第 4 章 対称性と保存則 45
4.7 ウィグナーの定理
古典論では2つのベクトルの内積は座標系の取り方によらず保存され る。二つのベクトルを同時に平行移動、回転、反転操作を行っても内積は 不変に保たれる。実際、2つのベクトルu,vにこれらの変換を行って得ら れるベクトルをu′,v′とすると、u·v=u′·v′が成立する。これに対応す る量子版は何か、それに対する答えを与えてくれるのがここで述べるウィ グナーの定理である3。古典論との違いは、ヒルベルト空間のベクトルは 複素数であり、かつ、波動関数全体に位相因子をかけたものは同じ量子状 態を表すという点である。このことから、古典論の内積の保存に対応する 量子力学的対称性は
|⟨ϕ|ψ⟩|=|⟨ϕ′|ψ′⟩| (4.40) と表される。ここで、|ϕ′⟩, |ψ′⟩はそれぞれ|ϕ⟩, |ψ⟩を変換して得られた ヒルベルト空間のベクトルである。すなわち、
Tˆ|ϕ⟩=|ϕ′⟩, Tˆ|ψ⟩=|ψ′⟩ (4.41) ウィグナーの定理によると、(4.40)が任意の状態|ϕ⟩, |ψ⟩に対して成立す る変換Tˆは、状態ベクトルの位相を適当に選ぶことによって次の2つの いずれかであることを示すことができる。
Tˆ(α|ϕ⟩+β|ψ⟩) =α|ϕ′⟩+β|ψ′⟩かつ ⟨ϕ′|ψ′⟩=⟨ϕ|ψ⟩ (4.42) または
Tˆ(α|ϕ⟩+β|ψ⟩) =α∗|ϕ′⟩+β∗|ψ′⟩かつ ⟨ϕ′|ψ′⟩=⟨ψ|ϕ⟩ (4.43) ここで、α, βは複素数である。前者の場合は写像Tˆは線形でかつユニタ リー、後者の場合は反線形でかつ反ユニタリーと呼ばれる。
これを証明するために、完全規格直交基底{|ei⟩} (i= 1,2,· · ·)とそれ をTˆで変換して得られる基底|e′i⟩:= ˆT|ei⟩を考える。(規格化されていな い)状態|fj⟩:=|e1⟩+|ej⟩(j= 2,3,· · ·)を考えると、(4.40)より次式が 成立する。
|⟨e′1|fj′⟩|=|⟨e1|fj⟩|= 1 (j= 2,3, ,· · ·)
|⟨e′j|fk′⟩|=|⟨ej|fk⟩|=δjk (j= 2,3,· · ·) これらからθj, δjを任意の実数として
|fj′⟩=eiθj|e′1⟩+eiδj|e′j⟩
3E. P. Wigner,Group Theory, Academic Press, New York (1959), p.233
4.7. ウィグナーの定理 53 と書けることがわかる。位相因子だけ異なる状態ベクトルは物理的には等 価なので、位相因子を状態に吸収したものを改めて|e′1⟩, |e′j⟩と書くと
Tˆ(|e1⟩+|ej⟩) =|e′1⟩+|e′j⟩ (4.44) が得られる。さて、任意のベクトル
|ϕ⟩=∑
i
ai|ei⟩ の写像
|ϕ′⟩:= ˆT|ϕ⟩=∑
i
a′i|e′i⟩ を考えよう。仮定(4.40)により
|a′i|=|⟨e′i|ϕ′⟩|=|⟨ei|ϕ⟩|=|ai| (4.45) さらに
(⟨e1|+⟨ej|)|ϕ⟩=a1+aj, (⟨e′1+e′j|)|ϕ′⟩=a′1+a′j なので、仮定(4.40)より|a1+aj|2 =|a′1+a′j|2、よって
a∗1aj+a1a∗j =a′∗1a′j+a′1a′∗j 両辺を(a1a∗1aja∗j)1/2 = (a′1a′∗1a′ja′∗j )1/2で割ると
( a∗1aj a1a∗j
)1
2
+ c.c.=
(a′∗1a′j a′1a′∗j
)1
2
+ c.c.
が得られる。ここで、c.c. はそれに先立つ項の複素共役を示している。こ れから
eiθ+e−iθ =eiθ′+e−iθ′ この解はθ=±θ′である。
θ = θ′の時はa′∗1a′j/(a′1a′∗j ) = a∗1aj/(a1a∗j)なので状態|ϕ′⟩全体にかか る任意の位相をa′1 =a1となるよう選ぶと、a′j/a′∗j =aj/a∗j が得られる。
従って、(4.45)よりa′j =ajが得られる。それゆえ
|ϕ′⟩=∑
i
ai|e′i⟩ (4.46)
同様にして他の状態ベクトル|ψ⟩=∑
ibi|ei⟩に対しても|ψ′⟩:= ˆT|ψ⟩の位 相を適当に選ぶことによって|ψ′⟩=∑
ibi|e′i⟩が言える。こうして、(4.42) が得られた。
次にθ=−θ′の場合を考える。この時はa′∗1a′j/(a′1a∗j) =a1a∗j/(a∗1aj)な ので、|ϕ′⟩の位相をa′1 =a∗1になるように選ぶとa′j/a′∗j =a∗j/ajとなる。
よって、(4.45)よりa′j =a∗j が得られる。それゆえ、
|ϕ′⟩=∑
i
a∗i|e′i⟩ (4.47) が得られる。同様にして他の状態ベクトル|ψ⟩ = ∑
ibi|ei⟩に対しても
|ψ′⟩= ˆT|ψ⟩の位相を適当に選ぶことによって|ψ′⟩=∑
ib∗i|e′i⟩が言える。
こうして、(4.43)が得られた。
空間の並進や回転のように連続変換が可能なものはユニタリー変換のク ラスに属する(波動関数の連続性より、無限小の変化に対して係数が複素 共役へとジャンプすることはできない)。離散的な変換については、空間 反転はユニタリー変換であるが時間反転は反ユニタリーである(3.8節参 照)。ウィグナーの定理は⟨ϕ|ψ⟩= 0ならば⟨ϕ′|ψ′⟩= 0でなければならな
いという(4.40)よりも弱い条件下で証明することもできる4。
4G. Emch and C. Piron, J. Math. Phys. 4, 469 (1963); N. Gisin, Am. J. Phys.
61, 86 (1993)
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