5.1 通時的な考察の目的
本章では、「よほ ど」の意味と 用法 について、通時的な 観点 から その変遷について述べる。
本研究の対象は現代語であり、第4章でも現代語の「よ ほ ど」について用法記 述を行った。
その際に現代語を対象とした本稿の資料においても 、(1 )現代の用法の典型とみなせるも の、周辺的であれ、ある用法からの拡張とし てみなせるも ののほかに、(2)年代の 古い作 品に偏るやや古めかしさが感じられるもの、各用法の いず れにも位置づけにくいものがあ った。(1)については第4章の各 用法の記述において示 し、(2) については4.7の位 置づけ未詳の例でまとめて示した。
意味や用法が歴史的な変化のなかにあるものであれ ば、 現代語の「よほど」の用法の相 互のつながりや典型からはずれる用例の位置づけを考 える にあたっても、「よほど 」の意味 と用法がいつごろどのように変化して現代に至るのか とい う道すじをとらえておくことは 重要である。本章では、現代語の共時的な記述のため に、 大まかにでも現代語に通じる通 時的な変化を時代を遡って把握することを目的に、通 時的 な考察を行う 。
本稿は通時的変化そのものを直接の対象とするもの では なく、「よほど」の成立にまで遡 っ た 詳 細 な 調 査 を 行 う こ と は で き な い 。 そ れ に つ い て は 『 日 本 国 語 大 辞 典 』 第 2 版
(2000-2002)、山口 堯二(2006)を参考に する。 山口(2006)は、「よほ ど」の 形成 、副詞 と し
ての成立とそれ以降の意味の変遷について詳しい。現 代語 に至る「よほど」の意味と用法 の具体的な変化を直接扱った先行研究は見られないが 、山 口(2006)で、「江 戸後期ごろから、
他と比較された相対的な程度差や、推量・推定・仮定 、意 志の持続の事後表現などの、志 向性のめ だつ 表現に も用途 が広 がって いる」(p.154)との 指摘があ る。 この指 摘をも とに 、 現代の用法へのつながりがうかがわれる江戸後期を境 に、近世後期以前については、『日本 国語大辞典』第 2 版(2000-2002)、と山口(2006)の記述に拠る。近世後期以降については、
対象となる資料をもとに使用実態の調査を行い、古く どの ように用いられていたか、 そし て、現代語の用法への定着がどのようにみられるかに つい て述べる。
5.2 近世後期以前の「よほど」
5.2.1 辞書における記述
『日本国語大辞典』第 2版(2000~2002)には「よっぽど」「よほど」の項にそれぞれ次の ような記述がある。
よっ ぽど49(「よきほど」の変化した語 。「余程」は江戸時 代以降のあて字)
49 「よっぽど」の項は《形動》と《副》に分けて記述されている。《形動》には①程度や数量が適当す
132 《副》①よい程度に。ほどよく。ちょうどよく。
②ほとんどそれに近いさま。おおよそのと ころ 。だいたい。おおかた。
「昭襄王からはよっほと百余年であらう ぞ」(史記抄(1477)五・秦始皇 本 紀 ) ③かなりの程度であるさま。ずいぶんに。 相当 に。
「この四つのあしき覚悟のなきはよっぽ ど仁 の道なれども、まだ向上にはい たらぬぞ」(春鑑抄(1629)仁)
「其の儒者に比べては、出家の方がよっ ぽど 広い」(古道大意(1813)上)
「 手 め へ か ら 了 簡 つ け て よ っ ぽ ど 勘 弁 せ ね ば な ら ね へ 」( 滑 稽 本 ・ 浮 世 床
(1813-23)初・中) (p.650)
よほ ど50
《副》①よい程度に。ほどよく。頃合いに。
「迦楼の色の衣をかけて大路持鉢してと をら るるをせいは仏とよほと同ほど なり」(玉塵抄(1563)三二)
「当年ほど瓜の見事に出来た事は御 座らぬ。是は、よほど色付た」(虎 寛本狂 言・瓜盗人(室町末-近世初))
