3-1.調査目的
本調査は、海外諸国における自国以外の医療に対する需要を、その質と量の両面において把握 することを目的として実施した。調査対象国としては、日本の医療サービスを受けるために相対 的に多くの患者を送出することが想定される中国、ロシア、サウジアラビア、UAEを選定し、各 国における医療事情とともに、他国における医療サービスに対する評価を把握した。
3-2.調査内容
1)各国の医療に関する概況調査
調査対象とした4カ国の経済状況や医療の状況について、WHOや世界銀行等の国際機関や 各国の統計局等が公表する統計データを基に、各国の人口や経済状況、医療に関する状況等の 整理・分析を行った。
2)各国における医療需要調査
(1)調査の概要
調査対象4 カ国に在住する一般市民を対象としたインターネットアンケート調査を実施した。
実施した内容は以下のとおりである。
なお、アンケート対象者については、日本への渡航費用、検診・健診サービスや治療サービ スを利用するための費用負担に耐えうる一定以上の所得水準にある者の中から抽出した。一方、
統計的解析を行う上で有意なサンプル数を確保するため、各対象国において年収の高い層を中 心とした200サンプル以上の回収が可能となる年収条件を設定した。
図表・ 34 インターネットアンケート調査の実施内容 調査手法 インターネットアンケート
(野村総合研究所TrueNaviを利用)
調査期間 2011年2月7日~2月13日
調査対象 ・中国、ロシア、サウジアラビア、UAEに居住しており、
以下の年収条件を満たす個人
-中国 : 5,500 US$以上
-ロシア : 4,000 US$以上
-サウジアラビア :15,000 US$以上
-UAE :15,000 US$以上
回収数 ・中国 :260
・ロシア :252
・サウジアラビア :248
・UAE :251
出所)野村総合研究所作成
(2)調査項目
インターネットアンケート調査における調査項目を次表に示す。
図表・ 35 インターネットアンケート調査における調査項目
カテゴリー 目的 調査項目
①フェイス項目 調査対象者の基本情報を把握す ること。
・性別
・年齢
・家族構成
・国籍、居住国、居住地域
・職業
・世帯年収(直近1年)
・現在罹患している疾病
②過去の海外医療サー ビス利用経験
調査対象者の過去の海外医療サ ービス経験を把握し、その利用 傾向を分析すること。
・過去の海外医療サービス利用経験、渡 航先
・利用内容(治療/検診・健診)
・治療した疾病
・医療サービス利用期間
・医療サービス利用コスト
・医療サービスの満足度
・満足/不満足の理由
・今後の渡航意向
・渡航したくない理由
③海外医療サービス利 用時の意思決定プロ セス
海外医療サービスに関する情報 源、収集する情報の内容、品質 に関する評価を把握すること。
・情報収集の方法
・情報源、信頼性の高い情報源
・収集する情報の内容
・サービスの品質と価格との関係性(品 質が良ければ高い価格でもよいか)
④医療サービスを利用 したい国とそのイメ ージ
海外の医療サービス提供国・地 域への渡航意向とその背景を把 握すること。
・医療サービスを利用してみたい国、利 用したいと思う理由
・医療サービスを利用したいとは思わな い国、利用したいとは思わない理由
⑤日本の医療サービス に対する評価
日本の医療サービス利用意向お よび、その背景、ニーズのある サービスを把握すること。
・日本への渡航経験
・日本の医療サービスの利用意向、その 理由
・Webサイトや医療ビザ制度など、医療 サービス利用者に対して提供される各 種サービスの有用性
出所)野村総合研究所作成
3-3.調査結果
1)中国
(1)対象国の概要
①人口・寿命
中国の2009年時点での人口は、13億3,474万人であり、世界最大の人口規模を誇る。近年そ の成長率は下がってきているものの、絶対数としては漸増中である。
2008年時点における平均寿命は73.1歳であり、直近の8年間で約2歳長くなっているが、そ の内訳は、15歳以下が約20%、65歳以上が約8%で、15歳以下の人口が徐々に減少してきてお り、将来的には若年人口割合の減少、人口の高齢化が見込まれている。
図表・ 36 中国における人口および人口成長率の推移
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 14.0
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
人口成長率(%)
総人口(億人)
総人口 人口成長率
出所)World Bank ,”World Development Indicators 2010”を基に野村総合研究所作成 図表・ 37 中国における人口構成の推移
0.0%
20.0%
40.0%
60.0%
80.0%
100.0%
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
~14歳 15歳~64歳 65歳~
出所)World Bank ,”World Development Indicators 2010” を基に野村総合研究所作成
②所得
中国人の平均所得は、1990年代から2000年代にかけて著しく上昇し、2008年には29,229元
(約36万6,000円)に達した。中でも沿海部はその他の地域と比較して平均所得が高い傾向に
あり、2009年時点での平均所得は、沿岸部平均で38,136元1であった。
図表・ 38 中国人の平均所得の変化
4,538 5,500 6,210 6,470 7,479 8,346 9,371 10,870 12,422 14,040 16,024 18,364 21,001
24,932 29,229
0.0%
5.0%
10.0%
15.0%
20.0%
25.0%
30.0%
35.0%
40.0%
