第三章 スポーツ誌のマーケティング戦略
第五節 ターゲット・マーケティング
第五節では、第三節で提起したスポーツ誌戦略において重要なキーワードとなる「タ ーゲット・マーケティング」について考察する。
ターゲットマーケティングとは、集中型マーケティング(focused marketing)と言 い換えることができ、市場空間全体のなかから特定の限定された市場空間を選択し、そ の選択された空間に集中してマーケティング活動を行うことである。
市場空間の選択ということを考えると、それは
① マス・マーケティング(mass marketing)
…市場空間の全体を対象とする
② 分化型マーケティング(differentiated marketing)
…市場空間を細分化し、そのそれぞれをターゲットとする
③ 集中型マーケティング
…細分化された市場空間のなかからひとつの市場細分のみを選択する
④ ワントゥワン・マーケティング(one-to-one marketing)
…個々の顧客に個別に対応する
に分類される。マス・マーケティングとワントゥワン・マーケティングの中間線上にあ って展開するマーケティングのベースとなるのが市場細分化である。
市場空間を細分化してみることの前提は、市場がひとつではない、市場需要が同質で はないということである。したがって、ひとつの市場空間をみた場合、それは異質需要 の結合体であると認識することが市場細分化のはじまりである。
そして、市場細分化の基本原理は、「違って同じ」ということになる。つまり、細分 化された市場間では消費者需要、消費者特性、行動パターンなどは明らかに違っていな ければならず、同一の細分市場内ではこれらは同じでなければならないということであ る。
細分化された市場セグメントが有効である条件として、①測定可能性、②到達可能性、
③維持可能性、④実行可能性の4つがあげられる。すなわち、測定可能性は市場セグメ
ントの規模と購買力が容易に測定できるかを、到達可能性は発信するマーケティング手 段が市場セグメントに容易に到達できるかを問うものである。また、維持可能性は市場 セグメント規模が十分に利益をあげるほどの規模になっているか、実行可能性は細分化 された市場セグメントを引きつけるような効果的なマーケティング・プログラムを実行 できるか、ということである。
第三節で、スポーツ誌をブランディングすることが重要であり、そのためにはターゲ ット・マーケティング(集中型マーケティング)を採用することが必要であると説いた。
そのターゲット・マーケティングについて言及したのが第二章であった。つまり、コア・
ターゲットである20〜30代の男性を対象市場として、ターゲット・マーケティングを 行うのである。そのターゲット・マーケティングの手法が特集主義なのである。特集主 義を採用することによって「固定客」だけでなく、その特集を目当てに買うという「情 報消費者」を獲得することができるのである。
第六節 総括
最後に、第三章の総括をして本章を閉じる。
第三章では、スポーツ総合誌が成長するための戦略を提起し、そのためには「ブラン ディング」と「ターゲット・マーケティング」が重要であると説いた。これこそが、
『Number』が成長した理由であり、『SPORTS Yeah!』が今後成長するために採るべ き戦略であるに違いない、ということである。
そして、『SPORTS Yeah!』が成長し、フォロワーからチャレンジャーに昇格するこ とによって、『Number』もリーダーであり続けるために「ブランド強化」や「ブラン ド・リポジショニング」などの戦略で対抗し、より洗練されたスポーツ総合誌を目指し てお互いが切磋琢磨していく、これこそが市場における理想である。その結果として、
さらに競合誌が参入してくるなど、スポーツ総合誌の市場そのものが成長して、世間に 認知されていくのである。同様のことを川田氏も述べている。
スポーツ総合誌というのはまだ世間に認知されていないのですね。スポーツ総合誌として 同じジャンルの雑誌が創刊されることによって、その市場が広がると思います。部数がそれ ぞ れ 減 少していくのではなくて、競 合 誌 が 増 え れ ば ク オリティが上がっていきますし、
『Number』だけで、ライターやカメラマンを育てていくことは無理であるし、そういう意味でマイ ナス面よりもプラスの面を大きく捉えています。『Number』もあって『SPORTS Yeah!』もあって、
また他にも創刊されて、その中から優秀なライターが育ってくるということもありえるわけで す。