②かなり。相当。ずいぶん。たいそう。非 常に 。
「 悟 の よ ほ ど い た 人 の 衣 の 上 に 花 が た ま ら い で ち り て を ち た ぞ 」( 玉 塵 抄
(1563)一八)
「やあ、よほと持た。さあ又汝もて 」(狂言 記・荷文(1700))
「日月五星の測度も、唐日本とは余 ほどかわ れり」(紅毛談(1765)上)(p.680)
以上の記述によると、「よっぽど」には ①~③の3つの 意味、「よほど」には①②の2つ の意 味が たて られ て いる 。た だし、「よ っ ぽど 」の ②の 意 味「 ほと んど それ に 近い さま。
おおよそのところ。 だいたい。お おかた。」については 、 山口(2006)で「「おおよその とこ ろ。だいたい」などの意をこの副詞に認めて、その例とす る辞書がある。しかし、その扱 いには文脈上、偶然認められる意味が 、その語義と誤認さ れ た疑いを持つ」(p.157 注)と 述べ られ てお り、 認 めが たい とす る立 場 もあ るよ うで あ る 。( ②に あた る例 も 1例 しかあ がっていないため、この例のみでは判断しがたい 。)した がって、「よっぽど」の②の意味
るさま。よい程度であるさま。ほどよいさま。ちょうどよいさま。②適度を越えてかなりな程度である さま。ずいぶん。たいそう。相当。③度を越えて十分すぎるのでもうやめたい。やめてもらいたいさま。
大概。いいかげん。の3つの意味がたてられ、「よっぽどの」「よっぽどな」「よっぽどに」「よっぽどで
(ある)」「~はよっぽど也」などが扱われる。
50 「よほど」の項も《形動》と《副》に分けて記述されており、《形動》には①ほどよいさま。ちょう どよいさま。②かなりな程度であるさま。相当。ずいぶん。の2つの意味がたてられている。
133
を除くと、「よっぽど」と「よほど」のいず れにおいても、「よい程度」とされる〈適度で ある〉という意味と「かなりの程度」とされる〈程度「大 」である〉という意味が共通し てみとめられている 。特に、「よほど」の ①と②には、『玉 塵抄』(1563)からの例があがっ ており、同時期にいずれの意味でも用いられていたと 解釈 される。
5.2.2 「よほど」の形成、成立に関する記述
「よほど」の形 成、副詞とし ての成立につ いては山口堯 二(2006)に詳しい記述がある。
山口(2006)によると、「よつぽど」の原形は形容詞「よし」と名詞「ほど」の連語「よきほ ど>よいほど」に遡り、室町時代にそれらが一 語化した「 よつぽど」「よほど」の形が あら われたとされる。そして、「よきほ ど>よいほど」から「 よつぽど」「よほど」が形成され る過程での意味と用法に関して次の点が指摘されてい る。
①「よきほど>よいほど」は古くは「なり」や「に 」を 伴って名詞・形容動詞的 に用い られたが、室町時代に「よつぽど 」「よほど 」の形が現れ、それ以降「に」を伴わない 形が一般化し、副詞としての用法が中心となる。
②「よきほど>よいほど」は次の 3つの意味を担ってい たが、室町時代以降、「よつぽど」
「よほど」と一語化するとともに、(2)《適当な程度》をめざす営みの中で培われ形成 された(3)《相当な程度》の意味をあらわす 傾向が強まり、意味の上ではそれが優勢化 していく。
(1) 適当な時期を表す
夜よきほどにて、みな帰る音もきこゆ(蜻蛉)
(2) 適当な程度を表す
※物事の兼ね合い、調和にかかわる程度のありようが めだ つ
宰相の君の、……丈だちよきほどに、ふくら かな る人の、(紫式部日記)
人のほど、ささやかにあえやかになどはあら で、 よきほどになりあひたる心地し たまへるを、(源氏・宿木)
(3) 相当な程度を表す51
※適不適の観点を離れ、高度寄りの程度を大づかみに概括 する程度把握52。相当度。