-5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000
1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
増減率(%)
平均所得(人民元)
平均所得(人民元) 増減率(%)
出所)中国統計年鑑2009、Average Wage of Staff and Workers by Status of Registration and Regionを基に 野村総合研究所作成
③医療の状況
中国国内における医療サービスの品質にはばらつき・格差があり、高度な医療機関もある一 方で農村部などでは医療の提供状況が不十分だという指摘もある。中国では1998年に医療保険 制度改革を行い、段階的に都市部、農村部の保険制度整備を進めているが、医療保険財政が厳 しいほか、保険制度も地域によってばらつきがあるとの報告もある2。このような状況の改善と 医療衛生市場の活性化を目的として、中国政府は、2010年11月に民間資本による医療機関の 設立を奨励する通知を発表したところである。
A.疾病構造
中国における死因の上位10疾患を次表に示す。死因としては、脳血管疾患が約165万人
(18.1%)、慢性閉塞性肺疾患が約128万人(14.0%)と多いほか、胃がん、肝臓がん、気管・
気管支・肺がんなどのがんも死因の上位を占めている。
1 中国統計年鑑2009 ” 4-13 Average Wage of Employed Persons in Urban Units by Status of Registration and Region”
2 楊開宇、坂口正之「中国の「基本医療保険制度」の展開と地域格差の実態」生活科学研究誌Vol4(2005)
図表・ 39 中国における主な死因と死者数(2009年)
1,652 1,283 702
415 324 321 273 272 270 268
3,355
0 1,000 2,000 3,000 4,000
脳血管疾患 慢性閉塞性肺疾患 虚血性心疾患 胃がん 肝臓がん 気管・気管支・肺がん 周産期の状態 自傷行為によるけが 結核 下気道感染症 その他
(千人)
出所)WHO Mortality Country Fact Sheetを基に野村総合研究所作成
退院者数からみると疾病構造は次のとおりとなる。最も多いのは呼吸器系、循環器系でとも に13%台である。循環系疾患では、脳血管疾患、虚血性心臓病、高血圧など、呼吸系疾患では、
肺炎、気管支炎・肺気腫・その他の慢性閉塞性肺疾患などが多い。
図表・ 40 退院者数からみた疾病構造
13.6%
13.4%
12.0%
11.7%
11.2%
7.5%
5.9%
5.0%
3.4%
2.8%
2.3%
2.3%
2.2%
2.1%
1.3%
0.8%
0.8%
0.7%
0.6%
0.5%
0.0% 5.0% 10.0% 15.0%
呼吸系 循環系 損傷・中毒 消化系 妊娠・分娩・産褥 腫瘍 泌尿生殖系 健康状態へ影響するもの 伝染病・寄生虫 内分泌・代謝疾病 眼・附属器官 筋肉骨格系統・結合組織 神経系 周産期に起因するもの 症状、臨床・実験での異常所見 血液・造血器官・免疫疾病 先天性奇形・変形・染色体異常 皮膚・皮下組織 精神・行為障害 耳・乳突
出所)中国衛生統計年鑑2009を基に野村総合研究所作成
B.医療機関
中国における医療機関としては、日本の病院に相当する「医院」、日本の診療所に相当する無 床の小規模医療機関である「問診部」、農村部に位置し、農村部の医療を行う有床診療所に相当 する「衛生院」、コミュニティ医療サービスセンターにあたる「社区衛生服務中心」などがある。
2008年の医療機関数は全体で278,337機関であり、その中では問診所が最も多く、全体の65.7%
(180,752施設)を占めている。
図表・ 41 中国における医療機関の内訳
65.7%
14.5%
8.8%
7.2%
1.3%
1.1% 1.0% 0.5%
0.1%
問診部(所)
衛生院
社区衛生服務中心 医院
疾病予防控制中心 婦幼保健院 衛生監督所 専科疾病防治院 療養院
出所)衛生統計年鑑2009を基に野村総合研究所作成
中国の医療機関のうち日本の病院に該当する「医院」は、2008年時点で19,712機関存在した。
「医院」は一級から三級に分類されており、三級病院が先進的な総合病院、一級病院が末端の 地域密着型の病院と位置付けられている。また、無等級の病院もある。三級病院は更に特等・
甲・乙・丙の4等級、二級病院は甲・乙・丙の3等級、一級病院も甲・乙・丙の3等級の区分 が設けられており、全体で10の等級に分けられている。
なお、等級別の構成比率については、二級病院が6,780機関(34.4%)と最も多く、三級病院
が1,192機関(6.0%)で最も少ない。
図表・ 42 中国における医療機関の区分
等級 特徴 業務指導を行う行政 病院の規模
(病床数)
三級
・多地域に高水準な医療サービスを提供 し、高等医学の教育基地として、医学 研究などを行う。
・最新技術と最新設備を備える総合病院。
・省、自治区、直轄市 500床以上
二級
・多地区に医療サービスを提供し、医学 研究、教育を負う。
・救命救急機能も具備する地区レベルの 病院。
・地区、市、県 100~499床
一級
・初級レベルの医療を施す地域密着型病 院、またはコミュニティ医療サービス センター。
・農村部では郷、鎮が管理
・都市部では、住宅団地の中 の街道弁事処が指導
30床未満
出所)各種資料より野村総合研究所作成
図表・ 43 等級別にみた医療機関の割合
6.0%
34.4%
25.3%
34.2% 三級病院
二級病院 一級病院 無等級
出所)中国衛生統計年鑑2009を基に野村総合研究所作成
病床数別に医療機関を見てみると、50床未満の小規模な医療機関が8,166機関と最も多く、
全体の41.4%を占める。一方、600床以上の大規模病院は488機関であり、全体の2%程度にと どまる。