関指標である。第一次産業従業人口比重が低いほど、
工業化水準が高いため、この指標は負の相関指標になる。
2)指標のウェイト付け 地域工業化指標 一人当た
り GDP
産業生 産高比
製造業付 加価値比
都市 化率
第一次産 業就業比
幾何 平均
ウェイ
ト Wi AWi AWi/Wi 一人当たり GDP 1 2 2 3 4 2.169 37% 1.89 5.048 産業生産高比 1/2 1 1 2 3 1.246 22% 1.08 5.016 製造業付加価値比 1/2 1 1 2 3 1.246 22% 1.08 5.016 都市化率 1/3 1/2 1/2 1 2 0.699 12% 0.61 5.034 第一次産業就業比 1/4 1/3 1/3 1/2 1 0.425 7% 0.37 5.051
計 5.784 λ=5.033 表 5-3-2 階層分析法・専門家法による指標の判断マトリックスとウェイト付け結果
出所:陳・黄・鐘[2006]によって整理。修正がある。
注:評価スコアは、列の指標は行の指標に対してそれぞれどれほど重要なのかについて、計 12 人の専門家と 経済学者に各指標の重要性判断アンケートを依頼し、回収した結果を総合して得た数量化結果である。
指標のウェイト付けは、様々な方法がある。ここは階層分析法を採り、陳・黄・鐘[2006]
を参照しながら設定する(表 5-3-2 を参照)。評価の整合性(C.I.=Consistensy Index)がと れているかどうかをチェックするために、整合比(consistency ratio,CR=CI/RI)を求め る。この行列の最大固有値λ=5.033、整合性CI=(λ-n)/(n-1)=0.0083、整合比CR= CI/RI=0.0074<0.1 であるため、この判断マトリックスで計算された各指標のウェイトを 使って、各都市の総合得点を計算することができる。
43 ここで注意しなければばならないのは、プロセス④で得た結果は、32 のサンプル都市の相対発展程度 の判定で、都市間の比較に有効である。⑤の結果はチェネリー理論に基づく各都市の絶対発展段階の判 定であり、都市間の比較にも役立てるが、各都市をそれぞれ一つの個体として考察する目的性が強い。
44 この方法は、同じ工業化段階において、ある指標が反映する工業化程度と指標変化との関係は線形性 関係である。
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表 5-3-3 チェネリー発展指数の原始データ(筆者整理)
注:一人当たり GDP の単位はドル。
都市群 都市 一人当たり
GDP
第三次 比率
製造業付 加価値比
都市化 率
第一次 人口比 フフホト 13265.62 62.47% 92.01% 62.64% 23.32%
包頭 18690.97 44.69% 81.20% 79.49% 14.07%
オルドス 29028.21 37.01% 27.28% 69.53% 25.80%
バヤンノール 7466.24 23.40% 58.32% 48.41% 55.43%
ウランチャブ 5818.07 30.64% 61.91% 42.26% 57.26%
烏海 15431.24 30.93% 36.92% 94.33% 4.09%
ア ラシ ャン 28365.52 15.58% 42.11% 76.94% 24.93%
合計 15357.29 42.02% 58.48% 63.69% 30.84%
算数平均 16866.55 0.35 0.57 0.68 0.29 標準偏差 9209.80 0.15 0.24 0.18 0.20 変動係数 0.55 0.44 0.41 0.27 0.68 上海 13488.48 60.45% 94.76% 89.30% 4.10%
南京 14039.25 53.40% 79.84% 80.20% 10.87%
無錫 18622.92 45.17% 97.63% 72.90% 4.68%
常州 13475.97 43.90% 97.27% 66.20% 11.29%
蘇州 18115.38 44.24% 97.20% 72.30% 3.64%
南通 9938.85 40.04% 97.79% 58.70% 24.42%
揚州 10446.40 40.01% 86.80% 58.80% 19.79%
鎮江 13265.19 41.63% 93.65% 64.20% 12.71%
泰州 9283.90 39.80% 99.46% 57.90% 25.60%
杭州 14102.15 50.94% 88.43% 74.30% 10.92%
寧波 13708.67 42.49% 93.47% 69.40% 5.93%
嘉興 10120.58 39.30% 85.52% 55.30% 9.92%
湖州 9114.77 39.37% 87.08% 55.10% 14.32%
紹興 11760.93 41.24% 96.04% 60.10% 14.94%
