5.1 緒言
コークスは炭素を主成分とした多孔質の固体であり,高炉で鉄鉱石を溶融させて還元する際の 熱源および還元剤として使われる.水分などを事前に調整した石炭を1000℃ の高温に維持され た室式の炉に入れて,無酸素状態で 20 時間程度かけて乾留するとコークスが得られる.日本国 内の製鉄技術では,銑鉄 1tを高炉で製造する際に約380kgのコークスを消費する.このため一 貫製鉄所にはコークス製造設備(コークス炉)が併設されていて,大量のコークスが生産され高 炉に供給されている.国内の高炉用コークスの生産量は年間約 5000 万t である.原料となる石 炭は海外からの輸入に頼っており,輸入総量1億5000万tのおおむね3分の1が製鉄業で使用 される.この石炭消費量は国内の1次エネルギー総供給の8%に達する.
国内のコークス炉の大半は 1970 年代の高度経済成長期に集中的に建設されていて,稼働年数 が 40 年を超えるコークス炉が多数ある.このような長期間稼働しているコークス炉では炉体の 劣化が進行し,生産能力の低下やエネルギー効率の悪化が顕在化している.しかし,コークス炉 の建て替えには1基につき数百億円もの多額の投資が必要になる.また,コークス炉の建設には 長年の空白があるため,煉瓦の炉体を建設する築炉工とよばれる技術者が減少していることや,
大量に使われる耐火煉瓦の生産が日本国内のみでは対応できない問題がある.このため,現在の コークス炉を保守しながら使用して極力延命させることは,高炉を有する国内鉄鋼メーカに共通 した課題になっている.
日常的に行われてきたコークス炉の補修は,熟練した作業者が炉内を目視観察して煉瓦壁面の 凹凸損傷部位を見つけ,炉外からパイプを伸ばして損傷部位に溶射材を吹き付ける人手作業であ った.老朽化が進行すれば当然ながら補修頻度は増加する.そして人手による煉瓦面の平滑補修 は施工精度に限界があり,いわゆる 3K作業(危険,汚い,きつい)が強いられることも問題で ある.高温炉内を診断するため,短時間高温に耐えられる断熱容器に撮像装置を搭載した炉壁観 察装置[1,2]や,炉壁の特定高さの炉幅を測定する装置[3,4] を炉内に挿入する方法が開発されて いる.しかしながら,これらの装置は炉内を部分的に観察することしかできず,炉壁の全体的な 損傷状況を正確に把握することはできない.
このようなコークス炉の置かれている状況を抜本的に解決するため,熱画像計測を応用した炉 壁診断装置の研究開発に取り組んだ.この装置は,高温に維持されたコークス炉の内部で,炉壁 の熱画像を撮像すると同時に炉壁の凹凸損傷の形状を計測する.さらに本研究では,炉壁診断デ ータから煉瓦に生じた凹凸の有害度を指標化する手法を考案し,効率的な炉壁補修を可能にする 従来にない先進的なコークス炉の保守管理技術を構築した[5-10].
本章では,はじめに5.2節でコークス炉の構造を説明し,診断の対象となるコークス炉の炭化
室は1000℃ を超える高温でなおかつ狭小幅であり,計測装置を容易に持ち込むことができない
環境である課題を述べる.5.3 節では,炉壁の熱画像を撮像すると同時にレーザ光切断法で炉壁
の3次元プロフィールを計測する方法を解説する.この計測方法を実現した診断装置は,水冷構 造の耐熱プローブに搭載して高温炉内で炉壁の熱画像を撮像する光学システムと,熱画像から炉 壁の凹凸データを得るための信号処理・画像処理から構成される.5.4 節では,長期稼働コーク ス炉を診断して得られた知見を述べる.診断装置を導入したコークス炉では,炉壁にカーボンが 付着している様子や,局所的に煉瓦が減肉している損傷状態が明らかになった.5.5 節では,本 研究の重要な成果である,炉壁凹凸の押し出し負荷への影響の定量化について述べる.これは炭 化室の炉壁に生じるさまざまな形状の凹凸に対して,炉壁平滑化補修の必要性や優先順位を判断 するために有用である.
5.2 コークス炉の構造と計測対象
コークス炉の外観をFig.5-1に示す.コークス炉は,高さ6mの炭化室が約100室配置された 巨大な煉瓦造りの工業炉である.炉内の構造は,Fig.5-2にあるように,石炭を入れる炭化室とガ スを焚く燃焼室が交互に配置されている.一つの炭化室は奥行きが 16m あるのに対して幅は 0.4m しかない.炭化室内の石炭は両側の燃焼室から煉瓦の炉壁を介して間接的に加熱されるた め,このような幅が狭い構造をしている.1000℃に維持された炭化室の上部の装入口から石炭を 入れ,無酸素状態で約 20 時間加熱するとコークスができる.製造したコークスは,炭化室の両 端にある炉蓋とよばれる扉を開けて,押し出し機で水平方向に押して取り出される.押し出し機 がある炉蓋側をPS(pusher side)とよぶ.
