第 3 章 超弾性グローブの設計と製造
3.1 グローブ製作に超弾性素材を用いる際の課題
日本の装飾グローブに関わる研究は,第2章で述べた歴史のとおり,戦後アメリカ から輸入されることによって発達したリアルな外観を有する塩化ビニル製グローブか ら,1960 年代後半の早稲田大学と今仙技術研究所の取り組みにより電動義手 WIME-handへの応用が行われ [西岡研一, 1993],その後,塩化ビニルの欠点を補う目的でシ リコーン製へと変遷し,さらなる着色法の検討など様々な取り組みが進められてきた.
その結果,外観については,利用者本人の手と見紛うほどの高いレベルに到達してい る.しかし,電動義手の駆動系が複雑化するとともに,外観のリアルさだけではなく,
動作のリアルさや物体把持性能までが求められるようになり [河村次郎ほか , 1999]
新たな課題への挑戦が必要な時代となっている.
本節では,超弾性グローブの設計と製造について,超弾性素材を用いるうえでの課 題と解決法をまとめる.課題については,筋電義手に用いることの可能な義手グロー ブの要件を洗い出す.
義手用装飾手袋(JIS用語)に規定する要件
「義手用装飾手袋(Cosmetic gloves for artificial hands)」は,日本工業規格(JIS T9223: 1995)により,装飾ハンド用と能動ハンド用(幼児用及び小児用のものを除く)とし て規格が定められている[日本工業規格 JIS9223 義手用装飾手袋, 1995].
用語については,
ハンド・・5本の指をもつ人の手の形をした義手用手先装置
装飾手袋・・人の手の外観をできるだけ復元した軟性プラスチック製の手袋.
ハンドの外装として使用
装飾ハンド・・機能的には動かないハンドで,外観を装飾手袋で整えたもの とされている.
義手用装飾手袋に適用される工業試験規格は,
JIS K 6251 加硫ゴムの引張試験方法
JIS Z 8721 色の表示方法-三属性による表示
JIS Z 8722 色の測定方法-反射及び透過物体色
であり,これらのことから,装飾手袋が,引張強さと伸び率によって性能が規定され,
色についても規定されていることが分かる.
引張強さの性能の基準は以下表 3-1 とされ,図 3-1 の求め方により算出する.
3.1 グローブ製作に超弾性素材を用いる際の課題
表 3-1 引張強さの性能基準
項目 性能
引張強さ MPa{kgf/cm2} {45.0}以上 伸び % 350以上 永久伸び % 50以下
図 3-1引張強さ及び切断時伸び
(日本工業規格:http://kikakurui.com/t9/T9223-1995-01.html より引用)
試験片は,JIS K 6251に規定するダンベル状2号試験片を用いること,原則として 装飾手袋の手首部,手背部及び手掌部の平滑面から打ち抜き,厚さについては現品の まま,とされている.4 個の試験片の測定値の平均値を求め,上記の式によって算出 する.引張速さは500±50mm/min.
色については,装飾手袋の外表面の色は,装飾手袋の手背部で,色が一様な部位 について JIS Z 8722の方法で測定し,JIS Z 8721 に規定する表示記号によって行う こととされている.
このことについては,義手用装飾手袋の用語の定義が,「人の手の外観をできる だけ復元した軟性プラスチック製の手袋.ハンドの外装として使用する」とされてい ること,また,「装飾手袋の外観は,きず,気泡,はん点,凹凸など装飾性を損なう ような欠点がなく,手の肌色をできるだけ再現するものでなければならない.」と記 述されていることから,これらを満たす基準であると考えられる.
なお,「義手用装飾手袋」は,JIS 用語であるが,本研究では,義手用装飾グロー ブ,または義手用グローブ,または装飾グローブと表現する.
■上記のことより,JIS規定が定めている義手用装飾グローブの要件は,
・人の手の外観をできるだけ復元したものであること
・きずや気泡,はんてん,凹凸がないものであること
・手の肌色をできるだけ再現したものであること
・基準の引張強さと伸び力と破断点があること
である.
ところで,JIS T9223で規定されている装飾手袋の素材と種類の範囲について,「規 定の解説(平成7年(1995)10月改正)」 [JIS 9223, 1995]で言及されていたのでここ に記す.
素材の範囲
制定当時,一般に使用されている装飾手袋はポリ塩化ビニル製のものだけであ るが,将来はシリコーン樹脂やポリウレタン樹脂を素材とする装飾手袋も登場す ることが予測される.このことについて討議を行ったが,素材が異なることよ り,物理的特性も異なることや調査研究のための対象製品がないことから,この 規定では,ポリ塩化ビニル製の装飾手袋に限定して規格を作成し,それ以外の軟 質プラスチックまでは含めなかったと記されている.
種類の範囲
ハンドには,装飾性の回復を主な目的とした装飾ハンドと,装飾性に加えて機 能の回復も目指した能動ハンドや電動ハンドの2種類がある.
