第 4 章 個人志向と社会志向が共存するサードプレイスの形成メカニズムの
4.5 エージェント・ベース・モデル
4.5.1 モデルの概要
本章では,ある一つのTPと,それを利用する可能性がある潜在的な利用者集 団をモデル化する.利用者の行動は,居心地の良さに動機づけられた行動として モデル化される.特に,交流や会話に起因して発生する居心地の良さに着目して モデル化し,社会志向と個人志向の人々によってTPがどのように利用されるか をシミュレーションから観察する.本論では,利用者の行動を次のように単純化 して捉える.各利用者はある単位期間ごとにTPを訪れるかどうかの意思決定を 行う.TPを利用して居心地が良かった場合は,次の期間もTPを訪れやすくな り,居心地が悪かった場合は訪れにくくなる.図4.2はTPの利用者行動モデル の概略図である.以降では,t回目の意思決定と行動が行われる時点をstep tと 呼ぶ.
一人の利用者を一体のエージェントとして表現する.社会志向の利用者と個人 志向の利用者が共存可能なTPを検討するために,社会志向の人々をモデル化し
8例えば,TP創出の社会実験を行う小林・山田(2014b),小林・山田(2015)は,条件の統制 は行わない実験を数度実施し,その結果を事後的に分析するに留まっている.
た社会志向エージェント(以降では,略して社会志向と呼ぶことがある)と,個人 志向の人々をモデル化した個人志向エージェント(略して個人志向と呼ぶことが ある)が混在する集団を考える.二種類のエージェントは居心地の良さを感じる 基準やTPで交流をする傾向が異なるという点からその違いが表現される.集団 に含まれる社会志向エージェントの数はNsoc,個人志向エージェントの数はNind である.人々の仲を取り持つコミュニティリーダーの存在は共存を促進すると考 えられるが,本モデルではそのような特別な働きをする者の影響は検討しない.
3.5節で論じたように,特別な働きをする人材を見つけること自体が難しいため,
地域コミュニティの設計とういう観点からは,特別な存在が居なくても共存を実 現できる方法を発見することの方が価値がある9.そこで,各利用者は,TPで起 こるコミュニケーション(正確には他の利用者の間で起こるコミュニケーション)
には,一切介入しない状況を考えてモデル化する.
4.5.2 サードプレイスの利用行動
TPの利用行動は,各々がTPをどれだけ好んでいるかという評価に基づいて 決まると考えモデル化する.エージェントがstep tで当該のTPをどの程度好ま しく思っているかの評価をAtiで表現する.Atiは0から1の実数を取る変数とす る.ここで1はTPを好ましく思っている状態を,0は好ましく思っていない状 態を表す.TPの利用頻度はTPへの評価と正の相関関係にあると考えるのは妥 当に思える.そこで,利用の意思決定が主にTPへの評価Ati に基づいて行われ る場合を考え,利用行動を評価に基づいた確率的な行動としてモデル化する.す なわち,エージェントiがstep tでTPを訪れるか(Visit) 訪れないか(Not visit) という行動(Bti)は,(式4.1)に従い決まるものとする.
Bit=
⎧⎪
⎪⎪
⎪⎨
⎪⎪
⎪⎪
⎩
Visit, Ati >rand(0,1) Visit, δ>rand(0,1) Not visit, otherwise
(4.1)
rand(0,1)は0から1の一様乱数(0以上1未満)である.δは利用行動を誘発す る外的要因の強さを表している.たとえば,友人や知人に誘われてTPを訪れる
9利用者に特別な働きを期待することは難しい.一方でTPには運営者がおり,運営者が利用者 間のコミュニケーションを取り持つような特別な働きをすることは十分期待できる.そこで4.6.3 項では,“運営者が”利用者間のコミュニケーションを促進するような特別な役割を果たす場合に ついて検討する.
場合のように,さまざまな理由で利用行動は起こるだろう.δはそういった本論 では明示的に考慮しない要因が引き起こす利用行動を表現している.δは 0から 1の実数を取り,1に近いほど外的要因の影響が強いことを意味する.単純化の ために,外的要因の影響には個人差も時間変化もない場合(δはiやtによらずに 一定の値)を考える.意思決定は同時かつ互いに独立になされ,全てのエージェ ントが毎stepごとに意思決定を行う.