長期稼働コークス炉で起こる具体的な炉体損傷としては,炭化室の煉瓦炉壁が部分的に減肉し た炉壁陥没や,加熱中に揮発したガスに含まれる炭素が壁の一部に固着して張り出すカーボン付 着があげられる.これら炉壁の凹凸はコークスを押し出す時の負荷(押し出しに必要な力)を上 昇させる.押し出し負荷が一定以上高くなると,炉壁損壊の危険があるため押し出し機が自動的 に停止する.30年以上稼働しているコークス炉の多くでは,押し出し不能により生産が阻害され る操業トラブルが増加する傾向にある.したがって,老朽化したコークス炉の生産を安定させる ために,炭化室の壁面を平滑に補修する必要がある.しかしながら,コークス炉を構成する硅石 煉瓦(主成分 SiO2 )は,温度を下げるとその熱衝撃で割れて炉壁強度が低下する特性があるの で,炉内を常時1000℃ に維持しておかなければならず,人が中に入って診断して補修すること がきわめて難しい.このため,高温下での作業が可能な機械化された炉壁診断・補修装置が求め られた.診断すべき項目としては,炉壁の凹凸発生状況に加えて,これまで壁面全体の煉瓦損傷 を観察する手段がなかったことから,炉壁の画像データを得ることにも強いニーズがあった.
Fig.5-1 コークス炉の写真(左:炭化室が並ぶコークス炉団の全体風景,
右:窯蓋を開けて押し出す直前の高温コークス)
Fig.5-2 コークス炉の内部構造の模式図 [7]
16m
0.4m 押し出し機 コークス
燃焼室
炭化室
炉蓋
排出 煉瓦炉壁
加熱中の石炭 炉蓋
炭化室
コークス
押し出し機
6m
5.3 高温炉内の測定
開発した装置は,炭化室に耐熱構造の診断プローブを挿入して,16m×6m のサイズがある炉 壁を高精細に撮像するとともに3次元凹凸形状測定を行う.以下にその構造と特徴を述べる.
5.3.1 耐熱プローブ
診断プローブは専用に製作された台車に乗せられていて,コークス炉前の軌条を走行して診断 対象の炭化室に移動する.Fig.5-3は診断プローブが炭化室に入った様子を示している.診断プロ ーブ先端の円柱状の部分には4台のラインCCDカメラと凹凸測定用の44本の半導体レーザが搭 載されていて,炭化室の窯口から炉底にシューを滑らせて 16m 送り込まれる.前述のとおり炭 化室内部は1000℃ の高温のため,診断プローブの外周には冷却水が巡らされていて,なおかつ 内部にはパージエアが供給されている.これらの冷却構造によって搭載するカメラなどの機器は 40℃以下に保たれている.カメラ窓およびレーザ窓には強烈な熱線が入射するので,赤外線反射 皮膜を加工した耐熱ガラスを複数枚組み合わせた熱線遮蔽構造を設計した.診断プローブの主な 設備仕様をTable 5-1に示す.診断プローブは炭化室を約4minで往復することができ,コーク スを押し出してから次の石炭を装入する間に作業時間を確保し,コークス炉の100室ある炭化室 を順に診断する.
Fig.5-3 炉内に挿入する水冷耐熱プローブ[7]
煉瓦壁
炭化室
燃焼室
シュー
石炭装入口
耐熱プローブ
ミラー
カメラ・レーザ搭載部の 拡大図
耐熱ガラス ラインCCDカメラ
レーザ
炉底 カメラ窓
レーザ窓
項目 主な仕様 耐熱温度 最高1200℃
診断時間 約4min
診断範囲 炉長16m,炉高6mの炉壁ほぼ全面 装置最大幅 310mm(炉幅最小値408mm)
ラインCCDカメラ 1024画素×4台
画像解像度 炉長方向:1.0mm,炉高方向:1.5mm 凹凸測定レーザ 44本を煉瓦1段ごとに照射
冷却性能 装置内部:40℃以下,最大炉内滞在時間:12min,冷却水流量:
350ℓ/min
5.3.2 熱画像と炉壁凹凸の同時測定
(1)光学システム
炉壁は赤熱しているので,CCD カメラで撮像すれば,煉瓦壁面の熱画像を観察することがで きる.ここでの課題は,炉幅が400mmと狭い空間で高さ6mの炉壁を撮像することである.一 般的なエリアカメラを使用すると,Fig.5-4 に示すように,カメラが炉壁に近接した斜視画像を 得ることになり,手前の炉壁は1台のカメラが捉える煉瓦段数が少なく,奥は極端な鋭角から炉 壁を望むことになり,損傷を見るのに十分な分解能を得ることができない.
そこで,ラインCCDカメラを使用する.Fig.5-5 ( a) は診断プローブの水平断面の構造を示し ている.診断プローブ内部に搭載したライン CCD カメラの線状の視野を炉壁縦方向に向け,診 断プローブを1mm前進させるごとに撮影したライン映像信号をPCに入力して2次元画像を生 成する.1台のラインCCDカメラが1.5mの高さを撮像して,6mの炉高を4台のカメラでカバ ーする.カメラと炉壁との撮像距離を得るためには,Fig.5-5 (a) 中の破線矢印にように,炉壁を 鋭角に見ることになる.すると,診断プローブが炉幅方向に揺れた際,炉長方向の撮像位置が増
Table 5-1 診断プローブの主な設備仕様
炉幅 400mm 炉壁
視野
炭化室 カメラ
画像信号 130mm
Fig.5-4 一般的な2次元CCDカメラで得られる炉壁画像[5]