第3章 Monte Carlo Simulation による試算結果
18 シミュレーションの設定
シミュレーションの前提として設定しなければならないことは,これまで解説してきた外生 変数のセットである.結果に大きく影響を与える可能性のある変数を大別すると,被保険者数 を決めてくる外生変数と,受給者実人員数を決めてくる外生変数,給付額を決めてくる外生変 数,保険料率を決めてくる外生変数がある.このうち,被保険者数を決めてくる変数には,人 口推計,労働力率推計,雇用者比率の推計,被保険者比率の推計,および保険料率が含まれて いる.最近のトレンドを反映して,被保険者数は雇用者数に近づいていく傾向があり,労働力 率も高齢化で低下する反面,女性の参加が進む傾向があることから,究極的には人口推計が大 きな因子となる.
受給者実人員数を決めてくる因子で大きなものは,離職率である.いったん離職した人がど こまで雇用保険の対象として残存するかは,モンテ・カルロ・シミュレーションで得られた確 率で計算している.したがって,離職率のパターンで大きな流れが決まり,これに応じて受給 者実人員数の分布によって保険給付のリスクが決まってくるという流れになっている.
収入側の変数として,もっとも重要なのが政策的に決定できる保険料率である.これは被保
険者数にも影響するが,その被保険者数の推移は雇用者数に収束するであろうトレンドと,保
険料率とその母体となる賃金率である.賃金率が高ければ,保険料収入も増えるが,その一方
で給付額も増える.同様に,被保険者数が多ければ,保険料収入も増えるが,この値に離職率
をかけるので,少し遅れて受給者実人員数が増え支出も増加する.このようなしくみを組み込
んだシミュレーションとなっている.
まとめると,外生変数セットとして大きな影響があるのは,人口と,離職率と,保険料率と いうことになる.このうち,保険料率は政策的にコントロールできるものと考えられる.人口 は,国立社会保障人口問題研究所の推計では,最も人口が多くなる推計でも,最も人口が少な くなる推計でも,かなりの程度の減少トレンドが予測されている.人口は,ほぼ 20 年先の出生 数を決める 0 歳児の人口もすでに決められているため,数十年の間はかなり確実に予測できる 変数といわれている.したがって,このシミュレーションで利用した中位推計のほかは,あま り操作する必要性はないと思われる.ためしに高位推計と低位推計で実験してみたが,被保険 者数を全体的に上げたり下げたりするだけであるので,積立金残高の方向性が逆転するような 現象は観察されていない.
以上のことから,ここで注意していくつかの場合について検討した方がよいと考えられる外 生変数は,離職率と保険料率ということになる.もちろん,一般求職者給付以外の給付が上昇 傾向で発散するものを考えたりすると,結果は変わってくる可能性もあるが,ここでの関心は もっぱら一般求職者給付の失業保険給付とこれに応じた保険料収入ということになる.
保険料収入の設定
その他の事業(農林水産,清酒製造,建設)については産業別のデータを利用していないの で,一般の事業で代表させている.そのため被保険者 1 人あたり保険料(過去のデータを使って) を推定している.以下同様の方法をとっている.
保険料固定ケース 1
一般の事業の現行の保険料を継続するパターン:労働者負担の失業等給付の保険料率 5/1000 と事業主負担の失業等給付の保険料率 5/1000 が継続する.徴収法第 12 条第 5 項で 規定されている弾力条項の下限 10/1000 に相当するもの.シミュレーションには関係ない が,2 事業にかかわる保険料率は 3.5/1000 のままで,雇用保険の保険料率は 13.5/1000 と する.
保険料固定ケース 2
一般の事業の保険料が中位ケースに戻って継続するパターン:2013 年 4 月から失業等給 付の保険料率 14/1000 が継続する.徴収法第 12 条第 4 項に規定された値 17.5/1000(うち 3.5/1000 は 2 事業にかかわるもの)に相当する場合.
保険料固定ケース 3
一般の事業の保険料が徴収法第 12 条第 5 項で規定された上限(2 事業を含めた場合 21.5/1000)が継続するパターン:2013 年 4 月から失業等給付の保険料率 18/1000 が継続す る.
徴収法第 12 条第 5 項に定められた「厚生労働大臣は、毎会計年度において、徴収保険料額並 びに雇用保険法第六十六条第一項、第二項及び第五項の規定による国庫の負担額、同条第六項 の規定による国庫の負担額(同法による雇用保険事業の事務の執行に要する経費に係る分を除
第3章
く。)並びに同法第六十七条の規定による国庫の負担額の合計額と同法の規定による失業等給付 の額並びに同法第六十四条の規定による助成及び職業訓練受講給付金の支給の額との合計額
(以下この項において「失業等給付額等」という。)との差額を当該会計年度末における労働保 険特別会計の雇用勘定の積立金(第七項において「積立金」という。)に加減した額が、当該会 計年度における失業等給付額等の二倍に相当する額を超え、又は当該失業等給付額等に相当す る額を下るに至つた場合において、必要があると認めるときは、労働政策審議会の意見を聴い て、一年以内の期間を定め、雇用保険率を千分の十三・五から千分の二十一・五まで(前項た だし書に規定する事業(同項第三号に掲げる事業を除く。)については千分の十五・五から千分 の二十三・五まで、同号に掲げる事業については千分の十六・五から千分の二十四・五まで)
の範囲内において変更することができる。」という弾力条項に応じて,積立金 P と失業等給付額 等 Q の残高に応じて 1 年間に限り次々年度の保険料率を調整するシミュレーションも試みた.
保険料変動ケース A
この場合は,2 種類の調整を考える.
1. P/Q が 2 を超えていれば,次の年の 4 月から次の次の年の 3 月まで(次々年度)の料率 を 10/1000 とする.
2. P/Q が 2 以下であれば,次の年の 4 月から次の次の年の 3 月まで(次々年度)の料率を 14/1000 とする.
保険料変動ケース B
この場合は,3 種類の調整を考える.
1. P/Q が 2 を超えていれば,次の年の 4 月から次の次の年の 3 月まで(次々年度)の料率 を 10/1000 とする.
2. P/Q が 1 以上 2 以下であれば,次の年の 4 月から次の次の年の 3 月まで(次々年度)の 料率を 14/1000 とする.
3. P/Q が 1 未満であれば,次の年の 4 月から次の次の年の 3 月まで(次々年度)の料率を 18/1000 とする.
離職率(被保険者の資格喪失確率)の設定
これは,離職率を推計した 8 節の推計値にもとづいて設定している.
中位ケース:予測値をそのまま利用する.
平均離職率が,1.4%程度で振動している場合となる.
高位ケース:予測値の 95%信頼区間の上限の値を利用する.
平均離職率が,1.5%周辺で振動してから 3.0%まで上昇していく場合となる.
低位ケース:予測値の 95%信頼区間の下限の値を利用する.
平均離職率が,1.0%周辺で振動してから 0.68%まで低下していく場合となる.
これらいずれのパターンも,ARIMA-Kalman filter による予測の結果である.構造的な変化が
なく,誤差の分布が正規分布であるならば,この高位ケースと低位ケースの間に含まれる可能 性が,95%であるということになる.