6-1 総括
核融合炉の運転において、中性粒子ビーム入射(NBI)などの外部加熱や核反応によって 生成される”高エネルギー粒子”が重要な役割を果たす。高エネルギー粒子は速度分布関数
上に非Maxwell成分を形成するため、核反応生成物の放出スペクトルにGauss分布から
の歪みをもたらし、同時に核反応率を変化させる。放出スペクトルのGauss分布からの歪 みはプラズマ状態を反映し、核反応率の増加は、核融合炉の成立性に重要なプラズマ加熱 を促進する。速度分布関数がMaxwell分布から歪む現象は、高エネルギー粒子の散乱によ っても引き起こされる。特に核力が支配的となる散乱は核弾性散乱と呼ばれ、大角度散乱 であることから一回の散乱における輸送エネルギーが大きく、散乱の結果としてバルクイ オンを高エネルギー領域に反跳させる。このようにして速度分布関数上に形成される非
Maxwell成分はノックオンテイルと呼ばれる。高エネルギー粒子が核燃焼に及ぼす影響の
解明は、炉心プラズマの成立に必要である。その影響を実験で計測する手法の開発は核融 合炉実現にとって極めて重要である。また、高エネルギー粒子が引き起こす現象を積極的 に利用することで、計測性能の向上、新たな計測法の開発に繋がる可能性がある。
本研究では、核燃焼プラズマの計測法として、NBI 加熱によって燃料イオン速度分布関 数上に形成される非Maxwell成分を利用することにより、(1)重陽子密度nDとトリトン密 度nTの燃料イオン比(nT/nD)を求める方法、及び (2)核弾性散乱によって生じるノックオン テイルの計測方法、について検討を行った。従来、重水素三重水素 (DT)プラズマ内のDD 及びDT反応で発生する2.45、14.06 MeV中性子発生率の比を観測することで燃料イオン 比を計測する方法が提案されている。しかし、トリトン密度が大きい場合、14.06 MeV 中 性子の発生率が増加し、DD反応で発生する2.45 MeV中性子の計測が困難となるため、改 善が求められていた。そこで、本研究では、DT プラズマに重水素ビームを入射し、14.06 MeV中性子に対する2.45 MeV中性子の発生率を増加させると同時に、計測に有利な高エ ネルギー側の中性子スペクトルの割合を高めることを提案した。次に、少量の6Liを添加し た重水素プラズマに軽水素ビームを入射し、陽子の核弾性散乱によって形成される重陽子 速度分布関数上のノックオンテイルを、線や中性子を計測して捉える方法が提案されてい る。同手法では、軽水素ビーム入射によるプラズマ温度変化が測定を妨げることが懸念され ている。本研究では、重水素プラズマで顕著になるトリトン速度分布関数上の非 Maxwell 成分の性質を利用することで、ノックオンテイル形成による線・中性子発生率の変化とプ ラズマ温度上昇による同発生率の変化を識別する方法を提案した。さらに、ノックオンテイ ル形成によって生じる線スペクトルの歪みを捉え、ノックオンテイルを含めた重陽子速度 分布関数の形状を評価する方法を新たに提案した。
第一章では、核融合炉開発研究の進展状況と核燃焼プラズマ中で高エネルギー粒子が引 き起こす現象、これに関連する計測法について説明し、本研究の背景と目的を述べた。
95
第二章では、本研究で用いる基礎方程式や、核燃焼プラズマ中のイオン速度分布関数、核 反応率、生成粒子の放出スペクトル、線のドップラー拡がりを解析する手法について述べ た。また、代表的なプラズマパラメータに対して、それぞれの物理量に対する数値解析例を 示し、それらの特徴を説明した。
第三章では、DTプラズマにおける中性子発生率から燃料イオン比を診断する方法に対し、
診断可能領域の改善法を検討した。重水素ビームを用いることでDT反応率に対するDD反 応率の比率を増加させ、さらに中性子放出スペクトルの歪みを利用することで、DD反応に よって発生する中性子を計測できるプラズマ条件の範囲を拡げることが可能であることを 示した。特に電子(イオン)密度が小さい場合に改善度が高まる。例えば、電子密度 5×1019 m-3、燃料イオン比nT/nD=1の場合、計測するエネルギー領域の“DT反応によって発生し、
減速した中性子”と“DD 反応によって発生する中性子”の比を、重水素ビームを入射する
ことで約90%上昇可能であることが示された。
