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ドキュメント内 棲神 第拾五號 (ページ 32-36)

右の三失に就て骨て︵数報一月競︶望月皐円却は︑法事の三心︵所謂掲仰心︑質直心︑一心︶と今の

四失との閥係を述べて︑

者は不制仰心︒汗は不質直心︒雑は不純心︒漏は三心の過失仁通ずる︒義r

奔す

ぺき

であ

る︒

﹃ 秋

元鉢﹄の四心は要するに︑三心の過失を示された敢誠であるo

と述イられて居るが︑漏が三心に通ずることは今の問失の結文仁︑

荘︑漏汗︑雑の四の失を離れて候︑器をば︑完器と申してまったき器也︒暫提漏らざれば水失へ

る事なし︒伝心のこ\ろ全ければ︑平等大慧の智水乾︿事なし︒

ー﹄

いふ

文に

就て

見れ

ば︑

ニ失に埴令る意でゐゐO併し

﹃秋

元紗

の正し︿四失を迫害合し℃説いた

交には︑滝︑樹︑雑丈けで汗の稗は見嘗らぬ︑これは併も妙繋が凹失の中︑汗雑

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口し

℃一

三な

τ

四失は三怠に劃し

τ

三失ごせられた如︿︑﹁秋元秒﹄の中間搾は正しく三失でゐる︑こ

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点は三組同

一徹である︒併し乍ら結文の蒋や︑望月兄の如く問矢巾語︑汗︑雑ぞ所謂法修の三矢に合し︑或は結

文の立に依

τ

漏を

三失

仁通

一や

とし

τ

も︑琉れ仁しても凶失は三失となるのでゐ乙︒明の如︵説明上多

少の相違はゐったにしても︑果兎同一一結論仁は落ちつくこと仁はなるが︑

者漏雑を三失とすること

は︑一二組一徹である︒法卒の三心主は︑これ恐ら︿滞士観粍の三心に附一子ゲ﹄得て︑皐凡が白我備の悌

陀の入械に到する︑衆生の切なる情を似した

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質 直

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事大

の文に依て法事の信心の内宥を三分したもので︑

﹃提 婆品

であるの市して若し最後の一心は﹁紳力日開﹄の結文の﹃決定無レ有レ疑﹂の丈に依れば︑又決定心と一五

の﹁

浄心 信敬

の文も同立

った方が趨営であろう︒要するに三矢は三心に反するもので︑

一 渦 仰 心

︵ 信 敬

l

碍 ぺ

1 1

︿ 打

法華信心

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1

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︵ 浮 心

! 汗

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一l決定心︿不爪疑惑︶!

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︵伝

伏 生

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身 命 白

不生疑惑﹂

拾 信 拾

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等を誠められたに坂するのでゐる︒ 第二の浮心質直心に劃すれば汗が趨常でゐる︒説れにしても随義特別で︑要は民華

ω

伝心に就℃︑我

四 題 日

と 徐 行

﹁秋元妙﹄には上越の如く︑信心の三失を辿べられたが︑就中川川後の決定心仁針する雑の点−L

の中心主世かれたのであるo乙れいふ迄もないことで︑決定は以後の決定でゐるからでゐる︒即ち雑

の大立を述べた後に

法辛料の丈に﹁但だ大乗の経典セ受持すること乞架って︑余艇の一偏乞も受けや﹄と説くは赴弘︑

と飴艇除行を杢部を遮し︑夏に世間の随義の解秤に針して

世間の皐匠は法華料に飴行を雑へでも︑苦しからずと思へ

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日遅もさこそは思ひ候へども純文は

しから子︒駐日へば后の大王の精子を妊めるが︑又民三ごつげば王稲と民種と雑りて︑天の加護と氏

紳の守護とに捨てられ︑其岡破るL縁となる︒父二人出ポれば︑王にもあらず︑民にもあら︑や人非

人也︒法華経の大事と申すは是品︒一料熟脱の法門法華経の肝心也︒

左越ぺられたこごは︑﹃上野殿御返事﹂に

今末訟に入りぬれば︑余維も法事経も詮なし︑但南無妙法進本縦なるべし︒此南無妙法蓮華経に除

事をまじへば.ゅ︑しき僻事なり︒嬰児に乳よh外のものをやしなムペラ賊︒良薬に又礎乞加へ

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事な

し︒

︵一

七一

七︶

yといヘる文に掛照して︑今の雑の失を知るべきである︒即も雑は決定心に反するからである︒故に妙

法五

字に

約し

て︐

H防車の下利を判じて

三世十方の備は必?︑妙法蓮華艇の五字な純として悌に成

h J 給へり︒南知⁝阿嫡陀偽は怖純にはあら

令︒

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一一

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五戒

等も

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ら今

︑能

々此

事を

習ひ

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ぺし

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は雑

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一 雑

一 の

hT一決し︑最後﹃信心の乙\ろ会げれば︑平等大慧の智水乾くことな

L

﹄ごE妙法の下積は誘

出いの問失即も三失を離る乙とに依て成熟し︑絡に悌果

決定すべき乙とを辿ぺられたのでゐる︒e T

若しそれ快華のご一心を御泣文中に求むれば︑

﹃妙

一厄

御前

御返

事情

一九

四八

︶に

﹁実のおとこをゐし

むが如く︑親の子守拾てざるが如︿﹄とは沿仰心︒﹃怯華経緯迦多川賞等を信じて南無妙法蓮華経ご唱

ふる

﹄と

は賀

直心

﹃不受除縦一旧閣の純文を︑少しも拾っる乙となき﹄ごは決定心を蒋されたのであ

る︒若しこれを信の浅深に就て︑見るならば︑信受︒深信︒決定信の三信と見るべく︑更にこれを又

信行の上から足るならば︑信受は信前行後であり︑信は信行供時であり︑決定信は行前伝後といふぺ

きである︒即ち信の三失に劃して︑今の三伝を以て信の三徳之構すべきである︒

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ドキュメント内 棲神 第拾五號 (ページ 32-36)

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