51 ここでの「相当な程度」というのは、極端な高度との対比を中心とする文脈における、極端な高度を 除いての「次位的な高度性」、両極との対比などの文脈における「中間度性」という、文脈に依存して「よ きほど>よいほど」が担える程度に共通する程度のありようである。山口(2006)では「その程度のあり ようは、そういう高度寄りの大づかみな概括性において、「 相当な程度」という、かなり含みのある呼び 方で呼ぶしかなさそうなものである。」(p.149)と述べている。
52 次位的高度、中間度をまとめて概括する程度把握。次位的高度性、中間度性 は文脈に大きく依存する ものであるとされ、それぞれ次のような例があ げられている。
・さりながら、これもただ よき程の上手 のことにての料簡なり。まことに能と工夫との極まりたらん
134
そして、このような変化について「語義や用法の大 きな 変化は、表現に際して選択肢に なる、別 の言 い方と の競合 によ って生 じたり 、進行 した りするこ とが 多い」(p.153)とし、
「よきほど>よいほど」~「よつぽど 」「よほど」の意 味と 用法の変化にも周辺にそのよう な事情があったことを指摘している。
室町時代以降、「よつぽど 」「よほど 」には副詞の用法が めだち、副詞としては意味上《相 当な程度》をあらわすものに集中することについても 、室 町時代ごろから《適当な時期》
をあらわすものに「よきころ>よいころ 」、《適当な程 度》 をあらわすものに「よきころ>
よいころ」「よきかげん> いいかげん」という類義の新 しい 言い方が出現し普及したことに よって、「よきほど>よいほど」~ 「よつぽど」「よほ ど」 系の形式の用途が浸食され制限 されるようになったことが実例をあげて述べられてい る。また、《相当な程 度》をあらわす 副詞はこの「よつぽど」「よほど」の成立後は「だいぶん( 大分)」「 かなり」などの類義語 が出てくるものの、「よき ほど」から転じた語形 以前に はそ れに先行する類義の副詞は見ら れないことから、「程度副詞の 表す相当度という程度のあ りようは、形容詞「よし」と程度 を表す「ほど」の連語に始まる言い方をその先駆けと して 、日本語副詞史の上に出現した とみてよかろう。」(p.154)との見方が示されている。
山口(2006)の以上の見解は、「よほど」という副詞の 成立 をうかがい知るのに 大変参考に なるものである。本稿の範囲ではこの副詞の成立の背 景自 体を歴史的に検証することはで きないが、このような意味と用法の変化、副詞として の成 立をふまえたうえで、特に現代 語の意味と用法に どのように至 ったかを探る ことは重要で ある。山口(2006)の調査による と、江戸時代以降の用法には種々の広がりがみとめら れ、 江戸時代前期ごろまでは既定の 状態に用いられることが多いとされる 。そして、江戸 時代 後期以降について、「他と比較し た相対的な程度差の表示や、推量・推定・仮定の表現 、意 志の持続の事後表現など、総じ て志向性のめだつ表現にも用途が広がっている」(p.154)との現代語へのつながりを示唆す る記述がある。
以上、近世後期以前の「よほど」に関しては、副詞 とし ての成立と近世後期までの動向 について詳しい山口(2006)に拠った。
5.3 近世後期の「よほど」
5.3.1 近世後期の使用の実態
5.2でとりあ げた、通時的 な考察を行っ ている山口(2006)によると、江戸 時代前期ご ろまでは既定の状態に多く用いられていた「よほど」 が、 江戸時代後期以降、 他と比較し た相対的な程度差の表示や、推量・推定・仮定の表現 、意 志の持続の事後表現など志向的
上手は、などかいずれの向きをもせざらん。(風姿花伝・三)
・桜襲を、……又こくうすく水色なるを下にかさねて、中に、花桜の、 こく、よきほどに、いとうす きと、みな三重にて、(夜の寝覚・三)