第四章では、ノックオンテイル観測実験において懸念されるプラズマ温度の変化を診断 する方法を検討した。ノックオンテイル観測法として6Li添加重水素プラズマに軽水素ビー ムを入射した際に6Li+D反応によって発生する線やDD反応によって発生する中性子の発 生率変化を捉える方法が提案され、その実験が計画されている。但し、発生率変化がノック オンテイル形成によるものか、温度上昇によるものかを識別する必要がある。本研究では
6Li添加重水素プラズマで生じる6Li+T反応やDT反応を利用することで、両者を識別する 方法を提案し、その評価を行った。例えば、バルク温度を2 keVから3 keVに上昇させる と、DD反応率に対するDT反応率の比は1.6倍と敏感に変化する。一方、ノックオンテイ ルはバルクに比べて十分小さいため、ノックオンテイルの形成のみではこの比は変化しな い。6Li+T反応やDT反応はノックオンテイル形成に影響を受けず、プラズマ温度に敏感に 反応する核反応であることを示した。発生する0.981 MeV線や14.06 MeV中性子を捉え ることで、プラズマ温度変化を診断し、6Li+D反応によって発生する線やDD中性子発生 率の変化がノックオンテイル形成によるものかプラズマ温度によるものかを識別する方法 を提案した。
第五章では、線放出スペクトルのドップラー拡がりを利用して、重陽子速度分布関数上 のノックオンテイル形状を評価する方法を新たに提案した。核弾性散乱によって形成され るノックオンテイルの形状はプラズマ状態を反映するため、ノックオンテイル形状から核 弾性散乱の特性を解明することが期待できる。また、ノックオンテイル形状から、反応率上 昇等の炉心の状態を診断できる可能性もある。本研究では二温度Maxwell分布モデルを採 用し、線のドップラー拡がりと反応率を計測することによって重陽子速度分布関数上のノ ックオンテイル形状を特定する方法を示した。エネルギー分解能がEFWHM=100~200 eV程 度の検出器を利用した場合、ビームエネルギー1 MeV、加熱入力33MWの重水素ビームを 入射した電子温度3 keV、重陽子密度1019 m-3の重水素プラズマにおいて、15%以下の誤差 で重陽子速度分布関数の形状を特定できることを示した。
96 6-2 今後の展望
本研究では、NBI 及び核弾性散乱によって形成される燃料イオン速度分布関数上の非
Maxwell成分を対象として、核燃焼プラズマの計測方法を検討した。一連の検討において、
一様なプラズマを想定し、イオンの速度分布関数は等方的と仮定した。しかし、実際の装置 では、核反応は主にプラズマ中心で発生するが、プラズマ中心周りでも発生するため、燃料 イオン比計測のSN比が下がる可能性がある。ただし、中性粒子を特定の方向に入射して実 空間上で非一様になった場合、速度分布関数は非等方となり、中性子の放出スペクトルがビ ームの入射方向に沿ってGauss分布から大きく歪むことが考えられる[68]。この場合、NBI によって生じる中性子放出スペクトルの非等方性を考慮し、最適な計測装置位置を設定す ることで、プラズマ条件の更なる診断可能領域の拡大を見込める可能性がある。また、計測 器の性能向上による診断可能領域の拡大も期待される。ただし、今後、コリメータによる中 性子の減速など、計測性能に影響を及ぼす事象に対する検討も必要である。
第四章及び五章における、ノックオンテイル観測実験に対するプラズマ温度依存性の検 討及びノックオンテイル形状評価においても、第三章と同様にノイズ評価が必要となる。ノ ックオンテイル観測実験法では、重水素プラズマを想定しているため、トリトンの数密度が 小さく、DT反応によって発生する14.06 MeV中性子が減速することが、DD反応によって
発生する2.45 MeV中性子の計測に対して問題となる可能性は低い。ただし、中性子増倍反
応や中性子放出スペクトルの歪みによる計測への影響を検討する必要がある。また、6Li+d 反応による線放出反応に対しても、不純物や壁から放出される線や電子対消滅による
0.511 MeV線がノイズとなる可能性が考えられ、検討が必要である。加えて、6Li+D反応
を利用する場合は、さらなる計測精度の向上のため、断面積の整備や6Liのプラズマ内空間 分布の把握も必要である。
本研究では二温度Maxwell分布モデルを採用したが、再現が難しいプラズマ条件に対し ては、ドリフトMaxwell分布や、FP方程式などを利用することで、再現率を向上できる可 能性がある。