TPで起こる会話や交流は,各利用者の積極的に交流をしようとする態度に依 存して起こるものとしてモデル化する.TPを利用したエージェントiが他者と のコミュニケーションを希望する確率(以降では,コミュニケーション傾向と呼 ぶ)をpi,エージェントjが他者とコミュニケーションを希望する確率をpjとし よう.両者の間で実際にコミュニケーションが起こるのは,両者が共にコミュニ ケーションを希望した場合のみであると考えるならば,コミュニケーションが起 こる確率はpi·pj としてモデル化できる10.人々が相手やタイミングによってコ ミュニケーション傾向を変えることや,コミュニケーション傾向に個人差がある ことは当然考えられる.しかし本論では,そのような複雑な場合は考えず,コミュ ニケーション傾向piが各志向間でのみ異なる場合を考える.このような単純な場 合を考える理由は,TPにおける共存の難しさは,人々の交流の仕方の多様さと いうよりは,居心地の良さの感じ方の多様さに起因していると考えるからである.
以降では,社会志向エージェントに共通するコミュニケーション傾向をpsoc,個 人志向エージェントに共通するコミュニケーション傾向をpindと表記する.step tでTPを利用したエージェントiとエージェントj(Bit= Visit, Bjt = Visit )の 間で実際に交流が起こるかどうか(ctij)は,(式4.2)により計算される.ctijとctji は同じ値である.step tでエージェントiが交流した人数(nti)は(式4.3)によ
10他にも,両者がコミュニケーションが望んだ場合に実際にコミュニケーションが起こるという よりは,一方がコミュニケーションを望みかつもう一方がそれを受け入れた場合にコミュニケー ションが起こると考えてモデル化することもできる.どちらがモデルとして妥当であるかを判定 するには,実際のTPでのコミュニケーションを調査する必要がある.ここでは,本脚注で記載 した方法ではコミュニケーションを受け入れる確率という新たなパラメータを導入する必要があ り,本論の関心から外れる所でモデルが複雑化するデメリットがあると考え,同じぐらい説得力 がありながらより単純な本文で記載した方法を採用した.
り計算される11.
ctij =
⎧⎨
⎩
1, pi·pj >rand(0,1)
0, otherwise (4.2)
nti =&
j
ctij (4.3)
4.5.3 居心地の良さとサードプレイスの評価形成
TPにおける居心地の良さを,社会的要因に起因した居心地の良さと,物理的 要因に起因した居心地の良さからモデル化する.TPへの評価Atiは居心地の良さ に基づいて形成されるものとしてモデル化する.ここで想定する居心地の良さを 作り出す社会的要因とは,交流や会話である.居心地の良さを作り出す物理的要 因とは,雰囲気の良い空間デザインやコーヒー,音楽の提供といったサービスで ある.われわれの関心は,社会的要因と利用行動の関係であるので,本論ではこ こに焦点を当てたモデル化を行う.TPの評価に影響を与えるその他の要因につ いては,その影響が十分小さいか統制されている場合を考えることにして,ここ では考慮しない.図4.3は会話や交流に基づいた居心地の良さとTPの評価形成 の概略図である.
交流や会話に基づいて主観的な居心地の良さが判定される仕方はさまざま考え られるが,本論では最も単純と思える交流人数に基づいた閾値モデルとしてモデ ル化する.すなわち,利用者は次のように居心地の良さを判断しているものとし てモデル化を行う.交流や会話を求める社会志向の者にとっては,TPでの他者 との交流は居心地の良さを生み出すだろう.したがって多くの交流はTPの評価 を上げるはずである.一方で,一人の時間を過ごしたい個人志向の者にとっては,
他人に自分の時間を邪魔されずに自分の時間を過ごせることが居心地の良さを生 み出すはずである.したがって少ない交流がTPの評価を上げるはずである.以 上の判断がある閾値に基づいてなされると考えれば,エージェントiのstep tで の居心地の良さは,TPで交流した人数nti とiが持つ閾値に基づいて判定され,
居心地が良いと感じればAtiは増加し,居心地が悪いと感じればAtiは減少すると
11このモデルではTPを訪れた人が,他の全ての利用者と交流することも論理的にはあり得る.
しかし,例えばNsoc= 50, Nind= 50, psoc= 0.7, pind= 0.2で,全てのエージェントがTPを利 用している場合でも,社会志向エージェントが他の99体全てのエージェントと交流する確率は 1.0×10−57以下である.交流人数(nti)が非現実的なほど大きい数値になる確率は極めて低い.