舟山 11906.83 45.38% 87.41% 65.30% 14.38%
台州 7713.09 44.34% 94.64% 56.90% 19.39%
合計 13129.76 48.20% 93.53% 71.39% 11.06%
算数平均 12443.96 0.44 0.92 0.66 0.13 標準偏差 3054.38 0.06 0.06 0.10 0.07 変動係数 0.25 0.13 0.06 0.15 0.52 広州 16792.31 63.59% 77.57% 85.02% 8.61%
深圳 19533.79 55.65% 81.72% 100.00% 0.02%
珠海 15117.11 45.78% 90.34% 87.82% 5.89%
仏山 14488.25 35.83% 98.59% 94.87% 6.12%
恵州 8058.80 36.57% 98.35% 63.90% 19.31%
東莞 9612.53 52.21% 93.97% 88.67% 0.95%
中山 12309.38 42.00% 98.20% 87.92% 4.80%
江門 6673.74 40.95% 91.54% 63.20% 30.73%
肇慶 5842.22 37.91% 93.10% 42.62% 54.05%
合計 13379.01 51.72% 87.90% 83.40% 9.86%
算数平均 12047.57 0.46 0.91 0.79 0.14 標準偏差 4785.76 0.10 0.07 0.19 0.18 変動係数 0.40 0.21 0.08 0.23 1.22 黄河
沿岸
長江デ ルタ
珠江デ ルタ
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④原始データと計算結果の分析 1)原始データによる分析
表 5-3-1 と表 5-3-3 に基づいて、原始データで説明できる点を纏めておく。
まずは、一つの指標を見ることによって、各都市間の格差が大きいことが分かる。例え ば、製造業付加価値が工業総付加価値を占める割合を見て、段階 5 に位置するフフホト
(92.01%)や包頭(81.20%)もあれば、オルドスや烏海のように割合が僅か 27.28%と 36.92%の都市もある。一方、格差の大きさは統計学的方法でも見られる。表 5-3-3 の変 動係数は、各指標に対して、サンプルのばらつきを表す統計量である。変動係数が大きい ほど、格差がより深刻である。同じく一人当たり GDP を見ると、黄河沿岸の変動係数(0.55)
は遥かに長江デルタ(0.25)と珠江デルタ(0.40)を超えている。実際、黄河沿岸の最大 格差が 4.99 倍であるのに対し、長江デルタは 2.41 倍、珠江デルタは 3.34 倍に過ぎない。
また、第三次産業の構成比(産業構造の代替指標として)や製造業の割合はまた大きな差 がある。都市化率のばらつきはそれほど大きくないが、長江と珠江よりも大きい。
次に、個別の指標の絶対値を見ると、32 の都市のサンプルの中に、黄河沿岸諸都市は 極端に低い例と高い例が少なくない。例えば、一人当たり GDP において、最も高いオルド スと最も低いウランチャブは共に黄河沿岸に属する。また、第三次産業の割合では、フフ ホトは 2 位を占めるものの、アラシャンは僅か 15.58%で最も低いところにある。製造業 付加価値比において、フフホトと包頭など沿海先進都市と変わりのほとんどない都市もあ れば、オルドスのような極端に低い例もある。そして黄河の他の都市も高くはない。都市 化率について、烏海と包頭は沿海部の上海・広州などに劣らない高い都市化率を維持して いる反面、ウランチャブとバヤンノールはサンプルの末尾水準にとどまっている。最後に、
第一次産業の人口比においては、ウランチャブとバヤンノールはともに 50%を超えてお り、明らかに都市化率との負の相関を見せている。烏海と包頭を除いて、域内の都市は依 然として数多い農業人口を抱えていることも見える。
2)チェネリー発展指数による分析
まず、地域工業化水準の総合指数を下のように構築する。
K i =∑ 𝑛 𝑗=1 𝑊𝑗𝜆𝑖𝑗
うちに、Kiは都市iの工業化水準の総合評価値、λijは都市iの指標jの評価値(原始デ ータの無次元量)、nは評価指標の数、Wjは指標jのウェイトである。
上述の方法で処理して得た結果は、表 5-3-4 に纏めた。この表で分かるのは以下のよう に要約できる。まず、各都市群の中核都市は得点が高い。珠江デルタの広州(2 位)と深 圳(1 位)、長江デルタの上海(3 位)、黄河沿岸のフフホト(9 位)、包頭(7 位)は、そ れぞれ域内の他の都市と比べて得点が高い。これは、各評価指標を総合的に見て、中核都 市の発展程度がより高くて、バランスが相対的に取れていることを意味する。次に、都市 群全体を比較すれば、黄河沿岸都市群は一人当たり GDP(Ⅰ位)を除いてすべてが遅れを とっていることがわかる。