可能性は十分に秘めている。今後の成長を期待したい。
ここまで、スポーツ総合誌について考察してきた。市場のリーダー的存在である
『Number』と、それに追随する『SPORTS Yeah!』という関係を中心に論じてきたわ けだが、『Number』を絶対的な存在として過剰に崇拝してきた感が残る。よって、第 三章の結びとして最後に、その絶対的な存在とした『Number』についての欠点を指摘 したいと思う。
後発ブランドとしてスポーツ総合誌の市場に参入した『SPORTS Yeah!』は先発ブラ ンドである『Number』を模倣している段階であるが果たしてそれは正しいのであろう か。
斎藤美奈子氏は『AERA』において『Number』を痛切に批判している。
小見出しがない。結果、だらだらだらだらだらだらと小さい文字で印刷された文章が牛のヨ ダレみたいにどこまでも続く。この単純な事実に象徴されるように、「ナンバー」には編集的な 一手間や工夫が不思議なくらい欠けている。(1)
「ナンバー」を見ていて思うのは、日本のスポーツ報道を貫く人物中心主義である。「競技を 見るな、選手を見ろ」とでも言うのかな。競技や試合そのものを堪能するというより、個別の スター選手にスポットライトが当たるのね。対象ベッタリ。と、どうなるか。まず、記事が単調に なります。キャラ立ってません。それから、写真も単調になります。競技中の「決定的瞬間」を 捉えているわけでもなく、といってオフの「意外な一面」をキャッチしているわけでもない。中ロ ングで撮影した中途半端な肖像写真ばかり並ぶことになる。(2)
これは彼女個人の見解であって、あまりにも極端であるが、こうしてリーダーを批判 することは重要なことであろう。特集主義などの限界については考察する価値はありそ うである。そして『SPORTS Yeah!』にとっては『Number』の限界を追求し、『Number』
と差別化した異質な雑誌になることを探っていくことがスポーツ総合誌の市場におい て成長していく術ではないだろうか。
(1) 『AERA』2000年10月23日号(朝日新聞社)
(2) 『AERA』2000年10月30日号(朝日新聞社)
終章 まとめ
第一章では、出版業界について展望した。出版不況のなかで、作り手側に求められる のは社会情勢を反映した、読者のニーズを満たすような雑誌づくりである。そして、そ うした状況におけるスポーツ誌の現況について概要し、サッカーというスポーツの露出 度の増加に問題意識を抱いた。
第二章では、「サッカーが重要なコンテンツへと成長したのではないか」という仮説 を設定し、様々な視点から分析、検証を行い、その仮説を立証することができた。しか し、スポーツ総合誌としてはサッカーというコンテンツに頼ってしまうだけでなく、サ ッカーが衰退したからスポーツ総合誌も衰退という事態にならないように、サッカーと 同等、またはそれ以上のコンテンツとなるスポーツをさらに追及していかなければなら ないのである。
第三章においては、スポーツ誌戦略として「ブランディング」と「ターゲット・マー ケティング」の重要性、必要性を主張した。「ブランディング」によって「固定客」を、
「ターゲット・マーケティング」によって「情報消費者」を獲得することが可能になる のである。その「ターゲット・マーケティング」の手法のひとつとして「特集主義」が 挙げられる。ある限定されたスポーツを特集することによって「そのスポーツについて 読みたい」という読者(「情報消費者」)が「固定客」の上に積み重ねられ、発行部数が 増加するのである。現在、その特集主義の中核となっているのが「サッカー」なのであ る。
スポーツ総合誌の戦略として、新規参入者であり、フォロワーである『SPORTS Yeah!』
の戦略から考察するという手法を採った。『SPORTS Yeah!』はまだフォロワーであるので、
『Number』を模倣する段階である、ということである。そして次に、『SPORTS Yeah!』
がフォロワーからチャレンジャーへと昇格した後に採るべき戦略について追求していかな ければならないだろう。
いつまでもリーダーである『Number』を模倣しているだけでは『Number』との競争に 勝つことはできない。そこで差別化が必要になる。その差別化としてまず考えられるのは、
ターゲットはそのままで、誌面などを差別化していくということである。しかし、第三章 で述べたように、マーケティング競争においては、先発製品が後発製品よりも有利な立