後者の機能的なハンドに使用するものは,動きを制限しないようになるべく薄手 に作らなければならない.能動ハンド用の装飾手袋は,電動ハンドの外装として も,装飾ハンドの外装としても使用するものとして規定されている.
3.1 グローブ製作に超弾性素材を用いる際の課題
コスメティック(外観)の重要性
前項の JIS 規定でも示されたように,日本において義手に求められる最も重要な機 能は外観であり,手指または腕の色,形状,手指姿勢の再現が必要とされる.
ヒトの手指は,手背 と 手掌 と 五本指 より構成される[岩本光雄, 2017].
手背(手の甲,表側)は腱と皮膚のみが存在し,組織が比較的薄く,つまみやすく,
可動性に富んだ皮膚が手指を曲げやすくしている.指の骨を引っ張り,指を真っすぐ に伸ばす役目の伸筋は,総指伸筋,長母指伸筋,示指伸筋,小指伸筋がある.収縮す る筋肉部分は前腕にあり,その筋肉部分から発して腱が指に達しているのが手背で見 えている.4つの腱の間に腱間結合があるために,4本の指を同時に伸ばそうとする.
また,長母指伸筋,示指伸筋,小指伸筋の腱はそれぞれの指を個別に伸ばすことが可 能であるが,個別の筋のない中指と薬指は単独では伸ばしにくい構造となっている.
一方,手掌(裏側)の皮膚は角質化した厚い表皮に覆われ,皮下組織も移動性が少 なく,軟部組織が存在する.指を曲げるための主要な屈筋(浅指屈筋)の,第2指~
5 指にいく腱の 4 本の間には腱間結合はないため,示指~小指までの指は個々独立に 曲げやすくなっている.手掌には,汗腺が多く,触覚を感じる小体が多く存在する.
岩本によると,手掌表面には,掌紋や指紋の模様のもとになっている皮膚隆線が並ん でおり,手で何かを握ったり,指で何かに触ったりすると隆線がゆがんで軟部組織内 部の神経が感じ取りやすくなっている構造をしている.汗の出口も多く,これは,滑 り止め効果の役割を果たしている.手相を見るときに使用される皺があることも手掌 の特徴である.
また,指は,先端が半球状で終端する円筒形の立体形状を特徴としており,拇指は,
末節骨,基節骨に,他の4指は,末節部,中節部,基節部に分類され,手背・手掌に 接続している.末節部は,指の先端に位置し,指腹部と末節骨の背面に位置する爪 [木 村澄子, 2017]により構成され,指腹部には渦状・蹄状・弓状の模様を有する指紋が存 在する [岩本光雄, 指紋, 2017]とともに,指腹部背側を覆うように爪が配置されてい る.
このような自然な手の形態特徴を有する義手用装飾グローブの開発が求められる.
■ここで,自然な手の形態特徴をグローブで再現する際に考慮の必要な要素は,
・手背の皮膚が薄く,つまみやすく,可動性に富むことが指を曲げやすくする
・腱間結合がない場合,5指が独立に動く
・手掌部は厚い
・手掌表面の隆線が感覚器となり,また,汗の出口が滑り止めの役割を負う
・指腹部には指紋と爪が存在
であると考えられる.
グローブの寸法の計測箇所
皮膚の厚み
前野は,ヒト指腹部の皮膚表面の指紋および皮下組織が複雑な形状を有すること に着目し,指断面内の真皮,表皮の厚さ等を,ヒト新鮮屍体の示指断面を解剖し,
ノギスによって計測した.その結果,指腹部の真皮,表皮の厚さはそれぞれ約 0.75mm および 1.0mm であった [前野隆司他, 1997].傳田も,ヒトの皮膚の厚みについて,
表皮は 0.06-0.2mm、真皮は 2.0〜2.2mm である(掌や足の裏など場所によって異な る )と述べている[傳田光洋, 2006].
これらをグローブで表現する指腹部の厚みの参考とする.
図 3-2 グローブの寸法測定箇所 [JIS9223 1995]より図引用
A:長さ
B:中指の長さ
C:中指近位指節関節部の周り D:ナックル部分の周り E:手首部分の周り
3.1 グローブ製作に超弾性素材を用いる際の課題
物体を把持する形状に即した義手の把持性能
ヒトが物の把持を行うときには,いくつかの手指形状を取る.ヒトは,意識せずに,
それらを対象物の形や重さ,把持して何を行うかなどの運動タスクに合わせ,適切に 把持形状を使い分け,巧みな把持運動を実現する.このような,ヒトが行う把持形状 の分類については様々な提案がある [鎌倉矩子他, 1978](図3-3).
鎌倉以外のこのような分類について表 3-2 にまとめる[福村直博, 2017][池内克史,
2000] [池田直人, 平成16年].
表 3-2 把持形状の分類
発表 年
名 把持形状分類 分
類 数
分類の趣旨
1919 Schlesinger hook grasp(鉤握り)
cylindrical grasp(筒握り) 7
義手デザインの必要
図 3-3 手指主要動作(Kamakura の 14 種の分類) (横井浩史 [横井他, 2019]より引用)