第 2 章 従来研究 7
2.5 遠隔コミュニケーションメディア
2.5.3 認知的存在感と身体的存在感
ロボットを対話メディアとしてとらえたときに,これまでの対話メディアと比較になら ないほどの可能性がある.ロボットはこれまでの対話メディアと異なり,物理空間を共有 することができ,このため,これまでのメディアでは持ち得なかった「存在感」を有する
存在感評価︵因子得点︶
図 2.7: 存在感のメディア別評価 (Shortら, 1976)
メディアであると言うことができる.
しかし,この存在感という概念は曖昧なものであり,このまま使用することは難しい.そこ で本論文では存在感を「認知的存在感(Cognitive Presence)」と「身体的存在感(Embodied
Presence)」とに分けて考える.以下にその詳細について述べる.
認知的存在感
メールやチャットなどの文字だけの遠隔コミュニケーションにおいても,その言葉から 対話相手の強い存在感を感じることはしばしばある.また,手紙などの筆跡から相手の感 情を読み取ることで強い存在感を感じることもある.このように同期的ではなく,また空 間の共有もしていない状況においても人はある人の存在感を感じることは可能である.こ こで伝達されている情報は非常に限られたものであるが,逆説的に強い存在感を感じるこ ともある.
本論文ではこれを認知的存在感と呼ぶ.認知的存在感は人が何かしらの情報に触れる際 に感じられる存在感であり,触れる情報源は物でも文字でもかまわない.ここで認知され る存在感は,ある人との関係性であると考えられる.伝達される情報は非常に少ないとし ても,その情報に関連づけされた記憶や経験が想起されることにより認知される他者の存 在感は非常に大きなものとなりうるだろう.この存在感は記憶や経験の質や大きさに比例 することが考えられる.
また,たとえば文字だけでは非常に小さな情報であるが,この文字や言葉の意味から想 像される意図や感情を読み解くことで強い存在感を感じることもある.この場合の存在感 は言葉の強さであり,この言葉を書き記した人の想いであると考えられる.この場合は実 際にその人との関係が疎であっても,その人の強い存在感を感じることもできる.この場 合,情報の受け手が言葉の意味を取り違ったり,理解できなければ認知的存在感は小さい ものとなってしまうことが考えられる.これはつまり,認知的存在感は情報の受け手に依 存することを意味する.
このように認知的存在感は,たとえ情報が小さくても,情報を受け取る人の内面に想起 される情報の大きさに関係すると考えられる.
身体的存在感
対面によるコミュニケーションは同期的かつ空間を共有することができる.また,通信 媒体を必要としないため,この通信による対話者に関する情報の劣化もない.このため,
対面によるコミュニケーションはもっとも強い現実感を持って対話を行うことが可能であ る.ここでの身体的存在感は「ある人がまさに目の前にいる」ことを感じることである.
これを感じられる手段は空間内を他者の声が伝わる際に生じる空気の揺れであるかもしれ ないし,中空を経由する他者の体温であるかもしれない.さらには,他者との接触による ものかもしれない.他者との接触は身体に直接働きかけることができるため,最も強力に 感じられる身体的存在感であると言えるであろう.
言語や身体動作による情報伝達はある程度の多くのものを計測可能であるが,空気の揺 れや,空間の微妙な温度変化が身体的存在感に影響するとすると,これらの情報を計測す ることは非常に難しい.特に,これらの情報を受け取る度合いは個人差に大きく依存する であろうし,受け取った情報がその個人内でどのように知覚,認識されるかについては多 くのものが未知であると考えられる.このように,身体動作などはある程度の計測は可能 であろう.しかし,その意味をとらえることは非常に難しい.特に,ある人の内面に起こ る感情などは計測することはできない.
対面によるコミュニケーションはメディア,たとえば手紙や電話などを介した場合と異 なり,他者を直接感じることができる.これはつまり,情報の劣化がなく,発信された情 報は受け手に対して直接影響を与えることができる.ここで,発信者からの情報は受け手 には物理的に(声であれば空間の揺れがそうであるように)直接伝わる.しかし,これを受 け取ることができるか否かであったり,言葉であればその意味を理解することができるか どうかは情報の受け手次第の問題であるとも言える.
このように身体的存在感とは,実際に空間を共有し,身体だけではなく空気の揺れまで を含む大きな情報であると考えられる.
存在感
「存在感」という言葉を適切に表すことは非常に難しいが,これを本研究の趣旨に沿っ て解釈した場合に,上述した2種類の分類が可能であろうと考える.つまり,人が物理的,
身体的に感じることができる存在感と,人の内的な現象として経験,想起される存在感で ある.これら2つの存在感は互いに不可分であると考えられるが,それぞれの特徴もある と考えられる.つまり,身体的存在感は物理的に空間を共有し,多くの情報を直接を交換 する対話のなかに存在する.認知的存在感は文字や声などの対面と比べると小さい情報で あっても,その情報に含まれる意味を解釈することで,情報を受け取る人の中に生じる現 象であると言える.これは身体的な存在感を経験した結果生じる関係性によることも多い と考えられる.このように,身体的存在感から認知的存在感の質が変化したり,またこの 逆もあり得る.この点において,本研究ではこれら2つの存在感を大きく「存在感」と呼
ぶこととする.ただし,認知的存在感の計測,評価は現在の技術では難しい.このため,
本研究では主に身体的存在感の評価を行うこととする.
ここで,一点考慮するべき事項がある.たとえば,物理的に空間を共有しても,対話な どの相互作用が無ければ存在感は小さい可能性がある.また,この場合,経験される存在 感の小ささから認知的な存在感へ与える影響は小さいかもしれない.これはつまり,身体 的存在感は対話における相互作用も大きく関係し,この経験が認知的存在感に影響すると いうことである.たとえ物理的に空間を共有したとしても,相互作用が無ければ人の内面 に存在感は生じないであろう.